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■襲撃に抵抗を向ける一日を詠みける■
海月 里奈
【0405】【ウォルフ・シュナイダー】【エスパー】
「気をつけた方が良いよ、フォル神父」
「へ?」
 夕食の準備の為に出た町角で、
「何かねぇ、最近物騒みたいだから。超能力者ばっかり狙われる事件が多発してるだろ? あんただって一応、そのクチなんだからさぁ」
 神父は――フォルトゥナーティ・アルベリオーネは、パン屋のおばちゃんからそんな忠告を受けていた。受取ったパンの袋を両手に抱きかかえると、ふ、と背後を振り返る。
「え……でも、平和だし」
 その後ろを、不規則に流れて行く人の波。夕暮れ時の紅色に賑わう町角には、様々な声音が呼応していた。
 客を呼ぶ、店主の声。母親を呼ぶ子どもの、子どもが母親を呼ぶ声、追いかけっこに木霊する悲鳴、それから――
「馬鹿だねぇ、神父」
 ほのぼのと、目先の光景に至福を感じていた神父に、けれども呆れた声音が突き刺さる。
「なんたってアンタは赴任当時からずっとそうだけどね。危機感が足りないんだよ、危機感が。カタリナも呆れてたよ。本屋の主人にずっと愚痴ってたって話しさ」
「え、そんな事あったの? 知らなかったなぁ……カタリナのヤツ、やっぱり影で僕のこと悪く言ってるんだ」
 教会のシスターの事を思い出し、神父は袋を抱えなおした。視線をパン屋のおばちゃんへと戻すと、
「平和じゃない光景なんて、普通は表立って見えないものさ。アンタは噂によると随分な能力の持ち主みたいだけど、油断は大敵だよ。それに、アンタにはカタリナだっているんだ」
「わかってるって。カタリナはきちんと僕が守らなくちゃ」
 おったてた指を突きつけられ、色を正されてしまったかのようだった。不意な話題に、神父は神妙な面持ちで深く頷きを返す。
 妨げられがちなエスパーである神父を、欠片も恐れる事無く教会で同居しているあのシスター。しかし、だからこそ、彼女の置かれている状況も、決して良いものとは言えないのだ。
 ――そんなバケモノの味方を! と。
 怒鳴り散らされているその姿を、神父もごくたまにではあるが見かけた事がある。
「だからね、これはアンタのためだけじゃなくて、カタリナのためにも言ってるんだよ。あの子に何かあったら――、」
 無愛想ではあるが、言いようの無い暖かさを内に秘めたカタリナ。
 フォルの、大事なパートナー。
 うん、わかってるよ。そんな事は。
「大丈夫だって。カタリナには絶対、指一本触れさせないからね」
 たとえ相手が誰であったとしても。
 カタリナのことは絶対、僕が守らなくちゃあいけないんだから――。

 ――フォルの教会が襲撃に遭うのは、その宵の話であった。



★募集予定人数:皆様のプレイング状況によりけりです。

※今宵(ご飯の時間の辺りですね/笑)、反エスパーな人(?)からの襲撃があります。偶々教会に訪れていた等、色々あるとは思いますが、居合わせてしまった皆様には、どうか撃退のご協力をお願いいたしたく存じます。
 ただフォルの場合は、確かに能力の強いエスパーではありますが、攻撃系等の能力を殆どもたないため、戦闘では役立たずになったりします(笑)カタリナは全く攻撃の手段を持ちません。なお、神父はカタリナの事となるとどうにも感情的になりやすいようです。
 襲撃者の目標はエスパーであるフォルを殺す事。その為になれば手段は選ばない――のやも知れません。成り行きによりましてはギャグになる可能性もありますので、その点どうとも言えませんが……(すみません/汗)
 なお、戦闘系ではありますが、程度の強いシリアスになる可能性は比較的薄いと思っていただいて構いません。シリアスになりましても、ほのぼの要素が混じる可能性が高くなっております。
 では、宜しくお願い致します。
襲撃に抵抗を向ける一日を詠みける

「気をつけた方が良いよ、フォル神父」
「へ?」
 夕食の準備の為に出た町角で、
「何かねぇ、最近物騒みたいだから。超能力者ばっかり狙われる事件が多発してるだろ? あんただって一応、そのクチなんだからさぁ」
 神父は――フォルトゥナーティ・アルベリオーネは、パン屋のおばちゃんからそんな忠告を受けていた。受取ったパンの袋を両手に抱きかかえると、ふ、と背後を振り返る。
「え……でも、平和だし」
 その後ろを、不規則に流れて行く人の波。夕暮れ時の紅色に賑わう町角には、様々な声音が呼応していた。
 客を呼ぶ、店主の声。母親を呼ぶ子どもの、子どもが母親を呼ぶ声、追いかけっこに木霊する悲鳴、それから――
「馬鹿だねぇ、神父」
 ほのぼのと、目先の光景に至福を感じていた神父に、けれども呆れた声音が突き刺さる。
「なんたってアンタは赴任当時からずっとそうだけどね。危機感が足りないんだよ、危機感が。カタリナも呆れてたよ。本屋の主人にずっと愚痴ってたって話しさ」
「え、そんな事あったの? 知らなかったなぁ……カタリナのヤツ、やっぱり影で僕のこと悪く言ってるんだ」
 教会のシスターの事を思い出し、神父は袋を抱えなおした。視線をパン屋のおばちゃんへと戻すと、
「平和じゃない光景なんて、普通は表立って見えないものさ。アンタは噂によると随分な能力の持ち主みたいだけど、油断は大敵だよ。それに、アンタにはカタリナだっているんだ」
「わかってるって。カタリナはきちんと僕が守らなくちゃ」
 おったてた指を突きつけられ、色を正されてしまったかのようだった。不意な話題に、神父は神妙な面持ちで深く頷きを返す。
 妨げられがちなエスパーである神父を、欠片も恐れる事無く教会で同居しているあのシスター。しかし、だからこそ、彼女の置かれている状況も、決して良いものとは言えないのだ。
 ――そんなバケモノの味方を! と。
 怒鳴り散らされているその姿を、神父もごくたまにではあるが見かけた事がある。
「だからね、これはアンタのためだけじゃなくて、カタリナのためにも言ってるんだよ。あの子に何かあったら――、」
 無愛想ではあるが、言いようの無い暖かさを内に秘めたカタリナ。
 フォルの、大事なパートナー。
 うん、わかってるよ。そんな事は。
「大丈夫だって。カタリナには絶対、指一本触れさせないからね」
 たとえ相手が誰であったとしても。
 カタリナのことは絶対、僕が守らなくちゃあいけないんだから――。

