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■Calling 〜小噺・如月〜■

ともやいずみ
【3524】【初瀬・日和】【高校生】
 なんだろう、と彼は思った。
 今まで全く気づかなかった。気配を感じない、というのはこういうことなのかもしれない。
 その人物はこれほど目立つ容姿だというのに、周囲の誰一人気づいていない。
 尋ねられ、彼は驚く。
 この賑わいが、祭だって?
 慌てて教える。バレンタインという催しなのだと。
 その人物は少し怪訝そうにしていたが……。
 気づけば、そこには誰もいなかった。
「あ、あれ?」
 驚く彼だったが、きょろきょろと見回しても……それらしい人物はいない。
「今の……は……?」


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■2月14日、バレンタインのお話となります。
当方のNPC、遠逆和彦、遠逆月乃、どちらかからバレンタイン用のプレゼント(アイテム)を貰うことができます。
または、あげることもできます。

■チョコを貰う(またはあげる)NPCを指定してください。
どちらか一方しか選ぶことはできません。
当方にお任せでも話を進めることもできます。

■ひっそりと暮らしていた遠逆一族の和彦と月乃は、バレンタインを知りません。
それがなんなのか教えるもよし、問答無用で何かを押し付けるもよしです。
プレイングによっては、バレンタインについて多少の知識を得ている可能性もあります。

■完全個別受注となっております。

■初対面の方は初対面として描かせていただきます。

■内容はコメディか、ほのぼのなものになりそうです。(憑物封じは基本的にしませんので、戦闘はないと考えてください)

■参加NPC・世界観については、下記URL「東京怪談〜異界〜」を参照下さい。
 □Calling 〜捕縛連鎖〜
  http://omc.terranetz.jp/creators_room/room_view.cgi?ROOMID=1258
Calling 〜小噺・如月〜



