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■漆黒の翼で 2■

山崎あすな
【1431】【如月・縁樹】【旅人】
【 夜想曲 -ノクターン- 】


『おい、スノー』
「なんですか?」
『あの男、何もわかっちゃいないみたいじゃないか。それでも狩るのか?』
 昨日一日。
 追跡を繰り返し、何度も接触をしたが疑問ばかりが残っているという顔をしていた。
『説明ぐらい、してやったほうがいいんじゃないのか?』
 そうかもしれない。
 だが、わかっていてとぼけているのかもしれない。
「いえ……それはできません」
 そこで隙を見せてしまったら、自分が危ないのだから。
『……そうか』
 自分の相棒でもあり、半身でもあり、命でもある大鎌『へゲル』の言っていることも一理ある。
 だが――

「見逃さない」




 ――私はダークハンター……――

 何一つ変わりない紅茶館「浅葱」で、真っ暗な中、小さな明かりを一つつけて片付けをしていたファー。

 ――貴方はいつか、人に害をもたらす――

 脳裏に響くのは、昨日から突如、自分の前に現れた少女の声。

 ――だから……狩ります――

 なぜ、自分が人に害をもたらすのか。
 なぜ、少女がそのことを知っているのか。

 問う暇はなかった。

「……俺は、人に害をもたらすのか……?」

 だから、自問をしてみる。
 だが、答えを返してくれるものなど、一人もいない。
 誰もその答えは、持っていないのだから。
 だったらあの少女から、直接聞き出すしかない。
 けれど――わかってくれるだろうか。
 教えてくれるだろうか。

 問答無用で大鎌を振り下ろす、あの少女が。

 自分の声に耳を傾けてくれるのだろうか。
 答えは否。
 ファーがわざとわからないふりをし、相手の隙を狙っているのかもしれないと、思われていたらおしまいだ。
 敵に情けをかけるような性格もしれそうにない。
 目の前にいる敵を、逃すような性格もしてそうにない。
「俺が聞いても、ダメだ」
 誰かの力が必要だ。
 もし、自分でないものが少女との接触を試み、話を聞けたのなら少しは状況が変わるかもしれない。
「でも一体、誰の力を借りれば……」 
 そんなとき。
 ファーの脳裏に浮かんだ一人の存在。
「……まさか、また、世話になるわけにもいかない」
 散々迷惑をかけてしまったのだから、また力を借りることなんてできない。
 強く心に思ったのだが。

 からん、からん。

 遠慮がちに開いたドアの先に見えた人影に、その決心は揺らいだのだった。
【 漆黒の翼で2 - 夜想曲 - 】


 物音一つしない静寂の中で、そっと扉を開ける影一つ。小さな一対の瞳は、そんな影をしっかりと捉えていた。
 そっと出て行くつもりなのだろう。
『おい』
「っ!」
 突然声をかけられて、ビクッと身体をはねさせた。
『黙って出て行くのか?』
「……ノイか」
 声をじっくり聞いて、やっと何が話しかけているのか気がついたようだ。
「そのつもりだ。縁樹に、世話になったと言っておいてくれないか」
『自分で言えばいいだろう』
 ファーはあれから、縁樹とノイに話せるだけの事情を全て伝え、一眠りさせてもらった。しかし、予想外にぐっすり眠ってしまったようで、気がついたら翌日の夕方になってしまっていたのだ。
 緊張のせいもあったのだろう。結局そのまま晩御飯まで用意してもらい、もう一晩かくまってもらうことになった。しかし。
「……これ以上、ここにいるわけにもいかない」
 ファーは寝静まったこの時間に、縁樹の家を発つことを決めた。
『夜行動するほうが、危険なんじゃないのか?』
「いや、人目につかないほうが好都合だ」
『は?』
 すると、ファーの身体はどんどん実体がなくなるかのように――透き通っていく。
『お、おい!』
「……じゃあな」
 手を伸ばしたノイ。しかし、すぐそこにいたはずの存在は、突然音もなく消え去ってしまった。
『な、なんなんだ……あいつ……』
 真っ黒な翼を、しかも片方だけ背負っている青年。
 その翼以外は何の変哲もない、ただの青年。
 しかし、本人も昨日言っていた。あの漆黒の片翼と、過去が関係して、狙われているのかもしれないと。
 だとしたら――
『人間じゃない……』
 目の前で消えるような芸当を見せた時点でもう、人間ではないのだが一体彼は何者なんだ。
「翼が生えてるから、天使かもね」
『でも、そんな柄じゃなかったよな』
「確かに。どちらかというと……」

 ――堕天使――

「よし、ノイ! 甘いもの食べに行こう!」
『は? これから?』
「そう。紅茶館「浅葱」で、おいしい紅茶と甘いもの、食べさせてもらおう」
 笑顔でノイを肩に乗せると、縁樹は帽子をしっかりとかぶった。

