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■徒然版・東昭舘日常■

伊織
【1831】【御影・涼】【大学生】
都内の或る場所に存在する武道場、東昭舘。
今日も各道場では激しい稽古が四天王や先生方により行われている。

そんなある日、あなたはこの道場へ足を運ぶ。
剣道場、居合道場、弓道場、古武術道場。
まだ他にもあるらしい。

さて、あなたの来訪の目的は?

東昭舘日乗 ― 天狼之剣 ―


―――室内。

辛うじて其れが解る程の薄暗い灯りがひとつ。
和蝋燭の炎が静かに燃立つ。


而、


小さな炎が揺らめいた。
其の拍子に蝋燭立ての前に座する姿が浮び上る。
若い、―― どこか穏やかなる風貌。
少年から青年へと変貌する狭間のとき。
然しながら其の眼はまごうかたなき武士の其れ。
静かな湖面を思わせる瞳に、強い意志が見える。



御影・涼(みかげ・りょう)。
医学を志す大学生という身であるものの、
其の身体に流れる御影の血筋。
逃れ得ぬ天狼の血――。



場が、耳が痛くなる程に音が消える。
其れと共に身体が痛くなる程に気が満ちてくる。



涼の右手が刀身の柄を握る。
左手が静かに鯉口を切る。
微かな鉄の音。
其の手を支点に刀を振り抜き、見えない敵の腰までを斬り下ろす。

―― 「初発刀」。

速い。
その動きからかなりの手連れとわかる無駄のない洗練された動き。
其のまま残心、“序破急”の動きから一転、再び“静”となる。
微動だにしない刀身が、炎をうけて冷たく耀く。



「正神丙霊刀・黄天」。
御影家へ伝わる霊刀であり、浄化と波動の力を持つという。
この黄天、対刀であり、もう一振り「正神丙霊刀・黄化」がある。
涼は普段、具現化して使用するが
本来は御影家に鎮座している真に不思議なる霊刀である。



残心を残したまま構えを自然体にとる。
刀身は再び鞘へと戻っている。



場に、気が凝縮され漂い始める。



剣の柄に涼の両手がかけられる。
右足を大きく前へ踏み出すと同時に、腰を左に捻り気味にて抜刀。
涼やかな鞘走りの音がする。
横へ鋭く薙ぐ一刀を抜き付け、
左足を踏み出しながら左肩側より浮け流しに刀を振りかぶり
さらに右足を大きく踏み出して相手正面を深く斬り下げる。

そのままの立姿で血振り。
両足を静かに揃え納刀。

―― 「虎乱刀」。

敵を追い込んで仕留める技である。
実戦で必ず起こり得る状況であり、柔軟に応じる感覚を必要とするものである。
動きの大きい形だが、涼の呼吸は変わらず静か。
虎の動きを模したものだが、彼の動きにはやはりどこか狼を思わせる。
其れはやはり天狼故か。





再び座する涼。
己の左横に迫る見えざる敵の存在に、振り向くと同時に黄天に手をかけ腰をあげる。
そして黄天を胸元近くに寄せ、頭上前方に抜き上げる。
剣先が鯉口を離れる寸前に立ち上がり、敵の打ちおろした刀を受け流す。
柔軟な手首の動き。
その勢いを殺さず其のまま切っ先を右上方に回し、袈裟懸けに斬り下ろす。

一泊の間をおき、右手を柄からいったん離して上から逆手に持ちかえる。
そして血振り、其のまま納刀。

―― 「流刀」。

かなりの技を強いられる形である。
敵の斬撃を防御しつつ斬り下ろすタイミングがとにかく難しい。
流動的な動きをするのによほどの鍛錬が必要となる。
身体の動きの勢いを其のままに、逆手に刀を持ち替えるのは
余程に刀と己が一体でなければ為らぬだろう。
然し其れゆえに実戦で行えば無駄な動きなく事を成せるのである。





