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■河童がライバル■

遠野藍子
【1252】【海原・みなも】【女学生】
 岡本奈枝(おかもと・なえ)と池ノ元三郎(いけのもと・さぶろう)。
 10年ほど前、池に溺れていた奈枝に一目惚れをした三郎の一方的なプロポーズから始まった関係だったが、夏に奈枝を迎えに来たという三郎との水泳勝負で一旦お友達から再スタートを切る事になり、ちょっぴり普通でない出会いをした2人は現在、友達以上恋人未満、一方的な許婚関係というほんの少し微妙且つ複雑な関係を続けていた。
 順風満帆とはいかないまでも、極々平和な日々を送っていた奈枝だったが―――
「コンニチハ」
「……」
 校門を出たところで、奈枝の目の前に2人の男が立ちふさがった。
 1人はスーツ姿でサラリーマン風の男。もう1人は、ジーンズにライダースジャケットを着た男。
 その2人の関係もよく判らないが、自分に声をかけてくる理由も奈枝には判らなかった。
「ナンパならお断りですけど」
 もし本当にナンパなら、よくもまぁ、堂々と高校の校門前なんかでナンパできるものだ……と感心してしまうけれど。
 スーツの方の男が何か言いかけた時に、奈枝の遥か後方から、
「奈ー枝ーー!何で先帰るんだよ、一緒に帰ろうって約束しただろ?」
「約束なんてしてないでしょ。アンタが勝手に言ってただけじゃない―――って、あれ、何固まってんの?」
 突然硬直した三郎に駆寄って軽くぺしぺしと頬を叩くが、半分瞳孔開きかけている。
「さーぶーろ――ってば」
 その三郎がプルプルと指を震えさせながら奈枝に声を掛けてきた男たちを指差して、
「……に、兄ちゃんたち何でこんなとこに居るんだよ!」
と叫んだ。
「……兄ちゃん!?」
 つまるところ、このエリートサラリーマン風とバンドマン風のこの2人も……河童だとそいういうことで――――
「いつもうちの三郎がお世話になってます」
 ご丁寧に頭を下げられて奈枝は、
「い……いえ、あの…こちらこそ」
と返すしかなかった。
 その日は結局、兄たちと帰っていった三郎を見送ったのだが、問題はこの数日後に起きたのだった――――
「ねぇ、三郎」
「ん?」
「あたし、最近誰かに見られてるみたいな視線感じるんだけど。しかも、今朝はこんなものが玄関先においてあったのよねぇ」
 そう言って奈枝が取り出したのは挑戦状と書かれた手紙が1通。
 内容はいたってシンプル。

『三郎様を連れ戻しに参ります。』

「当然、心当たりあるわよ、ね?」
 奈枝ににっこり微笑まれて、三郎は少し頬を染めながらも、
「……は、ははは」
と引きつった笑いを顔に張り付かせた。
「実はこの前兄ちゃんたちが来たときに言ってたんだよ―――」


■■■■■


「で、なんて言ってたんですか、彼?」
 またしても瀬名雫(せな・しずく)に、奈枝は訴えていた。
「彼じゃないわよ!」
 “彼氏”の彼ではなく一般的な男性を示す“彼”という意味だったのだがすっかり頭に血が上っているらしい奈枝にはそんなことが判るはずもなく、噛み付かんばかりの勢いに雫は首をすくめた。
「あんのぉ、二股河童め!」
 目の前のパフェを食べる柄の長いスプーンがグニャっと曲がった。
 決してPKなどの特異な能力ではない。単なる力技がなせることだ―――
 そう、手紙の主は三郎の田舎から出てきたという女……というか雌(?)の河童だった。
 それもただの雌河童ではない……三郎の婚約者と名乗るのだから奈枝の怒りはもっともだろう。
 これはきっとただじゃすまないんだろうなぁと、雫は怒りに燃えている奈枝を見て溜息をついた。
 とりあえず、今のうちに誰か協力してくれそうな人に連絡をとっておくのが今、雫に出来る精一杯だった。
河童がライバル


