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■日々徒然。■

にしき
【1411】【大曽根・つばさ】【中学生、退魔師】
強い日差しが店先の水鉢を差す。
波状に光をはじく藍硝子の丁度真上、真っ白な小旗がひらひら舞う。白木綿に青く羊を思わせるマークが入り鮮やかな赤で「夢、始めました」の文字。
此処はその名の通り、夢を扱う店『夢十屋』。
東京の一角にひっそりと建つその店内は今日も賑やかである。


「大体、直ぐに必要なものとそうでないものを分けてないからダメなんだよ」
澄んだようによく通る変声期前の少年のような声。ひょんとはねたアホ毛が特徴的な黄砂の髪、大きな丸い伊達眼鏡。岡千尋である。
千尋はてきぱきと周りに積み上げられた古書を種類分けし空の本棚へと押し込む。掃除と片づけをいっぺんに行っている所為かいつもより埃っぽい室内でも平然と作業を進めている。
「すみません・・・本棚に届かないので、床に置くのが習慣になってしまって・・・」
彼女の足元あたりでちょろちょろと資料を移動させているのが、夢十屋店主の獏である。柔らかそうな銀髪は獅子の鬣のように四方八方へ散り、大きな目は顔の三分の一ほどを占めている。
細々と動く彼らを店の奥で退屈そうに眺めるのが、此花茜。短く切り揃えられた漆黒の髪に紫眼。黙っていればそこそこの美少女であるのに、逞しい麿眉と持ち前の男らしさが彼女の存在を親しみやすいボケ役へと配置している。もともと片付けも掃除も苦手な茜は店内に散らばる古書やアンティークの品定めに没頭していたのだがそれにも直ぐ飽きてしまい、今は開け放した居間の畳の上にごろごろと転がりながら二人の様子を見ていた。

小一時間もすると、鬱蒼としていた店内も心持すっきりしてきた。取り敢えず本の山に獏の姿が隠れてしまうことはなくなり、空の本棚も古書で埋まる。未だ所々に本や妖しげなアンティークの山があるものの、千尋は満足そうにうんうんと頷いた。
「ほお、見事に片付いたのう」
茜が感心したように身を乗り出した。と、彼女の斜め下の小山にくすんだ赤色の物体を見つける。箱型の其れは不思議と茜の興味を引いた。

「獏、これは何なのだ?」
そうっと上の資料を退け、意外に軽いそれを持ち上げる。一昔前のテレビのようだと呟くと、やっとこ茜の方へ視線を向けた獏が真っ青になった。
「ば、馬鹿其れに触るな!」
慌てて駆け出すも既に遅く、居間へと持ち込まれたテレビ(仮)は自動的に起動した。
「あ、あああああ・・・・」
「・・・すまん、何か置いたらついた」
てへ、と表面上謝るも、彼女の表情は珍しいものへの好奇心でいっぱいだった。千尋は獏の肩にそっと手を置く。気の毒に、と慰めるような言葉をかける彼女もまじまじとテレビ(仮)に魅入っている。
しばらく砂嵐のようにざあざあと波打っていた画面が、次第にくっきりと人や町並みを映し出す。
「普通のテレビじゃあ、ないんだろう?」
でなければ居間より店頭側に置いてある筈が無い、と千尋は念を押しながら獏を見た。獏は諦めたように溜息を吐き二人を見遣る。

「これは”記憶の箱”です」

そう言うや否や、しゃらん、と何かが静かに砕けたような音がして、テレビ(仮)・・・もとい”記憶の箱”に新たな画面が映し出された。