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■【Emergency call 4】BURN〈前編〉■
斎藤晃
【0573】【早川・瀬戸】【エキスパート】
 
 ふと空気が冷たくなっている事に気づいてマリアート・サカは困惑げに足を止めた。暗闇に時折水が跳ねる音以外は何も聞こえてこな。かび臭い湿気を含んだ冷気が絡みつく。
 マリアートは目を細めるでもなくウェストポーチからスターライトゴーグルを取り出し装着した。アサルトライフルを握る手が汗ばむ。
 ゴーグル越しに見える壁はコンクリートではなく岩のようで、その岩肌が薄ぼんやりと光を放っていた。どうやらヒカリゴケの一種らしい。それ自体では光を発するものではないから、どこかから光が漏れているのだろう。完全暗闇状態では役に立たないスターライトゴーグルが機能しているのもそのせいだ。暗闇に目が慣れればその内ゴーグル無しでも歩けるようになるかもしれない。
 マリアートは一つ息を呑むとゆっくり足を進めた。
 彼女がそれを見つけたのは単なる偶然だった。セフィロトの塔第一階層の地下に広がる下水道――通称、ダークゾーン。それはタクトニムとビジターとの激闘故か、その壁にあった小さな穴は、ライフルのストックを数回叩きつけただけで彼女の力でも簡単に破ることができた。
 ぽっかり開いた穴をくぐると空洞が広がっていた。暗がりにその大きさは判然としなかったが、バスケット・ボールが出来るくらいの広さはあるように思われた。
 そこに石碑のように文字の刻まれた岩を見つけてマリアートは手を伸ばす。

 ――ルアト研究所。

「え?」
 そこに刻まれた文字を認識した刹那、何かが彼女の中に流れこんできた。誰かの意識かそれとも別の何かか。
 彼女の接触テレパスがそれを読み取ったというよりは、向こうから強引に流し込まれたような――記憶の断片。


 けたたましく鳴り響くサイレン。
 女が赤ん坊を胸に抱いていた。
「可愛い子。あなたは人よ。真人」
 男が彼を睨んでいた。
「我が子。――キル」
 子供たちが駆けていく。それを追う者たちの声。
「何、あれが盗まれただと!? あれは最重要機密だぞ!」
 少年が立っている。
「俺がお前を見つけてやる」

 錯綜する記憶。
 そして強い思念。
 マリアートのテレパスが共鳴したのか、たがが外れたように暴走を始めたのか、それとももっと別の力が働いていたのか。


   ―― 壊 シ テ ! !


 悲鳴にも似た彼女の声が、セフィロトにいた何人かのビジター達の脳裏に、彼女の見た記憶の断片と共に響いた。
 そして、それを境に、彼女は消息を絶った。
 
【セフィロトの塔】Emergency call


【Opening】

 ルアト研究所と呼ばれる怪しげなその研究所は、審判の日以前の最先端科学の遺物を使って日々怪しげな研究をしている何とも胡散臭い研究所だったが、研究所所長であり唯一の研究所員であるエドワート・サカは、時々思い出したようにメスを揮った。
 運びこまれた瀕死の重傷患者をほっておく事など出来ない、とはこれまた常の彼を知る者なら耳を疑うような理由を付けて、彼は瀕死の重傷患者を研究室兼手術室に運んだのである。
 患者の腹部に刃渡り12cmのナイフが刺さっていた。他にも細かい裂傷がみられる。何とか止血は施すものの出血量が多すぎたのか患者は極度の貧血状態だ。
 ほどなくしてエドワートは研究室を飛び出ると娘を呼んだ。
「リマ、血が足りん。AB型のRh−じゃ。ついでに麻酔薬もあれば取って来い」
「了解!」
 元気よく答えてリマことマリアート・サカは研究所を出ると、ヘルズゲートへ走った。現在の時刻を腕時計で確認する――16時48分。
 ミッションクリアまでの時間を120分に設定して、リマはヘルズゲート前で、これからヘルズゲートをくぐろうというつわもの達に声をかけることにした。


【120分前】

「ヘイ! そこの彼女。俺とお茶しない?」
 何とも軽薄そうな口調で男は前時代的なナンパの文句を口にした。伸びたブラウンの髪を無造作に束ねいい男風を装いキザっぽく笑っている。その口から覗く白い歯が今にもキランと光りそうだった。
 尻に見えない風船を付けた男――早川・セトは女なら誰もが目を止めると自称するイケてる笑顔で“そこの彼女”に声をかけた。ちなみにこれは余談だが、風船に入っているのはヘリウムではなく水素という話しだ。その軽さに大差はないが危険度では後者がはるかに勝る。その上本人は火遊びが好きだというのだから性質が悪い。
 セトは“そこの彼女”の顔を覗き込むようにして、さりげなく彼女の行く手を遮った。さすがはナンパのプロである。
 腰くらいまで伸びた長い銀髪を風に揺らめかせて“そこの彼女”は、仕方なさげに足を止めると、その白銀色の目を眇めて胡散臭げにセトを見やった。それからふと頬を緩め、妖艶な微笑を浮かべると紅く濡れた唇を楽しげに開く。
「お茶の後は?」
 どうやら彼女は、セトが今まで出会った女性達とは違っていたらしい。
 おかげでセトの方がたじろいだ。
 ナンパをしたら平手打ちというアルゴリズムが脳内に叩き込まれているセトにとってこれは予想外の展開だったのである。よほどナンパが成功したことがなかったらしい。パブロフの犬よろしく頬まで出していたセトは、結果として呆けたようにきょとんと彼女を見返していた。
 そんなセトを女は可笑しそうにクスクスと笑う。
「参ったな・・・・・・」
 セトは微苦笑を滲ませテレたように俯いて頭を掻いた。
 女の満更でもない様子に困惑の色を浮かべつつ、気を取り直して彼女を誘う。
「旨いワンショットバーを見つけたんだ。良かったら一緒にどうかな」
 そう言ってセトが顔を上げた先で、だが彼女はどうやらその言葉を聞いてくれてはいなかったらしい。
「リマ・・・・・・?」
 そう呟いた女の視線が自分を飛び越え後ろに注がれている事に気づいてセトが振り返る。
「りま?」
 そこに1人の少年が走っていた。
 歳は14、5といったところか、大きな機材のようなバッグを抱えて猛スピードで人気の減った通りを駆けていく。明らかに切迫したような面持ちだ。
 セトは少年が駆けて行った先を眺めやった。
 この通りの先にはヘルズゲートしかない。つまり、あの少年はヘルズゲートに急いでいたという事だ。
 このセフィロトの塔、第一フロアに位置する都市区画『マルクト』には、フロア“あっち側”と“こっち側”に分ける無愛想な壁がある。そして“あっち側”と“こっち側”を結ぶ唯一の門がヘルズゲートだった。
 少年がバッグの他に持っていたのはアサルトライフル。ともすれば“あっち側”からの帰還者を出迎えるというのではなく、どちらかといえば“あっち側”に行くといった感じにも。
「何かあったのかしら?」
 女が呟いた。
 気になるらしい、そわそわしているのがセトにも伝わってきた。
 そうなると、粋で優しいバカ、が信条のセトがとる行動は一つしかない。
彼は軽く肩を竦めると促すように言った。
「行ってみようか?」
 内心で、デートはその後で、と呟きながら。
「えぇ」
 女――白神・空が頷いた。

