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■雪月花:1.5 迷子はどっち?■

李月蒼
【0413】【神崎・美桜】【高校生】
 独りの旅が二人になって、二人の旅が三人になって少し。
 相変わらずこれといった目的の場所等無く、日々あっちの町からこっちの町へと点々とする洸(あきら)、柾葵(まさき)、そして新しいみちづれ(あなた)。

 その日は朝から雨が降り、僅かな霧も出る嫌な日だった。
 差す傘は前を見えにくくする。それでも進むしかなかった。休む時間すら惜しかった。
 冬が来れば、更に一日の進行速度は減ってしまう。まだ、多少暖かいうちに少しでも先へと進みたかった。それが……災いした。


「……柾葵?」


 ずっと、すぐ後ろでしていたはずの柾葵の足音。子供のように水を撥ね、靴が濡れるのも気にせず歩いていたはずだった。それが消えた。唐突に聞こえなくなった。
 そしていつの間にか気配すら――この近くには無い。

「――なぁ? 何処、行ったんだよ!?」



 声は優しい雨音にかき消される。
 悪い視界等今の彼には関係ない。
 しかしそれは、まるで心の奥まで霧が掛かったような……そんな気分だった。

[ 雪月花1.5 迷子はどっち? ]


 その日は朝から雨だった。降り続く雨と何時からか広がり始める霧。
 場所は都会の雑踏からはかけ離れた田舎町。舗装されていない道。時折撥ねる水溜り。普段生活している場所よりも更に何もない辺りの風景。
「――――」
 そんな中傘を差し歩くのは一人の少女――神崎美桜だった。普段は比較的白や淡い色の服を好み着ていたが、今日ばかりは黒一色の服に身を包み、目的地へ向かいただ一人歩いている。寒い秋の日だった。その姿に特別違和感は感じやしないが、服装はどう見ても余所行きの服――という物ではない。
 何せ今日は彼女にとって、とても特別な日だ。もっとも、この道を一人で歩いているのは予定外ではあったが……
「しょうがない……ですよね」
 一緒に来るはずの従兄弟で美桜が兄と慕う人物は、どうしても外せぬ用事のためここには居ない。独りでも、行かなければならなかった。
「それにしてもよく降る……っ!?」
「――っ!?」
 声と音は重なった気がする。傘が落ち、転がるような軽い音が聞こえた。何かにぶつかった…否、誰かにぶつかったと認識した美桜は、手放しそうになりながらも自らは死守した傘を持ち直し、突然目の前に飛び出してきた人物に頭を下げる。
「すみません、怪我はありませ……ぁっ」
 そこで気づく。相手が自分をジッと見ていたことを。その視線に気づき上げた視線は、見覚えあるものとぶつかりその名を声に出す。
「柾葵、さん……ですか?」
 美桜とぶつかり傘を落とし濡れ始めた人物――柾葵は、ただ一つ頷いた。

