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■迷走と疾走■
有馬秋人
【0517】【門屋・嬢】【エキスパート】


賑わう路地の暗がりから、赤銅の髪の少年が飛びしてきた。片手に握るのはぐしゃくじゃの紙片だ。
剣呑な視線であたりをなぎ払い、身を翻すと彼は比較的整然としている一角へ走り出す。
そこは誰もが知っている場所であり、誰もが無駄な騒動を忌避する場所でもあった。
ジャンクケーブ一帯に影響を及ぼしているマフィアの出張所、だ。
人ごみの中を器用にすり抜ける少年の目には、焦りと怒りがない交ぜになっていた。




迷走と疾走


ライター:有馬秋人





賑わう路地の暗がりから、赤銅の髪の少年が飛びしてきた。片手に握るのはぐしゃぐしゃの紙片だ。
剣呑な視線であたりをなぎ払い、身を翻すと彼は比較的整然としている一角へ走り出す。
そこは誰もが知っている場所であり、誰もが無駄な騒動を忌避する場所でもあった。
ジャンクケーブ一帯に影響を及ぼしているマフィアの出張所、だ。
人ごみの中を器用にすり抜ける少年の目には、焦りと怒りがない交ぜになっていた。





   ***





あっと思ったらぶつかっていた。断じて自分のせいではない。暗い路地から飛び出してきた相手に非がある。そうに決まっている。
「いってぇ…どこ見て走ってんだ、あの坊主!」
少年は怒声に気付いているのかいないのか、赤銅の髪を翻しながら嬢を無視して疾走する。追いかけようにも人ごみにかかり、上手く分断されてしまった。けして大柄ではないが、長身に入る嬢ではあの少年のようにすり抜けて疾走することは出来ない。歯噛みして、見る見るうちに遠ざかっていく背中を睨んでいると、少年はまた誰かとぶつかった。
「…よくぶつかる坊主ってわけじゃない、のか」
嬢同様においていかれそうだった相手は尻餅をついた体勢ながら見事な反射神経で少年を捕まえていた。勢いがついていた体は当然のようにその程度では止まらず、こけていたがそれは別段心配するべきことじゃなかった。何分、ぶつかられている身である。相手が捕まっている間に距離を詰め、なんとか声が聞こえる位置まで行くと、マフィアという単語を聞こえ、表情が厳しくなった。
耳をよくよく澄ませて、ついでに距離も縮めて、聞いたところによると今からマフィアの出張所に行かなきゃならないと叫んでいる。
「……無茶苦茶な突撃はするもんじゃない。それこそ命取りだ」
自然と口から零れた言葉だ。相手を見る目がフィルターを剥いだように変化する。ただの暴走ではないようだと。どうやら戦闘には自信があるらしい女性が立ち上がり、同行を取り付けたのをいい事に走り出そうとする寸前で嬢の手が伸びた。
ほとんど反射だったように思う。けれど、きっと後悔はない。
「あたしも混ぜてもらうよ、その一件」
「って、さっきの?」
「気付いてたんなら話は早いねっ、謝罪の代わりだっ混ざらせてもらうよ」
「いやいいから、謝るよ。突き飛ばしてごめんっ」
パン、と両手を合わせて浅く頭を下げるのが気に食わない。人の情は受けるものだし、情けだって受け取るものだ。
「ここんとこ暴れていないから丁度いいんだよ。マフィアの出張所だろ?」
「分かってるなら…」
少年の声を遮って、嬢が顔を寄せた。額をぶつけるようにして目を覗き込む。
「人の好意は受け取るもんだよ」
