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■Calling 〜小噺・暇〜■

ともやいずみ
【4757】【谷戸・和真】【古書店『誘蛾灯』店主 兼 祓い屋】
 たまにはこんな日があってもいいんじゃないだろうか。
 戦いで傷ついてばかりのあなたに、せめてもの休息を。
 だって……全てを封じてしまったら、もう会えないかもしれない……。
 せめてこのひと時……あなたと一緒に……。
Calling 〜小噺・暇〜



 紙袋に入れられた本は1冊。それでも、谷戸和真にとっては有意義であった。
 なにせ探していた古書を見つけたのだ。嬉しくないわけがない。
 ついつい鼻歌でも出そうな感じになってしまうが、はたとして彼は足を止めた。
 道路を挟んだ向こう側の歩道を歩く人物に、目が釘付けになる。
(つ……)
 考えていた全てのことが真っ白になり、消えた。
 和真は思わず周囲を見回し、信号のところまで走る。そして赤信号に変わりそうになっているのに渡ってしまった。

 目の前にぜえぜえと荒い息を吐いて現れた和真に、遠逆月乃は不思議そうな顔をしている。
「よ、よお……」
 整っていない息で片手を挙げる和真に、月乃は無言だ。
 それを見て和真ははらはらしてしまう。
(な、なんだよその反応……)
 月乃はいつもの濃紺の制服姿ではなく、普段着らしいデニムのロングスカートを履いていた。
「あ、あの、」
「和真さん、そんなに急いでどこかへ行かれる途中ですか?」
 どうやら和真の様子を見て、ずっとそう思っていたようだ。和真はぶんぶんと首を振った。
「いや、古書探しの最中で……っ」
「ああ、そういえば古書店の店長さんでしたね」
 微笑する月乃を見てぼんっ、と音をたてて赤くなる。
「あ、あの、つ、月乃は、ど、どこへ、い、行く、んだ?」
 どもりすぎだろ、自分!
 そう心のどこかで叱責するが、どうしようもない。
 どうしてこんなに動悸が激しくなるのか和真にはわからないのだ。月乃が美人だからか? そうなのか?
「私は……特に用はないんです。こうやって東京の町を見るのも見納めかもしれませんから」
 だから見ていた。
 そう言う月乃に、和真は慌てて言う。
「あ、だ、だったらどこか行かないかっ? どこでもいいぞ。俺、暇なんだ。月乃の行きたいところに連れて行く!」
 ぽかん、とする月乃に気づいて内心はギャーギャー悲鳴をあげるが、平静を装う。しかしどう見ても和真はだらだらと汗を流し、口元が引きつっていて異様だった。
「…………デートのお誘いですか?」
 ぽつりと言った月乃の言葉に、のけぞる和真。
「ちちち違う! そ、そうじゃないっ」
「そうですか。それは残念」
 くすりと笑いながら言う月乃に、思わず和真は「へ?」と間抜けに聞き返した。
 月乃は頬を少しだけ染めて苦笑する。
「そうですよね……和真さんが、私なんか…………」
「えっ、あ、?」
「なんでもありません。和真さん、そういうお誘いは恋人におっしゃったほうがいいのでは?」
 和真は思いっきり激しく手を振った。
「そ、そんなのいないっ」
 言ってて悲しくなる。
 だが月乃は少し驚いた。
「え……? そうなんですか?」
「そ、そうだ」
「では私も同じですね」
 笑顔で言われてくらっ、と目まいを感じた。
 そんなにさらりと言う内容ではないと思うが、こんな美少女が一度たりとも恋人を持ったことがないというのはかなりの魅力だった。
(そ、そうか……月乃、彼氏いないのか……)
 と。
 そこまで考えてハッ、とする。
(な、なにを考えてんだ俺はーっっ)
 首を激しく横に振る和真を、月乃は怪訝そうに眺めていた。そして、肩をすくめる。
「わかりました。では、和真さんのお誘いを受けます」
「へっ?」
「和真さんは、古書探しはいいんですか?」
「あ、ああ。いつでもできるしな」
「そうですか。では、普通の若者がする、デートというものがしてみたいです」
「……………………は?」
 月乃のセリフに目が点になる和真だった。
「もうすぐ憑物も全部封じられますし、一度でいいのでそういうのが経験してみたいです」
「え……、で、でも、お、俺が相手でいいのか?」
 恐る恐る尋ねると、彼女はきょとんとして首を傾げる。
「あなた以外に誰がいます?」
「……で、でも、おまえ……その、」
「それとも、私がデートの相手では、不足ですか?」
 不足なんてとんでもない!
 和真は顔を赤くして、激しく否定した。それを見て、月乃は嬉しそうに微笑する――。



「えっと、そうだな……。俺もそんなに詳しいわけじゃないから……。定番は、映画?」
「ああ、活動写真ですか」
「こ、古風だな、月乃は」
「いいですよ。映画に行きましょう」
 そういう会話をして二人は映画館の前に立つ。上映されているものを見て月乃は指差す。
「あれがいいです」
 彼女の指が示した先は……。

「なってません」
 彼女は軽い憤りを吐き、嘆息する。
 アクション映画はお気に召さなかったようだ。
「なんですか、あの軽い蹴りは。寸止めですか?」
「え、映画だから……。ほら、架空だし」
「やるなら、こう!」
 びっ、と月乃の拳が和真の顎下で停止する。まさに目にも止まらぬ速さであった。
 冷汗を流す和真に気づきもせず、月乃は腕組みして今の映画がいかにダメかを語る。
(さ、さすが退魔士……)
 そう、和真は密かに思ったのだった。