 事の始まりは数時間前まで遡る。柾葵はこんな天気の中も相変わらず先へと進んでいた。勿論、隣には洸の姿もあった。休む時間すら惜しく、ただ前へ前へと進む道。冬が来れば、更に一日の進行速度は減ってしまう。まだ、多少暖かいうちに少しでも先へと進みたかった。それが……災いした。
 気づけば二人離れ。ただ辺りには優しい雨が降り注ぐ。
 柾葵が洸と離れ離れになったことに気づいたのは、二人が離れ大分経ってからのこと――遠く離れた洸の方が早くそれに気づいていた。叫ぼうにも相手を呼べない。向こうから来るのを待つか…否、このままも有り得ると思った。それ程まで二人の関係は曖昧で、すぐ捨てられるもの。そこに未練を持つことはなく、ならば独りでも進むだけだった。例え呆気ない別れになろうとも。
 そう決意したところ、突然現れた美桜にぶつかってしまったと……柾葵は要点を纏めながらもそれら全てをメモに書き示し、次々と彼女に手渡し説明した。
 既に傘を持ち直しているが、柾葵から美桜に渡される間に多少文字が滲んでしまう事もあり、所々は穴埋め問題のように美桜は読み取る。
「そう、だったんですか……」
 最後のメモを受け取り声に出した彼女は、数枚のメモを握り締め。
「それじゃあ私も協力します、させてください。色々、謝っておきたいことも……あるんです」
 共に洸を探すことを提案した。勿論その提案に柾葵は疑問符を浮かべ、どうしてかと問い返す。
「その前に洸さんを探す準備を――」
 言うや否や、美桜はこの畦道と言える場所を外れ、近くに広がる雑木林の方へと向かっていった。何がなんだか分からないが、柾葵もそっとそれを追う。
 先に雑木林へと足を踏み入れた美桜は、この辺りで雨を凌げる場所を探した。同時、声に出し探す。
「こんな雨の中ですけど……誰か、一緒に人を探してくれませんか?」
 遠く、何処かで動く気配。近く、何処かで鳴く声。そっと美桜へと惹きつけられるよう。彼女の語り掛けに応えるよう、それらは現れた。勿論、その姿はいつぞやと同じよう動物達である。
「洸さん、と言う方を探しています。この位の身長で、髪の毛は黒くて――」
 寄り添ってきた動物達にまだ記憶に新しい洸の特徴を教えると、美桜は「お願いします」と声を掛け、ようやく追いついてきた柾葵の方を振り返った。
「動物に協力をお願いしました。ひとまず私たちも行きましょう? 歩き探しながら、少しお話したいので」
「――――」
 美桜の言葉に柾葵は言葉には書かずただ頷き踵を返す。
 雑木林から元の道へと戻ると、雨こそ未だ止まないが、何時の間にやら霧は晴れ視界は良くなっていた。先に駆けていった動物たちの後ろ姿もまだ残り、二人はゆっくり後を追う。
 隣を歩く無言の柾葵。そんな彼を時折見上げながら、美桜はやはり言うべきか否か……言葉を慎重に選び声にした。
「あの……先日は、失礼しました」
 下手をすれば雨音に消されてしまうのではないかと思うような声だった。否、実際柾葵が撥ねた水溜りの音で半分掻き消された気もする。立ち止まり、あまりにも不思議そうに美桜を見る柾葵の表情を、同じく立ち止まった彼女が見る限りは。
「……私は、事情があって人と接触しないようにしていたのに……あの時は柾葵さん達に自分を重ねて、失礼な事をしてしまいました。これは後で洸さんにも謝りたいと思っている事で――」
 言葉は途中で止められてしまった。
 まるで子供のような柾葵のポーズに。或いは、大人が子供に諭すような仕草なのだろうか。右手の人差し指を立て、「シーっ」と僅か声を出すよう――実際は息が微か、漏れたに過ぎない――自らの唇の前に出し、柾葵は真っ直ぐ美桜を見る。
 そして再び出されたメモ帳。そこに書かれていく文字。傘が雨を弾く音と、ペンが紙の上で言葉を綴る音が響く。
 やがて差し出されたそれに美桜は言葉も無く顔を上げた。
『言っただろ?あの時は俺も洸も多少戸惑ってた。おまえの気持ち‥行為はありがたく貰ったつもりだ。それに覚えてるか?迷いが捨てきれた時、何かに立ち向かう勇気が出来た時又会えればいい――確かそう残したよな。決心は付いたか?』
 ストレートな柾葵の言葉。そして繰り返される言葉。忘れるわけが無い。あの朝残された最後の言葉を。そして柾葵はすぐさま一枚のメモを手渡してきた。
『あのな、偉そうな事言ったけど実際俺は現実に立ち向かえてないんだ‥家族を能力者に殺されて、命日に墓参りも出来ないまま彷徨ってるだけ、ただ逃げてるだけ。多分おまえみたいな考えは出来てない。』
 美桜が顔を上げたとき、柾葵は既に一歩前を進んでいた。確かに此処で立ち止まっていては本来の目的が疎かになる。美桜も後を追うと、柾葵の背中に言葉を飛ばす。
「あの……自分の罪を受け止められず、ただ兄さんの優しさにしがみ付いている私が言えるわけでも、ましてや二人を助けられるはずも無いけれど…どうか私のように絶望し、諦めないで欲しいです!」
 美桜の口から出てきた単語の一つに柾葵は、振り返り際眉を顰めた気がした。
「今もそう、なのですが…感情が高ぶると力の制御が利かなくなる時があるから、私は出来るだけ人とは接触しないようにしていました。でも、結局こうして柾葵さんに接触してしまっている」
 それは過去に犯した"罪"故に決めていたことだ。柾葵や洸と接触してしまったのは、ふとした瞬間に彼らを自分に重ねてしまったのが原因であり、恐らく関わるべきではなかった気もするという思いは今でも胸で渦巻いている。
「私の力は救いと同時に破壊、をも持っています……。自分の両親、そして従兄弟の両親をこの手で……殺してしまったようなものです」
 原因は力の暴走――しかし暴走だからといって片付けられるものでも許されるものでもなかったはずだ。だからこそ美桜は苦しみ、今は兄も多分必要以上に優しく接し。その環境で甘え生きていると、改めて感じてしまった。
「…………」
 美桜が言い終えると前を向いた柾葵だが、その歩みは再び止まりそうなもので、案の定数歩行くと足は止まる。
『心の傷なんて‥絶対的に治せない。治すことは出来ないが、解決策はあるはずだ。小さくするだとか、それを他のものに変えることは出来るはず。』
 否定的な一方で言葉は穏やかに見えた。メモを渡す表情も厳しいわけでなく、美桜を見る。
『少なくとも近くに優しく接してくれる人間が居るのは羨ましいと思うし、多分そいつは同情だとか憎しみで接しているわけでもないだろ?だったら…きっとおまえは幸せで、全て受け入れた上で幸せになって良いとも思う』
 不思議だった。
『俺は人殺す能力持ってる奴なんてみんなろくでもなくて、大嫌いでそれこそ接触を拒んできた。でもおまえは同時に失った奴として――ただの人殺しだなんて思えなかったし、その人に対する心遣いは嫌いじゃない。ただ自分を責め過ぎだ』
 何時から沢山のメモ、そこに書かれてきた言葉。全て自分に向けられていることを知り、美桜は渡されやがて束となっていくメモを軽く握り締めた。
 接触を拒んでいたはずが、どうしてか元気付け、励まされている気がした。同情なのかもしれないが、何処か似たもの同士……何か分かっているのかもしれない。全ては推測でしかないのだが…‥。
 ただそう、様々な思考を巡らせていると、不意に柾葵は鞄の中身を漁り、そこからクリアファイルを取り出して見せた。
『「悔しかったら此処までおいで」…何の意味か分かるか?俺の家族を殺してた奴が残して言った言葉と地図』
 そして、そこにしまわれていた一枚の紙切れを美桜に見せる。地図というにはこれといった住所や目印もなく、場所を口頭で伝えられたのかと問えば頭を振られた。
『こんなことにおまえを巻き込むことはしやしない…だから、資格がどうだとかは思うな?言うならば俺にも‥何かの資格なんてないんだからな。互い、進むべき道へ行けばいいと思う‥おまえは兄貴と上手くやれよ――って余計な世話だな。悪い、もう黙る』
 最後のメモを美桜へと渡すと、メモ帳とペンを鞄にしまい柾葵は前を見る。
「……見つかった…のでしょうか」
 礼を言う間もなかった。先行く動物たちが立ち止まりこちらを振り返る姿を見つけ。それは恐らく洸を見つけたサイン。柾葵が先を行き、その後を美桜が続く。道は森の方へと続いており、動物たちはそこへと向かっていた。

