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■アトランティック・ブルー #3■

穂積杜
【2736】【東雲・飛鳥】【古書肆「しののめ書店」店主】
 東京から出航、四国と九州に寄港し、最終的には沖縄へと向かうアトランティック・ブルー号。
 入手困難気味の乗船券を手に入れ、迎えるは出航日。
 不穏な乗客に何かが起こりそうな気配を感じるも、船は無事に港を離れる。
 
 しかし。
 
 差出人不明の脅迫状。
 謎のぬいぐるみ。
 幽霊船との遭遇。
 狙われている存在とそれを狙う存在。
 客としてまぎれこんでいる異質な何か。
 三つの品物の写真。
 そして、姉妹船と航路の謎。
 
 哀しいかな、予感は的中。
 楽しい旅路で終わるわけもなく……事件は起こった。
 そして。
 アトランティック・ブルー #3
  
 テーブルへと案内され、椅子へと腰をおろす。
 メニューを広げ、いくつかあるディナーコースのなかからひとつを選び、注文をする。弥生も同じように……どれにしようか迷っているようではあったが……注文を終える。
 メインレストランは時間帯のせいか、満席に近い状態のようで、ざっと見たところ空いているテーブルはない。
「満員御礼という感じですね」
 そう言いながら、さり気なく周囲を確認する。弥生が追っているあの男……南条とその一派の姿は見当たらない。
「そうですね……なんか、緊張しちゃう」
 弥生は照れているような、苦笑いのような笑みを浮かべ、小さく呟いた。その言葉は、高級感に溢れているこのレストランのことを指しているのか、それとも目の前の自分のことを指しているのかは、わからない。なので、訊ねてみることにした。
「こういうレストランには、あまり足を運ばれませんか?」
「ええ、全然。きらびやかなシャンデリア、丸いテーブルにオフホワイトのテーブルクロス……テーブルの上にはロウソクと一輪挿しの薔薇……テレビでしか見たことがありません」
 弥生はそう答え、小さなため息をつく。どうやら緊張している原因は自分ではなく、レストランにあるらしい。
「けれど、弥生さんの雰囲気にはぴったりですよ」
 穏やかな笑みをたたえながらそう声をかけると、弥生はちらりと飛鳥を見やったものの、すぐに視線を外し、伏せた。どこか恥じらうような仕種は、照れているようにしか思えない。
 うん、いい雰囲気。このまま穏やかに会話を交わしていたいけれど……しかし、今夜のことは話し合っておかなくてはならない。時間になれば、向こうは行動を開始してしまうのだから。
「さて、弥生さん。今夜の対策を考えようと思うのですが……その前に、品物のことを詳しく教えてもらえませんか?」
 その話題を振ると、弥生の照れたような恥じらうような表情は消えた。厳しいとまではいかないが、真剣な表情になる。わかってはいたことだが、なんだか残念。話題を振るのは食事を終えてからにしてもよかったかもしれない。
「三つの品物があったと思いましたが……そう、細長い桐の箱、漆塗りの上品な箱、そして、鏡……博物館に寄贈されるようなものだから……祭器か何かでしょうか?」
 考えながら自分の意見を述べると、弥生はこくりと頷いた。
「確か……鏡は古代の姫を祀っていたものだと聞いています」
 口許に指を添え、考えながらの言葉といった雰囲気から、弥生はあまりそれらについての知識がないことがうかがえる。
「いわくつきの品ということは……ないですよねぇ?」
「……」
 弥生は何度か小首を傾げたあと、不安げな表情で飛鳥を見つめた。
「それが……鏡が博物館に寄贈されるまでの話をちょこっと聞いたことがあるんですが……」
「何か、おかしなことでも?」
「おかしなことというか……寄贈してくれた方が、この鏡は呪われているとか……ちょっと気になることを言っていたらしいんです。本当かどうかわからないんですが、鏡の持ち主だった方の家族に、次々と不幸がふりかかって……聞けば、その前の持ち主の家族にも不幸がふりかかって、遂には手放したとか」
 戸惑いながら弥生は言う。
「不幸……ですか」
「はい。女の人だけに不幸がふりかかるそうです……」
 弥生の不安げな様子をみると、呪いというものは信じていないにしても、その話を気にしていることは間違いなさそうに思えた。
「他のふたつの品にそういった話はありますか?」
「いえ、他のふたつについては、特にそういった話はありません」
 なるほど。つまり、南条が持っている品が鏡であるときは……ハズレであると。しかし、人生とはそういうもの。確率は三分の一だとしても、案外とそれに当たってしまうものだ。
「同じ接近という危険をおかすのであれば、奪取といきたいところですが……」
 もし、南条が持っている品がいわくのある鏡であるとなると、奪い返したところで弥生に持たせるのは別の意味で危険であるような気がする。品物を取り返す。弥生に渡す。弥生が謎の死を遂げる……これでは意味がない。
「とりあえず、正攻法でいきましょうか。倉庫に潜んでおいて、写真を撮り、証拠を押さえる……」
 そして、隙あらば品物を奪う……飛鳥は心のなかで付け足す。
「そうですね……」
 弥生は真剣な表情で頷く。かなり気負っているなと感じた。
「そうそう、弥生さん。なんでも、この船の倉庫には人を喰う鬼が出るという噂があるとか……」
「え、本当ですか? 豪華客船に人を喰う鬼……あれ、ちょっと待って。この船、処女航海じゃなかったかしら?」
 一瞬、信じたのか神妙な顔をした弥生だったが、次の瞬間には、きょとんとした表情で目をぱちくりさせながら小首を傾げる。
「ははは、そうでしたね、すみません」
 飛鳥はにこりと笑う。それを受け、弥生もくすりと笑った。
「料理が運ばれてきましたね。とりあえずは、食事を楽しみましょうか」
 