 待ち合わせた喫茶店で久々に見た岡本奈枝(おかもと・なえ)の顔にははっきりと『不機嫌』と書いてあるかのようで近寄りがたい雰囲気を纏っていた。
 そして同じ円卓には不機嫌の原因である池ノ元三郎(いけのもと・さぶろう)正体河童が居心地悪そうに座っていた。そして、その他に2人ほど男性が同席している。
 とりあえず、丈峯楓香(たけみね・ふうか)は場の雰囲気を変える為にも極力明るく近づいた。
「奈ー枝さん♪」
と、楓香は一緒に来た夕乃瀬慧那(ゆのせ・けいな)と一緒に両手を振る。
「あ、楓香ちゃん、慧那ちゃん」
 二人の顔を見て奈枝の表情がやや和らいだ。
 ちょっと涙目になりつつ三郎は2人を見る。どうやら、雫から連絡があった1週間前からずっと針の筵状態だったのだろう。
 縁結びをした2人にはやっぱりうまくいって欲しいと思っている楓香と慧那は雫から連絡が入るなり飛んで来たのだった。
「雫ちゃんからの連絡だとあと何人か来る予定なんだけど……」
 そう言いながら空いている席に腰掛けて店の入り口付近を見る。
 金髪に水商売風の男が現れた。
「あ、師匠、こっちです〜」
 慧那はいち早くその彼の姿を見つけて大きくてを振る。
 師匠と呼ばれた真名神慶悟(まながみ・けいご)は慧那のその声で、人の視線が自分に集中したことに少しなんとも言えない微妙な顔をしつつもそちらにやって来て慧那の隣に座る。
 そして数分後にはプロボクサーの龍神吠音(たつがみ・はいね)と中学生の海原みなも(うなばら・みなも)も現れた。
 全員、奈枝と三郎の水泳対決の際の面子であった。
 やはり、橋渡しをした以上またこのお騒がせカップル―――奈枝に聞かれたら力いっぱい抵抗されそうな呼称であるが―――がひと騒動と聞いては知らん振りはできないというところだったのだろう。
 合計9人。
 なかなかの大所帯となり、あまり広くない店内は半ば占拠されているような状態だ。
 女子中高生4人に見るからに男子高校生な三郎はいいが、中に真っ赤中身のプロボクサーや金髪の水商売風陰陽師、それにエリートサラリーマン風の三郎の兄とバンドマン風の兄も居て一体どう言う繋がりの面々なのか全く想像できないので、普通の客はなんだか入りづらい雰囲気で店にとっては半分営業妨害に近い。
 とりあえず、三郎は奈枝以外の人にとっては初対面である兄の一郎と二郎を紹介した。
「どうも、いつも三郎がお世話になってます」
「……」
 さわやかな笑顔を浮かべて頭を下げる一郎と、無言で会釈する二郎。両極端な反応ではあるが、取りあえず末っ子が可愛いのだろうというのはよく判る。
 外見といい、片や社交的片や無愛想という凸凹な三郎の兄たちだが、
―――か、河童……侮りがたし……
楓香にとってはそんなことよりもこの河童3兄弟の容姿の方が衝撃的であったらしい。
 長兄は正統派なハンサム。次兄はちょっとワイルド系。そして、末っ子はと言うと某事務所所属アイドル並みとくれば、この際彼氏候補を河童まで広げても良いのではと思ってしまったのも無理はないだろう。
―――なんだったら、彼氏じゃなくても良い! ウチのバカ兄貴と交換して欲しい!
 あの兄貴こそ沼に帰れ!帰れって言うか沼の底に静めって感じよね……と、恵まれない自分の環境に楓香は思わず溜息を漏らした。
「なんだかんだ言って三郎君とうまくやってたんだな、もう家族に紹介ってか」
 吠音は場の雰囲気を……と言うよりも、奈枝の強張った顔を和ませようとしてそう言ったのだが、はっきりいって逆効果のようだった。
「でも、三郎さんの答え次第では『仲が良かった』って過去形になるかもしれませんよね?」
 二股疑惑にははっきり答えていただかないと―――と、みなもはそう静かに言ってゆっくりとした動作でミルクティーに口をつける。
「もしも本当に三郎さんが二股をかけていたら当然全力をもって粉みじんにしますけど」
 人魚の血をひいているみなもは人魚の能力のひとつとして人並み外れた怪力というのも受け継いでいるので、このみなもの台詞は冗談でもなんでもない。
「かっこいいお兄さん達の前だけど言わせてもらうけど―――三郎君! あたしたちにもだけど奈枝ちゃんがちゃんと納得できるように説明してくれないと」
「三郎君、奈枝ちゃんのことが好きなんでしょう!? だったら、誤魔化さないではっきり言うのよ! 奈枝ちゃんと一緒にこっちに居るって! そりゃあ、お兄さん達も格好良くて言いづらいかもしれないけど」
