コミュニティトップへ



■遺跡探索へ行こう!■

朝霧 青海
【3171】【壇成・限】【フリーター】
 Y・Kシティにある巨大な図書館の館長、山音・翠(やまね・みどり)は皆の前で、どこかの島のような地図を取り出して見せた。
 年齢は20歳になったばかりだというが、何となく嘘っぽい落ち着いた雰囲気、本の読みすぎで強度の近視だがイケてない格好は嫌いと、細いサングラスのような眼鏡をかけている翠は、嬉しそうな表情でそこに集まった人々の表情を見回した。
「Y・Kシティの港から船で2時間ぐらいのところに、この島はあるのよ。人の住ん
でいない無人島で、その島の形から、長靴島と名づけられているわ」
 もっとシャレたネーミングはなかったものかと思われるのだが、それは置いておいて。
「わたくしはここ数年、ずっとこの島を調査していたの。何故かというと、この島に古代の遺跡があるという文献を、図書館の蔵書庫の奥の奥で見つけたから。長靴島自体はそれほど大きな島ではないけれど、その文献によると、かつてこの島はもっと大きな島であり、地殻変動でその大きな島が沈み、その島の一部が孤島となって残された。ムー大陸みたいね」
 地図には確かに、長靴のような形の島が描かれている。翠はその島の輪郭を指でなぞりながら、さらに話を続けた。
「そして、この島にはひとつの文明が栄えていたというわ。だけど、それがどんなものなのかはわからない。その文明の実態の手がかりは、今のところは周辺に残されたわずかな伝承と、未解読のこの文献のみ。わたくしは数年かけて、やっとこの島にその文明の忘れ形見である遺跡がある事を発見したの」
 緑は地図の上に、写真を数枚置いて見せた。その写真には、洞窟のような物が写っている。
「遺跡への入り口は海の中。道理でなかなか見つからなかったわけよねえ。海の中に洞窟があって、そこから中に入ると遺跡の入り口へたどり着くわ。わたくしは入り口までは辿りついたのだけど、その先は固くて重い岩の扉で塞がれていて、その時は先に進む事が出来なかったわ。だからこそ、今回の調査を皆様にお手伝いしてほしいわけ」
 翠は一枚の写真を指で指し示した。そこには、岩の塊のような扉がどっしりと映し出されていた。
「ひとつ気をつけないといけないのが、今回初めてこの遺跡に入る事。遺跡には何があるかわからないわ。とても価値のある物があるかもしれないし、得体の知れない何かが潜んでいる可能性だってあるわ。それに罠だってあるかもしれない。それを覚悟でご同行願いたいの」
 と言って緑は、後ろの引き出しから書類を取り出して、それを机で広げた。
「これは文献の一部よ。この遺跡の中にはこんなのがあるっていうことが、抽象的に書かれている。まるで、古代人の謎解きのよう。この文献にある、客人っていうのが、遺跡を訪れる者の事だと思うわ。つまり、わたくし達ね」


1、客人を出迎えよと門番に命を授ける。門番を恐れる者は排除し、毅然とする者は受け入れよと命ずる。

2、部屋を進めばその身を多くの剣が貫くであろう。死の剣の奥に扉あり。

3、永遠なる廊下は死への道か生への道か。廊下に無数の天罰が降り注ぐ。

4、死者の部屋の中にある最後の扉は、棺の中に眠る。

5、全ての奥で姫が客人を出迎えるであろう。勇気を示した者に、姫が褒美を分け与える。


 それでも翠の表情は、とても嬉しそうであった。
「と、こんな感じね。ある程度の予想はつくけど、一体何がいるというのかしら。少なくとも、人間ではないと思うわよ。さあて、もしこれに興味があるなら、是非一緒に来てちょうだいな。わたくし、今すぐにでも行く事が出来るから」
『遺跡探索へ行こう!』