 取引が行われる時刻は二十二時。
 場所は第二倉庫。
 夕食を終え、食休みを十分にとったあと、第二倉庫の位置を確認する。立入禁止区域であるが、こっそりと忍び込めないことはない。問題は他の乗客や乗務員に見つかることだが、倉庫への入口となる扉周辺はまるで人けがない。好都合ではあるが、つまりは、何かあった場合に叫んで助けが現れることはないということでもある。
 通路を歩き、いくつかある扉のなかから、第二倉庫とあるものを探す。
「本当に人がいないところですね……」
 響くものは自分たちの靴音のみ。他にはなんの音もしない。
「そういう場所を選んだんでしょうけど……でも、本当に、ここまで人がいないと不気味だし、怖いわ……。人喰い鬼の噂もなんだかわかるような気がする……」
 弥生の呟きを聞き、飛鳥はくすりと笑う。
「弥生さん、ちょっと待って」
 ふたりで並んで歩くなか、飛鳥は不意に足を止めた。弥生は数歩進んだところで、足を止め、振り向いた。
「な、なに? なにか、出た……?」
「いえいえ。ここです、ここ。第二倉庫」
 側面にある扉を示し、飛鳥は笑う。
「あ……」
「さて、鍵はかかっているのかな……ああ、かかっていませんね」
 扉に鍵はかかっていなかった。そっと開き、なかの様子をうかがう。人の気配がするならば、このまま立ち去るべきだが……幸い、人の気配はしなかった。扉を開き、倉庫内を見回す。照明はほとんど落とされていて、明るくはない。だが、真っ暗というわけではないから、倉庫内の様子はおぼろげながらわかる。
 そこそこ広い空間に、棚がいくつか設置され、そこに荷物が整然と並んでいる。
「隠れる場所は豊富にありそうですね」
 倉庫内を歩き、配置を見てまわると、品物を見せそうなひらけた場所はすぐに見つかった。身を隠すのに適した場所もいくつかある。だが、写真を撮るということを考えるとなかなかに難しい。
「ここで品物を見せたとして……写真を撮るとなると……うーん、難しいですね」
「この辺りが良さそうかなと思うけど……駄目かしら?」
 弥生が示した場所は、確かに適した場所だとは思われる。だが、問題があった。
「ええ、良さそうですね。ですが、彼はひとりではなかったでしょう? 立ち位置が悪いと、うまく取引風景を押さえられないかもしれません」
「そういえば……そうかも」
「念のため、別々の場所に隠れて、ベストショットを狙いましょうか。私はこちらから狙ってみます。弥生さんはこちらから狙ってみてください」
「わかりました、頑張ります……!」
 弥生は強く頷く。緊張とやる気を感じるのだが、少々、不安が残る。
「音……は、大丈夫かなと思いますが、フラッシュには気をつけてくださいね。駄目ですよ、フラッシュを使っては……って、聞いていますか、弥生さん?」
 心を落ちつかせようというのか、弥生は瞼を閉じ、胸元に添えた手を強く握りながら、大丈夫、落ちつくのよ……と呟いている。
「……はい?」
「フラッシュを使っては駄目ですよ」
 やはり心配だ……飛鳥は苦笑いを浮かべながら小さなため息をついた。
 