 初瀬日和は、買った紙袋の中を少し覗いて小さく微笑む。
(買ってしまいました……)
 自分のためのチョコを。
 こういうバレンタインの時期には、美味しそうなチョコがやたらと出回る。どうしても自分用に欲しくなってしまうのは仕方ないことだ。
 軽くぶつかって日和はよろめいたが、その手を掴まれて驚いてしまう。
「ごめんなさい。うっかりして……」
 ました、と言う前に日和は目を軽く見開く。
 少年は日和の手を離し、視線をふいっと逸らした。
「いや。こっちこそ。ぶつかってすまないな」
 黒髪に眼鏡。それに、整った顔。黒い学生服が良く似合っていた。
「いえ、私のほうこそすみません」
「……何度も謝るな」
 鋭く言われて、日和は肩を小さく反応させた。
 怖い人なのかも、という考えが頭に一瞬よぎる。
「悪いのは俺だ。あんたにぶつかるまで考え事をしていたんだ…………すまなかった」
 頭をさげて、礼儀正しく腰を曲げる少年に、日和は驚いてしまう。
「考え事……ですか」
「ああ。この祭が……わからなくて」
「祭?」
 首を傾げた。
 祭など、行われていないはずだ。
 ここは商店街で……。
「そのお祭りというのは……どういったものですか?」
「あそこだ」
 少年が指差した先に視線を向ける。バレンタイン用のチョコレートを買っている少女たちの様子が、ケーキ屋のガラス越しに見えた。
「あれほど殺到しているということは……何か重要な祭があるに違いない」
「…………」
 日和はゆっくりと少年に視線を戻し、じっと見つめる。
 嘘は言っていないようだ。
「あの……もしかして、バレンタインの事、ご存知ないんですか?」
「ばれんたいん?」
「……ご存知、ないんですね」
「…………」
 少年は無言になってから、小さく嘆息する。
「少し特殊な家の出なんだ。世俗に疎いというか……」
「元々は、キリスト教において人々に愛を説き、殉教された聖人の命日なんだそうですよ」
 微笑んで言う日和を、少年は驚いたように見遣った。
「海外では大切な人に花やカードを贈る習慣があるそうです。なのに日本に入ってきたら、何故か女性から男性にチョコレートを贈る日、として定着してしまったんですって」
「……詳しいな」
 感心している和彦が呟く。
「ふうん……。ちょこ、ねえ……」
 ちょい、と少年は指を先ほどの店に向ける。
「だからああやって買っているのか。だが、金の無駄遣いにはならないのか?」
「どうしてですか?」
「……どういった男にやるのか知らないが……あんなに大量に買うことはないと思うんだが……」
「あれはたぶん、義理チョコです」
「義理?」
「本命の方にはもっとお金をかけたり、手作りをしたりします。チョコレートだけではなく、物をあげる人もいますし」
「……本妻と愛人のようなものか」
 真剣な顔で言われて、日和は苦笑してしまった。
「そういうのとは違うんですけど……」
「あんたも買ったのか?」
「え? 私ですか?」
 日和は持っていた紙袋に視線を落とす。
 そして、その紙袋を少年に差し出した。くすりと笑う。
「実は、自分で食べる用にチョコレートを買いに来たんです」
「自分で食べるために? なんでわざわざ?」
「バレンタイン限定のチョコも出ますから」
「…………へえ」
「これ、差し上げます」
「はっ?」
 日和の言葉に彼は仰天し、軽くのけぞる。
「なにを……。それ、あんたのだろう?」
「ここでお会いしたのも何かのご縁ですから」
「…………物好きな」
 渋い表情を浮かべる少年は、日和の手を押し返した。
「あんたが自分の為に買ったんだ。これはあんたが食べるべきだ」
「いいえ。いいんです」
「…………本当に物好きだな。俺なんかにそんなものくれたって、いいことなんかないぞ?」
 それに、初対面だし。
「バレンタインをご存知なかったということは、チョコレートを貰ったことがないのでは?」
「…………」
「せっかくのバレンタインですし、記念になりますから」
「…………あんた、名前は?」
「え?」
 唐突に尋ねられ、日和は目を丸くする。だが、すぐに微笑した。
「初瀬日和です」
「……遠逆和彦だ」
「とおさか……和彦さん」
 そう呼ぶと、カッと和彦が頬に朱を走らせた。バッと顔を明後日の方向に向ける。
「どうかされたんですか……?」
 慌ててそう尋ねると、無表情に戻った和彦が日和を見遣った。さっきの一瞬がまるで嘘のような、徹底した無表情だ。
「いや……同い年くらいの異性に、そんな風に呼ばれるのに少し慣れてないだけだ」
「そうなんですか?」
「大丈夫。少し動揺したが、もうそんなことはない」
「はあ……和彦さんて、不思議な方なんですね」
「不思議? そうだろうか……」
 どうやら本人は至って普通のつもりらしい。
 和彦は日和の持っていた紙袋を受け取り、小さく言う。
「感謝する」
「いえ、感謝なんて。私こそ、和彦さんの初めてのバレンタインの体験相手にさせてもらって。素敵な体験をさせていただきました」
「…………あんた、変な人だな」
 本気で言っているような和彦だったが、軽く嘆息した。
「見ず知らずの俺なんかの、どこがいいんだか」
 日和を見て、彼は言う。
「少しここで待ってろ」
「は? え、でも……」
「すぐだ」
 すぐ?
 疑問符を浮かべた瞬間、耳元でしゃん、と大きく鈴の音が響いた。びくりとしたが、気づけば目の前にいたはずの和彦の姿がない。
「和彦さん……?」



