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■報酬ナシ。■
千秋志庵
【0233】【白神・空】【エスパー】
 「お願い、助けて」
 月の見えぬその夜、道行く人間の裾を引っ張る少女がいた。
 かつての歓楽街と同じような店の前で、無謀とも呼べる行動を何度も繰り返したのがあまりにも異様で目についたのだ。
 当然、その手の店の従業員が少女に声を掛けるのだが、彼女は身を縮めて首を何度も振る。あまりにも小動物のような仕草に、周囲にいた見物人が小さく笑っていた。
 何度か親しげに話しかけるも頑なな少女の反応に折れたのか、男達は唾と一緒に悪言を吐いて今度は客引きに走っていく。
 安堵したような少女の目から、涙がぽろぽろ流れていた。声は上げず、ただ涙を零している姿もまた異様だった。
 その目がふと、こちらに向いた。
 何かを求めるような目。
 そして悪い予感は見事に的中。少女はたどたどしい足取りで駆けて来た。
 近付いてやっと判ったのだが、少女の齢はまだ十歳半ばで、栗色の髪が腰まで伸びており、大きな目が実際の年齢より幼く見せていた。
 「……守ってもらうだけでいいの。その……報酬は何も出せないけど」
 申し訳なさそうに言う少女の目に、本気で断れる者は恐らく誰もいなかっただろう。
 震える声はそれでもはっきりと、彼らの耳に届いていた
報酬ナシ。

 その日も空は灰色を浮かべ、霞んだ月を写し、そして混沌を生み出していた。
 果てしなく留まることなく動く悪夢は絶望や後悔を、時に希望を人々に与えた。
 世界に事を問い、答えを求め、死ぬ。
 その数、知れず。
 だが、生きようとする意志は衰えず。

 或る少年は世界の破壊を阻止しようとしたが、その命を落とす。
 或る少女は彼の想いを胸に、生きようとする。
 そして――。

 小さな銃声が、どこかで一発響いた。
 肉と魂を抉る感触に、喜ぶ者がいた。
 同時に、いやそれより少し、ほんの少し前に、その場を逃げ出した者がいた。
 何度も転びながら、“光”を求めて必死に走った。

 護ってもらうために。

 守るために。





 腐敗し始める屍。
 濁った眼球は灰色の空を映すも、一層淀んだ空に浮かべるのは恐らく絶望の思い。
「……おい、ないぞ」
 屍の胸元を探っていた人間は吐き捨てた。一目で闇の人間だと臭わせる、鋭い目付きの男。スーツを着ているものの、血と埃にまみれたそれは既にある種の威厳を醸し出していた。
 屍は、少年だった。
 周囲一帯の土地の子供がよく身に着けている、大人用の衣服を繕った子供だった。貧困故に新しい衣服を買えず両親のお古を着るのが、この街の下層部の人間の生活だった。
 当然ながら、少年は仕事をしていた。闇の仕事である。
 ほんの数分前迄、少年は運び屋として任を負っていたのだが、死んだ理由は彼自身予期していたものであったのだろう。その証拠に、彼の最期の顔は決して苦痛にまみれたものではなかったのだ。
 屍は何も言わず、自らの懐を探る男を見つめ続けていた。
 その手が止まり、瞳が見開く。
「あの、女か」
 爪を噛む音が、静かな路地に響く。人だけでなく、多種多様な肉塊の転がる場所に新たなに仲間を入れ、男は周囲の黒と溶け込んでいた他の人間を引き連れてその場を後にした。