「この場合、お兄さん達の容姿は関係ないと思うけどな……」
 楓香と慧那の、三郎の兄達に対する発言に慶悟は小さく突っ込みを入れる。
 責められっぱなしの三郎を庇うように、
「まぁまぁ、とりあえず、男は男同士ってことでここは俺に任せとけって」
と、吠音は自分の胸を拳で軽く叩くと、三郎の隣に居るのを良いことに肩を組んで耳元に口を寄せた。
「んで、許婚とはどんな関係?」
 あいにく、吠音の席は三郎の隣でもあるが奈枝の隣の席でもあった訳で―――世界チャンピオンの期待を一心に背負った男の後ろ頭に女子高校生の拳が炸裂した。
 バシッ――――と鈍い音が見事に響く。
「吠音さんサイテー」
 楓香はそう言い、慧那とみなもには半ば軽蔑の眼差しを向けられた。
「許婚って言っても相手方の親とウチの親が冗談半分で言ってたのを―――蔡子(さいこ)が勝手に自称してるだけだ」
 それまでずっと黙っていた二郎が初めて口を開いたのだが、それは愛想もかけらもなく更に言うならばとても機嫌がいいとは言えない口調だった。
「蔡子ちゃんは一人娘でちょっと過保護に育ってるんですよ。ただ、ここまでするとは思ってなかったんですけど」
そう言って一郎は奈枝宛の『挑戦状』を苦笑いを浮かべながら眺めている。
「僕らもいけなかったんです、蔡子ちゃんの家はわりとまぁ、河童の世界じゃ名門の家なんですけど旧家にありがちな……こう、頭が古い家なんですよ」
 河童の世界にも人間と共存を望む者、そして当然それを真っ向から拒否する者がいるという。
 ちなみに、蔡子の家は後者で、人間の血が混ざることを極端に嫌っている。
 そんな環境で育った蔡子が三郎が池を出て行った事を面白く思っているはずがないのに、うっかりその原因―――奈枝を迎えに行ったのだと蔡子の耳に入るようなところで話していたのがまずかった。
「だから、三郎は悪くないんです。奈枝さんにもご迷惑をおかけして申し訳ないと思ってるんですけど、何せ蔡子ちゃんはもう思い込んだら猪突猛進で。蔡子ちゃんが突然家出したなんて聞いたんで慌てて三郎のところに来たら、案の定ですから」
 三郎を責めないでやって下さい、と、一郎は申し訳なさそうな顔で奈枝を見た。
 奈枝は複雑そうな顔をしている。
 そこへ、
「三郎様ぁ、探しましたわ!」
という声が飛び込んできた。
 声が飛び込んできたと言うか、寧ろその声の持ち主自身が飛び込んで来ていきなり三郎に抱きついた。
「さ、蔡子! 離れろ、離れろってば!!」
 噂の許婚―――蔡子は一言で言うならばこれまた造作の整った美女だった。
 なんで河童ってこんなに容姿が整ってるのよ―――!と、楓香は心の中で叫んだ。
 三郎に言われてしぶしぶ離れた蔡子はテーブルに居る性別女と判る面々に、
「で、この中のどれなのかしら、三郎様が追いかけたって人間は?」
と一人一人の顔を不躾に眺める。
 自然と視線は奈枝に集中していた為、蔡子にもすぐに奈枝が“そう”だと判ったらしく、どん!―――と奈枝の目の前に真ん中で真っ二つに折られたキュウリを置いた。
「勝負よ。人間の癖に三郎様に近づこうなんて百年早いわよ」
 どうやら真っ二つのキュウリは河童族にとっては決闘を意味するらしい。
 ふふんと言う声が聞こえそうなくらい見下したような顔で蔡子は奈枝の顔を見ていた。
―――うわっ、性格キツそう
 一同はそう思った。
 大概、美女にこれだけキツイ言い方をされれば多少は怯むものだが、だがしかしあいにく相手は奈枝だった。そんなことで怯むわけもないし、売られた喧嘩は―――やっぱり買うらしい。
「そうですね、あたしあいにくまだピチピチの女子高生ですから……百年も生きている貴方と違って」
 案に『ババア』と言っているのと同じ台詞を返す。
 どうやら、三郎よりも明らかに年上なことをそれなりに気にしているのか、それとも単に年齢のことを言われたのが気にくわないのかこめかみのあたりがぴくぴくと引きつっている。
「それに、女も年取るとツバメ趣味に走るのかしら……ね?楓香ちゃんたちはどう思う?」
 奈枝はにっこりと笑って楓香、慧那、みなもの3人に意見を求めるが、はっきりいって目は全く笑っていない。
 体感温度はすでにシベリア並みだ。
「三郎のことは別にどうでも良いけど―――でも、受けるわよこの勝負」
 “どうでもいい”の当たりを強調して奈枝はそう蔡子に宣言する。
 2人の間でビシバシ火花が飛び散った。