 人目につかなそうな店の前で待つ日和は、先ほどまで和彦と話していた場所を見遣る。いくらなんでもあんな道の真ん中で一人で待つ勇気はない。
(和彦さん、どこに行ったんでしょうか……)
 すぐ、と彼は言ったのに。
「……遅いですね、和彦さん」
「悪かったな」
 しゃん、と再び音が聞こえたと思ったら、和彦のそんな不機嫌な声が耳に入った。
 真横に彼が来たことに、日和は気づかなかったのだ。
「驚き、ました……」
「勝手に移動しているから、こっちが驚いた」
「だって、あそこは往来の……」
「まあいい。これ、やる」
 ずいっと日和の前に出してきたのは、袋に入った煎餅だった。
「お煎餅?」
「慌てて探したんだが、こんなものしかなかった」
 受け取った日和は、和彦と煎餅を交互に見つめた。イメージ通りというか、なんというか。
「わざわざこれを取りに行ってたんですか?」
「別にチョコじゃなくてもいいんだろ?」
「……もしかして、これ、バレンタインの……?」
「煎餅でもいいんだろう? 俺だけ貰ったんじゃ、不公平だからな」
 腰に手を当てて言う和彦を、日和は唖然として眺めてから……小さくくすくすと笑った。
「はい。お煎餅でも、いいと思います」
「……なに笑ってるんだ? よくわからないな、初瀬さんは」
「バレンタインで、不公平とか言った方は初めてなもので……」
「そうなのか? 無礼な連中だな」
「無礼、ですか?」
「俺はそう思う」
 なんとも変わった人物だった。
 日和は貰った煎餅の形が歪なことに気づき、「あら?」と声を出す。
「このお煎餅、形が整ってないですね」
「それはそうだろ。俺の作ったものだし」
「! 和彦さんが作ったんですか?」
「……なんでそんなに驚く?」
 不審そうに言う和彦の前で、日和は煎餅をまじまじと見つめた。
「手作りだったんですね……」
「煎餅は好きだからな。昨日焼いたやつで悪いが」
「いいえ。嬉しいです」
 笑顔で言うと、彼は「ふうん」と小さく洩らしただけだった。
「ありがとうございます、和彦さん」
「礼を言われる筋合いはない。こちらも貰っているんだ」
「でも、お礼は言うべきだと思いましたから」
「…………あんた、やっぱり変わってるな」
 呆れたように言う和彦だったが、ふいに微笑した。あ、と日和は目を小さく見開く。
 ふとした瞬間に、警戒が解けるように彼は素の表情をさらす。それがとても……。
(……こんな人が今までチョコレートを貰っていなかったなんて……こちらが信じられません……)
「あの」
 声をかけると、和彦は首を傾げる。
「和彦さんは……高校生ですよね?」
「……まあ、一応な」
「一応?」
「制服を着てはいるが、転校ばかりしていて、まともに通ったことがない」
 あっさり言われて納得した。
(バレンタインの時期に転校をしていたら、確かに女生徒はチョコレートを渡せずに終わってしまいます)
 ふうんと呟いている日和は、気がつく。どうして今まで目に入らなかったのか。
(瞳が……色が違う……?)
 完全に違う色違いの瞳を凝視している日和に気づき、和彦は左手で左眼を隠した。
 勿体無い、と思う日和の表情に気づいて彼は冷たく笑う。
「あまり見るな」
「す、すみません……嫌な気分にさせましたか?」
「そうじゃない」
 和彦は軽く首を左右に振ると、手で隠したまま続ける。
「あまり見ると、あんたが危ない」
「え?」
 それはどういう……?
 意味を尋ねる前に日和はハ、とした。
 彼は微笑んでいた。哀しく……それは哀しく。
 胸が締め付けられるほどの痛み。彼の心の深遠を少し覗いてしまったのだと硬直する。
「気持ち悪いだろ?」
 軽く笑って言われて、え? と日和は瞬きした。先ほどまでの彼の雰囲気はない。まるで……。
(ゆ、め……だったんでしょうか……)
 そう思わざるをえないような……。
「気持ち悪いことなんて、ないです」
 慌てて手を振る日和を見つめ、和彦は目を隠したまま微笑する。
「そうか……。気持ち悪いと俺は思うんだがな……」
 目を伏せた彼は、ふいに視線を日和に向けた。
「ありがとう……。そう言われたのは、初めてだ」
「えっ……」
「じゃあな」
 背を向けて歩き去ろうとする和彦に、日和は明るく声をかけた。
「はい。ではまたどこかで」
 日和の言葉に和彦は肩越しに見てくる。その口が動いた。声は日和に届かない。
 けれども。
 日和にその言葉は届いた。
(……『もう会うことはない』って……)
 そう、彼は確かに言っていた。



 家に帰って日和は早速煎餅を一つ食べてみた。
「……美味しい」
 ぽりぽりと音が響いた。
(遠逆、和彦さん……か)
 日和は感じている。きっと、また彼に会うことになる――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/女/16/高校生】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして初瀬様。ライターのともやいずみです。
 初のご参加ということで初対面として描かせていただきました。まだまだ和彦が硬い感じがしますが、彼なりに気遣っているのでご容赦ください〜。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!