 生と死の乱雑するこの都市で、一夜の闘争劇が始まった。





 その日、歓楽街に訪れた来栖コレットの目に付いたのは、周囲に合わぬ白い衣服だった。

 天使が舞い降りた

 そう形容しても可笑しくはないほど、この土地に似つかわしくない少女。
 茶色の髪と眼の持ち主の少女は身長の高くない少年自身と同じくらいの高さで、遠目に見ても可愛らしい人間だった。
「お願い、助けて」
 天使は月の見えぬその夜、道行く人間の裾を引っ張っていた。
(……って物乞い?)
 思考に一瞬そのような考えが浮かぶが、すぐに振り払う。もしそれが正しいとすれば、「助けて」と抽象的な台詞を言わないだろう。「食べ物を下さい」又は「何か売って」等。
 お金よりも物や情報、快楽の優位が増し、貨幣の価値が下がった街。
 略奪と暴力の横行する街。
 それが今、コレットの立つ街だ。
 そこは歓楽街なだけに、周囲には人間自身を扱う店が多々ある。人間に快楽を与える店、人間の体を文字通り提供する店、人間の労働を提供する店とその種類は様々だ。
 少女は下手したら自身を商品とされる店々の、まさに中心に立っていた。
 当然、その手の店の従業員が少女に声を掛けるのだが、彼女は身を縮めて首を何度も振る。あまりにも小動物のような仕草に、周囲にいた見物人が小さく笑っていた。何度か親しげに話しかけるも頑なな少女の反応に折れたのか、男達は唾と一緒に悪言を吐いて今度は別の客引きに走っていく。
 安堵したような少女の目から、涙が一筋流れていた。驚いたことに、声は全く上げていない。ただ涙を零していたのだが、その姿もまた異様だった。
 その目がふと、コレットに向いた。
(……こっちに来るなよ)
 何かを求めるような眼がじっと少年を見つめる。
 そして悪い予感は見事に的中。何十メートルかある距離が、少しずつ縮まっていく。
「変なのに捕まっちゃったなあ」
 小声で呟き、呆れたように周囲を見渡す。と、目の前を見慣れた女が通り過ぎようとする。急いでその腕を掴んだ。
「空ちゃん、少しお願いがあるんだけど」
 銀髪の長い髪の女、白神空はそう言って足を止めた。
「……お願い?」
 妖艶な唇が、コレットに問い返す。と、彼の視線の先を辿った先にあった光景に、意を得たように愉しそうに笑った。
「さっきの『助けて』の女の子……ね、面白そうじゃない。確かに、コレットよりもあたしの方が助けるのには向いているわ」
 空の紅い唇が怪しく形作ったのを見ていないのか、胸を撫で下ろすコレットが再び少女の方を見ると、もうあと少しで手の届くところまでやってきていた。
 近付いてやっと判ったのだが、少女の齢はまだ十歳半ばで、栗色の髪が腰まで伸びており、大きな目が幼く見せていた。
 予想していた通り、コレットと空の目の前で少女は立ち止まった。顔が少し蒸気していたために頬が赤くなっていて、身に着けている特有の衣服が上下に揺れている。
 息を整え、少女は口を開いた。
「あの、護ってくれませんか?」
 だが実際に少女が話しかけたのは、コレットと空の更に横にいた少女だった。青い頭で銃器を背負った少女。恐らく、この場に最も似つかわしくない女。