 ◇  ◇  ◇

 勢いよく夜の街に飛び出したものの、はっきりと紅茶館「浅葱」の場所がわかっているわけではなかった。
 けれど、彼の話に出てきた「逃走経路」を思い出してみると、大体予想はつく。それに紅茶を専門に扱うお店なんて、そうそう多くはない。すぐに見つかるはずだ。
 どこからともなく沸き起こるその自信に、どうやら間違いはなかったようだ。
 大通りから少し外れた小路に入り、すこし歩いたところにその看板は見つかった。

 紅茶館「浅葱」

 ティーカップの形をした看板に浅葱色で書かれたその文字を、しっかりと捉えた縁樹はノイにウインク一つ。
 ノイはそんな彼女に諦めを込めたため息で返事をした。
『電気ついてないぞ』
「でも、家はここしかないって言ってたから、帰ってきてるよ」
『そうかぁ?』
 店のドアに手をかける。ブラインドは下ろされているが、ドアにカギはかかっていないようだ。
 大きく開くと軽快なカウベルが迎えてくれる。
 中に入って一番に視界に入ってきたのは――見事なまでに混沌の黒を表わした片翼。
 カウベルがあれだけ響いたのだから、気づいているのだろうが、彼は振り返ろうとしない。
「ファーさん」
 声をかけてやっと、そこで彼は振り返った。ため息交じりの、複雑な表情を浮かべながら。
「よく、わかったな」
『おまえの話、聞いてれば予想できるぞ、この場所』
「そうか……」
 これ以上関わらないようにと、縁樹の家を出たつもりだったが、逆に追われてしまった。そして、追いつかれてしまった。
「最後まで、関わらせてください。ファーさん」
「……だが……」
 ためらいを隠せないのは当たり前だろう。見ず知らずの他人にあそこまで良くしてもらって、事情も聞いてもらって、それでまだ関わってくれるというのだから――
 今まで、ファーが関わった人の中に、こんなにも暖かいものを持っている人はいなかった。
「何か、できることはないですか?」
 縁樹のその言葉に、思わず先ほど考えていたことが脳裏に浮かぶ。

 誰かの力が必要だ。
 もし、自分でないものが少女との接触を試み、話を聞けたのなら少しは状況が変わるかもしれない。

 自分以外の誰かが――少女から、話を聞き出せたら――

 なぜ自分が人にいつか害をもたらすのか。
 それだけわかればいい。
 だから……
「言葉に、甘えさせてもらってもいいのか……」
 独りで生きてきたファーにとって、その言葉はどれほど悩んだ先にでたものだったのだろうか。
「はい。もちろんです」
 笑顔でうなずく縁中の姿に――どれほど救われたのだろうか。

 ◇  ◇  ◇

『おい、縁樹……本当にやるのかよ……』
「やるしかないでしょ」
『これで縁樹が怪我でもしたら、あの男ぶっ殺すからな』
「そんなへましないって」
『……ボクもついてるし』
「そうだね。ノイがついてれば、百人力だよ」
『当たり前だ……』
 言われてそっぽをむくノイ。どうやら照れているようだ。
『でも、当ても何もないんだろう?』
「そうだね……ダークハンターさんに会って話をするって、約束してきたけど、どうやったら会えるかな」
 甘えさせてもらっていいのか。
 そう言ったファーの「甘え」は、ダークハンターと自分を称した少女からファーがなぜ、人に害をもたらすのかを聞き出すこと。
 その後の判断は縁樹に任せると、言っていた。それは多分、自分で判断して、もし本当にファーが人間の害となる者だったら、それを狩ろうとしている少女を止めるなという意味なのだろう。
「ダークハンターさんって呼んでみるとか?」
『そんな安易な……』
「でも、そうするしかないでしょ」
『まぁ、そうだけど……』
 そんな会話をしていた二人が、一瞬言葉を失った。昨日の昼間に感じた殺気と、同じものを今度は正面から感じたから。
「――ダークハンター……さん?」
「名はスノー」
 冷たい声が返ってきた。
「私との接触を試みていた……あの男の話を、聞きに来たの?」
「そうなんです。良かったら、なぜファーさんを殺そうとするのか、教えて……」
 深い緑をした瞳が、闇夜の中で輝いているように見える。ぞっとするが、ここで引き下がるわけにはいかない。
『話してやったらええやん。そしたら、ターゲットにも伝わるやろ』
 ふと、聞きなれない声が響いて、疑問符が中を舞う。
「そう……」
『話しにくかったら、俺から言ったるから』
「えーっと……」
 縁樹がおずおずと、あらたに聞こえてきた声に対して言葉を飛ばす。
『俺はスノーの一部であり、最大の弱点であり、強みでもある鎌や。スノーは話すの下手やから、俺が説明したる』
「お願いします」
 スノーの手に持っている大きな鎌に口のような部分が見える。そこがうっすらと動いているのが、この距離から確認できるのだ。
 鎌が話をしていることに、間違いはないのだろう。
『縁樹、なんか変じゃないか?』
「何が?」
『だって、ボクたちが探してるときにいいタイミングで現れるし、待っていたといわんばかりに知りたいことをしゃべってくれようとするし……』
「都合がよすぎる」
 ノイの言葉の続きは、すぐそこまで間合いを詰めてきていた少女――スノーが答えた。
「疑って当たり前。でも、判断してほしい」
『ボクたち自信で、ファーが悪者か、いい者かを判断しろっての?』
「そう……」
 スノーと大鎌の話を聞けば、今の気持ちが揺らぐというのだろうか。
 ファーが、悪者として見えるというのだろうか。
 そんなことはきっとない。でも、判断してほしいとファーも言っていた。
 ならば――