 ――フォルの教会が襲撃に遭うのは、その宵の話であった。


I

 ――嗚呼、主よ、と。
 悲し気に祈る神父が、暗闇に一人。
「どーして僕がこんな目に遭わなきゃいけないの……!!」
「ですからフォル、貴方のそういう、普段からのなんと言いますかこう、神様に失礼な祈り方が罰当たりですから――」
「神父さん、静かにして下さい。見つかっちゃいますよ」
 あれから一体、どれほどの時間が過ぎたと言うのだろう。偶々教会にいた面々が襲撃を受け、各々の役割を果たすべく、あるべき場所へと散って行ってからは。
 上の方からは未だに響き渡ってくる、様々な高さの轟音に眉を顰めて呟いたのは、シスターの持つ蝋燭の光に輝く茶の髪を持つ青年、御影 涼(みかげ りょう)であった。今は闇に紛れた青い瞳で神父の愚痴を制すると、そのままそっと、溜息を付く。
 と――、
「御影さん、」
「ん?」
 その影に、ふとやわらかな少女の声音が届けられた。
「このままでは、埒が――、」
 心配そうな表情で涼を見上げてきたのは、この闇でも良くわかる程白い肌をした少女――高遠 弓弦(たかとお ゆづる)であった。その長い銀髪にうっすらと反射する光に、赤色の瞳が良く映える。全体的に色素の薄い少女は、祈るようにして胸のクロスの上へと両手を置いた。
「そう、ですね……」
 そうしてその空間には、もう一人の青年がいた。ふわふわの兎をぎゅっと抱きしめる、粉雪色の髪の青年、キウィ・シラトは四人をぐるりと見回すと、
「もしかしたらここも、長くはもたないかも知れません」
 この地下の上から聞える音に、じっと黙り、兎と同じくして耳を澄ませる。雪兎と同じ色の瞳で天井を見上げれば、この古い建築物が悲鳴をあげているのが、目に見えるかのようであった。
 一つ、また一つ、と振動が起こる度、はらりぱらりと砂埃が舞い落ちてくる。その回数がまるで、上で戦っている仲間達の苦戦をそのまま反映しているかのようで。
「――全く、どうしてこんな時に襲撃なんか……冗談じゃあないよね、全くさぁ、僕だってこー見えても忙しいのに……!」
「こー見えても、ですとか言える辺り、やっぱり貴方は暇人なんじゃあありません? ねぇ、キウィさんもそう思いませんか? フォルはいつもいつも――」
「……下がって」
 再び始まった、フォルとカタリナとの痴話喧嘩に、だがキウィは、いつもと同じく口を挟む事もなく、
「下がって下さい! 今すぐに! 早くっ!」
 呟きを叫びに変え、全員を地下の奥へと押しやった。ボタンの止まっていないキウィの上着が、刹那巻き起こった風に、大きくはためく音をたてていた。
 そうして。
 轟音が蝋燭の光を掻き消した。
「「「「「――!!」」」」」
 刹那、何かを叫んだ五人の声は、全て音へと飲み込まれて消えて行く。代わりに差し込んで来る光に、五人は闇に慣れた目を細めて立ち竦んでいた。
 眩しさに、目眩すらする。
 聖堂を照らし出すあの薄明かりさえ、今は――
「見つけた♪」
 今は、こんなにも眩しくて。
 目の前で微笑む小さな襲撃者の手によって落とされた、隠し通路の通った聖堂の床。小さな襲撃者に、穴の上からにっこりと微笑みかけられ、それに一番最初に反応を返したのは、長く、細い霊刀を鞘から抜いた、涼であった。
 ――守らなくちゃ。
 素直にそう思う。
 襲撃者に油断の欠片も見せる事なく、それでも涼は刹那、聖堂で戦っていた三人へと視線をめぐらせた。
 無事ではあるが、苦戦を強いられていた事は一目瞭然。
「ぜえええええったいに、逃がさないんだから!」
 襲撃者が、大砲を構える。それに応えるかのように、涼を含む四人が、襲撃者へと武器を向けた。

