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■「箱庭庭園‐失楽園-」■

秋月 奏
【1431】【如月・縁樹】【旅人】
一つの夢があった。
夢は、何時しか――悪夢と呼ばれるものへと成長した。
ぶくぶくと深淵へと沈み、遊ぶ"夢"は、ある日一つの遊びを思いつく。

それは――。

どのような人でも覚えがあるだろう、悪夢への誘い。
それらが実現していく度、夢は肥え太り、喜びの声をあげる。
くすくすと楽しげな笑い声ではなく、抑えた嬉しくもないような声で笑うのだ。

「……さあ、君ならどうする?」
黒尽くめの青年が問い掛ける。
君にも素養がある、悪夢は誰の心にも根付くもの。
気付かぬうちに見る夢を君はどうやって打ち砕くのか?

そう、問い掛けるように。

が、その問いに微笑う少女が一人。
腰まである長い髪に、銀の鎖鎌を持ちし少女。

「どうもしないでしょう、闇は闇に沈むが定め……それでも、足掻くと言うのであれば」

この手を取りなさい。
少女はそう言っているかのように、白く細い指を――貴方の前へと差し出した。





「箱庭庭園‐失楽園-」

 夜。
 等しく誰の身にも、夜は、訪れる。

 望んでいなくとも。
 望もうとも。
 どちらでも、等しく、同じに。




 生まれた意味を考える。
 生かされてきた意味を考える。

 その、身体の中に流れる血潮の意味を。
 脈打つ、鼓動の意味を。

 そして――身体全体を支配する、今ある、思考の意味を。

 自分が誰か、ではない。
 自分が、どうして、此処にいるか、ではない。

 ……ふとした時に。

 思考は、堕ちる。

"何故"と言う疑問と――疑問から、沸き出でる自分への存在の曖昧さに向かって。





(……なんで……)

 僕は、此処にいるんだろう?

 現実にこうして身体があることの意味。
 心があることの意味は――なんだろう?

 生まれた場所は「闇」だった。
 真っ暗で完璧な「黒」

 其の場所から生まれたから――時に、自分を見て、人を見るとどうしても解らなくなる。

『だって、僕は違うのだもの』

 だって、とか。
 でも、とか。

 そう言う言葉を言うものじゃないと解っている。
 解っているけれど……出てしまう。

『皆、とは……違うの』

 ああ、でも。

(皆って――誰?)

 良く言うけれど、良く聞くけれど。

 不特定多数の「誰か」
 誰かは皆、なんだろうか……それとも、皆と言うのは……。

(誰にでも当てはまり、また)

 誰でもない――形無き、見えないものなんだろうか?




 シャクリシャクリ……。

 林檎を齧るような音が響いては、消える。

『夢』は、ご機嫌だった。

 いつもならば、良い夢ばかりで食べるに食べれなかった筈の物が、今日に限っては食べやすく美味だったからだ。
 どす黒く染まるような哀しみを糧に、夢は嗤う。

 気付かれないように、こっそりと誰かに向かい――そして、其の誰かは苦笑いを浮かべる。
 困ったものだ――と言う言葉を言うでもなしに。

「やれやれ……どうしたものかな」

"箱庭"から、一つ何かが消えていて戸惑う声に、もう一つの声がかかる。
 どちらも黒尽くめ。
 ただ違いがあるとすれば、両者の瞳の色と、片方は青年で片方は少女であると言うことだろうか……。

「回収、までには時間がかかりそうですね」
「…夢が転じる頃合いに回収できれば良いが…まあ、問題は無い…んだろうね?」
「無いと思いますよ? この庭から消えた方は気付いていませんが……彼女には保護者、がついていますから」
「保護者…君にとっては喧嘩友達かな?」
「いいえ」
 青年の問いに、一人の少女はきっぱりと否定した。
 不思議そうに見る銀の瞳が少女を見……、
「?」
「私にとっては遊べる、方です」
 綾瀬・まあやは、にっこり微笑みながら、そう、言い切った。
 面白そうに笑う猫の瞳が――三日月のよう、細くなる。





「ねえ、ノイ?」
「んー?」

 ぽかぽか陽気の昼下がり。
 気分が良くて、そのままお散歩になり……とあるデパートの屋上で、ジュースを飲みつつ、休憩。
 如月・縁樹は、いつもと同じ日常を心から満喫しているように……見えた。

 ……少なくとも表面上は。

 だが、彼女の中に巣食っている「夢」は、それを許さなかった。
 そして、それが、一つの言葉へと変わる。

「自分がどうして、此処にいるか…考えたこと、ある?」

 ぱちくり。
 小さな身体にそぐわないほど、大きな瞳を瞬かせ、傍目には人形にしか見えない「ノイ」が、ぽふぽふと縁樹の頬を叩いた。
 ノイの身体は純正100%綿素材だから、痛くも何とも無い。

 けれど、この時。

 何故か縁樹の心は酷く痛みを、覚えた。


『縁樹は何故、そう言う風に考えるのさ?』

 僕にしか聞こえない声で、ノイが問い掛ける。

 ――聞いてるのは僕だよ、ノイ。

(…でも…本当に…何故、だろう?)