 *****

 ヘルズゲートの前まで駆けてきてリマは時計を見た。16時58分。家を飛び出し全力でここまで走って10分の距離だ。
 荒い息を吐きつつ持っていた保冷BOXを地面に置いて辺りを見渡した。誰か一緒に都市中央病院へ行ってくれそうな人を捜そうというのである。しかしさすがに夕方のこの時間、ヘルズゲートを出てくる者はあってもくぐろうなんて人間はいなかった。20分だけ待とうと心に決めてリマは腕時計のアラームをセットする。酒屋でも覗いて声をかけた方が良かったのだろうか、選択を誤ったかもと思い始めた頃、リマは一体のMSを見つけた。
 ここセフィロトでは審判の日以前にセフィロト塔内で開発されたMSが数多く用いられているが、それらとは外見があまり似ていない。エンジン音も隠密モードというわけではないのだろうが、通常より小さくてリマはそれがかなり傍に近づくまで気付かなかった。余程、静穏設計されているのだろう。セフィロト内向けに作られたのか、誰かのオリジナルと思われた。
 リマは自分の2倍くらい背丈のあるMSの操縦席に向けて声をかけた。
「すみませーん」
 するとMSの操縦席から顔を出したのはMSの外観からは到底想像もつかないような小さな女の子だった。自分よりも遥かに年下と思われる少女の姿に一瞬リマは面食らう。とはいえ自分も年相応に見られたことがないので外見で判断するのは失礼だろう。例えばサイバーなら外見が若くても実際にはそうでない場合が多い。
 気弱そうな少女の黒い目が困惑げにリマを見下ろしていた。どこか怯えた風だったが、MSに乗り、こうしてヘルズゲートの前に立っているのだから、それなりに戦闘経験もあるのだろう。いずれにせよ審判の日以降を生き抜いている人間なのだ。ただ者ではありえない。
 リマは少しだけ声のトーンを落として優しい口調で尋ねた。
「私と一緒に都市中央病院まで行ってくれませんか?」
「都市中央病院!?」
 驚いたような声は、意外にもリマが今声をかけた少女からではなく、リマの後ろから聞こえてきた。びっくりしてリマが声の方を振り返る。
「空!?」
 そこには空が立っていた。傍らにはリマの見慣れない顔の男が立っている。言わずと知れたセトだった。
 何かあったの、と訝しげに首を傾げる空に、リマはどこから説明したものかと慌ててしまった。空とMSの少女を暫く交互に見やる。
「えぇっと・・・・・・」
「あの・・・」
 そこへ誰かの手が空の肩を叩いた。空は最初それをセトだと思って振り返ったが、そこにあったのは別の顔だ。長い髪を後ろで束ねているのはセトと同じだったが、その男の髪は黒く目は青かった。何より軽い感じのジャケットを着ているセトに対して、紳士然とした上品なシャツにレザーのロングコートを羽織っている。
 重さが違うのだ。勿論、格が、ではない。見た目の、だ。
「あなた・・・・・・」
 見知った顔に、驚いたように空が呟いた。
「あぁ、良かった。別人だったらどうしようかと思いました」
 シオン・レ・ハイが穏やかに笑う。
「貴方もここへ来てたの?」
 空が聞いた。以前、彼と出会ったのはニューヨークシティだったろうか。
「はい」
 シオンが頷いた。
 2人のただならぬ――と思ってるのは実はセトだけなのだが――雰囲気に、ライバル出現とでも思ったのか、セトがさりげなく2人の間に割って入る。
「何かあったんですか? 今、病院がどうとか言ってましたが」
 セトの態度に別段気を悪くした風もなくシオンが尋ねた。
 勿論、空に聞きたい事もなかったわけではないし、空とていろいろ聞いてみたい事もあったろうが、これ以上話しが先へ進まなければ無駄に冗長してしまうだけである。それを危惧してシオンは話を先へと促したのだった。
 取り急ぎ、シオンがこの場にいる理由を述べておくと、彼がセフィロトに訪れたのは今日が初めてで、見学のつもりでたまたまヘルズゲートを見に来たら、見知った顔があった、という具合である。閑話休題――。
「そうよ、リマ。都市中央病院ってどういう事よ」
 空がリマに向き直って尋ねた。
 人類を敵対視してやまないタクトニムの住まう街、ヘルズゲートの“あっち側”にある都市中央病院といえば、今も尚タクトニム達の病院として機能している場所だった。それ故タクトニムも大勢集まっている。そしてその病院は、ビジター達にとって最も危険であろうと思われる場所、タクトニムの活動拠点である都市中央警察署の隣にあった。
「まさか、そんなところにお見舞い、なわけもないよな」
 セトが言った。
 リマは一つ肩を竦めて答えた。
「実はうちに重傷患者が運ばれてきたのよ。でも手術用の血液が足りなくて」
「それで中央病院ですか」
 合点がいったようにシオンが頷く。
「あそこなら極冷保存された輸血用血液があるから」
「その患者の血液型は?」
 空が尋ねた。
「AB型。Rh−」
「あぁ、そりゃ同じ血液型の人間捜すより取りに行った方が早いな」
 セトが納得顔で頷いた。
「そういう事でしたら・・・・・・あの、ボクも、お手伝い出来ると思います」
 小さな声でMSの少女――ミワ・ムツキが申し出た。
「人命がかかっていますからね。私も手伝いますよ」
 シオンが柔らかい笑みを向ける。
「私も行くわよ」
 空が言った。病院はあまり好きではなかったが、いつも助けて貰ってるリマには借りもある。そうしてセトを振り返った。
「というわけで、お茶はごめんなさい」
「いやいや、女性を1人でそんな危ないところに行かせられない。俺も着いて行くぜ。お茶はその後にでも」
 セトが笑みを返す。
 その言葉に異議ありとでもいう風にリマが挙手した。
「あのぉ、私も女ですけど」
 どうやら、女性1人に引っかかったらしい。その場には空の他に2人の女性いたのである。
「いやぁ、悪い。18歳未満はお断りなもんで、つい」
 セトは頭を掻きながら正直に答えた。つい、うっかり、と。
「18ですけど」
 白い目でセトを睨みながらリマが憮然と腕を組む。
「え?」
 と、咄嗟に声をあげたのはセトではなく空の方だった。
「どうせチビですから」
 リマが苦笑を浮かべる。
 空はばつが悪そうに視線をそらせた。てっきり14、5歳くらいに思っていたのである。
「うーん。18歳か・・・・・・」
 何を考えているのか、両腕を組み考え深げな面持ちでセトはリマを上から下までまじまじと見下ろした。顔は美形だが童顔だった。何より声を聞くまで少年だと思っていた少女である。背は低く、どっからどう見たってお世辞でも15歳。それ以上はまかれなかった。
「すまん。外見年齢で18歳未満はお断りなんだ」
 セトは真剣な顔をしてのたまった。
「こっちから願い下げだっての!」
 リマがセトの頬にパンチをくらわす。
 ――と、伸びたリマの腕時計のアラームが鳴った。どうやら彼女がヘルズゲートの前まで来て丁度20分が経ったらしい。
「さて、そろそろ行きますか」
 リマが言った。
「どうぞ」
 ムツキはMSに搭乗しエンジンをかける。
「えぇ」
 空が軽く屈伸運動をしてみせた。
「はい」
 シオンが頷く。
「女を守るのは男の使命ってな」
 本気の顔をしてセトが言った。
 ヘルズゲートの巨大な門が開いたのは17時18分の事だった。