静かに座する涼の目が渇と開かれる。
と同時の抜き付け、そして真っ向に斬り下ろす。
納刀しかけたところへ、別の敵が正面から斬りかかるに応じ、
涼は後ろに引き、抜き付けの一刀で敵が腰を斬り、さらに振りかぶって斬り下ろす。

―― 「陰陽進退」。

血振りをして納刀。
間断のない動きを要求されるこの形は、複数の敵に対し
縦横に刃を振るい、連続して倒す速効性が重要である。
複雑な刀の操作が求められ、主に窮地を脱する場合に使用される実戦の技。
使いこなすにはかなりの修練が必要である。
身体の重心をずらしての斬撃は、俊敏な動きがないと行えぬ。
斬り落しても尚重心のぶれない涼、稀有な感覚の持ち主である。





呼吸を深く静かに整え、涼は和蝋燭の前に立つ。
激しく黄天を斬り上げ、また斬り下ろすものの
蝋燭の灯りは消えてはいなかった。
其の技量たるや見事なものである。
が、先程の陰陽進退の最後の一刀で涼は蝋燭の灯を消した。
室内が薄ぼんやりとした暗闇に包まれる。





気を研ぎ澄ますと、微かに気配を感じる。
ところがこれまで静かに淡々と黄天を振るっていた涼が
眉間に皺を寄せた。


(…………!)


それまでの気配が、突如仮想でなく本物の“敵”の其れとなる。
と同時に涼は身体を左に転じ、敵の正面を避けつつ身体を沈める。
そして静止。
其の間一切音はしない。
そして剣先で軽く地面を叩き音を立てる。
既に相手の位置をある程度予測しての所作である。
出来る限り姿勢を低く保ち、其れに備える。

暗闇の中、徐々に慣れてきた目視と気を読み取る。
其れと共に己の気配を殺す。
闇と同化し、呼吸も深く細くなる。

立てた音に誘われ、また其れを基にして相手が上段から斬り込んでくる。
その踏み込み、その剣圧、まともに喰らったら二度はないだろう。
ところが其の場に涼はいない。

相手が其れに気づいた途端、
間髪いれず涼が動いた。
左斜め前方に左足を踏み出し、上段から斬り下ろす。
視界は暗くとも気でわかる、……動く前は気配を殺していても
動いた瞬間、その激しく凝縮された気が発せられるからだ。


斬。


斬り下ろされた、と見えたは幻か。
それとも其れは涼の発した気が見せた蜃気楼なのかもしれない。
黄天の刃は相手の額に付けられた寸止めの状態にあった。
其のまま微動だにしない。

と、そこへ一筋の光が差し込んできた。
其れが徐々に室内を明るくしていくと、そこは東昭舘は居合い道場だとわかる。
朝陽である。
そして涼の対峙している相手も徐々にみえてくる。

頑健な体躯に知性の見える眼光、静かな面立ちにそぐわない激しい気。
蒼眞・辰之助(そうま・たつのすけ)。
東昭舘の師範代其の人である。

涼は溜めていた息を、明らかに安堵とわかる其れではきながら黄天を納める。
蒼眞も自らの神刀「鹿島」を納刀、涼の前に座す。
涼やかに澄んだ音がふたつ、する。





涼は東昭舘の居合い道場にて、自らの稽古に出向いていたのだった。
蒼眞は其の立会いでいた。
然し道場では己の気配を消し、涼の集中の妨げにならぬ様控えていた。
あの激しい動きの中、不動の姿勢を崩さぬその技量たるやいかばかりか。


「蒼眞さんも人が悪いな、いきなり斬り付けてくるなんて、」


苦笑しながら涼も蒼眞に対峙して座し、互いに座礼をする。
そして神前に向かって再び深く礼。


「信夫、とは……お見事です。」


いやあ、と頭を掻く涼の姿は先程までの冴えた気を放つ者とは思えない。
然しこのごく普通の若者は、相伝の使命を持つ家系に生まれた。
其れが為に人知れず武を磨いている。
彼の居合い術も其のひとつでしかない。