「しまった、もう少し早く来るんだった」
 Y・Kシティの港を、壇成・限(だんじょう・かぎる)は腕時計に目を落としながら走り続けていた。
 限はレンタルビデオ店で働いているフリーターで、アルバイトというものの、ほとんど店にいない店長に代わって、店を取り仕切っていた。子供から大人まで、様々な客を相手に店を動かし、忙しい日々を送っていたが、今日はそのビデオ屋の店員達とフィッシングに行く予定だった。
 ところが、限はこの港へ来るまでに迷いに迷い、待ち合わせ時間ギリギリになってしまったのだった。
「もう、船行ってしまっただろうか?」
 停泊している数々の船を見回し、限の心は不安とあせりに包まれる。
「待ち合わせの船は、どれだったか」
 限はそう呟いて、さらに港の奥へと走った。
「お、あれだな!」
 待ち合わせはこの船だと言われた船を、ようやく限は見つける事が出来た。迷わずそれに飛び乗った限は、船室へと降りたが、見知らぬ者達ばかりの顔が姪に入ってくる。
「キミも、遺跡調査に行くんだ!」
 金髪の、若い青年が笑顔で限に話し掛けてきた。
「え、遺跡?」
 限は、フィッシングではまず使わないであろう単語を耳に入れ、眉をよせた。
「まあ、あなたも?どこの誰か知らないけど、男性が増えるのは有難い事よね。わたくしは、今回の遺跡調査の責任者の、山音・翠(やまね・みどり)と言うの。貴方は?」
「え?僕は、壇成・限って言うんだが。いや、それよりも、遺跡って何の事?僕は、バイトの仲間とフィッシングをやりに」
 船室の奥にも、二人ばかり若い女性がいる。船を間違えた!そう気づいた時、船は大きく揺れて、港を出港してしまっていた。
「間違えた…!」
 そう呟き、限は船尾へと走った。港がぐんぐんと遠ざかっており、よく見ればこの船がいたであろう場所の横に、同じくこの船と良く似た船が泊まっていた。
「しまったなあ」
 それでも、落ち着いた表情で限は、携帯電話で仕事仲間にすぐ連絡をしようとし、ポケットを手で探った。ところが、ポケットはぺちゃんこで、中からは来る途中に配られた、ポケットティッシュがひとつ出てきただけであった。
「こんな時に、僕は」
「ま、いいジャン?これも何かの縁だよ、俺達さぁ、これから遺跡探検に行くんだ。限さんだっけ?一緒に行こうよ〜」
 金髪の青年が。人懐っこく限に話し掛けてくる。
「俺、桐生・暁(きりゅう・あき)って言うんだ。楽しい事大好き♪それに、もう船が出ちゃったんだしー、遺跡なんてなかなか行けないと思うんだ〜?」
「そうよ。人生、自分の立てた予定通りにはいかないのよ。こういうハプニングだってあるの。そうでしょう?たまにはわき道にそれて、素敵な物を見つけるかもしれないわよ。そうでしょう?」
 暁と翠、二人の強力な笑顔に押され、限はもう、うん、と頷くしかなかった。