【90分前】

「病院内部の構造は頭に入ってるのか?」
 セトが尋ねた。
「極冷保存庫は南塔の地下1階保管室にあるわ」
 床の上に広げた地図の一点を指してリマが答える。
「しかしタクトニムの数が多いですね」
 ガラスの入っていない窓の桟に腰掛け、病院の方をサイバーアイで観察していたシオンがリマたちを振り返った。
 彼らが今いるのは、“あっち側”の住宅街付近にある廃ビル――いや、ここは全てのビルが廃ビルなのだが、その中でもタクトニムが巣を作っておらず比較的奴らの徘徊しない場所に佇むビルの、最上階のフロアだった。ここからなら病院の全貌がよく見える。
 10m四方のだだっ広いフロアには大きな机が一つと応接セットが申し訳程度に置かれていたが、誰もソファーには座ろうとせず、その床に病院内の見取り図を広げていた。
 見取り図はそこかしこが抜けてはいたが、それなりに通路と目的の場所がわかれば充分だろう。
「病院の構造を把握しました」
 そう言ってムツキは窓から離れると地図を覗き込んだ。
「通気口はここからこういう風に繋がっているようです」
 ヘルズゲートをくぐるまでは、どこか大人しげで怯えている風のムツキだったが、ヘルズゲートをくぐって戦闘モードに入ったのかハキハキとした口調で地図を指差していく。
「ボクは外の端末から病院内のセキュリティにアクセスします」
 そう言って、ムツキは外の端末とやらのあるらしい場所を指差した。リマが驚いたように声をあげる。
「外ってタクトニムが多すぎるわ。それに外の制御盤は警察署のすぐ傍じゃない」
 確かにそこは、隣接している都市中央警察署の建物のすぐ脇にあたる。仕切りは壁ではなく植え込みになっていた。
「タクトニムとの戦闘は願ったりです」
 ムツキが答えた。彼女は専用MS『ティンダロス』の製作者からMSの実戦テストを指示されていた。だからタクトニムの多い病院へ行くという彼女らの護衛は、ムツキにとって願ってもないことだったのである。元は1人で行くつもりだった事を考えれば、彼女にしてみれば数がどれだけ多かろうとタクトニムと遭遇する事は大した問題ではない。
 しかし、そんなムツキの事情を知らなければ、その戦闘能力も知らないリマは何事か別の方法を考えるように眉を顰めた。
「では、私が彼女の護衛につきますよ」
 窓辺に座って病院の様子を窺っていたシオンが片手を上げた。
「不要です」
 ムツキがあっさり辞退を申し出る。
「病院内のセキュリティ解除の間の見張りぐらいに思ってください」
 シオンが苦笑しつつ言った。
「そういう事でしたら」
 確かにアクセス中に襲われたりしたら一度アクセスを中断する必要が生じてしまうかもしれない。
「なら、私も・・・・・・」
「君はダメだ」
 名乗り出ようとしたリマにセトがぴしゃりと言った。
「君がいなければ俺達の案内役がいないだろ」
「・・・・・・・・・・・・」
「ここから先は二手に別れる」
「・・・・・・・・・・・・」
 リマ以外の3人がセトの言葉に頷いた。リマだけが納得のいかない顔をしている。
 病院の外を徘徊するタクトニムは恐らく怪我をして入院しているタクトニムや医療技術を有するタクトニムより遥かに戦闘能力で勝るだろう。出来れば、このミッションを願い出た自分が、最も危険な部分を担当したいという思いが彼女にはある。その一方で、確かに病院内を知る者は自分しかいないのも事実だった。
 不承不承リマも頷いた。
 これが適材適所なのだろう。
「安心しろ。空とリマは俺が必ず冷凍庫まで連れてってやるから」
 セトが請け負った。
「あら、リマは私が守るわよ。いつも助けてもらってるからね」
 地図の傍らで両腕を組んで立っていた空がリマに笑みを向けた。
「そんな、私は何も・・・・・・」
 困惑げに見上げたリマに、空はポケットからアームレットのような装飾品を取り出して手渡す。
「無事にヘルズゲートをくぐったら、これの鑑定をお願いするわ」
 それは以前彼女がショッピングセンターに行った際にゲットした戦利品だった。
「じゃぁ、俺は空の護衛だな。無事に戻ったらお茶の続きをしよう」
 セトが言った。
「ボクはタクトニムと戦闘出来れば構いませんので」
 ムツキが淡々とした口調で言う。
「人命がかかってるとはいえ、全員生きて帰らなきゃ意味がありませんから」
 シオンが笑った。
 リマは溜息を吐く。
 何故だかここにいる人達がみんな無類のお人よしに見えてきた。これでは自分がとてもさかしまに思えてくる。
「言い忘れてたけど・・・・・・」
 リマが呟いた。
「今回の重傷患者は整備工場の主任さんです。彼の命を助けた暁には、いろいろ横流ししてもらえるでしょう。報酬はそれで」
 リマは何かを吹っ切るみたいにして言った。
 ビジターの街の一角にある整備工場は、実際に工場があるわけではない。整備工や闇サイバー医師などが個々に軒を並べ、MSや車両サイバーの整備をしたり、レストアされたMSやPP、車両などの装備、武器弾薬を売っている。重傷患者はそこの整備工場で軒を並べる整備工だった。つまり今回のミッションはそれで発生した経費は全て必要経費として返ってくるだけでなく、お礼までいただけるというものである。でなければ「あの」が付くエドワートがエキスパートのくせにオールサイバーより重い腰を持ち上げる筈がないのだ。
 勿論、誰もがそんな物を期待してここまでついてきたわけではない。それがわかるからこそリマは言わずにはいられなかったのだ。
「生きて全員でヘルズゲートをくぐるわよ」
 そうして細かい打ち合わせを経、5人がビルを後にしたのは彼らがヘルズゲートをくぐってから20分後のことであった。