 初め、よもや自分に話しかけているとは思わなかったのか、女は明後日の方角を見ていたが、少女の再び開いた言葉に、驚いたように自分を指差した。ロディ・ヴュラートはぶっきらぼうに言った。
「……何故あたしを選んだ?」
「何となく、です」
 短く少女はそう答える。「眼が素敵だから」とも、付け加えた。
 溜息とも取れる音と共に、ロディは髪を掻き揚げた。
「分かった、護ってやる。だがこっちの条件は2つだ。あたしのやり方に口を出すな。それと、失敗しても文句を言うな。それと、」
 ロディは立てた親指でぐいと後方を指した。
「あんた達も手伝いたいんだろ? だったら、そんなところで変な顔してないで、こっちに来な」
「「……あ、うん」」
 コレットと空は顔を見合わせ気まずそうに、だが断ることもせずに少女の前に進んだ。
「ところで、どうすれば良いか、詳しく教えて貰えないか?」
 ロディの申し出に、少女は小さく頷いた。
「護ってもらうだけでいいの。その……報酬は何も出せないけど」
「護るって君を?」
「いえ、正しくは――」
「いたぞ、あの女だ!」
 路地裏から発せられた怒号に、びくっと少女は体を強張らせ、三人の後ろに隠れる。
「もしかしなくてもさ……護るって、彼らから?」
 コレットの問いに、少女は頷く。
「本当に、訳有りなのね」
 空が少女を匿うように立ちはだかった。
「邪魔をするなら容赦せんぞ」
「ありきたりな台詞ね、まあ構わないけど」
 敵は拳銃を持った人間が数十人。いや、人間ですらないのかもしれない。本来あるべき人間の体の部位が、鋼鉄の何かに代用されていた。アームの部分には、直接銃が装着されている。
 良く手入れされた銃口が、一斉にこちらを向く。
「そんなことすれば、この子に傷が付くんじゃないのか? 下手したら、死ぬかも」
「……関係ないと思うわ」
 衣服をしっかりと握り締める少女の声は震えていた。
「ふーん。それは、こちらとしても都合が良いのかもね」
 不思議な眼で見上げる少女を一層庇うように、ロディが一歩前進する。
「立ちはだかる奴は潰す。それだけだ」
 ロディは背中のライフルを中心にいた人物にポイントし、空は獣化の用意を始める。コレットは少女の横で、デリンジャーと時間停止能力の併用を試みようとしていたが、
「それだとあたしの出番が少なくなるでしょ?」
 空の主張に仕方なく、能力の行使だけは諦めた。
 鼻をつく厭な臭いが辺りに漂う。死体の臭いと機械のオイルの混ざった臭いは、緊張した雰囲気を和らげることはない。むしろ、一層場を悪くしたといっても過言ではない。
「そこ、何やっている?」
 一触即発の光景に場違いな穏やかな声を掛けたのは、ヴィオレット・クレメンティだった。治安維持の見回りをしていたのだが、周囲に人垣すらできない異様な二者の対峙の仲裁、或いは解決に向かったのだった。
 それは視線を逸らした者にしか分からないものだった。ヴィオレットの表情から笑顔が消え、だが一瞬その視線がある一人と交わる。その人間は、一歩後退し、準備を始めた。
 少女を追ってきた一団の注意が、一瞬ヴィオレットに移る。
「今だ!」
 コレットは密かに唱えていた力を発動した。