 予定の時刻よりも早くに身を潜め、南条が現れるのを待つ。
 もう少しで、二十二時。
 倉庫の扉が開き、弥生が追っていた恰幅のいい男が姿を現した。南条だ。やはり数人の男を連れ、鞄を手にしている。
 あれのなかに、三つの品物のうちのひとつが入っているのか……飛鳥は鞄を見つめ、僅かに目を細める。
 南条は周囲を見回したあと、連れていた男たちを見つめ、軽く頷く。男たちもそれに頷き、周囲の探索を始めた。
 身を潜めている物陰に靴音が近づいてくる。
 罠……だったか?
 それを想定していなかったわけではないから、さほど慌てるところではないものの、ここで見つかるのは喜ばしいことではない。
 靴音はすぐそこまできている。周囲を探索している気配のあと、さらに靴音は近づいてきた。
 見つかるかもしれない。
 ならば、それはそれ。
 本性を解放するまでのこと……飛鳥が握った拳に心なし力を込めていると、離れた場所から小さな悲鳴があがった。女声であるから、すぐに弥生であるわかった。
 近づいていた靴音は方向を変え、離れていった。物陰からこっそり様子をうかがうと、思ったとおり、男に動きを封じられている弥生がいる。
「確か……そう、夏目さんだったかな。こんなところで会うとは奇遇だねぇ?」
 南条は弥生を見つめ、ゆるやかな口調で言った。
「……」
 弥生は答えずに南条を睨む。
「こんなものを持っていました」
 男たちのうちのひとりが弥生が持っていたカメラを南条へと手渡す。
「なるほど。ともかく、時間だ。夏目さん、あなたの相手はあとでゆっくりと……楽しませてもらいましょうか」
 南条のなめるような視線を受け、弥生は視線を伏せる。そのまま連行されそうになるが、弥生はおとなしくはしていなかった。
「いてぇっ?! か、噛みつきやがった……! この女ァ……」
 場は弥生に注目する。
 今が、チャンスかもしれない。飛鳥は物陰からそっと飛び出し、背を向けて立っている男に近づいた。口許を押さえ、はがい締めにすると物陰へと引き込む。声をあげさせることなく、腹を殴り、気絶させる。
 同じ手口で数人を物陰へと引き込み、気を失わせた。そうするうちに、場の人数が減っていることに気がついたらしく、すでに三人ほどに減っている男のうちのひとりが周囲を見回し、言った。
「お、おい……他の奴らはどうしたんだ……?」
 こうなると弥生どころではなくなるらしく、三人の男と南条は不可解そうな表情で周囲を見回した。しかし、早々簡単に意識を取り戻すものでもない。
「あ、待ちやがれ!」
 逃げだそうとする弥生に気づいたひとりが腕を振りあげた。弥生ははっとするものの、男の一撃を避けることはできなかった。その身体は男の一撃を受けて、壁に強く叩きつけられる。弥生はその場に崩れ落ちたまま、ぴくりとも動かない。
「弥生さん……!」
 飛鳥は物陰から飛び出すと弥生へと駆け寄り、その肩に手を添える。
「あ……すか……さん……?」
 うっすらと瞼を開き、小さく呟いた弥生はすぐに瞼を閉じた。意識を失う。飛鳥はそっと弥生の頬に手を添えた。
「もうひとり仲間がいたのか……そうか、おまえの仕業だな?!」
 飛鳥は男のひとりに乱暴に肩を掴まれた。
「いいえ……今までの所業は『東雲飛鳥』によるもの……しかし、あなたがたが相手にするは『鬼』です……」
 そう呟き、振り向いた飛鳥に男は怯んだ。
「な……なんだ、おまえは……」
 そこに在るは、まさに鬼。鋭い牙と二本の角。飛鳥は怯む男の腕を掴み、壁へと投げ飛ばす。男は壁に身体を打ちつけ、そのまま動かなくなった。
「ひとり」
 飛鳥は南条を見据え、呟く。
「こ、こいつ……!」
 男が殴りかかってくる。その一撃を避け、逆に一撃を加える。男は小さく呻いてその場に崩れ落ちた。
「ふたり」
「お、おい……止めろ! あいつを近づかせるな! ……おい!」
 しかし、残った最後の男は南条の言葉を聞かず、その場から逃げだした。
「三人目は……逃げましたか。残るは、あなたのみ」
 飛鳥は南条へと近づいた。南条は飛鳥から視線を外さず、その場から動かない。いや、動けないのかもしれない。
「う、うわぁ……?!」
 飛鳥は南条の前へ立つと、その胸ぐらを掴みあげた。そして、咽喉へと手を入れようとする。
「正しい方向ではないけれど、充実した人生を歩んでいるようですね……それに、精神力もそれなりに……これで美しい女性であれば、文句はないのですが……」
「なにを……言っている……なにを……」
 そのまま魂を掴みあげ、食らおうとしたところで、目の端に鞄が映った。
「……。対象が存在しなければ、証拠を押さえても意味がない、か……」
 南条が悪事を働いていたという証拠を押さえたところで、南条が死んでしまっていてはそれは意味がない。断罪する対象がいてこそ、証拠は意味がある。
「なに……?」
 飛鳥は南条を床へと叩きつける。そして、鞄に手を伸ばすと中身を確認する。
「……やはり、鏡ですか」
 そこにあったものは、鏡。確かに価値はありそうに見えたが、あまり良い気を放ってはいない。飛鳥は呪いは本当かもしれないと思いながら蓋を閉める。そして、鞄を手にすると、一度だけ南条をちらりと見やり、その場をあとにした。
 