【70分前】

 都市区画『マルクト』の入口、ビジターの街は随所にタクトニムとの激しい戦闘の跡が残り、それなりに修復や再建がなされてはいるものの廃墟同然の町並みであった。しかしヘルズゲートをくぐると、その付近はいくらかタクトニム排除の際の戦闘跡が窺えるものの、奥へ進むにつれ思った以上に綺麗な町並みが続いている事に驚くかもしれない。
 とはいえ暗澹とした町並みである事に変わりはなく、ビジターの街のような活気はないのだが。
 そんなマルクトの中央に位置する都市中央病院は広大な敷地の中に建っていた。北棟と南棟の2つの大きな建屋があり、双方地上6階建ての建屋は各階を渡り廊下で繋がれている。上からそれを見ると丁度Hの形をしていた。
 玄関口は広く、ホテルの入口のようなタクシーが乗り入れられるロータリーがあり、セフィロトを巡回するバス停らしいものもあった。とはいえ今は使われている様子もない。
 渡り廊下から見える中庭には噴水などがあり、緑の木々が心を和ませている。審判の日を越えても尚、それが青々と茂っているところを見ると人工植物なのだろう。セフィロト内の科学力のなせるわざだろうか。
 しかし、地上50mの天井から降り注ぐ光は弱々しく、心洗われるような光景たりえなかったが。
 リマたちの目指す冷凍保管庫はその南棟の地下にあった。
 都市中央警察署は病院の西側にある。
 南棟の西側の壁際でシオンとムツキは時計を見た。――17時45分。
 リマたちが病院内に侵入する前に侵入口のセキュリティを解除する必要がある。
 シオンはサイバーアイを周囲に向けた。特に警察署の堅牢な建物を窺う。まだ気付かれた様子はない。気付かれたら他の仲間達に知らされる前に、速やかに倒す必要があるだろう。地面を歩くタクトニムの振動すら見逃さないといわんばかりに全身の感覚を研ぎ澄まして彼は高周波ブレードを構えると辺りをゆっくり見回した。
 その背後でムツキは外付けされた分電盤の中に内蔵されている電子制御盤の鍵を壊して中を開いた。スイッチやハードリレーが並び、無数の線が伝っている。
 彼女のマシンテレパスにより、この電子制御盤から中の制御装置に侵入し即時解析を行うと共に、セキュリティを解除していく。全てのセキュリティを解除する必要はないし、不用意に全部解除してしまえば不審に思われるだろう。とりあえずは通気口に張られている探知機とトラップの解除が先決である。リマたちが突入するのは17時50分。
 5分あれば、彼女には充分だったろう。
 と、その時突然何かが二人に向かって飛んできた。
 殆ど反射的にシオンが高周波ブレードをひく。
 そこに触手のようなものが落ちてのたうった。
 それがタクトニムのものだと判ずるより速く、一体のタクトニムが超高速で二人に迫ってくる。
「後3分、お願いします」
 ムツキの声にシオンは「了解」と答えながらブレードを両手で持って大きく跳躍していた。
 タクトニムは一体。ならば後3分自分が引きつけておけばいい。
 紫色の皮膚に覆われた異形のモンスター。表情のない白い頭部に背中から出た腕がバルカン砲やライフルを構えている。通称――ビジターキラー。
 シオンが高機動運動にスイッチした瞬間、相手のタクトニムも高機動運動を開始した。
「なっ・・・・・・」
 思わず驚きの声が漏れる。思っていた以上に奴の動きが速かったからだ。しかもモンスターのくせに腕をサイバー化してサイバーの持つ高機動運動を可能にしていたのである。
 振り下ろされた高周波ブレードはあっさりかわされ空を切らされた。どころか、奴の左手に握られた12.7mmオートライフルと取付型の40mmランチャーの銃口がこちらを向いている。
 シオンは反射的に身を引きかけて、後ろにムツキがいる事に気づいた。ムツキは今MSから身を乗り出してセキュリティ解除の作業中だ。
 避けられない。そう判じてシオンはブレードを構える。ランチャーの弾薬が起爆するには最低でも5mはいる。この至近距離で撃たれたならうまくすれば爆発を防げる筈だ。一か八か斬ってやる。最悪自分が盾になってでも。