 ――事の起こりは、少し前まで遡る。


II

「終わったら甘い物でも食べに行こうよ♪ ね、早く〜!」
 今日は珍しく、フォルの教会に訪問者があった。静かに神へと祈りを捧げる弓弦と、グレーブルーの瞳のその友人――藤原 朱月(ふじわら あかつき)。
 朱月は、祈りに没頭してしまった弓弦の事を急かしながら、暇そうに静かな聖堂を見回していた。その退屈さを誤魔化すかのように足踏みをしながら、そっとこちらを見つめる純白の聖母像に眉を顰めてしまう。
 ――全く、こんなののどこが良いんだか。
 正直朱月は、こういう時、弓弦の気持ちがわからなくなる。
 神様だとか、聖書だとか何とかだとか。
 別にそんなの、どーだって良いじゃない……。
 短めの茶の前髪と共に額を押さえながら、膝を折る薄桃色のワンピースの少女の方へと視線を戻す。先程は、朱月の今と同じ言葉に微笑んでくれた弓弦だが、今は何を祈っているのか、瞳を閉ざしたまま、身じろぎ一つしようとはしない。
 さながら聖務日課をこなすシスターのようなその姿に、そういえば、と朱月はふと考える。
 そういえば弓弦ちゃん、将来はシスターになりたいんだっけ……。
「ねぇ弓弦ちゃん、本当に将来、シスターになんかなるつもり? 神様と結婚だなんて、そんな――」
「お二人さん、」
 だが、朱月の言葉は、途中で若い神父の声に遮られていた。いつの間にか聖堂の扉の前に立っていたのは、この教会の主任司祭であった。
「あ、神父……何か、ありましたか?」
 まずい事聞かれたかな、と頭の片隅で考えつつも、朱月は神父の方を振り返る。流石の弓弦も現実へと引き戻されたのか、立ち上がり、朱月と同じ方へと一つ目礼していた。
 神父が――フォルが、微笑む。
「夕食なんてどうかなぁ、と思ったんだけど……迷惑じゃなかったら、一緒にどう? カタリナの料理は美味しいし、それに今日は人も来てて賑やかだから」
 あまりにも意外かつ唐突過ぎる神父の言葉に、二人は一瞬顔を見合わせ、笑顔で頷きあう。
「折角のお誘いですし、」
「あたしも丁度お腹すいてたし、甘いものはデザートにして、お食事は頂いて行こうかな」
 そうして二人が案内されたのは、教会の一階に位置する食卓であった。大きなテーブルには、既に先客が五人――その開いた席に弓弦と並んで座りながら、へぇ、と朱月は周囲を見回した。
「本当に人、多いんだね」
「ですね――でも、こういうのは私、嫌いじゃあ、ありませんから……」
 賑やかな食卓は、どこか心を和ませてくれるような気がして。
 既に用意してあったスープとパンとを、主へと食前の祈りを捧げてからゆっくりと、頂く。弓弦はスープを一口するなり、朱月へと微笑みかけた。
「美味しいですね」
「あ、本当だ……これ、シスターが作ったんですか?」
「ええ、まぁそういう事になりますか……」
「とっても美味しいです、シスター・カタリナ」
「ありがとうございます。ゆっくりとして行って下さいね」
 穏かなシスターの言葉に、ふとした憧れを感じてしまう。自分の一生を、神へと捧げた彼女のその姿に、
 いつか私も――ああ、なれるのでしょうか――。
 私でも、と、瞳を閉ざす。
 そうこうしている内に、弓弦の隣の席に神父が腰を下ろした。
 途端、
「でも、本当にすみません。食卓にお邪魔させていただくだなんて」
「いえいえ、こういうのは賑やかな方が良いですしね。いつもカタリナと二人じゃあ、つまらないし」
「悪かったですね。つまらなくて」
「……冗談だってば、怒らないでよぅ」
「それにしても、」
 スープのスプーンを手にし、神父に謝罪したのは涼であった。そうしてその隣には、涼をじっと見やる黒いスーツの青年、ウォルフ・シュナイダー――涼の知り合いの、一探偵が腰掛けていた。
 どこか貴族を髣髴とさせるほどの自然な優雅さで、パンを裂く。
「涼、俺は感情で動いてばかりいたら身がもたないと、何度も言っているのだがね」
 ぽつり、と呟かれた低い声音に、
「悪かったな。ってゆーか、何でウォルフがここにいるんだよ」
 涼が、思わず返す。
「できの悪いコのお手並みでも、拝見しようかと思ってね」
 ウォルフの黒髪が、さらりと揺れる。銀の瞳に見つめられ、涼は知らず、言葉を失っていた。
 実は涼達が適当な理由をつけてこの席に同席させてもらっているのは――正確に言うなれば、成り行きでこの席に同席しているのには、きちんとした訳がある。最近のエスパー襲撃の噂を聞き、神父の事が心配になった涼は、わざわざここまで足を運んでいたのだ。ウォルフの方は、その付き添いでしかなかったが。
 だがウォルフの方も、口ではああ言っているものの、何も知らずにここへとやってきている訳ではなかった。様々な事を事前に調べ、襲撃に対するいくつかの仮説や組織の予想はもう立ててある。ウォルフの探偵としての腕前は、裏社会でも十分に通用する程のものなのだから。
 さらに言うなれば、涼とウォルフとは、今回の襲撃者の予想を、カタリナの知り合いの古本屋の店主・チェーザレに絡めて考えていた。実際の所証拠は何一つないのだが、
 ある意味勘、だな――。
 さらにチェーザレがカタリナの事を好きだとなれば、尚更の事。
 ウォルフは、スープのスプーンを手に取った。
「キウィ、スープが冷めるぞ」
「もう少しだけ……ほら、この子も喜んでいますし」
 その正面でふ、と口を開いたのは、シオン・レ・ハイであった。いかにも中身の厳格そうな、髭を生やした黒髪の中年男性。だが、その青い瞳には厳しさの色はあまりなく、むしろ、
「まぁ、な」
 子どもの成長を見守る、父親のような光が宿っていた。
 後ろで教会に住みついた猫と、自分のペットでもある耳の垂れた愛らしい兎とを遊ばせるキウィの姿に、その無邪気さに、ふとした安らぎを覚えてしまう。
 その上料理も――確かに、美味しいな。
 シオンは、キウィに誘われるがままに、ここまでやってきていた。この教会のシスターの料理は、どうやらキウィのお気に入りらしい。
『勿論、シオンの料理も美味しいけどね――』
 付け加えたキウィの言葉を思い出し、ふと微笑を浮かべてしまう。本当は襲撃の噂にキウィの事が心配になり、教会の外に身を潜めていただけなのだが、偶々偶然、キウィが教会の掃除を手伝い、クッションの埃を払おうと窓を開けたその真下に隠れていたのを見つかってしまったのだ。
 いやまさか――お金が落ちていたから拾いに言った瞬間だった、だなんてキウィには言えないが、な――。
「でもほら、料理は暖かい内に食べないと、」
 しかし。
 その考えを誤魔化すかのように、シオンが呟いた――その、刹那。
「フォルとカタリナ、みぃつけた!!」
 食卓を囲む八人のうちにはない声が、その和やかな空気を切り裂いた。
 刹那、文字通り弾け飛ぶテーブルに、
 世界が轟き、響き、
 白い煙が巻き起こる。
「ぜーったいに許さないんだから! という事で、襲撃開始ー!!」
 その不謹慎な明るい声に、煙の向こうに現れたのは――大きな大砲を抱えた小さな少年。
 悪戯な襲撃の合図に、
 そうして全員が、急ぎ、体裁を整えるべくその場から逃げ出したのであった。