 傘を閉じ、動物たちの後を追う。時折頭上から落ちてくる雨とも露玉とも区別の付かない水に驚かされ、奥へ進むこと十数分。
「洸さん……こちらにいましたね」
 歩みを止めた柾葵の言葉を代弁するかのよう美桜が呟いた。その言葉とほぼ同時出た洸の声。聞くよりも早く察していたのだろう。振り返り、そこに立つ柾葵と美桜をサングラス越しに見る。
「――柾葵……と、誰? …やたら動物多いし……何時だか、こんな…」
「神崎、美桜です。以前に一度……」
 名前を出したところ、「あぁ…」と頷いた洸は、美桜の存在を完全に思い出したようだった。
「あの時はお世話に。で、今日は?」
 簡潔に言われる言葉に、美桜は今日柾葵と偶然出会い、今まで洸を探すことを手伝っていたことを告げる。一部始終を聞かされた洸は苦笑いを浮かべ、「悪かったね」と一言。そして今しがたまで見上げていた大樹を再び見上げた。
 このただでさえ人の少なそうな田舎町。そんな森の奥深くに聳え立つ大樹は樹齢如何程か。そんな樹にそっと触れ、洸は言った。
「流石に動物や植物相手には行動なんて何もかも筒抜けだね……どうせ柾葵はどっかでふらふらしてるだろうからもう少し独りも、と思ってたんだけど」
 それが意味するのは全てお見通しだった、と言うことか。もしかしたら洸一人でも柾葵が探せたのかもしれない。ならば自分のしたことは軽率な行動だったかと美桜は思うが、振り向いた洸の表情が想像よりも柔らかかった事にその考えは飛んでしまった。多分、飛ばしても許される、そんな気がした。
「折角の迎えに、雨ももうすぐ止みそうだし。ひとまず此処を出ようか?」