 しかしビジターキラーが引鉄を引いたのは幸いにもライフルの方だった。
 シオンがそこから発射される弾をブレードで切り裂く。しかし二つに裂かれた弾はシオンの両肩にそれぞれ食い込んだ。とはいえオールサイバーである彼の、人工皮膚の下にある装甲までは傷つけられない。連射される弾を全部自身で受け止めてシオンは強引にビジターキラーとの間合いを詰めた。
 弾切れで出来た一瞬を見逃さず、ビジターキラーの左腕を叩き斬る。そこに取り付けられたランチャーは地に落ちたが、咄嗟に後方へ引かれたその腕を切り落とすまでには至らなかった。
 ライフルを投げ捨てた奴の腕がシオンの体を掴む。
 拍子にシオンはブレードを取り落としていた。どうやらライフルの弾に左肩の装甲が歪んでしまったのだろう。神経系が圧迫されてしまったのか左腕が動かなくなってしまっていた。
 しかし、いつもならサイバーさえも虫の様に軽々と握りつぶすビジターキラーの握力は、シオンの一撃で半分腕がもげかけていた事が幸いしたのか、シオンを潰しきることはなかった。とはいえシオンは身動きが取れない。
 ビジターキラーの右手が動いた。このまま自分の腕ごとシオンを吹っ飛ばそうというのか、そこに握られた7.62mmバルカン砲がシオンを狙う。
 6つの銃口がシオンに向いていた。散弾銃くらいなら無効化出来る装甲も秒間100発で叩き込まれる重機関銃の前ではひとたまりもないだろう。一秒後には蜂の巣だ。
 実際には高機動運動で動いている筈のビジターキラーの指が、やけにゆっくり見えた。
 シオンは息を呑む。
 瞬間、彼を締め付けていた腕が緩んでシオンの体は地面に落ちていた。
 バルカン砲はシオンもビジターキラー自身の腕も粉砕する事無く地面に転がっている。
 尻餅をついたシオンの傍らに、専用MS『ティンダロス』に乗ったムツキが立っていた。
「お待たせしました」


【50分前】

 都市中央病院南棟の東側にある通気口の前でリマは時間を確認した。
「17時50分。行くわよ」
「ちゃんと間に合ってるといいんだけど」
 という空の口調には言葉ほど気にしている風もない。それはムツキを信じているというより、間に合ってればラッキーという程度に構えているからだろう。信じていないわけでもない。ただ、いつでも最悪の事態を予想して行動するのは、この世界を生き抜くためには必要なことだった。
「ま、ダメだった時はダメだった時だな」
 何ともお気楽な調子でセトは手にしていた手榴弾を弄びながら言った。緊張している場を和ませようというのか、しかし楽しげだが物騒だ。
「やめてよね。爆破は中では禁止よ」
 リマがやれやれと肩を竦めた。
「何でだ!?」
「この中央病院は医療器具の宝庫。そんなとこ壊してタクトニムだけじゃなく他のビジターまで敵にまわしたくはないわよね」
 目を丸くしているセトに、空がしみじみと言った。傍らでリマがうん、うん、と頷いている。
「・・・・・・・・・・・・」
 確かにそれも一理ある。セトは残念そうに手榴弾をポケットに仕舞ってハンドガンに持ち替えた。
「じゃぁ、私が先に行くわね」
 そう言って空が通気口の格子に手をかける。
「おいおい、俺が・・・・・・」
 と言いかけたセトに空は柔らかく微笑みを返した。
「セトはあたし達の背中を守ってちょうだい」
「はい」
 やけに素直である。女には滅法弱いセトであった。
「しんがりを務めさせて頂きます」
 その言葉に一つ頷いて、空はゆっくりと両手を広げた。全身が銀毛に覆われる――【玉藻姫】。
 リマはその姿を見るのは初めてではなかったが、その変貌にわずかだけ目を見開いた。
 一方セトは愕然としている。その姿に目を奪われつつ小さくヒューと口笛を鳴らした。
「さて、行きますか」
 妖艶な微笑を浮かべて空がお先に、とばかりに通気口の中へ入っていく。空にはこの他に、飛行形態【天舞姫】と、怪力を誇る水中形態【人魚姫】をもっている。何とも心強かった。
 リマがその後に続く。
 最後にセトが入った。