「こんなに沢山の方々が、わたくしのお手伝いをしてくれるなんて。とても頼りにしているわ。やっぱり、か弱い乙女のわたくし1人では、限度がありますものね」
 翠は、揺れる船室に集まった者達の顔を見回し、嬉しそうに微笑んでいる。
「遺跡の調査なんてさ、わくわくするよね〜!それに、翠さんと一緒に探索するのって、絶対に楽しいよ〜♪」
 翠の隣りに座り、長靴の形をした島の地図に視線を落としながら、暁は皆へにこりと笑って見せた。
「俺さ、楽しそうな事には目がないんだ〜。興味本位で来たけど、どんな遺跡なのか楽しみなんだよ。それに、皆と一緒なのも」
 暁はまわりを見回し、一人離れて端の方に座っている限と目が合うと、限の横へと移動をし、腰を降ろした。
「ねね、そんな隅にいないでさあ、こっちへ来ない?」
「いや、僕はここでいい」
 ぽつりと限が呟く。
「そんな事言わないでさ〜、可愛い子も沢山いるよ、ほらあ」
 翠の横で景色を眺めている女性陣、鹿沼・デルフェス(かぬま・でるふぇす)とマイ・ブルーメ(まい・ぶるーめ)に暁が笑顔を送っている。
「だって、僕、間違えてしまったし。本当は別の船に乗るはずが。こんな時に限って、携帯電話忘れるし」
 限はからっぽのポケットに手を当てて呟く。
「どっちにしても、このような海の上では、無線ぐらいしか通じないと思いますわ。せっかくご一緒したのも何かのご縁でしょう。それに危険な目には、このわたくしが合わせませんわ」
 デルフェスは一見、どこにでもいるような若い女の子に見えるが、古風なドレスを着、その貫禄すら感じる雰囲気が、まるで中世の絵画の中から飛び出してきたような貴族の女性のようにも感じる。
「えっ、でも」
 その優雅な姿を見て、限は戸惑ってしまう。こんな可憐な女性が、身を張って皆を守るのか、と。
「ご安心下さいませ。わたくしは中世の時代に作られたミスリル製のゴーレムでございます。この身体を、ダイヤモンドよりも硬くする事も出来ますから。信じられないかもしれませんが…ともあれ、わたくしはこの鑑識眼を翠様に買われて、この探索に参加致しました。わたくしの役割は、きっちりと果たそうと思っておりますので」
「大丈夫、限さん♪皆いるんだしさ!」
 暁が不安そうな顔をしている限に、笑顔を返して見せた。
「そうですね、私も治療をする事が出来ますし。罠が多そうですしね」
 食い込みの激しい、胸を強調した水着をすでに着ているマイの身体は、目のやり場に困るのだが、それでシスターだというのだから、世の中わからないものである。
「私に任せて下さい。危険な罠でも大丈夫ですから」
 優しい口調で、マイは皆へと笑いかけた。
「何となく、女性の方が逞しいわね」
 そう言って翠が、口元に笑みを浮かばせた。
「そろそろ、島に上陸するわ。準備はいい?今日はよろしく頼むわね」
 やがて船は、長靴島と名づけられた島の小さな入り江に到着した。
「この入り江の下に、遺跡の入り口があるの。水着を持ってきた子はいいとして、持ってない人には貸してあげるわ。こんな事もあろうかと、用意したのよ」
「準備がいいんだね?」
 限は翠から、眩しい程のピンク色の海パンを受け取りながら、こんなのしかないのか、と苦笑を浮かべていた。だが、これしかないのだから仕方がない。
「水着持ってきて良かったですね」
 暁にそう言っているマイは、キワドい水着を着ているものの、平然とした顔をしている。水着の事はあまり気にしていないのかもしれない。
「その他の荷物や着替えは、この防水用のケースに入れて持っていくのよ。肺に自信がない人には、酸素ボンベも貸してあげる。ラジオ体操に合わせて準備体操が終わったら、海へ潜るわよ」
 何故か、船の上でラジオ体操をする5人…マイやデルフェスは、その体質上、準備体操も必要なさそうであるが、皆に合わせてという事なのだろう。
 体操を終えると、限達は翠の指示に従って、1人ずつ、順番に船から海中へと飛び込んで行った。