 森を抜けると洸の言葉通り雨はすっかり上がっていた。雲の切れ間から差し込む光。その既に夕陽と言える存在を前に、三人は足を止める。
「えっと、神崎さんはどっち方向?」
 言われて自分は墓参りの途中だったことを思い返し、美桜は洸と柾葵が体を向けている方角とは逆を指す。
「ここで、今度こそお別れですね」
 そっと笑顔を浮かべ美桜が言った。
 閉じられた三つの傘。二つの方向を向く其々の足。皆が皆、分かったような顔をして笑って見せた。意図しているのか否か、夕陽に照らされる表情は穏やかなもので。
「有難う。此処で別れたら多分、もう会えることも無いのだろうけど……俺たちはあなたのことを忘れやしないだろうね。二度、救われているんだからさ」
 そんな洸の言葉に美桜はそっと首を横に振った。
「私は…いえ、喜んで貰えていたならそれで」
『気にするな。それに可愛い女の子苛める趣味も俺ら無いしな。素直に感謝してる。頑張れ』
「はい。二人も気をつけて……」
「神崎さんも。もうすぐ暗くなるのもあるし…これから先もあるだろうし」
「……私は、大丈夫ですよ。二人もどうぞ――」
 やはり洸も何かしら感じているのか、それとも柾葵からこっそり伝えられてしまったのか。なんとなく後者は無いような気がしながらも、美桜は二人から一歩後退しもう一度


 そっと笑顔で。



「よき旅を――」


  ――そう見送る事が 今の自分に出来る精一杯のことだと思った…‥


    □■


 すっかり日も暮れてしまい、美桜の予定では早ければ既に家に着いている時間でもある。しかしこの予定のずれは特別残念だとかの感情は抱けなかった。寧ろ、あの時間は良かったと思えるのだから。
「――お父さん、お母さん…伯父さん、伯母さん……」
 名を紡ぐ。そして、一つの決意を胸に抱く。
「私には…お二人についていく資格など無いと思っていました」
 勿論その考えは柾葵に見透かされていた。しかし、
「でも、資格とかでなく……私は私の現実を受け止めるべく進まなきゃ、いけないんですよね?」
 自分でも思っていた。いつかはそうしなければいけないと。そして、今が多分その時なんだと思う。
 既に秋の星座が輝く夜空を見上げ、前を見て頷いた。

「遅くなっちゃいましたけど、今から行きますね……」


 向かう先、本来行くべき場所だった四人が眠る墓へと足を向ける。
 二人に同行は出来ないが 遠く離れていても共に歩くことは出来る――

 それが 彼女が出した一つの答えだった


    □■


 季節はゆっくり冬へと向かう。
 洸と柾葵の歩みは依然止まらない。
「なぁ…柾葵? 神崎さん、だっけ。妹って居たらあんな感じだったんだろうな……」
 先行く洸がポツリと言えば、柾葵は洸の手をとりそこに文字を書き示した。
『俺はともかくあの子、洸よりは年上だと思ったけど……』
「…………へぇ」
 止めかけた足。しかし、それはホンの一瞬で。再び歩みだす足。二人並び歩く道。
 時折思い返すは、二人の中に小さな美桜が入り込み笑ってくれていたこと。
 春に見た桜のよう綺麗に、そしてどこか可愛く。
 本人は何処か気に病みながらも、その笑みは確かに二人を癒していた…‥



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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→PC
 [0413/神崎・美桜/女性/17歳/高校生]

→NPC
 [  洸・男性・16歳・放浪者 ]
 [ 柾葵・男性・21歳・大学生 ]

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、李月です。前回に続き番外編へのご参加有難うございました。前回よりも神崎さんの設定に深く触れる部分もありましたので、どうしようか試行錯誤の部分もあったのですが大丈夫だったでしょうか? 何かありましたら遠慮なくお申し付けください!
 前回よりも二人の話し方は大分自然に近づいています。二人とも年齢が近い(柾葵に関しては精神年齢が少々…)のもありますし、神崎さんの抱えているものを柾葵は知り、洸は柾葵から聞いたかなんとなく察し。今回も勿論前回と同様、好意を素直に受け取っているつもりです。
 一応神崎さん自身の区切りとなると思いましたので、今回少々特殊な閉め方といたしました。何処かしら、お気に召していただけていれば幸いです。

 それでは又のご縁がありましたら…‥
 李月蒼