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■閑話休題■

山崎あすな
【4170】【葛城・ともえ】【高校生】
 どうした?
 何か、あったのか?

 え? 何も無い?

 そうか……

 厄介ごとを持ってきたんなら、遠慮なく言ってくれ。
 お前の頼みなら、聞いてもいい。

 もし、時間があるのなら、これからどこかへ行くか?

 それとも、店でゆっくり話でもするか?


 ……よかったらで、かまわないんだが……


 お前と一緒にすごせたらいいなと、思ってな。 
【 閑話休題 - 見上げた空は霞んでいるけど - 】

 どうしてこんなところにきてしまったんだろうか。
 ここは変だ。普通じゃない。
 今まで何の変哲もない生活を送ってきたのに。

 この街は何? 普通じゃないの?

 初めて感じたのは違和感。そして、身体の中を通り過ぎていく様々な感覚に、気持ち悪くもなるし、恐ろしさも感じる。
 けれどこの街の人は、何も感じていない。
「なんなのよ」
 新しい学校でも、みな何も感じていていない。
 さも当然のように、それが当たり前かのように、毎日を過ごしているこの街の人々。
 気づいていないものもいるようだ。それは幸せだろう。こんな便利な都会で、何も知らずに暮らすのが一番だ。自分だって、できることならそうしたかった。
 けれど、気づいてしまった。

 この街の異変に。

 実家は山の中だった。畑と田んぼと木々と……。緑が自分を包み込んで、真っ青な空と真っ白な雲が広がる空間。あそこにいるときは、都会へ行きたいと夢ばかり見ていたけれど、実際の都会はあまりに冷たすぎる。汚れすぎている。
 すんだ空気の中でなれていた彼女にとって、辛くて仕方がなかった。
 せめて、何か癒しの空間があればいいのだが、それも見つけられていない。それよりも、うろうろしているとまた、あの違和感を感じてしまいそうで。
「寮にこもってるのも……なぁ。せっかくの休みなんだし」
 家族の下を離れて寮生活。常に周りに誰かがいる生活だが、家族とは違う「誰か」の存在にもまだなれていない。一人になりたい。でも、一人は恐い。
「よし、外に行こう」
 簡単に仕度をすませて、外に出ることにした。気晴らしにはなるだろうから。