(なかなか綺麗な海なんだな)
 メガロポリスであるY・Kシティから船で2時間足らず。それにも関わらず、この島の周辺には珊瑚の海が広がっている。通常ではありえないが、それが異界の不思議なのかもしれない。
 限は戦闘を泳ぐ翠を追いかけながら泳ぎつつ、どこからその遺跡に入ることが出来るのだろうと、あちこちに目をやっていた。やがて、翠がひとつの小さな洞窟のような場所へと入っていく。
 急に視界が狭くなり、光も閉ざされていく。その時、前方から一筋の光が暁の方へと走ってきた。翠が水中用のライトで、後続している4人へとライトを照らし、道を記しているのだ。とは言え、その海中の通路は一本道だから、そんなに通るのに困る事はなかった。
(出口か?)
 上の方に、わずかに光が漏れる部分が見えてきた。翠はまっすぐにそこへ向かい、足だけになった、と思うと水中から見えなくなった。そしてしばらくして、上からライトの光が差し込んできた。限は皆と一緒にその部分へ入り、水面から陸へと上がった。
「ここが、そうなのか」
 限の目に、薄明かりの中、石造りの大きな扉と、そのまわりに描かれた古代の祭りのような壁画が飛び込んできた。
 写真ではわからなかったが、その壁画もかなり色あせており、そのうち消えてしまうかもしれない。
「皆、お疲れ様。ここが遺跡の入り口よ」
 翠が最後に顔を出したマイの身体を、手を引っ張りあげながら言う。
「まずは、この扉を開けないといけないのですけれども」
「石で出来てるんだな、これ。普通に押してもびくともしない」
 限は身体で扉を押してみるが、扉はまったく動かない。
「ちょっと待ってよ。何か違う方法があるのかもよー?」
 暁はそう言うと、扉に抱きついて見せた。
「何をしていらっしゃるのですか?」
 デルフェスが不思議そうに暁に言う。
「やっぱさ〜、親しみをこめて?ってヤツ?コレが文献に合った、門番じゃないかなあって思って」
「そうなのでしょうか?」
 デルフェスが暁のすぐ隣りに来て、扉を手で触っている。
「ホラ、客を迎える時ってこうしない?だから迎えられる側の役をやってみたんだけど」
 暁はそう言って、扉を優しく撫でるが、扉はまったく動かなかった。
「動きませんね」
 マイも暁の隣りへ行き、扉のあたりで視線を漂わせている。
「こじ開けた方がいいんじゃないのか?出来るならの話だが。僕はあいにく、そういう道具は持って来てないのだが」
 限は皆の様子を見ながら言った。
「えー、乱暴だなあ。でも、開かないならそれしか方法はないかな?」
 扉から少し離れて、暁は答えた。
「では、わたくしがやらせて頂きますわ。皆様、少し後ろへお下がりくださいませ」
 デルフェスが握りこぶしを作り、扉にパンチを食らわす。その腕からは想像もつかないのだが、ミスリルで出来てるというのは本当なのだろう、扉の、デルフェスがパンチを食らわした部分を中心にひびが入り、もう一発デルフェスがパンチをすると、扉はあっという間にバラバラになってしまった。
「凄いな」
 限は目を丸くして砕けた扉を見つめた。扉は見事にバラバラ、いまさらだが、人間とは思えない力だ。
「さあ、皆様先を急ぎましょう」
 デルフェスに続き、限達は遺跡の中へと足を踏み入れた。
「中へ入るのは初めてだわね。さて、何があるやら。わくわくしてきたわ!」
 翠がぐぐっと握り拳を作ってみせる。
 限は遺跡を見上げた。高さは2階建ての建物ぐらいだろうか。天井が少し高めに感じる。入り口と違い、ここは正方形の四角い、殺風景な部屋であった。
 だが、その中央に翼の生えた悪魔のような、おかしな石造が置かれている。その奥に通路があるので、遺跡はさらに奥へと続いているのだろう。
「何だあれ!?」
 限はその石像を見て叫んだ。
「お静かに。おそらくは、あれが門番、という物なのかもしれません。ガーゴイルのような怪物と考えていかと。翠さん、文献には何と書いてありましたかしら?」
 デルフェスが翠の方を振り向いた。
「『客人を出迎えよと門番に命を授ける。門番を恐れる者は排除し、毅然とする者は受け入れよと命ずる』だったわね」
 翠が小声で答える。
