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■ファイル-3『恋心』■

朱園ハルヒ
【3480】【栄神・万輝】【電脳神候補者】
「恋心を食っちまう、バクだってよ」
 槻哉のデスクにだらしなく体を預けながら、斎月はそう言った。
 投げかけられた言葉の先にいるのは、この司令室を訪れた者。心の一部を…削られたような感覚を持ち合わせながら。それが何か、解らずに。
「…貴方は今、『恋』を失ってはいませんか?」
 斎月の後ろから顔を見せたのは、槻哉だった。
 声をかけられた本人は、そう言われて自分の胸に手を置いてみた。
 …確かに、何かが欠けているような、そんな喪失感がある。
「バクってのは本来、悪夢を食うっていう空想上の生きモンだ。でもな、今お前が感じているように、『恋心』を食っちまう変りモンがいるってワケだ」
 そう、続けるのはナガレ。ひょい、と顔を出した早畝の肩の上に陣取り、こちらへと視線を投げかけてくる。
「貴方の失った『恋心』は、貴方が思い出さない限り…バクを見つけない限り、戻りません。…もう、お解りですよね」
 そういう槻哉はゆったりと微笑むと、静かに立ち上がった。
「僕らはこの仕事を請け負った人間…そして、貴方は当事者。さぁ、共に歩みたいメンバーを選んで、貴方の恋心を奪い返してください」
 槻哉の言葉が合図になり、斎月もナガレも早畝も、横並びで姿勢を正してみせる。
 これが、今回の依頼。
 
 恋心を失った貴方は…どうやって『恋』を思い出しますか?
ファイル-3『恋心』


「恋心を食っちまう、バクだってよ」
 槻哉のデスクにだらしなく体を預けながら、斎月はそう言った。
 投げかけられた言葉の先にいるのは、この司令室を訪れた者。心の一部を…削られたような感覚を持ち合わせながら。それが何か、解らずに。
「…貴方は今、『恋』を失ってはいませんか?」
 斎月の後ろから顔を見せたのは、槻哉だった。
 声をかけられた本人は、そう言われて自分の胸に手を置いてみた。
 …確かに、何かが欠けているような、そんな喪失感がある。
「バクってのは本来、悪夢を食うっていう空想上の生きモンだ。でもな、今お前が感じているように、『恋心』を食っちまう変りモンがいるってワケだ」
 そう、続けるのはナガレ。ひょい、と顔を出した早畝の肩の上に陣取り、こちらへと視線を投げかけてくる。
「貴方の失った『恋心』は、貴方が思い出さない限り…バクを見つけない限り、戻りません。…もう、お解りですよね」
 そういう槻哉はゆったりと微笑むと、静かに立ち上がった。
「僕らはこの仕事を請け負った人間…そして、貴方は当事者。さぁ、共に歩みたいメンバーを選んで、貴方の恋心を奪い返してください」
 槻哉の言葉が合図になり、斎月もナガレも早畝も、横並びで姿勢を正してみせる。
 これが、今回の依頼。
 
 恋心を失った貴方は…どうやって『恋』を思い出しますか?