 セキュリティーは全て解除されていたらしく3人は容易に地下まで進む事が出来た。しかし通気口は保管室までは届いていなかった。
 どうしても通気口を出て、廊下を100mほど進まなければならない。しかしタクトニムが数体徘徊している。
 出来れば血液を奪取するまで騒ぎを起こしたくはないのだが、さて、どうしたものか、と考えていると、
「!? 人間がいるじゃねぇか!?」
 セトが通気口の格子から廊下を見下ろし驚いたように、しかししっかりと小声で言った。
「あぁ、あれは人間じゃないわ」
 空が格子を覗き込んで眉間に皺を寄せる。
「何?」
「人の形をしたサイバー型シンクタンクよ」
 空は何とも不快そうに言った。彼女には嫌な思い出がある。かつて空はリマと全く同じ顔をしたタクトニムに襲われたことがあるのだ。
「整形手術までしてご丁寧にも実在する人間に化けてくれちゃったりしてね」
 リマも嫌そうに言った。
「って事は、あれか? 空に似たタクトニムなんかもいるって事か?」
 セトは想像してみた。空にそっくりのタクトニム。自分はそいつに襲われて果たしてそいつを倒すことが出来るだろうか? 本人じゃない事は重々承知していていても無理そうな気がした。そもそも女には滅法弱い彼である。空じゃなくたってダメそうだ。
「さぁ? 外見をトレースされてなければないだろうけど。例えば自分と出会ったタクトニムを全て破壊していればね」
 それに空は何とも微妙な顔で肩をすくめた。
「なるほどな。で、奴らはどうやってタクトニムと人間を区別するんだ?」
 セトが尋ねた。
「え?」
 咄嗟の事にリマが返答に窮する。
「ここに来る前、噂でタクトニムがタクトニムを襲ってる話を聞いたんだが」
 セトが続けたのに空が何事か気付いてセトの顔をマジマジと見た。
「・・・・・・まさか」
「おう。その、まさかだ」
 セトがにんまり笑った。

 *****

 ビジターキラーの動きは、人間には不可能なほど俊敏であり、シオンでさえも何とか視認できる、というレベルのものであったが、それをムツキの搭乗するMSは、その重量を感じさせないほどの高速度で的確に追尾していた。いや、追尾しているというよりは、相手の次の動きをよんでいるのか。それとも、そういう風にしか動けないように追い込んでいるのか。いずれにせよ余程戦闘慣れしているように見えた。
 ビジターキラーの攻撃の主体は狙撃である。銃のデメリットはその攻撃が直線であるという点だ。ムツキのMSは鋭角的に間合いをつめ、ビジターキラーを追い詰めていた。
 シオンはそれに感嘆の息を漏らしつつ、左腕を右手で掴んだ。まるではずれた肩の関節を戻すようにぐいっと持ち上げて、その接続を確認する。手の平を握ったり開いたりしてみたが、とりあえず動くもののブレードを握りこむ握力は心許なさそうだ。仕方なくシオンは右手でブレードを握った。
 その傍らには動かなくなったビジターキラーが一体。
 今ムツキが戦っているのは2体目だったが、大きく見て気付かれたというわけではなさそうだった。
 だが、これだけ銃声をあげていれば、これ以上気付かれないわけもない。シオンはそこに新たなタクトニムの気配を感じて、ブレードを横に構えた。
 病院の壁の向こうから一体のタクトニムが現れる。ビジターキラーとは外見を異にしていた。
 その瞬間ムツキの動きが停止した。
「リマさん!?」
 ムツキが驚いたように声をあげる。
 彼女らの前に現れた一体のタクトニムが1人の少女をまるで人質にでもとったかのようにハンドガンをそのこめかみにつきつけて立っていたからだ。その少女があまりにリマに似ていた。
 そこへムツキと戦闘下にあったビジターキラーがバルカン砲を構えた。その腕を叩き潰すように高周波ブレードをふるってシオンが叫ぶ。
「違います!」
「え?」
 シオンは更にビジターキラーの懐に飛び込むと腱を狙ってブレードを一閃した。
「よそ見はいけませんよ」
 とは誰に向けられたセリフか。
 ビジターキラーが膝を折った。
「どういう事?」
 ムツキが混乱したように尋ねる。
「私はサイバーが嫌いなんですよ」
 シオンは目を細めて笑った。自らがサイバーである事をも嫌悪しているのか、そこには自嘲のそれが滲んでいる。どこか寂しそうにも見える笑みには述懐を含んでいるように見えた。
「だからわかるんです。リマさんはサイバーではありませんでしたが、あれはサイバーです」
 そう。タクトニムが人質にしているあれは、少なくともリマ本人ではない。そしてサイバーなら銃火器に対するダメージを無効化する装甲を内蔵している。つまりハンドガン程度じゃくたばらないという事だ。
 シオンが走り出した。
 ムツキも動き出す。
 現時点であのサイバーが人かタクトニムかは判別出来なかったが、それも奴らを倒し、彼女を助け出した後でわかるだろう。
 恐らくは人の形を模した趣味の悪いサイバー型シンクタンクだろうが。