「……押し付けの間違いなんじゃないの?」
「どーの口がそれを言うんだろうね」
ふふと笑う嬢の勢いに押された少年が肩を落とした。抗うのを諦めたらしく。よし、と笑った嬢に横でやりとりを見ていた少女が困った顔をしていた。
「報酬減るかしら」
ぽつりと零した相手に少年は否定を示した。肩を竦めて嬢を見上げる。
「手伝う代わりにご飯上げることになってるんだけど、あんたもいる?」
「そりゃ、くれるんならもらうよ」
「そう。じゃ量を作れるものにしてもらおう」
ぶづふつと何やら考えている少年は、そのまま何の言葉もなく方向を転換する。歩き出そうとしていたその背中が止まったのは、入り込んできた声があったからだった。
「援護、くらいなら出来ますよ?」
金色しゃらしゃら、そんな言葉が嬢の脳裏をよぎる。いつから聞いていたのか、どことなく優雅な物腰の青年が微笑んでいた。赤銅の髪の横に並ぶとなんというか、豪華だ。自分の黒髪がけして嫌いではない嬢は、ほぉとただ感心して目を丸くする。横に並んでいた少女もそうだったのか、目を丸くして青年の上から下までマジマジと眺めている。親近感が沸いた。横では青年が名乗っており、そう言えば自分もまだ名前を口にしていなかったと気付いて口を開く。が、聞き捨てならない言葉が耳に届いた。
「あーっもう! なんなんだよここはっ、おせっかい多すぎっ、馬鹿ばっか!!」
三人一くくりだ。名前を言うはずだった口は予定を変更し、怒涛の説教に移りかける。けれどそれより先に少年の科白が続いていた。
「ありがとっ」
嬢の視線の先で、顔を真っ赤にして俯く姿は年相応な。出鼻をくじかれたというか、振り上げた拳の落としどころを失ったというべきか。あけたままの口を動かして、問いかける。そもそもの根本を。
「で坊主、何で突撃なんて真似したんだ?」
「俺は花鶏。この近くで占処を開いているんだけどっ、どっかの馬鹿の娘がこれまた馬鹿でっ」
「馬鹿の親は馬鹿、道理に叶っているわよ」
横にいる少女の突っ込みに少年は同意して、馬鹿なんだとダメ押しを出す。
「カードが壊れているから占えないってのにっ!!」
怒鳴る勢い握っていた紙を嬢らに広げて見せる。覗き込むと、確かにばかばかしいことが書かれている。
この少年の同居人と思しき「夏野」を預かっているという旨の文だ。こちらに来て娘の占いをしろという文までついている。ちなみに指定時刻はまだまだ先だ。待つ気はないらしい。
ばかばかしいが、やられた方はたまったもんじゃないだろう。
「あらら、我侭っこだな。……でも、許せないねそういうの。そういう奴らはボコボコにとっちめてやらないと反省しないんだ。「悪い子にはお仕置き」って言うだろ?」
「親の七光りって感じ?」
子供の我侭に犯罪を犯す親、なんて世の中を舐めている。腕が鳴る、と笑うと横から害のなさそうな声が伸びてきて「ユリコ・カトウよ、よろしく」と告げられる。慌てて名前を返して、友好を結ぶと突っ立っていた青年にも名乗りなおす。青年は確か、少年に向かって「アデリオン・シグルーン」と名乗っていたはずだと記憶に残る名前を引っ張り出した。その相手が穏やかな様子で先に立つ。
「では、いきましょう」
「なんであんたが仕切ってんのさっ」
もっともな突っ込みを出して、うがっと怒鳴った花鶏の様子が最初に見たときよりもだいぶ険がなくなっていると見て取って、嬢はほっと息を吐き出した。