「聞かせてください。自分自身で判断をします」

 縁樹は決意を硬く、強い意志を込めた瞳でスノーを見つめた。

 ◇  ◇  ◇

『どこにでもある堕天使の伝説は知ってるな?』
「はい」
『ファーはその伝説となっとる堕天使の一人だ。こことは違う異世界に天界っつーところがあって、そこで裏切りにあい、地上に堕とされ、そして――』
「人を殺すことに快楽を覚えた」
 そこまで言うと、スノーが一枚の羽根を見せた。
 小さなスノーの手のひらいっぱいに広がった羽根は、見たことのある漆黒だった。
「翼を失ったのは――完全に天使として追放されたから」
『だが、なぜか片翼を取り返した。でも、もう片翼は取り返せなかった。その片翼が、今、スノーの持っとる羽根なんや』
「この羽根にはあの男が殺戮を繰り返していた時の記憶と、感覚、感情などが全て詰め込まれている」
「ファーさんが……そんなことを……」
 信じられなかった。口数は少ないが、決して人を殺すような感情を持っているようには見えない。
「全てをこれに封じ込めた。けれど、この羽根には意志があり、主人であるあの男のもとに戻ることを望んでいる」
『それが戻ってしもうたら、封じられている全てが開放されて、殺戮者に戻ってしまう』
「だからその前に狩る。必ず彼は人の害になる」
 堕天した天使。
 強い憎悪だけを抱えて、人を殺すことでその憎悪を晴らして生きていくしかなかった。
「その羽根を消すことはできないんですか!」
 そんな堕天使だったときの記憶が込められた翼さえなければ、彼が再びそれを繰り返すことはない。
「一度――消された羽根。しかし、異世界からこの地へ来た彼と共に、再び羽根はこの地へ現れた」
『何枚に散ったかわからないから、羽根を消して歩くよりも、本体を狩ったほうが早いと判断したんよ』
「一枚いちまいに、全部の記憶が詰め込まれているんですか?」
「一枚消えれば、一枚現れる。記憶の全てを持って。厄介な羽根」

 羽根を全て消すことはもはや不可能。
 彼が、殺戮を繰り返した日々を思い出さないためにも、その前に殺さなければいけない。

「……他の方法は……ないんですか……?」
『ないな。しかもこの羽根、厄介なことに無力な者に触れると、力が解放され、殺戮者であったときのあの男が身体を乗っ取る』
「堕天使――ルシフェルとして」

 道はないのか。
 羽根を全部探し出し、彼は今のままで生きるという道は――ないのだろうか。
 異世界から来た存在であるファー。
 その異世界から一緒に連れてきてしまった、何枚もの羽根。

 その中に込められた――ファーの過去の記憶。

 その記憶と、感覚、感情、そして何より――力を解放させないためにも、彼を殺すしか、道はないのか――?

『縁樹……』
「僕は、どうしたらいいんだろう。ねえノイ。どうしたら……ファーさんを死なせないですむんだろう。それとも、そんな道、ないのかな……」
 スノーが姿を消した後、そんな言葉をつぶやいた縁樹。
 ノイの返答は、いくら待っても来なかった。



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■       ○ 登場人物一覧 ○       ■
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 ‖如月・縁樹‖整理番号:1431 │ 性別:女性 │ 年齢:19歳 │ 職業:旅人
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■       ○ ライター通信 ○       ■
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如月縁樹さん、そしてノイさん、こんにちは。ライターのあすなともうします。
「漆黒の翼で」シリーズの第ニ話目の発注も、ありがとうございました!

真実が明かされる話だったのですが、いかがでしたでしょうか。都合よく現れる
スノーの存在がなんともいえないのですが…(苦笑)相変わらずの縁樹さんとノ
イさんとの掛け合いが大変楽しいです。この後、最終話で縁樹さんがどうするか
はお任せいたします。最後まで、お付き合いいただけると、大変光栄です。どう
ぞ、よろしくお願いいたします。

それでは失礼いたします。この度は本当にありがとうございました!また、お目
にかかれることを願っております。

                           あすな 拝