過去を顧みることができる。
耳に入ってきたのは、そんな簡単な噂だった。
けれど、それに興味が沸いて。詳しい事情を知る人間に話を聞けば。
「過去とは所謂記憶の羅列です」
にこり。痩身の男が人の良さそうな笑みを浮かべて語る。そうして、ゆっくりと踵を返した。
それに続くように歩を進めて。気が付けば、仄暗い廊下を抜け、階段を降り、質素ながら丁寧に造られた扉の前に立っていた。
「そしてその羅列は、小さな箱庭の中に仕舞い込まれています」
扉を開ければ、視界を埋め尽くすほどの蔵書。その中から一つを手に取り、男は語る。
自分はその箱庭に続く鍵を開けられる。
けれどその鍵は、他ならぬ貴方自身が持っている。
「その箱庭へ至る前に。三つばかり注意事項が」
一、貴方の意思で戻ることはできません。
一、箱庭を変えることは決してできません。
一、箱庭の中心人物との会話はできません。
「それでも、入りますか?」
己の過去に、何かを顧みたいと思うのであれば。
例えそれを変えることが叶わずとも、得るものはあるだろう。
頷きを返せば、男はまた、にこり、微笑んだ。
「それでは、あなたの過去へ……よい旅を」
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