 急激に。
 まるで糸が断ち切られてしまったように不安になった。
 見放されてしまったようで、「此処には君が居なくても良いんだよ」と言われてしまったようで……、気付いた瞬間、部屋の中で自分を抱きしめていたほど――怖くなった。


"そう――怖いの?"


(……え?)


 声。
 ノイではない、屋上に居る人たちの声ではない。
 全く別の声が、僕の中から、聞こえてきた。


"可哀相ね……怖い、だなんて……闇から生まれた貴女が、それを言う、なんて"


 誰?
 聞いても答えてなんてくれない。
 でも聞かずには居られない……どうして、と聞きたいのに、言葉が出ない。

 ノイの問いかけにさえ、答えられない。


"本当に、貴女は可哀相……"


 囁くような声が、今は、酷くエコーがかった、大音量。
 割れそうに痛む頭を抱え、ノイを呼ぶ――ううん、呼びたかったけれど……、出来なかった。






 闇は光よりも、強い。
 何故なら、光があれば必ず陰が出来る。

 とは言え、実際には。

 白と言う物は全ての色を含んでいるからこそ輝くのだが。

 なら、闇は――?

 闇は、闇の中にあっても闇のままで居られるだろうか?





『縁樹? 大丈夫……っ!?』

 ノイは叫び、問い掛ける。
 問い掛けた言葉にさえ、返って来なかったのだから、聞いても馬鹿を見るのは解りきっている。

 けれど、聞かずには居られなくて、ノイは、綿で出来た身体を動かし、縁樹の手に触れようとするが。
 触れられない。

 正確には――触れようとしても、すり抜けてしまう。
 困った笑顔を浮かべるノイだが、其の表情さえも縁樹は見る事が出来ないまま、深く、深く頭を抱えた。
 微かに呻く声も聞こえるのに、ノイには、今、何も出来ない。
 逆に辛さを変われたら、良いのだけれど、それさえも出来ないまま。

(ああ、問い掛ける前に何かを)

 言ってあげれば良かったんだろうか?
 そうすれば、縁樹は笑ってくれたんだろうか?

 でも――と、ノイは思う。

(与えられた答えだけじゃ納得なんて、しないよね?)

 聞かれて、与えるだけならば誰にでも出来る。

 だが、この、問いはそう言うものではなかった。

(違うと思うんだよ、僕は)

 ノイ、と呼びかけることさえ出来ず、言葉にならないままの縁樹を見守りながら。




 可哀相だと声は何度も言い続ける。
 憐れむと言うよりは、覚えこませるように繰り返される、其の、言葉。


(独りだと言う事が怖いわけじゃない)

"なら、どうして怖いと思うの?"

 独りが怖くないのなら。
 見放されたって――、大丈夫な、筈でしょう?

 シャクシャクシャクシャク……。

 喰われていく音が響く。

 内側から。

 ……想い、から?

(見放されたとしても、誰かが、居てくれないと――)

 精一杯の言葉で縁樹は、声へ告げる。
 が、また嗤う声が返ってきた。


"誰か? 不特定多数への言葉ね。なら……"


 癒してくれるのなら誰だって良いの?
 貴女の心はそんなに、空虚なの?


(……違う……っ!)


 そんな事が言いたいんじゃない……!
 駄目だ、何も言葉になんてならない。


 痛くて痛くて、誰かに縋りたいのに。

 ――縋れない。


 皆って、誰?と考えていたのも僕。
 そして誰かに縋りたいと――不特定多数へ助けを求めるのも、僕。

(僕は、どうしたい……?)