「弥生さん……弥生さん……しっかり」
 意識を失っている弥生に声をかける。しばらくして、弥生は意識を取り戻した。
「う……ああ、飛鳥さん……」
「痛むところはありませんか?」
「私は大丈夫……それよりも、取引は……!」
 弥生は自分のことよりもそっちが気になるらしく、飛び起きる。そして、倒れている南条や男たちに言葉を失う。
「……なんで……飛鳥さんがひとりで?」
「いえいえ。私がこんな大人数を相手に立ち回れるように見えますか?」
 弥生はちらりと飛鳥を見あげる。飛鳥はにこりと笑ってみせる。弥生はふるふると横に首を振った。
「『鬼』が出たんですよ」
 弥生はなんとも言えない表情で飛鳥を見あげていたが、やがてにこりと笑った。
 
 これ以上はない証拠を押さえているから、弥生の目的は問題なく達成されるだろう。だが、どうにもいわくのある品のようなので、自分が預かると告げると、弥生は疑うことなく、こくりと頷いた。
 鞄を手に弥生と並んで通路を歩いていると、あの少女が通路の脇に立っていた。
「人を襲わなんだな。余計な手間がはぶけた感謝する」
 通りすぎる瞬間に、少女はそう口にした。
 もし、あのとき南条や男の魂を食らっていたら、少女は自分と戦ったというのだろうか……いうのだろう。そういう気配を少女は感じさせている。
「それもまた一興でしたね」
 飛鳥の言葉に少女はふっと笑みを浮かべ、そして、身を翻した。
「え? 何か言いましたか、飛鳥さん?」
「いえ、何も。とりあえず、何か飲みに行きませんか?」
 そう、目的達成の祝杯も兼ねて。
「そうですね」
 飛鳥の言葉に弥生は穏やかに微笑んだ。
 
 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2736/東雲・飛鳥(しののめ・あすか)/男/232歳/古書肆「しののめ書店」店主】


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■         ライター通信          ■
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ご乗船、ありがとうございます(敬礼)
そして、お待たせしてしまい、大変申し訳ありませんでした。

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、東雲さま。
納品が遅れてしまい大変申し訳ありませんでした。
この後、証拠の品で南条の悪事を断罪するに至りましたことをつけたしておきます。少女との接点は少なくなってしまい、すみません。
最後に、#1から#3までの連続参加、本当にありがとうございました。

願わくば、この旅が思い出の1ページとなりますように。