【40分前】

 リマと空とセトは、その廊下を堂々と歩いていた。
 セトの提案である。
 タクトニムが人とタクトニムをどのように判別しているのかはわからなかったが、タクトニムがタクトニムを襲うこともある、という事は正確に判別出来ていないとも考えられた。
 病院内を人の形をしたタクトニムも徘徊している。
 だからセトは、人の形をしたタクトニムに化ける事を考えたのである。
 一か八か、だ。
 しかしタクトニムを襲うタクトニムが知能の低さゆえだとすれば、知能の高いタクトニムの多いと思われる病院内では気付かれる可能性の方が高くはないのか? そう主張して、空は最初反対したがセトはむしろその逆だと言う。知能の高い者ならこう考えるのではないか。こんな場所に他のタクトニムにも気付かれず堂々と歩いている人間がいるわけがない、と。だからこそ彼らには付け入る隙がある筈だった。
 100mほどの距離の廊下をゆっくり歩けば大人の足で1分余り。
 3人は出来る限り感情のこもらない無表情を纏って保管庫の前に立った。
 その間、2体のタクトニムとすれ違ったが、奴らは彼らが人間である事に気づかなかったのか、幸いにも戦闘を仕掛けてくる事はなかった。
 既にムツキによりセキュリティー解除された扉は、電子ロックによる認証コードも必要とせず、手動で難なく開いた。
 中へ入り、一旦扉を閉じる。
 保管庫の中は薄暗く、非常灯が唯一の灯りだった。5m四方の部屋の両側に薬の入った棚が並んでいて、奥に巨大な極冷保存庫が5つ並んでいた。その内の一つ【Blood supply】と書かれた保存庫の前でリマは持っていた保冷BOXを置いた。
 セトと空が他の薬品を物色しているのを背に、リマは傍にあった断熱手袋をはめて保存庫を開けると目的の血液を捜す。
「麻酔薬があったわ」
 空が小瓶を掲げてみせた。
 セトが頷く。
 リマはやっと目的の血液を見つけ保冷BOXに仕舞うと蓋を閉じ立ち上がった。
「じゃぁ、さっさとこんな場所はおさらばしますか」
 言いながらセトが扉を開く。
 そこには何体ものタクトニム達が出口を塞いでいた。
「あら、バレてーらー」
 セトがおどけたように肩を竦めたが、言うほど余裕のある状況でもない。空もリマも息を呑んだ。
 壁をぶちやぶって逃走するにも限度がある。何と言ってもここは地下なのだ。出口はやはり一つしかない。このタクトニムが屯する廊下を抜ける以外に方法はないように思われた。
「空、リマを連れて飛べるか?」
 セトが耳打ちするように低く尋ねた。
「えぇ」
 答えた空に笑みを返してセトは手榴弾を取り出す。
「何をする気!?」
 リマがセトの手榴弾に気付いて声を荒げた。
「廊下の上は普通、廊下、だよな」
 セトがそう言ってウィンクする。
「なっ・・・・・・!?」
 手榴弾の安全ピンを抜くとすぐには投げずに時間を数えた。
 そうしてセトがタクトニムに向かって手榴弾を投げる。
 正確には、奴らの頭上に、だ。
 手榴弾の爆発で天井が壊れ、タクトニム達に降り注いだが奴らは難なく避けて見せた。
 別に、奴らを生き埋めにする事が目的ではない。セトはもう一つ、天井に出来た小さな穴に手榴弾を投げ込んだ。
 爆発と共に天井には直径2mぐらいの大きな穴が出来る。
「空! 行け!!」
 セトが合図した。
 空は【玉藻姫】から【天舞姫】へと姿を変える。全身を覆っていた筈の獣毛は白い羽毛に変わっていた。
 両手の翼を広げ両足でリマの体を持ち上げると、天井に出来た穴へと飛翔する。
「セト!?」
 宙を浮く自分の体と、その場に残されるような形になったセトに、リマが驚いたような声をあげた。
 セトが片手をあげながら笑みを返してくる。
 まるで、女を守るのは男の使命と言わんばかりに。
 タクトニム達に囲まれながら。
「はい、君達の相手は俺ね」
 そう言って空とリマを追いかけるタクトニムの腕に鉛玉を叩き込む。
「空!?」
 リマは自分を持ち上げる空を振り返った。
「まずは血液を届ける方が先決でしょ」
 至極、冷静な声がした。――後、30分もない。
 彼らの言わんとしている事はリマにもわかった。外の2人に血液を託して助けに戻ればいい。それだけの時間くらい男なら生き残れ。
 けれどどうしてもリマはここで彼を置いていくことが出来なくて両手を伸ばす。あまり自信はない。成功したためしもない。それでも――。
「セト! 飛んで!!」
 リマが叫ぶ。
「なっ・・・・・・!?」
 空は一瞬リマを落としそうになった。
 リマのサイコキネシスが突然発動したからだ。それと同時に彼女のポケットの辺りが光っていた。そこには先ほど空がリマに渡したアームレットが入っている筈だ。それが、まるでリマのサイコキネシスに呼応しているかのように輝いている。
「まさか・・・・・・」
 PK増幅装置だったのか?
 リマのサイコキネシスが持ち上げた瓦礫を蹴りあがって、セトが天井へと腕を伸ばす。空はリマの操作対象である瓦礫とリマを対峙させるようにして天井をくぐった。
 セトは片手で天井を掴みながら、残りの手で手榴弾を持ち、歯でピンを引き抜いてそれを吐き捨てると、追尾の手をかわすように手に残ったそれを下に落とした。
 次にここへくる時があったなら、この廊下は通行止めになってるかもしれない、などと内心で思いつつ。
 セトが何とか1階の廊下へ這い上がる。
 同時に空も降り立った。
 刹那、リマがぐったりと倒れた。
「リマ!?」
 慌てて空が支える。どうやら力を使いすぎたのだろう、気を失っているようだった。
「急げ、まだ追っ手が来ている」
 セトが促すように言った。
「西はどっちだ?」
「あっちよ」
 空が指差す。
 もう地上の階だ。
「このまま壁をぶち破れ!」
 外へ繋がる廊下の突き当たりの壁なら壊したところで文句を言うビジターもいまい。
 空は【玉藻姫】の姿でリマを抱き上げると走り出し、瞬間だけ【人魚姫】にメタモルフォーゼしてその怪力で壁を突き破って、転がるように外へ出た。
「!? リマさん! ・・・・・・と、空さん?」
 突然、壁が破られ飛び出してきた狐姿の空と、それに抱えられているリマを見つけてシオンが驚いたように声をかける。
「よぉ。お前さんらも元気みてーだな。急いで逃げるぞ」
 後から駆けてきたセトが言う。
 その後ろにはタクトニム達が続いていた。
「こちらです」
 シオンが裏手にある駐車場へと3人を案内した。
 時間稼ぎにムツキが彼らを追って来たタクトニムと対峙する。
 駐車場には軍用オフロードが止まってた。
 3人が乗りこむ。
「先ほど、見つけたんです。セトさん、運転出来ますか?」
「おう。キーがなくたって動かせるぜ」
「じゃぁ、お願いします。私達はここでタクトニムを足止めしますから」
 言ってる傍からタクトニムの攻撃が飛んでくる。それをシオンはブレードで叩き落した。
「生きて帰ってこいよ」
 セトがエンジンをかけながら言った。
「勿論」
 答えてシオンがムツキの応戦に向かう。
 セトは勢いよくアクセルを踏み込んだ。
「時間は?」
 セトが聞く。
「後、15分ってとこかしら」
 後部座席から空が答えた。
「上等!」