 ノイ……辛いよ。
 考える事が。
 考えることによって、誰かの言葉を貰うのが。
 こんなにも――、辛い……なんて。


(初めてだ……)





「そろそろ……でしょうか」
「任せるよ。君の友人だ……君が動きやすい時に」
「ですね……では、語りかけでもしましょうか……猫さんは良ければリュートを」
「言われずとも手伝うよ。此処からでは君の声は聞こえない」


 現実ではない場所から、現実の場所へ――
 声が届けられないのなら、思考する事で、届ける。

 静かに、静かに音が奏でられる中で、まあやは、祈るよう指を組んだ。
 黒い髪が、吹く筈もない風に、揺れた。

 帰っておいで、とは言わない。

 ただ――

(貴女の場所に、今、誰が居るか思い出して)

 奏でる音が、庭園から、箱庭から、流れ行く。

 まあやと、猫。
 二人のように気まぐれな音を作り上げながら、旋律として、一人の人物のみに届くように。






(……音が聞こえる)

 確か、このリュートの音は……良く知っている人物のリュートであるように思う。
 だが、何処か少し違う。
 彼女が奏でる美しい旋律ではなく、何処かずれた…けれど耳を傾けるような音。

"聞こえますか?"

 声がした。
 彼女の声。
 静かな、静かな、まるで水のようにしみこむ、声。

 聞こえるよ、と答えようとするけれど上手く言葉にはならない。

 どうして、見えなくなるんだろうね?
 何故急に瞳を無理矢理閉ざされた気分になるんだろう?


"さあ? 考えてしまう時は…誰にだってあるでしょう?"

 そんなものかな……僕が居ても居なくても、世界は回るんじゃない?

"そりゃ、回るでしょうよ。世界は世界ですから。ただ…それでは如月さんは、必要としてくれる方のためには居てくださらないんですか?"

 …居るとは、思えないよ。
 不特定多数の誰かに救いを求めるような僕を。

(一体誰が必要とするの?)

"あらあら…ノイさんが哀しみますよ? それに、私も"

 ノイ……?

 いつも一緒に居る、人形。
 時折、口が悪くて、喧嘩ばかりになるけれど、それでも居ないと何処かおかしい……そんな存在。

 解らなくて聞いたのに、逆に聞き返されたりもして、更に考え込んだけれど。

"答えを出すだけじゃ、あんちょこを見るのと変わらない……なるほど。らしいですね"

 そう言うものなの?
 ならまだ…居てもいいのかな。

 居ても良いのなら……。


『僕は、まだ、此処に居たい……んだ……』

 解らなくて、誰かに救いを求める事だって、これからも、きっと多くある。
 でも――それが僕が此処に居る証。
 闇の中で、瞬きを忘れて強張るより、此処にいて色々なものを見ていたほうが余程良い。


 突如。
 縁樹の内部から、聞こえていた、シャクシャクと響いていた音が消えた。
 ずっと、聞こえていた可哀相と言う言葉も何時しか消えていて――

 縁樹はゆっくり、瞳を開ける。
 瞳を開けて見えるだろう者を期待しながら、ゆっくりと。

 ……縁樹の前には。

 心配そうに瞳を潤ませたような表情の、ノイの姿があった。
 そして。

『…お帰り、縁樹』
「……ただいま、ノイ」

 ほっと、息をもらし、微かにノイが微笑んだのを縁樹は何よりも嬉しく思った。


 …ノイと縁樹。ふたりの、すぐ近くには――。
 ミニチュアサイズの、少女像が、まるで忘れられたかのように転がり……其の像は、何時しか二度、三度と吹く風に運ばれ――やがて、見えなくなった。




―End―

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■   登場人物                  ■
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【1431 / 如月・縁樹  / 女 / 19 / 旅人】

【NPC / 猫 / 男 / 999 / 庭園の猫】
【NPC / 綾瀬・まあや / 女 / 17 / 闇の調律師】
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■        庭 園 通 信          ■
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初めまして、こんにちは。ライターの秋月 奏です。
今回はこちらのゲーノベにご参加くださり誠に有難うございます!
如月さんは、初めてのご参加で…今回は本当にどうもありがとうございました(^^)
ダークOKと言う言葉を頂き、小躍りしたのは内緒の話です(汗)

さて、ゲーノベは個別にて書かせて頂いておりまして、
如月さんのは、こう言う風になりましたが……如何でしたでしょうか?
どちらかと言うと、猫や綾瀬さんが絡むより、内面ではないかと言うイメージを
プレイングにて受けましたので、この様な形になりましたが……
少しでも、楽しんでいただけた部分があったなら幸いです

悩むこと、惑う事も時に多くあり、自分自身を否定したくなる
気持ちで一杯になることもありますけれど、優しい守護者さんが
居るのですから如月さんのこれからも、きっと大丈夫なのでしょうね♪

では、また何処かにて逢えますことを祈りつつ……。