 トキガトマル

「逃げるよ」
 限定時間制御中なため、男達の動きはない。踵を返し少女の手を引っ張って、コレットは走り出す。コレットの横にはヴィオレットが、時折指を差して曲がり角の指示を与える。その後ろに、空とロディが続く。
 逃げる前に全員を蜂の巣にしても良かったのだが、いつ制御が途切れるか分からない状況ではまず少女の安全を確保するのが先だろうと思っての行動だった。
「どこに逃げるの?」
 部分的な獣化をして肉体能力を上げている空の問いに、答えたのはヴィオレットだった。
「この先に、知人のいる家がある。彼女なら匿ってくれるだろう」
「……信用できるのか?」
 ロディの突き刺さるような眼に、
「神に尽くすカトリックの少女。この街では、自身の次に信用できる存在だ」
 高遠弓弦。
 少女の名を、丁寧な発音で男は呟いた。





「私の名前は、ミタカと言います」
 夜闇でははっきりと見えなかった傷を治療してもらいながら、少女は言った。
 高遠弓弦の家というよりも、彼女が神の教えを説いていた廃屋。既に他の人は出払っているので、今その場にいるのは彼らしかいない。
 弓弦の手に触れられたミタカの部位は、白い光を発しながら傷口を塞いでいく。治った手を宙にかざしては、「凄い」を連発した。
「これくらい、なんてことありませんわ」
 微笑んで、弓弦は、
「私は弓弦と申します。姓は高遠。宜しくお願いいたしますね」
 差し出された手を、ミタカは恭しく握り返した。
 そういえば名乗ってなかったか、とヴィオレットは思い、合間を縫って自らの手を差し出して自己紹介を行った。続いて、コレットと空。
 一通り終えたのを見計らって弓弦は立ち上がり、手にマグカップを持って戻ってきた。中身はお湯に沈んだ葉っぱの味が染み出た、よく分からない飲み物だった。
「体が温まります」
 一口を付けて、ミタカは落ち着いたように深い溜息をついた。
 物音一つない廃屋。
 カップを引っ繰り返して飲み干すと、ミタカは躊躇いがちに口を開いた。
「……依頼をきちんと話します」
 一息はき、初めて歓楽街で見せたのとは異なる表情を浮かべる。恐らくそれが彼女の本来の顔。
 感情がどこか欠けてしまった、この街の住人特有の顔。
 ヴィオレットと弓弦が外を窺いながらも、ミタカの話に耳を傾ける。
「これを、どこか安全な場所に運びたいんです」
 首から出したのは、カプセル型のケースに入ったネックレスだった。ミタカの手によってケースは二つに分かれ、中から小型のチップが出てきた。
「コンピューターウイルス、か」
 ヴィオレットは一言、苦痛とも似た声を漏らした。
 近年、この街ではウイルスの売買がしきりに行われていた。その幾つかはヴィオレットが処理し、その多くは闇に今尚流れている。ウイルス一つで、企業に強請をかけ大金が手に入る。街の人間がそう考えても、可笑しいことでは全くなかった。
 ミタカの手にあるウイルスは、その中でも最新のものだった。
「壊せば? そうすればもう追ってこないんじゃ?」
 コレットの問いにミタカは首を振った。
「これは、親友が死んでも護ったもの。私が然るべき方法で葬ります」
「下手に壊しても、残骸からウイルスのデータが洩れるからな」
「それに」と、空はミタカの顔をじっと見る。
「親友の形見なんでしょ? だったら気軽に壊せないわよね」
 こくりと肯くミタカの顔に、闇にも近い黒が宿った。





 運び屋をしていた親友は、復興し始めている世界をぶっ壊せるかもしれないウイルスの運搬中だった。
 コンピューターウイルス
 取引相手はどこかのマフィアだかなんだか。
 ミタカはその日、初めて親友に付いていった。
「ミタカ、逃げられる?」
 ちゃり、と鎖同士がぶつかる音に、多分と答えた。
「だったら逃げて。逃げ切って」
 首に掛けられたウイルスは、そうして親友の形見になった。
「ねえ、どうして渡さないの? 渡せば、死なないで良いんじゃないの?」
「うん。それでもね、僕は――」

 最低な世界に、それでも少しでも貢献したいのかもしれない





 親友の言葉を思い出していたのだろう。ミタカの表情は浮かないものだった。
「……もう一つ、お願いしても良いでしょうか? ヴィオレットさん、弓弦さん」
「良いよ」
「良いわ」
 二人の返事に、ミタカは顔を上げる。
「親友の遺体、多分、近くの路地にいる筈だから、どこかに葬ってもらえませんか?」
「分かった、責任を持って僕が見つける」
「きちんとした場所に葬らせてもらいますわ」
 その時だった。
 ヴィオレットの目が見開かれ、周囲の人間にも張りつめた空気が流れ始めた。
「そろそろ、逃げるのを止めにするときなのかもしれないな」
 ミタカは驚かず、俯いた。
 それは、敵がもう近くにいること。逃げ切れないことを意味していた。
「人選はどうするんだ?」
「僕と弓弦さん、コレット君はミタカさんの保護。空さんとロディさんは、これから来る客の足止めをお願いします」
「……逃げられるの?」
 ミタカの声に、弓弦が肯く。
「足止めさえあれば、逃げられますよ。ミタカさん、行きましょう」
 弓弦の差し出した手を、ミタカはしっかりと握り締める。
「私の知っている教会が近くにあります。そこなら、貴方を護ってくれると思います」
「でも、もし途中で見つけられたら……」
「そうならないようにするのが、あたし達の役割だ」
 ロディは言う。
「心配するな、全て任せろ」
「そうよ」
 ロディのすぐ横に空が立つ。
「行きなさい。時間はないんでしょ?」
「多分、」
 答えたのは、コレットだった。
「多分、彼らと会えることは今後ないかもしれない。だからさ、笑ってよ、ね?」
 扉を抑えるヴィオレットの横をミタカは通り過ぎる。
 何も言わずに。