「それなら、毅然としていなければなりませんわね」
「堂々としてればいいのですね?客人って私達の事ですよね。どんなお出迎えをしてくれるのかしら!」
 マイがにこりとして答える。
「お出迎えと言うのは、遺跡の中にすんなりと入れてくれる事だと思いますわ」
 デルフェスが石像を見つめながら言った。
「じゃあさ、皆で胸を張って行こうよ。手でもつないでさ、楽しくしてれば、俺達の事、恐れているなんて思わないんじゃない?」
 暁のアイディアに従って、一行は手をつないで胸を張り、楽しく石像の真横を通り、奥へと向かった。
 限は、何となくその石像の目が、こちらの動きに合わせて動いているような気がしたのだが、恐れなどは一切見せずに、通路へと入った。
「とりあえず、何事もなく通れたな」
 限が部屋の方を振り返りながら、ほっとして息をつく。ブロックを積み上げられて作られた通路を進むと、今度は先ほどの部屋よりも小さな部屋に出た。
「翠さーん、次はどんな事が書いてあったっけ?」
 暁が、本当に何もない部屋に視線を漂わせて翠に尋ねる。
 いや、何もないのではない。部屋の壁に無数の穴が開いているのを見て、内心これは無事に通れるかな、とも思っていたのだ。
「『部屋を進めばその身を多くの剣が貫くであろう。死の剣の奥に扉あり』ちょっと、怖い記述よね?」
 不安そうな表情で、翠は暁を見つめた。
「おそらく、あの穴から剣や槍が飛び出してくる罠ではないでしょうか?」
「ああ、そうかもな。よく映画なんかで見かけるトラップ。雨のように降ってくるんだっけか。だが、そうだとしたらあんなに沢山の穴があるんだぞ、通るのは無理なのでは?」
 限が腕組みをしてそう言うと、デルフェスが少しだけ笑って一歩前へと進んだ。
「あいにく、わたくしはミスリルゴーレムですので、同等の強度を持つ武器でなければわたくしは傷つきませんわ」
 先程彼女は、硬い岩の扉を砕いたのだ。ここはデルフェスに任せた方がいいかもと思った限は、黙って様子を見る事にした。
 デルフェスは静かに部屋を進んだ。とたんに、鋭く尖った金属で出来た槍の様な物が音もなく穴から飛び出し、デルフェスの体へと命中した。
 しかし、デルフェスのその強靭な体に弾かれ、金属の槍は金物の音を立てて地面へと落ちる。
「デルフェス様、凄いですね。万一、怪我をされたら、私の力で治療をと考えていたのですが、その必要ないかも」
 マイも驚いたような顔でデルフェスを見つめていた。
 穴から次々と槍が飛び出すが、それらがまったくデルフェスの体を傷つける事はなかった。しばらくすると、壁から飛び出す槍が少なくなり、やがて一本も槍は出てこなくなった。
「弾切れか?」
 床に散らばった槍を見つめながら、限が問い掛ける。デルフェスはすでに次の部屋の入り口へと到着していた。
「槍が投げられて。これこそやりなげ、だね?」
 暁が思いついたシャレを言うが、誰も笑わなかった。
「まあ、とにかく、今のうちに渡るっきゃないね!」
 暁はまわりをみまわしながら、デルフェスに続いて部屋を渡り始める。
「おい、だけど、もしかしたらそれが罠かも」
「大丈夫だよ、マイさんもいるしね♪」
 限の心配をよそに、暁は部屋を進んでいく。金属の槍を踏まないように気をつけながら進んだが、もう槍が飛んで来る事はないようだった。
 暁の行動で安心し、限は用心しながらも部屋を歩き始めた。その後に翠、マイも続いてくる。
「さてと、次は『永遠なる廊下は死への道か生への道か。廊下に無数の天罰が降り注ぐ』だわね。これもさっきと同じパターンかしら?」
 槍の部屋を出ると、細くて狭い廊下が続いていた。
 翠がそう言うのを聞いて、限は天井を見上げるが、今度は何かが出てくるような穴は見当たらない。
「無数の天罰とありますから、今度は天井から何かが降ってくかと思ったのですが」
 デルフェスも不思議そうな顔をして天井を見上げている。
「でも、道はここしかないですし、先に進むしかないですよね」
 マイがそう言ったのを聞いて、デルフェスが再び廊下に足を進ませる。
「では、またわたくしが参りましょう」
 足音だけを響かせ、デルフェスが通路を進んでいく。