【10分前】

 セトの運転する軍用オフロードがヘルズゲートをくぐったのは18時38分のことだった。そのままゲートを突っ切ってジャンクケーブの入口まで走ったが、そこから先は道幅が足りない。
 ここからは徒歩になる。
「ルアト研究所だったな」
 そう言ってセトは運転席から後部座席に身を乗り出し、リマが持っていた保冷BOXを取った。
「2人はゆっくり後からおいで」
 と声をかけてドアを閉めるのも面倒に走り出す。
 自分が【天舞姫】で飛んだ方が速い、と思ったがセトがさっさと行ってしまったので、結局空は言い損ねて溜息を一つ吐く。
 リマの顔を見下ろした。規則正しい呼吸はまるで疲れたように眠ってしまっているように見えて人心地つく。
「そういえば彼はルアト研究所の場所を知ってるのかしら?」
 ふと思い出したように空は呟いた。

 勿論、セトはルアト研究所の場所を知らなかった。だが、彼はルアト研究所への地図は持っていなかったが、天性の勘を持っていた。
 セトはジャンクケーブの一番奥にあるその建物を見つけ乱暴にドアを開けた。
「誰かいるか!?」
 と声をかけると、中からモノクルを付けた白衣の小太りな老人が顔を出した。
「なんじゃ?」
「血、持って来た」
 そう言ってセトは保冷BOXを差し出す。
「おぉ、そうか、そうか」
 そう言って老人は嬉しそうにセトから保冷BOXを取り上げるとさっさと奥へ消えてしまった。
「・・・・・・・・・・・・」
 思わずセトは呆気に取られてしまう。
 お礼とか、労いとか、リマの心配とか、説明とか、何にもなしかよ、と思っていたら1人の若者が顔を出した。
「すみません。急いでいるので。間に合いました。リマは?」
 明らかに言葉を短縮して男が聞く。
「あ・・・・・・後でゆっくり」
 答えたセトに若い男は安心したような笑顔を向けた。
「そうですか」
 そう言って男も奥へと消える。
 セトは腰砕けたように座り込んだ。
 安心したら疲れがどっと出た。そんな感じだった。

 疲れが出ていたのは空も同じだった。後でゆっくりと言われたが、眠っているリマを運んで行けそうにもない。
 リマがセットしていたのだろう、彼女の時計がタイムアップのアラームを告げる。
 セトは、間に合っただろうか。
 そこでふと空は肩を叩かれた。
「血液は?」
 振り返った先にシオンのボロボロの笑顔がある。高そうなレザーコートも穴だらけだ。
「セトが・・・・・・」
「間に、合ったんですね」
 ムツキが言った。ヘルズゲートの向こうにいた時が嘘のように、気弱げな顔で。
「・・・・・・・・・・・・」
 しかし間に合ったかどうかは空にはわからない。たぶん、間に合ったと思う。だから空は曖昧な笑顔を2人に返した。
「行きましょうか」
 そう言ってシオンがリマの体を抱き上げた。
 事の顛末を確認するために。
「えぇ」
 そうして3人はセトから10分ほど遅れてルアト研究所へ向かったのだった。


【Ending】

「喜べ! 成功じゃ!」
 今にもスキップを踏み出しそうな態で、エドワート・サカが手術室という名の研究室から出ると、応接室にいた5人は眠りの中だった。
 セトはソファーにもたれかかる様にして床の上で。
 シオンはそのソファーの上で。
 ムツキはその横にある1人掛けのソファーの上で。
 空とリマは3人掛けのソファーの上で折り重なって。
 疲れたように。
 或いは、安堵したように。
 エドワートはそれで呆れたようにやれやれと肩を一つ竦めると助手を振り返った。
「怜仁。奴らに毛布でもかけてやれ」
「はい、マスター」
「それと、目を覚ましたら熱いコーヒーも淹れてやれ」
 あの、が付くエドワート・サカが珍しく優しい顔をして言った。
「はい」



 ■END■



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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス】
【0233/白神・空(しらがみ・くう)/女性/24歳/エスパー】
【0375/シオン・レ・ハイ(しおん・れ・はい)/男性/46歳/オールサイバー】
【0511/ミワ・ムツキ(ミワ・ムツキ)/女性/10歳/エスパー】
【0573/早川・瀬戸(ハヤカワ・セト)/男性/32歳/エキスパート】


【NPC0124/マリアート・サカ(まりあーと・さか)/女性/18歳/エスパー】
【NPC0103/エドワート・サカ(えどわーと・さか)/男性/98歳/エキスパート】
【NPC0104/怜仁(れい・じーん)/男性/28歳/ハーフサイバー】

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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ありがとうございました、斎藤晃です。
 楽しんでいただけていれば幸いです。
 ご意見、ご感想などあればお聞かせ下さい。