「発射準備完了っ! 照準・フォルトゥナーティ・アルベリオーネ! さぁ、覚悟しなっ!」
「そうはさせないっ!」
 体の半分ほどもある大きな大砲を構える少年に、刀を手にした涼が切り込んでいく。途端少年は、どこからともなく小型の銃を取り出し、
「こっちこそそうはさせないよ! さぁ、いっけええええええええええ!!」
 叫ぶなり、その銃を乱射する。
「涼、避けろ!」
 叫んだウォルフに、言われなくとも、と涼は高く跳躍した。そのまま相手を捕らえるべく、その背後を狙い、着地する。
 しかし少年はその身を屈め、するりと涼の股下をくぐり抜けて行った。
 ――先ほどまで、三人が子ども相手にここまで苦心していた最大の理由は、
「危ない! 弓弦ちゃん!」
 その小柄さゆえの、動きの素早さにある。
 まるで仕掛けのない手品を見せ付けるかのように、次から次へと銃を取り出しては乱射する少年の放った一弾が、ふと神父達の方へと向かって行った。慌てて刀でそれを切り止めたのは、
「……藤原さん!」
 いつの間にか、腕に深い傷を負っていた、朱月であった。
 再び少年の方へと駆け向っていこうとする朱月の事を、慌てて弓弦が呼び止める。珍しく語調を強め、その腕をぎゅっと握りながら、
「待って下さい!」
「ど、どうしたの?」
「怪我、してるじゃないですか……!」
「え……?」
 まるで気が付かなかった、と言わんばかりにきょとん、と自分の腕を見つめた朱月のその視線の先に、弓弦がそっと、白い手をかざす。轟音の中でも、しかし神へと祈りを捧げる時と心を同じくして、精神を集中する。
 暖かな光が、朱月の腕の傷を包み込んだ。
「無理は、しないで下さいね」
 微笑と同時に、弓弦が手を離す。解放された朱月の腕には、傷一つ残されてはいなかった。
「うん、ありがとう!」
「本当に、無理は駄目ですからね」
「念を押されなくとも! 弓弦ちゃんも、気をつけてね!」
「ええ、ありがとうございます」
 そうして再び、戦地へと赴いていく友人の後姿を見つめながら、弓弦は胸の前で手を組んだ。
 私には――このくらいしか、できませんけれど。
 本当は戦いとなった時、どうしようか一瞬悩みはしたのだ。弓弦には癒しの力こそあれど、破壊の能力は全くといって良いほど存在しない。しかし、それでも。
 私自身、色々な人に守られてきているんです――。
 少しでも自分が役に立てるのなれば、と、参戦を決めた。どのような理由であれ、突然の襲撃が理にかなわぬものである事に間違えはない。
 そうして、暫く。
「シオン……恥ずかしいから止めてって、あれだけ言ったのに……」
 ふと気が付けば、父親の名前を呟くキウィが、弓弦の横に立っていた。フォルに預けた兎の代わりに、何やらギターを手にするその姿を見、弓弦が思わず問いを投げかけようとした、その瞬間。
 白いオリジナルギターを、キウィの緋色のピックが思い切り弾き鳴らしていた。その大きな音に、轟音すらも一瞬、掻き消されてしまう。
 流れるノリの良い旋律に、一瞬少年でさえ、攻撃の手を止める。
 その隙を、ウォルフは見逃そうとしなかった。
「子どもだからと言って手加減はしないからな――!」
 後ろに回りこみ、技でその動きを止めようと腕を取ろうと試みる。だがしかし、その素早い動きに、またもや試みが失敗に終わる。
「ウォルフ! 無茶するな!」
「無茶などしてない! お前こそ――」
 ギターの音色を跨ぐ、涼とウォルフとの会話に、更にもう一つの出来事が割り込んで入った。
「さぁ、覚悟――!」
「な、何っ?!」
 流石に上から声が聞こえてくる事までは予期していなかったのか、慌てて少年が天井の方を見上げていた。しかしそれは、全員とて同じ事――その視線の先には、
「とおっ!」
 聖堂の両端に延びる二階通路の手すりから、剣を構えて飛び降りるシオンの姿があった。風を受け、黒い上着が音をたてて舞踊り、
 じゃんっ、と、キウィが歯切れ良く旋律――実はシオンのテーマ曲なのだが――を終わらせたその瞬間、
 シオンはべちぃっ! と、床のモザイク画の聖人と、仲良くキスを交わしていた。
『――……』
 全員の沈黙が、耳に痛い。
 だが、
「な、何さ――驚かせて――!!」
 慌てて銃を向けるその弾を受けながらも、何故か傷一つなく――否、その弾の全てを、小さな動きのみで全てかわしながら、
「さぁ、お遊びはここまでですよ少年よ!」
 凄まじい速さで立ち上がり、剣を構えなおし、弾の嵐をくぐり抜けて行く。
「え、ウソ、当たってない?!」
 予想外の成り行きに後退する少年の隙をつき、
「たぁっ!」
 刀で少女の構えていた大砲を切り崩し、その断片を大股で蹴飛ばしたのは――朱月であった。大きな音を立て、鉄屑が壁の一部を削り取る。
「よし、もーこれで大丈夫!」
「さすが藤原さん!」
「涼、チャンスだ。挟み撃ちにして終わらせるぞ」
「わかってる!」
 シオンが少年の気を引いているそのうちに、涼とウォルフとは言葉を交わすとそれぞれ違いの方向へと走り出した。
 そうして、
「はあっ!」
 気合一閃、威嚇の代わりにシオンの剣が、聖堂の長椅子を挽いて′ゥせる。轟と共に、ギザギザの切り口が、鮫の如くにぱっくりと口を開ける。
「うっそ! こんなの反則っ?!」
「あなたもなかなか反則でしたけどね! そんなにお小さいのにあんなに大きな大砲を――ですが、もう終わりです!」
 不敵に微笑み、跳躍する。その軌跡に、二人の影が割り込んだ。
 愛刀である正神丙霊刀・黄天を手にした涼と――ロープを手にした、ウォルフ。
「えええええええええええええええええええええええっ!! うっそおおおおおおおおおおおおおおっ?!」
 このボクが敗北するだなんて! といわんばかりの叫び声に、
「さぁ、これで終わりだ!」
 ウォルフのロープが、少年を捕縛する。
 少年はその場から、涼の刀に一歩たりとも動くことはできなかった。