 ◇  ◇  ◇

 葛城ともえ。彼女は本当にただの少女だった。
 だから、この街の異変にも、気づかない者の一人となるはずだった。だが、それを許さなかったのは「異世界」との接触。
 ともえがこの街に越してきたとき、異世界から突然「何者」かが街に入ってきた場面に居合わせてしまった。
 それからというもの、異変に気づき、異形に気づき、この街の何かがおかしいことを知った。
「やっぱり、恐いなぁ」
 一人でびくびくしながら歩いていてもおかしいとは思うが、いつどこであの違和感と接触するかわからない。
 誰かと一緒に来ればよかった。
 いや、一緒に街を歩いてくれる友達なんていない。
 家族は遠い。
「もういや。実家に帰りたい……」
 思わず口に出してつぶやいてしまった一言。周りの誰かに聞こえるような声ではなかったが、形にして出してしまうと、それはとても強い意味を持つ。
 口に出さなければ、ぐっとしまいこんでおけるものも、口に出して解き放ってしまうと、抑えられなくなってしまう。
 そんなとき。
「おい」
「きゃぁっ」
 雑踏の中で、突然声をかけられて小さく悲鳴を上げてしまう。
「な、な、な」
「別に怪しいものじゃない」
 声をかけられたのは後ろから。怪しいものじゃないと自称する男の声に誘われて振り返ってみるが、さらに上がりそうになった悲鳴。
「あ、あ、は、はは、はね?」
「あぁ、そうか。これは怪しいな。最近、気にされなくなったから、そんな反応を見せた奴は久しぶりだ」
 背中から羽根が生えている。片方しかないが、闇を思わせる漆黒の色をしていた。それが威圧感と恐怖感を与えて、身が震えだす。
「のんきなことを言ってる暇じゃないな。ちょっと、肩に触ってもいいか」
「ななな、なんで」
「ゴミがついているんだ」
 言いながら、羽根の生えた男はともえの肩に触れて、ゴミを取った。震えて動けないまま、その動きを目で追うと、男の手には一枚の羽根が収まっていた。
「羽根?」
「ああ。俺のから飛んでいってしまったみたいだ。悪かったな」
 男がぐっと力を込めて羽根を握り締めると、砂のように粉々になって消滅してしまう。一体彼が何をやったのか。ともえには理解できなかった。
「引き止めてすまない。じゃあな」
 男はそのままいなくなってしまう。
 また、変な体験をした。
 翼が生えた男と消えた羽根。
 まだ震えている身体。
「……もういや。実家に帰りたい」
 願いを口にすれば、叶うだろうか。口にしただけではもちろん叶わない。でも、実行できる行動力もない。
 この環境に慣れてしまうのが一番なんだろうが、それもできる自信がない。
 大きくため息をつきながら、震える手をぐっと握って前を向いた。
 ふと、目に入ったのは一本の路地。大通りの雑踏に比べたら、まったくと言っていいほど人通りを感じないが、笑顔でその路地から出てくる人がちらほら見れる。
 何かあるのだろうかと、思い、自然と足が向く。
 路地に入ってみると、鼻をくすぐる甘い香り。クッキーを焼いたときの香りや、生クリームのおいしそうな香り。そして何より。
「落ち着く……」
 紅茶の香り。
 昼間だと言うのに、少々薄暗くなる路地に入って少し行ったところに、香りの大元があった。
 喫茶店、なのだろうか。看板に書かれた文字は紅茶館「浅葱」。学校の休み時間などに、生徒の間で噂になっている喫茶店がこんなところにあるとは思いもしなかった。
 どこか実家の木々の中にいるような安心感を覚え、紅茶の香りに誘われるように彼女は中に入った。
 からん、からん。
 軽快なカウベルが向かえ入れてくれると、「いらっしゃい」とそっけない声も同時に上がる。
「空いている席、どこでもいいから座ってくれ」
 入って正面のカウンターから響く、低い男性の声。見渡すとそれなりににぎわっている店内。時間はニ時にかかりそうなところ。おやつの時間だろうか。
 ともえは男の言葉どおり、空いている席に腰をおろす。ちょうど、四人で座れるようになっている窓側の一角。
 水を運んできてくれた男が「何にする?」と注文を聞いてくるが、まだメニューさえ見ていない。もうちょっと待ってください、と答えようとして男と目を合わせると。
「さ、さっきの!」
「ん? あ、あぁ。さっきの」
 背中に生えている翼を確認する。間違いない。大通りで話しかけられた男だ。どうして喫茶店のウエイターなんかをやっているのか、不思議に思ったし、大体、その羽根のことを誰も不思議に思わないのかと疑問も浮かんだ。
「突然で悪かったな。お詫びをさせてくれ。紅茶は好きか?」
「はっ、はい」
「甘いものは?」
「す、好きです」
 それだけ聞くと、男が納得したように首をうなずかせてともえの元を離れた。
 地元を思わせる、やわらかくて、包み込んでくれるような、優しい紅茶の香りに誘われてきたのだが、とんでもなかった。
 この街に「普通」という空間は存在しないのか。
 大きくため息が漏れてしまうが、それでもこの喫茶店の中は心地よかった。
 冷たいコンクリートの森じゃなくて、暖かさを感じさせてくれるのだ。
 しばらくかすんでいる空を眺めながら、地元の青い空を思い出していた。都会の空はどこか白いもやがかかっていて、真っ青にならない。不思議で仕方がなかった。都会の人はあの原色のような青を知っているのだろうか。
 店の雰囲気が暖かくて、つい、地元にいるんじゃないかと錯覚したが、窓の外の風景がそうじゃないと教えてくれる。
 そして、近づいてきたウエイターが、この街が普通じゃないことを教えてくれる。
「待たせたな」
 トレイに乗せて持ってきてくれたのは、ミルクティとクッキー。
「チョコチップクッキーと、ロイヤルミルクティだ。飲むと落ち着くぞ」
「ありがとう、ございます」
「いや、ゆっくりしていってくれ」
 男はそれだけ言い残すと、カウンターへ戻ろうとする。
「あ、あの!」
 そんな彼を、気がつけば引きとめていた。
「ん? どうした」
「この街は、なんなんでしょう?」
 小さく漏らした疑問。それは、心の中で大きく広がっていた疑問。
「お前は、この街の人間じゃないのか?」
「違います。最近ここに引っ越してきたんです。でも、この街がなんだかおかしくて」
「不思議な出来事に触れて、それを恐れているのか」
 今だって、この男が目の前にいるだけで、不思議な出来事に触れているというのに。
 恐ろしさがなくなった。
 むしろ、この店がかもし出している雰囲気、そして、心が落ち着く紅茶の香りと似ている。
「すまないが、この街のことは俺にもよくわからない」
「そうですか」
「俺はぜんぜん違う世界からここにきている。そして今、自分の意思でここにいる」
「恐くないんですか」
「どちらかと言うと、俺が恐れさせている側だからな」
 苦笑を漏らす。背中の片翼さえ見なければ、人と何一つ変わらないその存在。
「お前も恐いだろう? 俺が」
「最初は恐かったですけど、でも、今はそんなことないです」
「そうか。じゃあ、お前はこの街でもやっていけるはずだ」
「え?」
 男はともえの正面に腰をおろし、そのやわらかな瞳でそっとともえを包み込む。
「俺を受け入れた優しさが、きっとお前の中でこの街も受け入れれる」
「優しさ……が」
「そうだ。異形の者である俺を、お前はこんなにも短時間で受け入れられることができたんだ。そんな優しい心を持っているお前なら、きっと大丈夫だ」
 否定ばかりしていた。
 でも、この暖かさを感じる店内と、やわらかな瞳が、自分を優しい気持ちにしてくれた。
 紅茶の香りが、心を落ち着かせてくれた。
「不安も多いんだろうけど、がんばってみろ」
「あの、ウエイターさんって、もしかして人の心が読めるとか、そういうのですか?」
「いや違うが。どうしてだ?」
「だって……私がしゃべっていない、私の気持ちまでわかってるから」
 ウエイターは席を立ち、口元で笑って見せると。
「想い馳せるように空を見ている様子を見たら、大体わかる」
 カウンターに戻ってしまった。
 ともえは言われた言葉を心の中で復唱しながら、ティカップに口付ける。