■■■■■


 楓香の、
「女の子同士の勝負だし……3本勝負にして、両方が得意なことで競い合うってのはどう? 習い事とか……その方が三郎君にアピールできるでしょ?」
と言う意見が採用され、愛の決闘(?)は3本勝負となった。
 とりあえず、水泳だけは除外と言うことで蔡子とはすでに話はついている。
 蔡子は最初からそれについては何か聞いていたのか、
「ふん、泳げもしないのに三郎様とお付き合いしようなんて笑っちゃうわ」
と毒を吐くことも当然忘れなかったが。
 奈枝と蔡子の2人を先に返した後、残った5人と河童3兄弟での話し合いとなった。
「結局やっぱり勝負―――なんですね」
 みなもは不服そうにそう呟いた。
「でも、これって三郎さん次第なんじゃないんですか? 三郎さんが誰を好きなのか―――それははっきりしているんですから。勝負だと本当の意味での決着なんてつかないと思うんです。だって、恋愛って本能であって力ずくでどうこうできるものじゃないですよね?」
 本来、気の優しい彼女としては争いごとは避けたいのだが、でも奈枝がやるといっているのだから仕方ないだろう。
 そういえば、前の三郎との水泳勝負もあんな風に売り言葉に買い言葉だったような記憶があるが、あえてそれは口にしなかった。
「まぁ、本人がやる気なんだから仕方ないだろうなぁ」
 慶悟はやれやれといった風にオーバーリアクションで肩を竦める。
「女同士の対決とあっては代理を立てるわけにもいかないしな。ここはやる気になっている当人に気張ってもらうとしてだ」
「あえて奈枝ちゃんがあんまり得意じゃないことで対決をして、三郎の為に一生懸命になるのを見せるってのは? そしたら『2人の間には入れないのね』って自ら身を―――」
「―――引くタイプに見えたか?」
 吠音は慶悟の突っ込みに黙り込んだ。どう考えても否定できなかったからだ。
「どんなことが良いのかなぁ?」
 思案顔で慧那は首を傾げる。
 すると、
「はいはい!こんなのどうかな、 三郎君に関するクイズに答えてもらうって言うの。好きな花とか、好きな場所とか、得意な勉強……とか」
と、楓香が提案した。
 その内に、好きなタイプとか気になる人とか徐々にきわどい質問にしていってなんとか三郎の素直な気持ちを言わせれば良いかなぁと言う魂胆だ。
 しかし、問題はその質問でうまく誘導すれば三郎の奈枝に対する気持ちがはっきり蔡子に伝わるかもしれないが、奈枝の三郎に対する気持ちはまた曖昧なままになるだろうことは容易に予想がつく。
「三郎君への理解度を計るってことね、うん。楓香ちゃん、良いんじゃないそれ」
「まるでペーパーテストみたいですね」
 みなもは楓香のその案にそう言った。
「何か一品、2人に料理を作らせるってのはどうだ?一緒になる女は料理が巧い……と言うのは魅力的だろう」
 名前を伏せて2人が作った品を三郎に試食して優劣をつけるのはどうだろうとは、慶悟の案だ。
「愛情があればなんでも旨く感じるかもしれないが、逆に考えるなら料理と言うのは相手への愛情が現れるんじゃないか」
 まぁ、ついでに俺も試食されてもらえるとありがたいんだがな―――と、以外とちゃっかりしたことを言うのも忘れない。
「じゃあ、3つ目は何にする?」
 微妙にわくわくしたような顔で吠音は周囲を見回した。
「あの……最後はあたしに考えがあるんですけど―――」
「どんなの?」
「それは、当日まで秘密にしておいて良いですか?」
 みなもは密かに決意を秘めてそう言った。