III

 そうして少年は、キウィの提案でこちょばしの刑に処させる事となった。十分間ほど、聖堂に苦しい笑い声が高らかに響き渡り――
 その後。
 ロープにグルグル巻きにされた、その姿のままで、
「わかってるよ。どーせボクが悪いんだろ」
 心の底からの不機嫌さを全く隠そうともせずに、少女は態度も大きく溜息をついた。語調はどこか、
「全く、滅入っちゃったよ。ん、参った、の方が良いかな。とにかく。掴まった以上ボクだっておとなしくするし、逃げたりなんか、しないよ? だからこのロープ、解いてよ、フォル」
 根拠の無い偉さを秘めたもの。
 いきなり呼び捨てにされ、それでもフォルは、眉一つ動かす事なく、
「でも……」
 むしろ、真面目にそのロープを解いてあげようかと悩み始めていた。
 相手は、子どもだ。いくら本気で仕掛けてきたからと言っても、その事実には決して変わりはない。
 さらにその甘い考えに追い討ちをかけるが如く、
「神父が人のこと疑って良いわけ?! 全く、これだから今時の聖職者ってヤツは……!」
「あのいえ、とにかく、ですね」
 しかし少年が、カタリナ達の鋭い視線にも構わず、棘だらけの言葉でフォルの説得に取り掛かった瞬間、
「……どうして、このようなことを?」
 やわらかな物腰で言葉を挟んだのは、少年を慈悲のこもった眼差しで見つめていた、弓弦であった。少年と、目の高さを同じくするために身をかがめ、
「何かきっと、事情がおありだったのでしょう」
「事情って……」
 頭を掻きながら、朱月が思わず呟きを洩らす。
 ――少しだけ、呆れてしまう。
 どうしてこのような相手にまで、こんなにも、
「そうでなきゃあ、こんな事をするはずがありません――ね?」
 この子は――優しく、接する事ができるんだろ……。
 弓弦と朱月が出会ったのは、ごく最近の話であった。性格としては、同じ、というよりも、反対、という言葉の方がずっと相応しい二人。
 あたしなら、
 少年の心を開こうと、一所懸命に言葉をかける弓弦の後姿に、朱月の微苦笑が少しだけ優しい事を、この場にいる誰もが、しかし、気が付いてはいない。
 あたしなら絶対、あんな風には、接せれないだろうなぁ……。
「理由なんて、ないよ、おねーちゃん」
 しかし、弓弦の優しい声音にも、少年は一向に折れようとはしなかった。ロープさえなければ、腕でも組んでいそうな語調を崩さず、
「期待したって、何もないから」
 ぷい、とそっぽを向く。
 そうして。
 そのまま少女も弓弦も、押し黙ったまま何も言うことができなくなっていた。不思議と重い雰囲気に、弓弦は静かに、胸のクロスに手を添える。
 ――と、
「あら、そういえば貴方、どこかで見た事があると思ったら……」
「な、何さ、カタリナ」
 ふと呟いたカタリナが、まじまじと眼鏡越しに、少年の顔を見やっていた。
「そうでした……もしかしてあなた、チェーザレの遠方の親戚ではありませんか? この前本屋に行った時、確かチェーザレ、親戚が押しかけてくる、って言ってたような……」
 そういえば、この少年の面影は、どこかあの人――カタリナが、フォルの次に最も知る人物でもある、近くの古本屋の店主・チェーザレのものを、宿しているような気がする。
 思いながらもカタリナは、もう少しぐぐいっ、と顔を近づけ、
「それからあなた――男の子では、ありませんよね?」
 刹那、
『……は?』
 その場にいる殆ど全員が、見事に声を調和させた。カタリナの、突拍子もないとも言える発言に、
「ち、ちょっと、カタリナ?」
 全員の疑問を言葉に代えて、フォルが一歩前に出る。
「どういう、事?」
「だってほら、よーく見て御覧なさい、フォル。それに確か、チェーザレの親戚は女の子ばかりのはずですし」
 言われるがままに、そっぽを向いた少年の顔を覗きこむ。茜色のショートカットに、確かにあの、本屋の店主にも似た色の瞳。そうして――、
「君、本当に女の子なの?」
 恐る恐る、といった具合に、フォルが尋ねる。すると少女は、きっとフォルを睨みつけ、
「だったらナンだって言うのさ。別に男でも女でも良いだろ、このヘタレ」
「わ、悪かったねヘタレでっ! そりゃあ僕は、ヘタレかも知れないけどさでも!」
「神父、そうやって相手にするから、この子がまた調子にのるんだ」
 呆れて付け加え、腕を組んだのはウォルフであった。
 ふぅ、と一つ息を吐き、体裁を整えると、
「そういう一見してみれば軟弱な態度もいけないな。神父、そういう意味では、お前に非がないとも言えない」
「ウォルフ、そういう――」
「涼は黙ってろ」
 慌てた涼を、声音とその瞳とで制して、
「良いか、守るべき者がいるなら尚更そうだ。優しさは時に、愚かさともなる」
 静々と、続ける。真摯に神父を見つめるその瞳に、どこか、部下に命令を下す国王のような雰囲気を纏わせて。
「……でも、」
 見つめられ、その強い光に気圧されたのか、フォルは一瞬、視線を逸らせてしまう。何となしに地面を見つめ、ゆっくりと、息を整える。
 ウォルフの言葉が、どこか耳に痛かった。
 確かに、その通りだとは思う。思うことには、思うのだ。
 しかし、
「でも――、」
 フォルとて、優しさが全てだと、そう思っているわけではない。聖書の上では愛が全てとなっていようとも、そうでなくとも、現実として正しいのは、後者の方でしかないのだから。
 しかし。
 わかっては、いた。
 いたのだが――、
「ウォルフ、神父さん、困ってるじゃないか」
「俺は本当の事を言っているだけだ。世界の全てが自分の味方だと思ったら、大間違いだからな」
 俯く神父を視界の隅にして、耳打ちしてきた涼にウォルフがきっぱりと言葉を返す。
 厳しいようだがこれが現実だ、と涼の肩を叩き、
「お前もそうだ。時として優しさは、捨てねばならない」
「……そりゃあ、そうだろうけど――、」