「何もないのかな?」
 限は首をかしげた。デルフェスが通路の真ん中あたりまで行っても、特に変わった様子はない。
「あ、ちょっと待ってください!あれは何でしょう?」
 急に声を上げて、マイが天井を指差した。見ると、半透明の動く塊が、石を敷き詰められた天井の隙間から染み出してくる。それはあっという間に無数の塊が天井から現れ、限達のすぐ上にも出現した。
「動いている!あれ、生き物です!」
 マイが叫んだ。
 半透明の生き物、俗にそれはスライムと呼ばれている生き物だと限は思った。次々に染み出してくるスライムは、拳ほどの大きさの物から、中型犬ぐらいの大きさのものがおり、中には人間の大人ほどの大きさのものまでいた。
 すぐ隣にいる暁のそばに、サッカーボールほどの大きさのスライムが落ちてきた。それはわずかに暁の服のすそをかすったのだが、かすった服の部分が強い酸の薬品をかけられたように、繊維が縮まっていくのを、限は見つめていた。
「このスライム達、触るとマズイみたいだよ!」
 暁が足元に落ちたスライムを踏まないように、場所を移動する。限もそれに続き、奥へと走り出した。幸いにもスライムは動きは遅いので、避けるのに苦労はしない…そう思った時であった。
 天井のいくつかの部分が崩れて、その崩れた部分から大量のスライムが雪崩込んできたのだ。
「こんなにいるのか!!」
 限は叫び声を上げたが、天井の一部が崩れる音にかき消されてしまった。
「皆様、今のうちに急いで奥の部屋に!!」
 デルフェスが限達へと叫んだ。落ちてきたスライムが山のように重なり、ところどころの道を塞いでいる。
「わあっち!!」
 翠の手を引いて前を走る暁達に遅れないように、限も走り出したが、突然上から落ちてきたスライムが腕に当たり、火傷をしたような痛みが体を走った。
「きゃあっ!」
 続いて翠の声である。そして、暁の腕にも小さなスライムが落ちてきたのが見えた。
「ちょっと、キミには用はないんだよね〜」
 そう呟いて暁はスライムを片手で払っている。限も、この状況で冷静さは失わず、ようやくデルフェスのいる通路の奥へと辿り付くことが出来た。
「皆様、ご無事で何より」
 最後に駆け込んできた限の姿を見て、マイが長い息をついた。
「まさかあんなものがいるとは。お怪我をされている方もいますね。傷の手当てをしましょう」
 マイが自分の体液を使い、限達の傷をたちまちのうちに治癒させた。
「キミは大丈夫か?」
 怪我を治したマイに、限が尋ねる。
「私は大丈夫です。私は…不死ですから。さあ、皆さんもう大丈夫ですよね?先へ進みましょう」
 通路はすっかり崩れており、まだスライムが蠢いており、帰りがやや心配になるのだが、限達は先へ進むことにした。
「次はこれね。『死者の部屋の中にある最後の扉は、棺の中に眠る』」
 翠がノートに書いてある文献の一節を読み上げる。
「これは単純に、棺の中に隠し扉があるという事ではないでしょうか?」
「そうだね、俺もそう思う」
 限達がついた部屋は、行き止まりになっており、他に扉や通路は見当たらない。だが、石で出来た棺がいくつか置かれており、少々不気味な部屋であった。
「それなら、棺を調べればいいんだな?」
 限は一番手前にある棺を覗いた。中には装飾品をつけた白骨が眠っていた。ここは墓なのかな、と、限は思った。
「でも気をつけて下さいね。また罠があるかも」
 マイも限に続いて棺を調べている。
「後少しなのかな〜?」
 暁が白骨に何かを話し掛けているように聞こえたが、何をいったのかはよくわからなかった。一体どこにあるんだろうと、限は一番奥にある棺を覗いた。そこには何も埋葬されていない代わりに、盛り上がった土が置かれていた。少々抵抗を感じながらも、限はその土を手でどかしてみたのだ。すると、土の下から地下へと入る細い階段が現れた。
「あったぞ!」
 限がそう言うと、皆が一斉に集まってきた。やはり文献通りだと口々に言いながら、限達は地下へと行く覚悟を決めたのであった。
「いよいよ最後の部屋ですわね」
 デルフェスを先頭にして、一行は地下へと降りた。