■■■■■


「あら、逃げずにちゃんと来たのね」
「そっちこそ、とっくに怖気づいて沼に帰ったかと思ってましたけど」
「失礼ね! 沼じゃなくて池よ、池!」
 決戦当日顔を合わせるなり壮絶な舌戦が繰り広げられる。
「女って怖いよなぁ……」
 奈枝と蔡子を遠巻きに吠音がそう言うと、三郎も首を振る。
 そして、いまだ罵り合う三郎を吠音は連れ出した。

「はーい、奈枝ちゃんも蔡子さんもそこまでにしてそれぞれの席についてくださーい」
 放っておいてはきりがないと判断した慧那は2人を引き離す。
 教室の廊下寄りと窓寄りの席に奈枝と蔡子をそれぞれ座らせて、楓香、慧那の2人で作成した『三郎カルトテスト』なるものを2人に配る。
「制限時間は1時間です。始めてください!」
 楓香の掛け声で2人は伏せられていた紙を同時に捲って回答を記入し始めた―――
 そして、
「はい、そこまで〜」
 ピィ―――ッと、どこから持ってきたのか楓香は終了の笛を鳴らした。
「じゃあ、これはあたしと慧那ちゃんの2人で採点するので、次の対決場所に行って下さい」
 2人を送り出してから楓香と慧那は三郎に同様の質問を記入させた模範回答を手に2人の解答用紙を採点していったのだが――――
「ねぇ、楓香ちゃん」
「なに、慧那ちゃん?」
「蔡子さんの点数はどう?」
 そう問いかけられて、楓香は慧那に蔡子の回答用紙を見せる。
 蔡子の回答用紙には丸が並んでいた。
 慧那は大きく溜息をついた。

 奈枝と蔡子が次に向かわされたのは調理室だった。
「次はここにあるもので彼に食べさせたい料理を作ってくれ。出来あがったものはどちらが作ったものか名前を伏せて彼に食べて判断させる。材料はここにあるものをなんでも使ってもらっても良い。時間は……そうだなぁ、今から1時間というところか」
 まぁ、適当にやってくれと、慶悟は2人に告げた。
 1時間後、慶悟の目の前に置かれた料理は……まぁ、あまり見たことのない形状のものだった。どちらも、だ。
 文化の違いを考えるなら蔡子の作ったものが見たことないモノであってもそれは仕方ないのかもしれない。
 だが、奈枝の作ったものも同様だというのは―――それは如何なものか。
「……」
 あわよくば試食には自分も参加させてもらおうかと思っていた慶悟だったがどうもそれは遠慮した方が良さそうだ。
 その慶悟の判断は正しかったと、慶悟は直後に知ることになる。

 ペーパーテストの結果、奈枝60点、蔡子90点。
 料理対決の結果は―――両方を試食した三郎が気絶したので判定不能ということで引き分け。
 残されたのはみなもが考えた最後の勝負のみとなった。