 苦しくもフォルと同じく言葉を失い、涼は知らず、少女の方へと視線を向けていた。
 確かに、ウォルフの言っている事は、正しい事であるのかも知れない。だがしかし、せめて、それでも。
 だったら――理由くらいでも――、
 薄い希望に、ゆっくりと息を吐く。
 襲撃の理由さえわかれば、それを少しでも許す事はできるかも知れない。だからと言ってただいがみ合う事は、
 ……あまりにも、辛すぎるから。
 首を振った涼の視線の先では、まだカタリナと少女とが言葉を交わしていた。
「……答えて、くれない気ですか?」
「あんたに答えたってボクに良い事なんて一つもないもん。このロープ解いてくれるんなら、考えても良いけど〜」
 少年に睨みつけられてもなお、カタリナには引く気配がない。ほぉ、と、眼鏡の奥からひたり、と少年の事を見つめ、
「だったら、どうしましょうかね。フォルはともあれ、この教会を滅茶苦茶にしてくれた代金は、高くつきますよ」
「いや、神父はともあれって……」
 兎を抱いたそのままで、思わずキウィは苦笑する。
 しかしカタリナは、全く持って取り合おうともせずに、
「でしたら、私にも考えがあります」
 突然すっくと立ち上がり、見上げる少年にうっすらと不敵な微笑を向けた。そのまま、キウィの方へと振り返り、
「さぁキウィさん、この子、もう一回こちょばしてほしいそうですよ」
「え、もう一回、で――」
「じ、冗談じゃないよ! もうコチョコチョは勘弁っ!! 絶対イヤっ!!」
 じたばたともがく少年の声音が、呟きかけたキウィの言葉を綺麗さっぱりと遮った。先ほどまでの強気はどこへやら、涙腺すら緩めながら、
「お願いだからそれだけはっ!! ね、カタリナ、あんただって人間でしょっ! それくらいの人情は持ち合わせてるよねっ?!」
「――冗談です」
 いつの間にか真顔に戻ったカタリナが、声音も冷たく頷いた。
「……冗談だったのか? あれは」
「ええ、カタリナさんは、いつもああですから」
 とても冗談には見えなかったぞ、と頬を引きつらせるシオンに、キウィがのんびりと首を縦に振る。
 その眼前で広がる光景に、
「でっしょ?! だよね、アンタも鬼じゃなかったって事だよね。いやぁ、驚いた」
「ええ、私は人間ですから。いくらなんでもそんな事はしません」
「だよねーだよねー! うわ、カタリナ、なんか気色悪いくらい優しいー!!」
「ええ、そうでしょうね」
「……あの二人、何だかんだ言って仲良いんだな」
 シオンは関心したかのように、呟きを付け加えてしまう。
 しかし、
「何か仰りましたか、シオンさん」
「あいえ、何でも! 何でもありません!」
 ギロリと睨まれ、慌てて手を振って弁明してやった。
 ……カタリナさん、怖い。
 内心の呟きを必死に飲み込んで、心の中で涙する。その姿はさながら、妻に叱られていじける夫のようで。
「シオン、元気出してください」
「わ、私は元気だぞっ! キウィ、心配には及ばん。私はいつだって、いつだって……!」
「シオン……」
 キウィの方が、涙してしまいたくなる――。
 一方でカタリナは、そんな光景からすい、と目を逸らしていた。そのまま再び、少年を真正面から見据えると、さて、と腰に手を当てる。
 知らず少年が、息を呑んだ。
「な、何さ」
 耐え切れずに、柱にぐっと背を押し付ける。
 先ほどから強気な言動はとっているものの、カタリナの視線が、本当は酷く怖かった。端から聞くのみであれば笑えそうな会話も、だが、
 ボク……マジでヤバイかもしれないよぉ、おにーちゃん……!
「か、カタリナ……!」
「先ほども申し上げましたよね、私にも考えがある、と」
 胸の前で手を合わせた後、カタリナは少年の頭に手を置いた。そのふさふさの茜色を、わしわしと撫でながら、
「言いますよ」
「は?! な、何を!」
「今日貴方が、ここに来た事を、です」
「だ、誰にさ!!」
「――チェーザレに」
「へ!!」
「ですから、貴方くらいの年齢の言葉では、要するにチクるとか言うかもしれませんね。まぁ、そういう事です。という事で、今からチェーザレに電話します」
 刹那。
 さーっと、少年の――否、カタリナ曰く少女≠フ顔が真っ青になった。その顔色の鮮やかに変わる様に、
「そんなに……まずいわけ? チェーザレとか言う人にチクられると、さ」
 朱月が小首を傾げる。
「……確かに少し、怖い事になるかも知れません……」
「は? 知ってんの? 弓弦? チェーザレとか言う人の事」
「ええ――私もあの古本屋さんにはお邪魔した事がありますけれど、チェーザレさんは……店主さんは、相当気まぐれなお方のようでしたから」
 心配そうに眉を顰めながら、弓弦が朱月の問いに答えを返した。
 言われて見れば、古本屋の店主にチェーザレと言えば、何度か訪れている古本屋で良く見かけていた。あまり深く話し込んだ事はないのだが、思い返してみればあの人は、
 かなりの――変わり者ではありましたよね。
 苦笑する。
「駄目っ! それだけは駄目っ!! それならコチョコチョの方が良いっ!!」
「チェーザレは何て言いますかしら……他人に迷惑をかけるな、というのもあの人の心情の内の一つのはず。まぁ、自分は例外だ、とかほざいていらっしゃいましたけれど、それはともあれ、きっと簡単には許してくれないでしょうね。教会の修理費用も請求させていただかなくてはなりませんし」
「鬼! 悪魔! 前言撤回! あんた鬼だよ悪魔だよ! お願い、それだけは……おにーちゃんにだけはチクらないでええええええっ!!」
「さて、電話電話……何て言います? 知らない女の子が貴方の事をおにーちゃんと呼んでいます、という代入でチクりますか? それとも――」
 踵を返し、数歩歩いた後振り返ったカタリナが、ひんやりとした雰囲気で少女の事を串刺しにする。
 その脅迫に。
 少女が折れたのは、実はカタリナにしてみれば、当然の成り行きでしかないのであった。


