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■迷走と疾走■
有馬秋人
【0707】【ユリコ・カトウ】【オールサイバー】


賑わう路地の暗がりから、赤銅の髪の少年が飛びしてきた。片手に握るのはぐしゃくじゃの紙片だ。
剣呑な視線であたりをなぎ払い、身を翻すと彼は比較的整然としている一角へ走り出す。
そこは誰もが知っている場所であり、誰もが無駄な騒動を忌避する場所でもあった。
ジャンクケーブ一帯に影響を及ぼしているマフィアの出張所、だ。
人ごみの中を器用にすり抜ける少年の目には、焦りと怒りがない交ぜになっていた。




迷走と疾走


ライター:有馬秋人





賑わう路地の暗がりから、赤銅の髪の少年が飛びしてきた。片手に握るのはぐしゃぐしゃの紙片だ。
剣呑な視線であたりをなぎ払い、身を翻すと彼は比較的整然としている一角へ走り出す。
そこは誰もが知っている場所であり、誰もが無駄な騒動を忌避する場所でもあった。
ジャンクケーブ一帯に影響を及ぼしているマフィアの出張所、だ。
人ごみの中を器用にすり抜ける少年の目には、焦りと怒りがない交ぜになっていた。





   ***




「…仕事がない…弱ったわ。定期的にメンテを受けられた審判の日以前と違って生きるために最低限の整備しか受けてないから現役時代に比べると私の性能は格段に落ちてるだろうし…ここで生きるためにはこの銃だけじゃ不安だしそれに…お腹空いた…とにかく仕事を軌道に乗せて今の貧乏生活を打開して………きゃぁっ」
ユリコは飛び出してきた少年を避け損ねて尻餅をついた。一瞬当たり屋の類かと考えるが、相手が何も、謝罪の言葉すらなく走り出そうとしているの見て手を伸ばした。サイバーならではの速度で上手く相手の足を捉える。
「―――っ痛」
ベタと地面にぶつかった少年は自分の足を掴んでいるユリコを睨んでくる。
「あんたねっ、一体なんなのさっ」
「それはこっちの科白よ。いきなりぶつかっておいて侘びもなし?」
「…悪かったよ」
「まぁそれはもう言いわ。代わりにどうして急いでるのか教えてくれるわね」
少年は酢を飲んだような顔をしてユリコを眺めてくる。
「あんたおせっかい?」
「そんなこと無いわよー、ただ雇って欲しいだけ」
「雇うったって、俺いまからマフィアのとこに行かなきゃなんないのっ、あんたを雇ってる暇なんて無いんだってば!」
「報酬は何か食べさせてくれるだけでいいわ」
少年は何やらがくりと肩を落としている。気が抜けたようだった。
「なんでマフィアのんとこ行くのにご飯一つで妥協するかな!?」
「妥協ということは、いいってことよね。それじゃ交渉成立。任務内容…人質救出…っと」
掴まえていた手を離して立ち上がる。これが終わればご飯にありつけるのだ、そう思うと心なし、動きが軽やかになった。本当は、オールサイバーの体に食べ物などいらない。稼動に必要なエネルギーはまだ十分あるのだ。けれど生身であったことの影響が色濃く残っているのかユリコの精神が「空腹」を感じ訴えてくる。それを満たす過程と思えば少年の道行きに同行するのは苦じゃなかった。
走り出そうとする少年に合わせて歩き出そうとした一歩目、それはすぐに停止した。肝心の少年が他の女性に捕まったからだ。二人よりも若干年上の黒髪の相手はしゃきしゃきした口調で「あたしも混ぜてもらうよ、その一件」と言い放った。
黙って聞いていると、謝罪だの突き飛ばしただの、まるでユリコと同じ状況の相手に見える。額をぶつけて同行を取り付ける姿に、何か危機感を感じた。
「報酬減るかしら」