 主である万輝と一緒に特捜部へと訪れていた千影は、猫の姿のまま万輝の膝の上で丸くなっていた。
「万輝じゃなくて、千影のほうが食われたっぽいな」
 ナガレがそう言いながら、千影を覗き込む。普段であれば心を許しているナガレには尻尾を振って飛びつく彼女が、今は無反応に近い状態だ。
「…そう、みたいですね」
 万輝の顔色が良くない。千影が絡むとだいたいは彼の状態は悪くなる、それでも以前よりは平静を保っていられるようになったのだろうか。千影の背中を撫でながら、落ち着いた口調でナガレへと答えて見せた。
「ってもよ…千影ってまだ、『恋心』ってもんが何たるか、解ってねーんじゃねぇの?」
 斎月も万輝の背後から千影を覗き込みながら、口を挟んでくる。
「……チカ?」
「こいごころ〜? 何それ〜チカが好きなのは万輝ちゃんだけだよぉ」
 万輝が確認するかのように彼女へと声をかけると、千影は尻尾をふりふり、としながらゴロゴロと甘えてそう言った。
 別段、普段と変わったようには見えないような気もするが、やはり少しだけ雰囲気が違う。
「…解ってるようで、解ってないってヤツか…。やっぱ食われてるんだよな」
 斎月もナガレも、互いに顔を見合わせてこくりと頷く。千影は確かに、小さな心のかけらを奪われている。
「チカからそう簡単に『想い』を奪える相手と言うと…限られてくるんだよね」
 独り言のように、万輝は口を開く。溜息をあわせながら。
「心当たりがあるんだな?」
「…はい、おそらく間違いありません」
 斎月の問いに、万輝は静かに答える。
「問題はどうやってチカを元に戻すか…」
「難しい相手なのか?」
 再び漏らした万輝の言葉に、今度はナガレが問いかけた。すると彼はゆっくりと顔を上げて、また溜息を吐く。あまり口にしたくないのか、表情は硬い。それだけで、ナガレも斎月も彼からの答えを聞いてしまったような気がした。
「チカ、どこもおかしくないもん!」
 黙って会話を聞いていた千影が、半分怒ったようにそう言ってきた。
 その千影の頭を、万輝は優しく撫でてやる。
「…チカ、今の君は大切なものをどこかにおいてきちゃったんだ」
「にゅ〜?」
 千影は万輝の言葉に首を傾げるばかり。状況をあまり理解しきれていないのだろう。
「だから…一緒に探しにいこう」
 そう続けた万輝の瞳を、じっと見つめていた千影。少しの間をおいて、
「うん♪」
 と言いながら、その場で可憐な少女の姿へと変容してみせた。
「じゃあ俺たちも同行するな。危ないかもしれねーし」
 それに続いたのはナガレだった。そして斎月も身支度を整えている。この二人で万輝と千影に協力するらしい。
「気をつけて。無理はさせないようにね」
「わかってるって」
 槻哉が彼らを見送りながら、斎月へと声をかけた。言ってしまえば保護者のような役目にあるのが、彼になるからだ。
 斎月は槻哉の言葉を背を向けたままで、手のひらをひらひら、とさせながら答える。
 そして万輝たちは、千影の心のかけらを取り戻すために、司令室を後にした。
 