 月乃と歩きながら、和真はこれがどういうふうに見えるかと考えていた。
 年の差は二つ。誰から見ても……たぶん、恋人ではないだろうか。
 ただし、月乃は気配を恐ろしく殺している。だから目立たない。
「まあ、面白かったです。格闘シーンを除けば」
「そ、それは良かった」
「和真さんはどうですか?」
「う? そ、そうだな……まあ、面白かった。単純明快な作りだったし」
 こういう時間も悪くない、と和真は思い始めた。
 これが世間一般の『普通』というやつだろうか?
 月乃が横で疑問そうに言う。
「なぜデートで映画を観るんでしょう? 二時間も座りっぱなし。暗闇。あんなに緊張するのは辛いです」
「緊張?」
「どこから敵がきてもいいように、気を張ってしまいますから」
「…………」
 和真は気づく。
 こうしている間も、彼女は決して油断しないのだ。それがどれだけ辛いことか。
 休む間もない、ということだろう。
「……月乃は、呪いが解けたら故郷に……帰るのか?」
 月乃が目を見開いたのが、わかる。
 しまったと和真は思う。
 月乃は表情を消した。
「帰ります。元々、戻ることを前提に今回の許しをもらいました」
「……帰っても、退魔士を?」
「続けます。呪いが解けたからといって、遠逆の退魔士でなくなることはありません」
 きっぱり言う月乃は、自嘲気味に笑う。
「ふつうに過ごすなんてこと……私には無理ですから」
「そんなこと……!」
 声を荒げた和真に、月乃は視線を向けない。
 二人はただ歩く。
「退魔士なんてやめたって……!」
「やめてどうしろと? 私は一般の方のようには過ごせません。どうやって営みをしていけばいいかわからないんですから」
「月乃……」
「勉学もしていません。戦うことだけ長けていても仕方ないんです。それに……遠逆家がそれを許しはしないでしょう」
「だったら!」
 和真は意気込む。
「危険があったら俺を呼べばいい! 飛んでいくぞ!」
「……飛んでこれるわけがありません。あなたは翼を持っていない」
「ものの例えだって!」
「わかっていますよ……。私のこの身は、呪いを解くための一時の自由を満喫すればそれでいいんです。ここに来る前は、とにかく呪いを解くことばかり考えていました」
「そうなのか?」
「寝る時も、起きている時も、ずっと妖魔のことばかり考えているなんて、やはりおかしいですよ。呪いさえなくなれば、少しはその時間も減るだろうと思ってました」
「…………」
「学校などに潜入することは仕事上ありましたけど、こうやって過ごすのは初めてで…………私もなにか影響を受けたんでしょう」
 まるで悪いことのように言う月乃に、和真は苦しくなる。
 それは悪いことなのか? いや、いいことのはず。
 だが遠逆の退魔士としては「悪いこと」なのだ。ただ戦い、妖魔を滅すればいいのだから。
 呪いを解けば仕事に影響する負担が少なくなる、最初はその程度だったのだろう。月乃としては。
「帰って、当主に?」
「さて。選ばれるかもしれませんね。一族に反対されていた原因は、この呪いですから。呪いがなくなれば、確定するでしょう」
「…………当主って、た、退魔士じゃないといけないのか?」
 なにを当たり前のことを訊いているのだろうか、自分は。
 和真は混乱している。
 彼女を止めるべきだと思う反面、止めることができないと悟っていた。
 もう会えなくなる。そんなの嫌だ!
「と、当主になったら、月乃はどうするんだ? またこっちに来るのか?」
 月乃は考え込むように視線を伏せるが、緩やかに首を振った。
「いいえ……。もう、こちらには滅多なことでは来ないでしょう」
「じ、じゃあ会えなくなるじゃないかっ」
「…………そうなりますね」
「なんだよそれ! じ、じゃあ俺が婿養子になるってのどうだ? そしたらいつも会えるし、月乃が危なくなってもすぐに駆けつけられるぞ!」
「………………」
 黙っている月乃が、何かに気づいて和真を見上げる。
 和真は必死で、自分がなにを言っているのかちっともわかっていなかった。
 とんでもないことを口走ったことにさえ、気づいていなかったのである。
「それがいいじゃないか! 遠逆ってのは、外部からのやつはダメなのか? こう見えても口は堅いし、信用できるって思うんだが」
 早口でまくしたてる和真を見上げる月乃の頬はほんのり赤い。
 懸命に言う和真に、彼女は言った。
「あの……それは…………私と結婚する意志がある、ということでしょうか……?」
「そうそう! 結婚する意志…………って、ええっ!?」
 仰天する和真は、真剣にこちらを見る月乃に硬直してしまう。
 周りに視線を移動させるものの、どうやら自分と彼女の会話に誰も耳を傾けてはいなかったようだ。
 だらだらと汗を流し、和真はもじもじと指と指を絡ませる。
 月乃は肩を小刻みに震わせて、とうとう爆笑してしまった。
「あはは……!」
「つ、月乃?」
「い、今の……! 和真さんの顔ったら……っ!」
 大声で笑う月乃は、口元を手で隠してなんとか笑いを堪えようとする。
「なんですか……? 私が嫁では不服と?」
 笑顔で言われて、持っていた古本を和真は落とした。
 まだ遠い未来があるのに。まだ、可能性がたくさんあるのに。
 それを……そんなに簡単に決めていいのか?
「え……そ、そ……」
「まあ……和真さんが私を嫌わなければ、ですが」
 和真は落ちた本を拾うことさえ、忘れていた。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【4757/谷戸・和真(やと・かずま)/男/19/古書店・誘蛾灯店主兼祓い屋】

NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、谷戸様。ライターのともやいずみです。
 かなり恋愛色を濃くしましたが、いかがでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!