■■■■■


「3つ目の勝負はじゃんけんです」
 みなもは協力者全員と河童兄弟、そして奈枝と蔡子に至って真面目にそう宣言した。
「じゃんけん!?」
「みなもちゃん……じゃんけんって、あのじゃんけんよね?」
「えぇ。もちろん」
 全く三郎とは関係のない、しかも運だけが基準のじゃんけんで最後の決着をつけるというのか―――なぜ、みなもが最後の1番重要な勝負にじゃんけんを選んだのか慧那と楓香には判りかねる。
 慶悟だけは黙ってそれを眺めている。
「さ、早く済ませましょう、奈枝さん、蔡子さん」
 みなもはそういって2人を向かい合わせに立たせる。
「じゃんけん――――ぽん」
 みなもの目の前に出された蔡子の手はグー。
 そして―――
「この勝負……蔡子さんの勝ちですね」
 奈枝の手はチョキを出していた。
「嘘! そんなぁ……」
と、楓香の口から思わす言葉が零れ落ちた。
「ふふふ……これで、三郎様はワタクシのものということでよろしいのよ、ね。さ、三郎様早く帰りましょう」
 蔡子は満足そうにそう言うと早速三郎の腕を取った。
「行きましょう、三郎様」
 さぁ、早く―――そう言って蔡子は三郎を促す。
「三郎さん、私がなぜ最後の最後で“じゃんけん”にしたか判りますか?」
 三郎は首を横に振る。
「意味がないんです」
「意味がない?」
 みなものその答えに周囲は不思議そうな顔をした。
「この勝負そのものに、あたしは意味がないと思ったんです。ねぇ、三郎さん貴方はどうしたいんですか? この勝負では三郎さんは意思無しの景品扱いです。それで良いんでしょうか」
 みなもは更にそう問いかける。
「三郎さん、本当にどうでもいいんなら奈枝さんだって別に不戦敗にしても良かったんじゃないですか?」
「三郎君、ここで男見せなきゃどうすんだよ」
「三郎君、約束だから帰れって言われたら帰っちゃうの?せっかくお友達以上になれたのに!私だって5歳の年の差に悩んで……それはどうでも良いけど、それに比べたら河童と人間の左派大きすぎるかもしれないけど、それでも伝えなきゃいけない事があるのは河童も人間も同じでしょ!」
 慧那は必死に三郎に訴えた―――
「勝負である以上結果は守るというのが筋だが……最終的には彼の判断だ。公に付き合っていないと言うのだから蔡子さんの方にも分があっていいわけだから―――なぁ、奈枝嬢?」
 今度は慶悟が奈枝にそう告げる。
「あたしは……あたしはっ、だって三郎なんにも言わないじゃないの! 日頃は気安く好きだとか言うくせに、この人にはなんにも言わないじゃない! だから、あたしは―――」
 そう言った奈枝と三郎の目が合う。
「ごめん―――俺、帰らない」
 三郎は初めて蔡子の目をまっすぐに見て言った。
「もし、今、帰っても、帰っても俺はまたここに……奈枝のところに戻って来る。蔡子の望むようにはなれない」
「そんな、三郎様! だって勝負にはワタクシが勝ったのよ」
「でも、俺が好きなのは蔡子じゃない、奈枝なんだ」

 蔡子はショックを受けたようにそこに座り込んでしまう。
「蔡子、ごめん」
 そういう三郎の声も今の蔡子には届いていないようだった。
 そんな蔡子の目の前に手が差し出された。
「ほら、帰ろう蔡子」
 そう言ったのは二郎だった。
「……ぅ、二郎ぅ」
 蔡子はそのまま二郎にしがみ付くように抱きついた。
 声を押し殺す蔡子を、二郎がゆっくり優しくその背中を軽くたたくようにして抱きしめた。
 こうして嵐は帰っていった―――


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 これだけ大騒ぎをした三郎と奈枝の2人だったが、後日なにか進展があったかといえば―――
「奈枝―――一緒に帰ろうって言っただろう。なんで先帰っちゃうんだよ」
「そんな約束してないでしょ。勝手に三郎が言ってるだけでしょ」
「えぇ、奈枝ぇ」
 相変わらずのようであったが、
「もうしょうがないな」
 そう言って、奈枝が追いかけてくる三郎を振りかえって手を差し出した。

 雫は、手を繋ぐ2人を携帯で激写。
 それを5人の元にメールで送った。


Fin


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0389 / 真名神慶悟 / 男 / 20歳 / 陰陽師】

【2521 / 夕乃瀬慧那 / 女 / 15歳 / 女子高生・へっぽこ陰陽師】

【2152 / 丈峯楓香 / 女 / 15歳 / 高校生】

【1252 / 海原みなも / 女 / 13歳 / 中学生】

【2619 / 龍神吠音 / 男 / 19歳 / プロボクサー】


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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、遠野藍子です。
 今回は全員、前回からの参加者の方でした。ありがとうございました。
 えぇっと、ちょっと今回はコメディ色抑え目ですね。
 まぁ、これでこの2人の間の結論は出たかなぁと思っています。
 でも、きっとこの2人はこの後も同じようなことを繰り返していくんだろうなぁ……と。次回がまたあるかどうかは今のところ全くの未定ですが、またお会い出来ることがあれば宜しくお願いいたします。