 千影の手を引きながら、万輝は何かを探しているかのように、辺りを見回している。
「…チカ、憶えてる? この先で、君はナガレさんと出会った。あの時は納涼祭だったね」
「うん、憶えてるよ♪」
 万輝が千影へと見えるように指差した先には、以前の依頼でナガレと彼女が出会った場所がある。
 千影も記憶自体が無い訳ではないので、そのことはしっかりと憶えているようだ。
「千影は浴衣姿だったな。俺が同族の気配を感じて声をかけたのがきっかけだったか…」
 ナガレが千影の肩に飛び移りながら、そう言う。すると彼女は一瞬だけビクリと肩を震わせたが、直後にふわりと笑う。
「…うん、あの時はビックリしたよ」
「…………………」
 ナガレは彼女の変化を何一つ見逃してはいなかった。
 彼女の、異常とも取れるほどの万輝へと甘えよう。今もしっかりと万輝の手を握り締め、決して離れないと言う気持ちでいっぱいだ。これは、初めて出会ったときと同じ感覚。
(なんか……妙だな)
 黙って彼らを見ていた斎月も、心の中で感じたとことを静かに呟く。
 見ている分にはおかしくはない。ただ、万輝も千影も自分たちと知り合ってから随分と変化を見せてくれるようになっていたのに、今は千影だけがそれを止めてしまったような感じなのだ。
 千影が恋心を抱いているといえば、無自覚であるが適任者と言えるのは万輝しかいない。なのに今の状態を見れば、彼女が失くしてしまったのはその感情ではない。また別の、ものだ。
 すぐに答えが見つかりそうなものなのに、前か見えなくて斎月は首をかしげた。
 それはナガレも同じことだった。
「チカは…ナガレさんと出会って…どう感じた?」
「えっと…うーん…」
 万輝には粗方、解っているのだろう。犯人に心当たりがあるというくらいだ。
 千影に解りやすいように問いかけてみるが、彼女は首をかしげて返事をすぐに返せないでいる。
 そこで逆に、万輝は何かを確信したようだ。と同時に、何故か溜息も漏れている。
「…思い出すのはゆっくりでいいよ、チカ。
 それからチカは、色んな人に出会ったりもしたね。特捜の方々も、含めて」
「うん」
 ナガレは千影の様子を間近で見ながら、万輝が何をしているのかようやく理解する。
 失くした記憶を取り戻す方法と、同じことをしているのだ、彼は。
 そうすることで、千影に生まれた感情を取り戻せるかもしれないと、思ったのだろう。否、それくらいしか方法がないと言った方がいいのか。
「俺も何度も千影には世話になったな。そういえば、デートもしたよな」
「…そういえば、そうだったね。ナガレちゃん、あの時は女の子で…」
 ゆっくりと、彼女に抵抗されないように。
 ナガレは静かに、千影の記憶の扉をたたいてやる。『デート』の言葉で万輝が一瞬だけ眉を動かし反応したが、見て見ぬフリをした。
 すると千影は、ぽつぽつ、と促されるままに、自分の記憶を呼び起こし始めた。
「千影は、あの時俺にこう言ってくれたよな。『自分と同じお友達初めてだから、ナガレちゃんと逢えて…うれしいの』って」
「………………」
 ナガレの言葉に、千影は一瞬だけ瞳を見開いた。
 記憶の中に流れる、想いに一歩近づいたと言った所だろうか。
「温泉も行ったな。絵葉書届いたとき、嬉しかったよ」
 ぽん、と千影の頭に手を載せながらそう言ったのは斎月だった。ナガレに協力、と言う形で千影の感情を動かそうとしてくれているらしい。
「チカ、少しだけ…よく考えてごらん? ナガレさんを、どう思う?」
「…ナガレちゃんは…」
 万輝が千影の目の前に立ち、彼女の瞳を真っ直ぐに見つめた。
 千影はその視線から逃れることが出来ないまま、言葉を詰まらせる。
「チカ、ナガレちゃんの、こと…一番の、お友達って…」
 ぽつり、と零した言葉。
 それが合図となり、彼らが立っていた場はザワザワと音を立てて風景が変わっていった。
「―――来たな」
 答えは出た。その瞬間、千影の中で何かが弾けた様な感覚と同時に、彼女の瞳が少しだけきついものになっていく。
「……言いたいことはそれなりに解っているけれど、一応聞くよ」
 万輝が、この場の空気を変えた正体に向かって、そう声をかける。
 すると万輝の投げかけた視線の先が、ゆらゆらと歪み始めた。そしてそこから現れたのは4人の美女。
「………あれは…?」
 斎月がその姿に、思わず言葉を漏らす。――ヒトの気配を、感じなかったからだ。
『主以外の者に思いを寄せるとは――未熟な証拠』
 一人の女性が口を開く。
『そしてその主も…まだまだ未熟ということだ』
 二人目の女性が続いた。
「…………………」
 万輝はその女性たちに臆することなく、毅然としていた。千影も彼の腕の服をしっかりと握り締め、前を見据えている。
 二人とも、彼女らが何者なのか、解っているようだ。
「……僕が『失格』だと言うのは解る。でも、だからといって、キミ達に僕のチカを如何こうする権利なんて…ないよね」
 口の端だけを上げ、うっすらと笑う万輝。
 その表情を、ナガレも斎月も知っている。『千影』が絡むと、彼はいつもこの表情を作り上げる。
 だが今回は、敢えて二人は口を出さない。なんとなく、『万輝はもう大丈夫だ』という意識があるからだ。
「チカは…チカのすべては僕のものなんだから…。例え、キミ達が『あの人』のZOAだからって…容赦はしないよ」
 万輝のオーラが変わる。
 戦闘態勢に入ったといってもいいだろう。
 4人の女性たちも、それぞれに身構える。
 万輝は彼女たちを『ZOA』と言った――。千影と同じ存在である4人の女性…それは、万輝の父親のZOAであると言う事。
「…万輝ちゃん、待って。チカにもお話させて」
 互いが対峙したところで、千影が口を開いた。
 そして、万輝より一歩、前へと進み出る。
「チカの一番は、万輝ちゃん。それはず〜っと変わらないよ」
 千影は4人の女性に、訴えかけるかのように言葉を投げかけた。
『しかしお前は、主以外に心を許した。我々は主以外の存在は必要とはしない』
 一人のZOAが、千影に向かって応える。
『心を強くしよ。雑念を捨てよ』
 また、他のZOAが続く。
「…でも、チカは寂しいのは嫌。だからお友達が欲しかったの。ナガレちゃんや、斎月ちゃんや…皆とお友達のままじゃ、いけないの?」
『今のままでは主を守りきれない。余計なものは排除すべきだ』
「お姉ちゃん達が言うように、あたしがみじゅくで、万輝ちゃんを守れないって言うなら、チカはもっと頑張って…チカなりに、強くなるもん!」
 千影は両手を握り締めて、必死に先輩格にあたるZOA達に語りかけた。
 万輝は黙って、千影を見守っている。
(……二人とも、ちゃんと成長してるじゃんか)
 そう、心で呟いたのは、ナガレと斎月だった。なんとなく、親の気分のように思えてしまう。
『ならば、守ってみせよ。今、ここで!!』
「………!!」
 一人のZOAが、すらりと片腕を上げた。
 すると次の瞬間には、他の3人のZOAが姿を変え、万輝へと襲い掛かってくる。
「万輝ちゃんっ!!」
 千影は一瞬にして、本来の姿へと変容した。そして漆黒の翼を大きく広げ、迫り来るZOAたちへと向かい咆哮する。
「――――!!」
 ZOA同士の、力のぶつかり合い。
 それは想像以上に強く、ナガレは慌ててシールドを作り上げ斎月を守った。それでも力が大きすぎて、二人は空圧に押される。
「……、チカは…っ負けないもん…っ!!」
 力いっぱいの、千影の叫び。そして彼女の思いの強さが、弾け飛ぶ。
 そして、辺りは光に包まれた。