   ***




射線を遮るように戦う少女はまさに戦闘のプロだった。嬢は視界ギリギリの位置で銃を武器とする男たちをひきつけているユリコの戦い方を見て苦笑する。
「ずいぶんと器用だ」
「そうでもないわよ」
聞こえていないと思ったのに返答が帰ってきたのはさすがオールサイバーといったところだろうか。横から伸びてきた鈍器をとんぼをきって交わして、着地と同時に身を沈める。そのまま相手の軸足を蹴りこむが体重が十分に乗っていなかったのか蹴倒すまでには至らない。片手をついて跳ねるように起き上がり同時に距離を取る。
拳だけでは力が及ばないのは十分に理解していた。通じるのは足技だろういくら下っ端とはいえ性別が違うだけで基本能力が違うのだ。嬢の武器は身軽さとスピード。
花鶏とアデリオンはとっくにこの場所から離れている。近距離は得意じゃないというアデリオンが少年の護衛になり、接近戦ができる嬢とユリコが陽動と退路確保に回った。的確な判断は青年のもの。自分たち二人なら、この通路を確保し続けることができるだろうという信頼を裏切る気にはなれなかった。実際、横で戦っているユリコは相手に怪我をさせずに気絶するよう戦うというなんとも器用な戦法を披露してくれている。まだ、余裕はあるだろう。
じり、と片足を半歩ずらす、自分の周りを複数の男たちが囲んでいくのを見て取って、嬢の口元が釣りあがった。
「改めて、マフィア退治と行きますか!」
宣言とともに握ったのは愛用の十手。紅房付きの『捨陰』と蒼房付きの『鳴鏡』、二本で一対のようにも見えるそれを片手に一つずつ。
見慣れない形状の武器に相手が戸惑う間をつく。まずは正面、わき腹を殴打してそのまま手にしていたブラックジャックを絡め取る。紅房が黒い皮袋に映えた。重しのついた十手を蹲る相手の首筋に落とし、気絶させた。呆然としていた男達が一斉にかかってくる。それを身軽くさけてすれ違いざまにまた一つ武器を引っ掛けて、蒼房の鳴鏡を一旦仕舞い、相手の腕を掴むと回転速度が乗った蹴りを叩き込んだ。
けして乱闘の体勢は作らない。囲まれても立ち回り方によっては一対一に持っていけるのだ。卓抜した身体能力が必須ではあるが。
軽く十人は伸した頃合に、奥から花鶏の声が響いた。
「ごめんっ、ちょっと伏せて!!」
反射的に床に懐く。ユリコも同様にしゃがんでいるのを確認した直後、立っていた男たちの数人が吹き飛ばされた。見覚えのない黒髪の男が片足を上げたまま立っている。どうやら一人を蹴り飛ばしてそのまま複数を巻き添えにしたらしい。
痩せた体つきからは想像もできない脚力だった。
「お待たせ、これが間抜けにも攫われた夏野だよ、もう大丈夫」
さぁ帰ってご飯にしよう、夏野に作らせるよと屈託無く笑う花鶏の顔は嬉しそうだ。後ろに控えていたアデリオンはやや苦笑気味といったところだろう。それはそうだ。まさかこんな、成人男子が捕まって、年下の子供に救出されるなどという事態を誰が想定していただろう。
「……攫われたって、あんた大の大人の男がっ」
呆れたと声をあげた嬢に黒髪の青年は苦笑する。横で花鶏が爆笑していた。「いつものことだけど…」という言葉が辛うじて聞き取れる。
「…性別で言うなら、私はあなたと同じだ」
「って――」
その体つきというか顔立ち、どっから見ても後ろの金髪にーさんと同じにしか見えないんだけどあたしと同じ!?
驚愕という表情を顔に貼り付けた嬢に、夏野は困った顔をする。気まずい空気が流れたところに誰かのお腹が鳴った。
「あー、夏野。だからさ、さっきも話したけどご飯、作ってくれるよね」
「それはもちろん。この人数だから大皿料理でいいかな」
「うん多分平気」
さぁ帰ってご飯だご飯、そう場を纏めた少年は、そのまま近くで転がっている男の傍により、にっこりと笑ってみせた。
「我侭娘の馬鹿親に伝えてくれる? あんまり馬鹿ばっかやってるとここ壊すよ、ってさ」
下っ端とはいえマフィアとしての自尊心を潰された相手は無言で頷く。その様子を見ながら、嬢はちらりと夏野を見上げ、ため息をついた。
「悪かったよ」
「いや」
慣れている、そう返した相手にますます気まずい思いを抱いた。



2005/08/...





■参加人物一覧 (受注順)

0585 / アデリオン・シグルーン / 男性 / エキスパート
0517 / 門屋 嬢 / 女性 / エキスパート
0707 / ユリコ・カトウ / 女性 / オールサイバー


■登場NPC一覧

0204 / 花鶏
0207 / 佐々木夏野


■ライター雑記


実はドキドキの初ゲームノベルは如何でしたでしょうか?
門屋嬢(敬称の嬢、です・笑)主体の話はこちらで終わっておりますが、別視点での話しを他の方々で書かせてもらいました。
もしよろしければそちらと合わせてご覧くださいませ!
この話が少しでも娯楽となりえましたら幸いに存じます。