IV

「アンタなんか大嫌いだよカタリナ! それからフォル!! おにーちゃんから色々聞いてたんだ。カタリナの話も、フォルの話もね」
 暴れたらチェーザレにチクりますよ――
 そんなカタリナの一言を交換条件に、ロープから解放された少女は、オレンジジュースを啜りながらフォルとカタリナとを睨みつけていた。
 ぐいっ、と一気に飲み干して、
「ボクはエスパーなんて大嫌いなんだ。皆居なくなっちゃえば良いのに……!」
 吐き捨てるように、語調を強める。
 しかし、
「……宜しければお話、もう少し詳しく聞かせていただけませんか?」
 がたんっ、とコップの置かれる音に微笑を向けたのは、アイスティーを片手にした弓弦であった。ソーサーの上にカップを置くと、
「まーた弓弦はそーやって……」
「何の理由も無しにそう言っているとは思えないんです」
 朱月の言葉にも構わず、するり、と言葉を続ける。
「――そうですね、まずはそこから、ですよね」
 その言葉に強く頷いたのは、兎にニンジンを食べさせるキウィであった。ひたり、と少女を見据え、
「何か、理由が」
「話さなくちゃいけない義務やら義理やらなんてないだろ」
「それは、そうかも知れませんが、」
「だったら良いじゃん。あんたに関係ないんだし」
「……確かに、大きな力を恐れる事はわかります。けれど、その力を人の為に使っている人だって、その能力と葛藤をしている人だって多いんですよ」
 間髪入れず答えを返され、困った微笑を浮かべてしまう。それでもちらり、とシオンの方を一瞥してから、キウィはそっと、言葉を付け加えた。
「フォルさんだって……シオンだって。他の皆さんだって、そうです」
 言いながら、ふと考える。
 ――話さなくちゃいけない義務も義理もない。
 確かにそれは、そうなのだが。
 けれど――
「いいや、そんな事はないな」
 と。
 言葉を失ったキウィに代って少女を見据えたのは、ウォルフであった。
 テーブルに肘を付き、右手の珈琲カップの中身を一啜りする。
 苦い香りが、ほのかに広がった。
「……あれだけ盛大にやってくれたんだ。俺達には、それを聞く権利というものがある」
 静かに涼を一瞥し、だが、何事もなかったかのように視線を戻すと、
「その理由付けは、気に食わん」
「何」
「神父がエスパーだから――という理由付けが、な」
 あくまでも静かに、答えを返す。
 ――例え、今回の襲撃の本当の理由が、どこにあったとしても。
 そういう偏見な輩には、少々キツク教えなければなるまい。
 もう一口、珈琲を飲み下す。
 偏見は時に、都合の良い理由付けともなるものだ。社会の大多数を味方に付けるのに、時に都合の良いものとなるのだから。
「確かに、そうだな」
 答えたのは、同じく珈琲に口をつけていた、シオンであった。
 大きく一つ息をつき、
「私は、エスパーではありませんけれどもね」
 フォルにオカワリ持って来い、と命令したばかりの少女に、ほのかな微笑を向ける。
 自嘲気味に一瞬、視線を、逸らして、
「わかる、つもりではありますよ」
 揺らめく、カップの水面を見つめた。黒く、どこまでも深い夜の闇の如く透通った、底なしの泉。
 シオンは確かに、エスパーではなかった。だがしかし、ある意味では、彼等と全く同じなのだ。オールサイバーとして、いわれのない迫害をいくつ受けてきた事か。
 ――考えるのも、馬鹿らしい。
 蘇りそうになる悲鳴の数々に、首を振る。
 駄目だ、今はそんな事を思い出している場合では――、
 それに、
「私としては、いわれのない迫害事は、もう止めにしたい所なんですよ。エスパーだから、殺す――たとえ本当の理由がどこにあったとしても、それは理由になっているようで、全然全く、理由になっていないではありませんか」
 今は――今は隣に、キウィがいるではないか。
 血の繋がりこそはないものの、大切な、息子が。
「そうだよね、うん、そろそろ何か話してよ。名前とかさ、まずはその辺からはじめよ?」
 シオンの言葉は、朱月にも弓弦にも、勿論涼にもウォルフにも、そうしてフォルにも共通する想いであった。
 総括するかのように朱月が笑い、砂糖入りのココアのカップをソーサーの上へと置いた。ぐいと身を乗り出し、少女の方へと顔を近づける。
「名前は?」
「いやだから、言う必要なんて――、」
「あたしは朱月。君は?」
「だから、」
「あ、そうそう、そっちは弓弦ちゃんね。最近知り合ったんだ♪ で、君は?」
「――マリア、でしたよね」
 朱月の満面の笑顔に身を引いた少女の――マリアの代わりに、その名を答える声があった。
 ホットミルクを手に状況を見守っていた、カタリナの声。
「な――何で知ってるのさっ?! ってゆーかその名前を言うなっ!!」
「イヤですね、知りませんでしたよ」
「は?!」
「ちょっとカマをかけてみただけです。チェーザレの親戚の類で、思いつく名前を適当にですね」
「騙したなっ?! この似非シスターっ! おにーちゃんにチクってやる! 絶対チクってやるんだからああああああ!!」
「へぇ、マリア、って言うんだ。宜しくね、マリア!」
「だから、その名前で呼ぶなってーの! 朱月、あんたの事も嫌いになるよっ?!」
「まぁまぁ、落ち着いて落ち着いて。でもそれじゃあ、まだあたしの事は嫌いじゃないって事? あたし、見てのとおりかどうかはわからないけど、エスパーなんだけどなぁ」
 カタリナの言葉に怒るマリアを宥めるように、朱月は悪戯っぽい光を瞳に宿す。
 その瞬間、自分が墓穴を掘った事に気が付いたのか、マリアがごくりと息を飲み込んだ。
「どうやら、本当にただの理由付けだったようだね」
「煩いよそこ! どーだって良いだろ! 大体! カタリナがおにーちゃんとあんなに仲良くするから……!」
 涼の言葉に、ばんっ! とテーブルを叩き、立ち上がる。顔の火照りを気にしながらも、それでも、
「おにーちゃんは、カタリナカタリナカタリナカタリナってそればっかり!! こっちに来てから毎日カタリナって煩いったらありゃしないんだから!」
「まぁまぁ、これでも飲んで落ち着いて、ね?」
「だぁからあんたが居なくなればカタリナだって困るかなぁ! って思っただけ! カタリナ、あんたさえいなければ――!」
「って事は、チェーザレに対するヤキモチだった、って事?」
「――!!」
 そこまで口走り、慌ててマリアは会話の相手の方を――ジュースのおかわりを持ってきてくれたフォルの方を振り返った。
 途端、今まで自分が叫んでいたその内容が、鮮明に思い返される。
 ぼ、ボクは今、何を――!
「……とにかくっ!!」
 強引にフォルの手から林檎ジュースを引ったくり、一息に飲み下す。空にしたコップを、再び割りそうな勢いでテーブルに打ち付け、極力冷静を装いながら椅子へと腰を下ろす。
 勢いに、お尻が痛い。
「とにかく! ボクはエスパーなんて大嫌いなんだから!」
 いつの間にか、その場にいるほぼ全員の視線が暖かくなっている事にも気が付かないふりで、もう一度最初と同じ言葉を叫んでやった。
 その様子に微笑んだフォルが、チョコレートドリンクに口をつけながら、涼の隣へと腰を下ろす。
「……神父さん、今までの会話、全て聞いていたんですか?」
「いやぁ、まぁ、聞こえなかった所もあったけど、大体の内容はわかったし……それにあの子、どうも悪い感じがしなかったしさ。いや、でも本当良かった、かな。本当に何かあったら、それこそ大変だろうし」
 話しかけられ、微笑み返す。フォルは、肩ほどの長さの髪の毛をすっと見つめながら、
「やっぱり皆で、仲良くしたいからね」
 小声で優しく、付け加えた。森の木々の葉のような、色鮮やかな、緑色の髪。
 これを異端の証拠だと、何度自分を責めて来たことか。今だからこそ、こうして毎日を楽しく過ごす事ができる。だが、
 あの頃にはもう――戻りたく、ないから。
 カタリナと出会うその前、今よりもずっと昔――日々自分を責め続けてきた、あの日々には、決して。
「そう、ですよね」
 涼がグラスを手にするのに合わせ、アイスコーヒーの中に沈む氷がやわらかく音をたてた。濡れたガラスに、指先をそっと触れさせながら、
「俺も、そう思います」
 こういう時代だからこそ、
「神父さんには、守るべき人もいますし――ね」
 どんな小さな日常にも、安らぎを求めて行きたいのだ。ウォルフが言った通り、全てが上手く行くなどと、涼もそう考えているわけではない。だがしかし、どんなに小さな暖かさも、重なり続ければ、いつかはきっと、
 きっと――、
 そう、信じたい。
「守るべき人、か」
 そこはかとなく照れくさそうに、カタリナを一瞥したフォルに、
「そうですよ。カタリナさんの事を守る事ができるのは、神父さんだけじゃあありませんか」
 励ますかのように、当たり前の事実をわざわざ口にした。
 ――その前の賑やかな喧騒を、心に和やかに、受け止めながら。