「――返してもらおうか、チカの心を」
 そう言う万輝の手の中には、黒き弓矢が握られていた。千影の力によって退けられたZOA達に向かい、静かに弓を引いている。
「もう解っただろう。チカは強い。…そして、僕以外の誰かが、チカの心を自由にするなんて…許さない」
 万輝の表情に、迷いはなかった。そして…子供らしさも見当たらない。だが、それでもナガレと斎月は口出しをしようとは思わずに、ただ見守っているばかりだ。
 4人の美女の姿に戻ったZOA達は、何も言うことのないまま、万輝に従った。
 一人のZOAの手のひらからふわりと浮かんだのは、小さな光。
 それはゆっくりと空を漂い、千影の胸の中へと消えていった。
「…あ……」
 少女の姿になった千影が、暖かな感触のした自分の胸へと手を置く。そして大切に仕舞い込むようにして、瞳を閉じた。

『―――ゆめゆめ、忘れないことだ。我等の役目は主を守り抜くと、言うことを』

 ZOAはゆっくりとそう告げると、静かにその姿を消していく。
 千影は言葉はなかったが、しっかりと彼女達に頷いて見せていた。
 そして辺りは…元の姿へと戻っていった。


「…で、結局、千影ちゃんの食べられてた『心』って、何だったの?」
 ポリポリ、と一人暢気にスナック菓子を食べながら尋ねてくるのは、言わずと知れた早畝。そんな姿を見て、こうはなりたくないと心の中で密かに呟いたのは、他でもない万輝である。
「えっとね、ナガレちゃんの事が、お友達として大好きだよって想い」
「俺限定なのか♪ それは嬉しいな」
 千影は秘書に差し出されたアイスミルクティーを両手で抱えながら、早畝の問いに答えていた。
 ナガレはその彼女の膝の上で、満足そうにしている。
「そういう形も、『恋心』って言うんだなぁ。人の想いってのは、奥深いねぇ」
 わざとらしく、しみじみとそう言うのは斎月。彼もまた、何だか楽しそうにしているのは気のせいではないのだろう。
「チカはね、皆のこと、大好き。でね、万輝ちゃんは、もっともーーっと、大好きなの!」
「………チカ…」
 千影は満面の笑みで、サラリとそんなことを言う。
 さすがの万輝もそれには恥ずかしさを感じたようで、俯いて僅かであるが頬を赤らめた。
「おお、いいねぇ。若いってのは、自分の気持ちに素直で」
 斎月がすかさず、からかってくる。他の皆も、温かい目で見守りながら、くすくすと笑っていた。

 万輝と千影――。
 二人はまだ、僅かな一歩を踏み出したばかり。
 これから、どんな成長を遂げるのだろうかと楽しみでならないのは、ナガレだ。おそらくは槻哉も斎月も似たようなことを思っているのだろう。
 出来る限り、この二人を見守っていきたいなどと思いながら、ナガレは気持ちよさそうに千影の膝の上で瞳を閉じるのであった。



 -了-


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            登場人物 
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【整理番号 : PC名 : 性別 : 年齢 : 職業】

【3480 : 栄神・万輝 : 男性 : 14歳 : モデル・情報屋】
【3689 : 千影 : 女性 : 14歳 : ZOA】

【NPC : 斎月】
【NPC :ナガレ】

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           ライター通信           
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 ライターの朱園です。今回は『ファイル-3』へのご参加、ありがとうございました。

 栄神・万輝さま
 千影ちゃんとご一緒にご参加くださり有難うございました。
 少しだけ成長した万輝君、前回のような暴走にはなりませんでしたね(^^)
 冷静さを身につけられた、と言ったところでしょうか?
 相変わらず、チカちゃんの事になると人が変わったようになるのは仕方のないことですよね(笑
 あんなに大切にしてるんですから(^^)

 よろしければご感想など、お聞かせくださると嬉しいです。今後の参考にさせていただきます。
 今回は本当に有難うございました。

 ※誤字脱字が有りました場合、申し訳有りません。

 朱園 ハルヒ。