 笑えないよ。もしかしたら、また失うかもしれないのに――

「大丈夫、生きてまた会える」
 その言葉に、ミタカは微かにに微笑んだようだった。
 コレットも後に続き、軋んだ音を立てて扉は閉まった。





「……さて、御登場よ」
 閉まる扉の音を聞くと同時に、空は言った。
「ねえ、何でロディはミタカの味方したの?」
「眼」
 銃の動作確認をしながら、ロディは付け加える。
「眼が気に入った。それだけだ。そういうおまえは、どうしてだ?」
「あたしは愉しければそれで万々歳。ついでに食べちゃおうかな、とか考えていたんだけど、教会に逃げられたら流石に手は出しづらいわね」
 見ると、空は殆ど人としての面影を失いつつあった。身体には白銀の獣毛が生え、人には決してある筈のない獣眼や狐耳を始めとした部位が生まれてきたのだ。
「狐、か」
 両手に銃を構え、ロディは扉に照準を合わせる。
「狩人と獣。まさに最悪の組み合わせだな」
 トリガーに指を掛ける。連射式の銃は一気に弾を吐き出す。扉には穴という穴が開き、外の闇が少しずつ入り込んでいく。五月蝿い音が響き、そして止む。
「後方支援、任せたわよ」
 仲間の屍を越え、扉を蹴破ってやってきた人間は、まず空の爪の餌食になった。空は床を蹴り、宙を飛ぶ。振り上げ突き出した腕は敵の顔に向かって伸びる。眼球と脳を鋭い爪に貫かれ、後頭部から体液や脳をぶちまける。間髪入れずやって来た機械歩兵は、空の振り回した腕によって胴と腰を分断させられるも、下半身は失った上半身に戸惑っているのか、僅かにその場に立っていた。が、振り上げた後ろ足によってバランスを崩し呆気なく倒れる。彼らは仲間に向かって少なくとも赤ではない血をぶちまけ、間をかいくぐって空は尋常ならざる速さで爪を振るう。
「糞がっ!!」
 戦闘強化された人間は空の一撃に辛うじて耐える。が、
「しゃがめ」

 どん

 建物ごと揺らす振動の原因、強化人間は自身の腹から覗く五臓六腑を不思議そうに見る。それは一気に外界へ溢れ、遅れて放たれた小型銃に抗われた額の穴に、疑問を解決されることはなかった。
 ロディの手には、小型のバズーカー砲によく似たものが収まっていた。
 敵に突進していく空。彼女を避けようとする者は、尽くロディの銃の餌食になる。
 誰が誰だか判らない、世界。
 外でも滅多に起こらない、血と殺戮だけの世界。
 最後の一人が、空に肘の辺りまで腕を貫かれる。
「……こ、この………………あ、あく……悪魔が」
 血反吐を吐き、言う人間に向け空は腕を捻り、男の絶叫が響く。
「怨むんなら、あたしじゃなく世界を怨むのね」
 最後の敵の視界は閉ざされ、辺りにはようやく静寂が訪れる。
 肉塊の落ちる音に、二人は冷たい一瞥を送った。

 いつ死んでも可笑しくない。
 誰が死んでも可笑しくない。
 理由もなく、原因もなく。
 強い者だけが生き残り、弱い者が死ぬ。
 この街は腐っている。
 そう言った人間がいた。
 だが同時に、その場に生きている人間も腐っているんだよ?
 闘わなければ、腐ってしまうんだよ?