V

「本当は、外で戦いたかったんだけど……そうすればあたしも、電撃で迎撃できたしね」
 朱月が、大きく一つ溜息をつく。
 そうして全員は、ぼろぼろになった聖堂を呆然と見つめながら、
「嗚呼……主よ、私、こんな――」
「だからカタリナ、神様にそんな祈り方するから、聖堂がこんなんなっちゃうんだよ」
 思い思いに、それぞれの感慨に耽る事しかできずにいた。カタリナに至ってはもはや、地面に座り込み、珍しく意気消沈してしまっている。
「俺の方にも色々と失敗があったかな……まさかあの通路だけ、行き止まりになっているだなんて……」
 その隣で、涼がぽつり、と呟きを付け加えていた。実は戦いのあの時隠れていた地下は、涼が感知で見つけ出したものではあったのだが、
 他の通路は、ちゃんと別の所に通じているのにね……。
 あの地下にだけ、奥がなかったのだ。もしあの通路が他と同じく別の場所へと続いていたとしたなれば、事はもっと、平穏無事に過ぎ去っていたのかも知れない。
「だからいつも言ってるだろう、涼。感情だけでは――」
「だけどさ、ウォルフ……」
 口を尖らせる涼の目の前では、なにやらフォルがメモを取って歩いていた。事細かに聖堂の破損状況を調べ、おおよその被害総額を検討して行く――と――
 ああ、これ、カタリナには言わない方が、良いかも……。
 あまりの総計に、フォルは頭痛を覚えてしまう。
「皆、随分と派手にやったんだねー」
「誰が悪いのさ、誰が」
 頭の後ろで腕を組みながらのんびりと笑ったマリアに、朱月が思わずつっこみを入れていた。しかしすぐに、まぁ良いや、と微笑んで、
「それじゃあ、そろそろ行かない?」
「え?」
「だってさ、あたし達じゃあこの先の事、何もできないじゃない。ここは任せて、甘い物食べに行こ♪」
「でも――」
 朱月に微笑まれ、しかし弓弦は、気乗りしない顔で頬に手を当てた。確かにそうかも知れないが、しかし――
「……パフェくらいなら、私が皆さんに作ります」
 その時応えを返してきたのは、床にへたり込んだままのカタリナであった。
「そのくらいは、お安い御用です。うちの教会は貧乏なのでお礼はできませんが、そのくらいでしたら、私が」
 貧乏どーのこーの以前に、この破損状況じゃあ、無理ないと思うけど……。
 朱月は思わず、内心苦笑してしまう。この分だとこの聖堂は、今後暫く儀式にも使う事ができないだろう。
 その一方、
「……うわ、恐ろしい被害総額」
「どれ神父、見せてください」
 カタリナの普段の経済のやりくりの苦労も知らず、ざっと被害総額の計算だけを割り出した神父の声音に、眠り込む兎を抱いたキウィが、後ろからそのメモ帳を覗き込む。
 ……そこにあった金額は、
「――この子の一生に執事さんを一人、付けてあげる事ができそうですね――それも英国の執事養成学校卒業の」
 兎のたれ耳を撫でながら、キウィが苦笑する。
 神父も苦笑し返すと、もう一度そのメモをざっと読み返した。椅子代、壁代、床代、聖壇代、聖像代――様々な項目から成るそのメモの中には、飛び散った信者礼拝用の聖書や聖歌集の代金すら含まれていた。
 フォルは一瞬悩んだ後――ふと、後ろを振り返る。
 そうして、
「はい、シオンさん。お願いしますね」
「……え?」
「いえ、何となく……この代金、お願いします」
「わ、私がですかっ?!」
「ええ、何となく、ですが――」
「ああああああああ……」
 メモを受けとり、シオンはその金額に呆然とすると同時に、カタリナと同じく、床にへたり込んでしまっていた。
「いえ、椅子代ですとかはともあれ、あの床代だけは、払っていただけると嬉しいかなぁ、と……」
「わ、私の給料がッ……!」
 フォルの言葉に、思わず涙する。
 財布の中から羽の生えたお札達が、天へと上っていく姿が見えるかのようで。
「キウィ……私は、私は……!」
「シオン、元気出してください……」
 ぽむぽむと父のその背を撫でながら、キウィはこくこくと頷き続ける。
 その一方で、
「それじゃあ早く行こ! カタリナも立って立って! カタリナ、スープ本当に美味しかったから、パフェも期待してます♪」
「ええ、アイスも手作りですから……お口に合えば良いのですが……」
 いまいち覇気に欠けるカタリナの手を引き、立たせながら、朱月は聖堂の扉の方へと駆け出した。しかし数歩走った後、慌ててカタリナの手を放し、聖壇上の、十字架に架けられた主の御子を見つめる弓弦の手をぎゅっと取った。
「行こ! 弓弦ちゃん!」
「――ええ、そうですね」
 元気に微笑みかけられ、弓弦も暖かな笑顔で返す。
「ウォルフ、俺達も」
「俺は別に、甘いものなんか――」
「良いから良いから。折角だし、食べていこうよ、ね?」
 駆け出した少女二人の姿に、涼がウォルフの腕を引っつかむ。ウォルフは、涼の思いの他強い力に苦笑しながらも、
「ま、良いか」
「ん?」
「いや別に、なんでもないさ」
 やがてゆっくりと、足を進めるのであった。

 ――そうして全員が、最初と同じく食卓を囲んだのは、もう間もなくの話であった。
 今度は一つ、ガラス容器のパフェの数が、夕食のスープの数より増えた食卓で――。


Finis



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            I caratteri. 〜登場人物
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<PC>

★ 御影 涼  〈Ryoh Mikage〉
整理番号:0398 性別:男 年齢:23歳 クラス:エスパー

★ ウォルフ・シュナイダー
整理番号:0405 性別:男 年齢:28歳 クラス:エスパー

★ キウィ・シラト
整理番号:0347  性別:男 年齢:24歳 クラス:エキスパート

★ シオン・レ・ハイ
整理番号:0375 性別:男 年齢:36歳 クラス:オールサイバー

★ 藤原 朱月 〈Akatsuki Fujiwara〉
整理番号:0086 性別:女 年齢:16歳 クラス:エスパー

★ 高遠 弓弦 〈Yuzuru Takatoh〉
整理番号:0002 性別:女 年齢:16歳 クラス:エスパー


<NPC>

☆ フォルトゥナーティ・アルベリオーネ
性別:男 年齢:22歳 クラス:旧教司祭

☆ カタリナ
性別:女 年齢:20歳 クラス:シスター

☆ マリア
性別:女 年齢:12歳 クラス:古本屋の店主の親戚

☆ チェーザレ
性別:男 年齢:21歳 クラス:本屋の店主



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          Dalla scrivente. 〜ライター通信
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 まず初めに、お疲れ様でございました。
 今晩は、今宵はいかがお過ごしになっていますでしょうか。海月でございます。今回はお話の方にお付き合い頂きまして、本当にありがとうございました。又、いつもの事ながらに、締め切りぎりぎりの、しかも今回は微遅刻的な納品となってしまいまして、本当に申し訳ございません。
 一応ジャンルとしてはバトルもののような感じではあったのですが、やはり戦闘シーンよりお茶会シーンの方がずっと長くなってしまいました(滝汗)しかも字数が字数なだけありまして、かなり色々と省略させて書かせていただきました、かなりプレイングの方が反映されていない部分もあるかと思います。先にこの場を借りまして、お詫び申し上げておきたいと思います。
 ちなみに付け加えとなりますが、今回の事件はエスパー襲撃事件とはあまり関係がなさそうです(汗)マリアちゃんの私念のような感じとなっておりますので――。

>涼さん、ウォルフさん
 プレイングの方の時間軸を、かなりいじらせていただきまして大変申し訳ございません。当初は本屋の店主の登場予定は全く無かったのですが、なるほど、そういう方向も――と思いまして、かなり嬉々として採用させていただく事となりました。確かにカタリナが絡むと、店主は何でもやってきそうなような気は致します。店主につきましては今後のお話で登場予定ですので、お付き合い下さりますと嬉しく思います。

>キウィさん、シオンさん
 シオンさんの方、初めて書かせていただきましたが……色々と間違っている点もあるかと思います(汗)もう少しエレガントチックに書き上げたかったのですが――申し訳ございません。実はお二人のシチュノベ等は、ちょこちょことチェックさせていただいておりました。やはり親子のような間柄というのは、なんだか心温まるものがありまして落ち着きます。

>朱月さん、弓弦さん
 女の子のご友人同士のご参加、との事で、アナレポでは始めての経験となりました。アナレポの方は、全体的に男のPCさんの方が多いような気も致しますので……。朱月さんには、もう少し戦闘シーンでご活躍いただきたかったのですが、技量不足の程申し訳ございません。弓弦さんとは、これからも良いコンビであってほしいと思います。弓弦さんの過去には、本当に色々ありそうですし……。

 では、乱文かつ短文となってしまいましたがこの辺で失礼致します。
 PCさんの描写に対する相違点等ありましたら、ご遠慮なくテラコンなどからご連絡下さいまし。是非とも参考にさせていただきたく思います。
 次回も又どこかでお会いできます事を祈りつつ――。

05 ottobre 2003
Lina Umizuki