「翠さん、最後の文献を」
 階段を降りながら、デルフェスが小さく言う。
「『全ての奥で姫が客人を出迎えるであろう。勇気を示した者に、姫が褒美を分け与える』褒美って何かしら?」
 翠がそう言い終わると同時に、皆は地下へと到着した。
「あれが、姫?」
 翠が顔をしかめた。その部屋は今までのどの部屋よりも豪華で、様々な装飾品や美術品が置かれていた。
 そして、その中央にほとんど朽ちてしまったが、長いドレスを着、沢山の装飾品を付けた骸骨がそっと、玉座に腰掛けていたのであった。
「この遺跡って、どこかの王家の墓なのだろうか?」
 姫をじっと見つつ、限が口から言葉をそっと押し出した。
「まあ、綺麗な石像ですわ」
 デルフェスが骸骨のそばに置かれた小さな女性の像を手にした。
「あ、あれは何?」
 そう言ってマイが骸骨の横をじっと見つめた。そこに、白いもやのような物が立ち上がり、みるみるうちにそれは、頬はこけ、髪は乱れ、歯はぼろぼろに抜け、体の肉は腐りその部分から骨が見えている、無気味な姿の女性の幽霊が現れた。
「よくここまで辿り着いたね。けど、残念だね。ここの宝は私のもんだ」
 地底の底からうなるような声であった。
「簡単に渡すわけにはいかないね。欲しいなら、勇気を見せてみるがいいさ」
 にやりと笑ったその女性の目から、どろりと目玉が抜け落ちる。
「勇気とは言ってもな。僕なんて知らないうちにここへ来ていたわけだし」
 限は幽霊に少しだけ近づいた。その幽霊からは、強いとは言えないが、どこかしら生への執着を感じた。
「こんなところで、いつまでも生きる事にこだわっていても仕方がないだろう?そんな姿になって、この宝が何の役にたつというのだ」
 限は、目だけがギラギラと輝いている幽霊に冷静に話を続けた。
「僕が心の制裁を加えてやろう。僕に君を救う事は出来ないがな」
 この幽霊の姿は、他の者達にも見えているのだろう。限が幽霊をじっと見つめ、心の中で幽霊へと制裁を加える。すると、幽霊の姿が少しづつ、変化を始めた。
「私は、こうしている事に罪は感じない。だが、ずっと気がかりであったのだよ。この宝の山が、ここにある事がな」
 次の瞬間、無気味な幽霊の姿が消え、美しくて若い、立派なドレスを着た若い女性が現れた。幽霊である事には違いないが、先ほどと同じ人物とは思えない。
「そうだな、お前の言うとおり、いつまでもこの姿でここにいても仕方があるまい。それは、わかっていたさ。悪い事だとは思わないが、摂理から外れた事だとは思っていた。私は、昔このあたりで栄えた国の姫だ。父や母は別の場所に埋葬されているが、一緒に埋葬されたこの宝物、幽霊となった私には必要ない。だが、つまらぬ者にくれてやる気もしないのでな」
 姫は限達を見つめて、可愛らしい笑顔を見せた。
「お前ならくれてやってもいいぞ。お前のように、私に怯えず、しっかりとした話の出来る者も珍しい。ありがとう、若者達。これで思い残す事もない。つまらん連中に、この宝を利用されたくはなかったからな」
 姫はその言葉を残して、部屋から消えてしまった。と同時に、急にまわりが眩しく光ったと思うと、視界が真っ白になり、気づくと限達は、遺跡の入り口、崩れた扉の前に立っていた。
「ん、何だこれは」
 限はポケットの中に、赤い宝石のついた腕輪が入っている事に気がついた。
「これ、あのお姫様の骸骨がつけていたものか?僕にくれたのか?」
「でも、それはあのお姫様が貴方に渡したものだわ。受け取っていいんじゃいかしらね?」
 限の呟きに、翠は答える。見れば、皆それぞれで宝物をもらったようであった。
「とりあえず、今日はこれで終わりにしましょう!」
 翠の一声の後、限達は船に戻り、Y・Kシティへと戻る事にした。
 姫は別の場所に父や母が埋葬されたと言っていた。恐ろしい目にもあったが、限達のおかげで遺跡を調査する事が出来た翠が、船の中で他の遺跡はどこにあるのかしらと張り切っているのが、何とも印象的であった。
「やれやれ、今日はとんでもない事に巻き込まれてしまった。職場の皆に、何て言うかな…」
 限は腕輪を自分の手首へとつけて、小さくため息をつき、夕日に染まった海を見つめるのであった。(終)



◆◇◆ 登場人物 ◆◇◆

【0126/マイ・ブルーメ/女性/316歳/シスター】
【2181/鹿沼・デルフェス/女性/463歳/アンティークショップ・レンの店員】
【3171/壇成・限/男性/25歳/フリーター】
【4782/桐生・暁/男性/17歳/高校生アルバイター、トランスのギター担当】

◆◇◆ ライター通信 ◆◇◆

 壇成・限様

 初めまして!新人ライターの朝霧青海です。シナリオに参加して頂きありがとうございました!
 今回は遺跡物ということで、かなりアドベンチャー風味にしてみたのですが、元々からこういったジャンルのものが好きなようで、文章量が多めです(多めになってしまったと言うべきか(汗))。しかし、長ったらしく感じるかもしれません(汗)
 限さんは、物事に巻き込まれながら、ということでしたので、本来行くべき船を間違えてしまい、そのまま他のメンバーに引きづられて、遺跡調査に行く、という設定にしてみました。限さんのキャラをなるべく出す為、調査の中でも、少々ぶっきらぼうなセリフや行動などを、取らせて見ました。
 今回は視点別となっております。他のPC様からの視点からも、お楽しみ頂けたらと思います。それでは、今回は有難うございました!