「あとは、ミタカが無事に着くかどうかだな」
「……ねえ、もしかして、ミタカを先に追いやったのって、これを見せないため?」

 血と屍。

 ロディは何も答えなかった。背中に銃を構え直し、行くよ、とだけ言ってその場を去った。
 空も、彼女に沈黙を返した。





 ミタカは教会に無事に保護されたと、その後、弓弦から聞いた。





 それから月日は流れ、私は幾度の闇と光を体験した。
 彼らとの出会いは成り行き、偶然であったけれども、恐らく人生なんてそういうものなんだと思う。
 人と人の出会いは全て偶然。
 もしかしたら、奇跡とでも呼ぶべきことなのかもしれない。
「シスター、お客様です」
「……あ、はい。ブラザー、今行きますとお伝えください」
 気配に気付かないほど祈りを捧げるのは良いことです、とブラザーは言った。考えていたのは違うことだと敢えて言わず、私は一つ、十字を切った。
 弓弦さんのお陰で、私はこうやってシスターをやっている。まだまだ見習いだけれども、それでも充実した日々を送っている。
 胸には、彼の形見がロザリオと一緒にぶら下がっている。
 忘れられない想い出。
 たった一夜のことではあったけれども、忘れることはできない。忘れては、いけない。
 彼の亡骸はその後、集団墓地に葬られたとヴィオレットさんが言っていた。穏やかな最期だったのだろう、と付け加えたのだが、正直私にはその意味するところが分からなかった。
 考え事をしながらも早足で教会内を進んでいく。
 教会の入り口に掛けていくと、そこには見知った人物が待っていた。
「お待たせして、申し訳ありません」

 彼らは今も、私の大事な仲間だ。





【END】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢】
【0002/高遠弓弦/女性/16歳】
【0233/白神空/女性/24歳】
【0279/来栖コレット/男性/14歳】
【0136/ロディ・ヴュラート/女性/16歳】
【0439/ヴィオレット・クレメンティ/男性/18歳】

andミタカ

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■         ライター通信          ■
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初めまして、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。
「報酬ナシ。」は少女ミタカの護衛が主軸をなっている話です。ミタカは少年漫画に出てくるヒロインをベースにしていますが、どこか影のあるのは育った街の所為だと思います。
護ってもらう、でも芯の強い女の子。
一方的に助けを求めるのではなく、自分も何かを護りたい。
そういう理想的な女の子がミタカです。
「報酬ナシ。」という題名は、ミタカが誰にも報酬を払わないことだけでなく、見返りを求めない、という意味を含んだものです。ミタカが親友の遺志を引き継いだ理由、歓楽街で出会った人達がミタカを護った理由。それは決して金銭的な見返りを求めたものではない筈。
仲間に恵まれていた、というのがミタカにとっては最も大きなことだったのかもしれません。
本当に、感謝しています。と、彼女に代わって、礼を言わせていただきます。



■高遠弓弦様
他の方と比べて登場が遅れてしまいましたが、彼女の登場の仕方は気に入っています。
名前だけ出して、少し引っ張る、という方法です。
ミタカを神の道に導いたり、将来に於いても彼女の存在はとても大きなものとなりました。

■白神空様
能力を生かして、前線で狐に獣化してロディと共に闘っていただきました。
爪を使って敵を切り裂いて血を撒き散らす。
妖艶ながら強い女性――ミタカとは別の意味で素敵な方です。

■来栖コレット様
時間停止能力を発動し、逃げに利用させていただきました。
ミタカの親友に面影が似ていた彼を見ていたのを勘違いして、コレットは結局護る羽目になる、という裏設定が実はありました。
本編の主人公的役割です。

■ロディ・ヴュラート様
空同様、戦闘に参加していただきました。
後方支援で空と見事なタッグを組ませましたが、一匹狼の彼女がそのような手に出たのは、ミタカのためだと思っています。

■ヴィオレット・クレメンティ様
頭脳派としてパーティーの要として、様々な任を負っています。
本編の後日談に相当する部分ですが、ミタカの親友の発見と弔い、あとは戦闘で大変なことになった廃屋の片付け、等。
もしかしたら、今回の一番の功労人なのかもしれません。



それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