 きっとお前の中でこの街も受け入れれる。
 そんな優しい心を持っているお前なら、きっと大丈夫だ。
 不安も多いんだろうけど、がんばってみろ。

 ◇  ◇  ◇

 街を照らしていた太陽も休む時間になったようだ。傾き始めた陽を見つけて、ともえは席を立った。
「あの、お金」
「いらない。言っただろう? お詫びだって」
「でも」
「じゃあ、また今度きてくれ。今度は友達でもつれて、にぎやかにな」
 男は冗談交じりにそんな言葉を投げかけてくる。
「はい。またきます。ごちそうさまでした」
 ともえはそんな彼に一つ頭を下げて、店を後にした。

 ふと、見上げた空。
 かかっている白いもやは相変わらずで、真っ赤に染まろうとしている空の邪魔をしているけれど。

「それが、この街の空、なんだよね」

 否定はしなかった。
 肯定できる勇気はまだないけれど。

 いつかは――
 


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■       ○ 登場人物一覧 ○       ■
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 ‖葛城・ともえ‖整理番号:4170 │ 性別:女性 │ 年齢:16歳 │ 職業:高校生
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■       ○ ライター通信 ○       ■
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この度は、NPC「ファー」との一日を描くゲームノベル、「閑話休題」の発注あ
りがとうございました!
葛城ともえさん、初めまして!紅茶館「浅葱」へご来店ありがとうございました。
初めてのノベル発注とのこと。ものすごく緊張しながら、書かせていただきまし
た。ともえさんのイメージを崩さないように、崩さないように…と。
田舎から都会に出たときの不安って、風景の違いにあるんだと、上京してきてい
る友人たちに聞きました。その不安を描けていれば嬉しいです。
それでは失礼いたします。この度は本当にありがとうございました!
また、お目にかかれることを願っております。お気軽に、紅茶館「浅葱」へいら
っしゃってください。

                         山崎あすな 拝