―― 「信夫」。

別名、夜の太刀。
仕掛けて仕留め、仕損じる事のない太刀。
だが此れを行うには焦らず、相手を見据えられる冷静な判断力を必要とする。


「咄嗟の出来事によく反応したものです。」
「そんなことないよ、もし蒼眞さんが本気出してたらわからなかった、」
「本気で懸からねば稽古の意味がありません。」
「……やっぱり怖いな、蒼眞さんは。」


涼は黄天を持ち立ち上がる。
帰るのだ。
東昭舘の門下生が朝稽古に来る前に辞するつもりだった。
其れを静かに見守る蒼眞。

涼が稽古場を出るに向かう先に、白い姿が柱に寄りかかっている。
白い稽古着に白い袴姿は由依・玄之丞(ゆい・げんのじょう)。
黙って腕を組みつつ涼の出る様を見ている。
通り過ぎる瞬間、涼は玄之丞に目を細めて笑い掛けた。
驚きのあまりに目を見開く玄之丞。
其のまま涼の後姿を見送る。


「お前の負けだな、」
「…………、」


其れでも見えなくなった後姿を見続ける玄之丞。
蒼眞は思わず苦笑する。


「彼は強い、だが此れからももっと強くなるだろう。」
「……あたしよりも、かい?」
「そうか、玄は刃を合わせたことはなかったのだったな。」


涼は滅多に人前で剣は振るわない。
竹刀剣道は全国大会の常連であるものの、其れは矢張り竹刀。
日本刀はまず余程でない限り見せる事はない。
この現世の日常で振るうものでないからに他ならないからだ。
使う側によって凶器となるもの、其れを知るからこそ。
剣に魅入られる者は時として力を求める。
そして更に力ある者の元へ引き寄せられていく……さながら炎に引き寄せられる蛾の如く。
剣の道に生きる者ゆえに、今の世は厳しいのだ。
理性を持つ者は其れが難しい。
涼が選んだ道、其れが修羅道であれば尚更の事。


「……人は何かを背負った時、重荷と感じ疎ましく其れを思う。
 然し其れをあるがままに受入れた時、人は人として前進する。」
「其れが、今の彼、だと?」


蒼眞は其れに答えず、和蝋燭を片付ける。
そして静かに稽古場中央に佇み神棚を見上げる。
此れまでの事、これからの事、そして涼の背負う御影の血。
其れと向かい合う決心をしてからというもの、
彼の剣筋に迷いが無くなり冴えが著しく見えてきていた。
其の成長が剣を持つ者として非常に楽しみでもある。


「玄、久しぶりに一太刀どうだ?」
「やめとくよ、今やったら蒼眞さんに八つ当たりされるだけさ、」


外から門下生の挨拶の声が聞こえてくる。
先に行くよ、と玄之丞が居合い道場を後にした。
遅れて蒼眞も出る。

翠深き樹々に朝の陽射しが零れてはねる。
若い剣士の行く手にもきっと此れが見えるだろう。
そう思うと、蒼眞の目がやさしく細められた。

暫く其れを見遣ると道場の師範代の顔に戻り、
剣道場へと向かった。






―― こうして今日も又、東昭舘道場の朝稽古が始まる。










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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】

【 1831 / 御影・涼 / 男性 / 19 / 大学生 】



登場NPC:蒼眞・辰之助(東昭舘師範代、四天王)
       由依・玄之丞(東昭舘門下生、四天王)



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■         ライター通信          ■
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無名庵へようこそいらっしゃいました。
ご推察の通り東昭舘の流儀の典型は夢想神伝流居合になります。
典型ということで他の流儀も入ると思われますが其処は其れ。
稽古と云う事、御影の血と云う事より相対することより蒼眞には立会いにしました。
同じ理由から玄之丞も同じ扱いになっています。

剣のみを生業としては今のこの世は生きていけません。
けれどもその様な者もいてもいいのではないか、そう思います。
せめてこの東昭舘が其の場になれば、と。
なべて剣士とは不器用で儚く、だからこそ哀しくも美しい。
御影の業を受入れた涼様のこと、本懐を遂げられます様お祈り申し上げます。

此度はご参加、真に有り難う御座いました。