ご飯、美味しいご飯。いや美味しいかどうかは分からないが、この空腹を満たすご飯が減るのは寂しい。ユリコの様子に気付いた少年は「人数分作ってもらえばいいんだよ」とあっさり返してきた。
その言葉に、ユリコの目の前が開けた。遠のいていた働く気持ちが綺麗なターンを描いて帰還する。
さて頑張ろうと気持ちを新たにしたタイミングで声か゛滑り込んできた。
「援護、くらいなら出来ますよ?」
いつから聞いていたのか、どことなく優雅な物腰の青年が微笑んでいた。赤銅の髪の横に並ぶとなんというか、豪華だ。自分の黒髪は嫌いではないがちょっとした眼福に近い。思わず上から下まで相手の姿を眺めてしまった。物腰は穏やか、けれど何か隙に乏しいという評価がはじき出された味方にすると利、敵に回すと嫌、な感じかなと当たりをつけていると、少年が怒鳴りだしていた。
「あーっもう! なんなんだよここはっ、おせっかい多すぎっ、馬鹿ばっか!! ……ありがとっ」
いきなりの大声にびっくりして顔を上げると、首筋まで真っ赤にして俯く年相応な相手の姿があった。
「俺は花鶏。この近くで占処を開いているんだけどっ、どっかの馬鹿の娘がこれまた馬鹿でっ」
「馬鹿の親は馬鹿、道理に叶っているわよ」
思わず零した声に少年は大きく頷いた。しかも、馬鹿なんだとダメ押しを出す。
「カードが壊れているから占えないってのにっ!!」
憤然、そういつた言葉がよく合う口調で見せられた紙片はぐしゃぐしゃで、ずっと握っていたのだと知れた。覗き込むと、この少年の同居人と思しき「夏野」を預かっているという旨の文が載っていた。こちらに来て娘の占いをしろという文までついている。ちなみに指定時刻はまだまだ先だ。待つ気はないらしい。これは、うかうかしていられなかっただろう。その同居人が大切ならなおさら。
「あらら、我侭っこだな。……でも、許せないねそういうの。そういう奴らはボコボコにとっちめてやらないと反省しないんだ。「悪い子にはお仕置き」って言うだろ?」
「親の七光りって感じ?」
なんて我侭な娘さんなのかしらと呟くと、なんとも威勢のいい感想が横から聞こえる。ちらと視線を流すと本気で腹が立っているらしい顔があった。
「ユリコ・カトウよ、よろしく」
同じことを思ってくれた人がいたのが嬉しくて名乗ると、相手も慌てて返してくれる。「門屋嬢」という名前を記憶すると、少年に向かって「アデリオン・シグルーン」と名乗っていた青年にも名乗る。そのアデリオンは全員の名前を知ると朗らかに笑い、先頭に立った。
「では、いきましょう」
「なんであんたが仕切ってんのさっ」
文句を言いながらも青年の後に素直についていくあたり、面白いものだとユリコは他人事な感想を零した。





   ***





人質の救出が目的のため、無駄な殺生はしないで相手はすべて気絶させる程度。
そう決めたのは助けられる人間の中には怪我をさせることに恐怖を抱くものがいると知っていたからだった。武器は武器はオートマチック拳銃のみ。それでも不利を感じないのは、培ってきた格闘術と、一時的な仲間である相手が存外強かったからだ。
「システムを戦闘モードに移行」
口にだして行うことで精度を上げる。そのままダンっと床を蹴った。跳躍の高さは常人よりもある。そしてあまり言いたくないが重量も。受け止めようとする者はいないだろう。転がるようにしてユリコの蹴りをさけた男の背後をとり、こめかみを殴打する。昏倒する体を蹴飛ばして壁に寄せた。
一方からは接近戦武器を持った男達が、もう一方からは銃器を抱えた者たちが。
「私がこっちを受け持ったほうがよさそうね」
ほぼ空手なのは同じだか、生身の人間とオールサイバーでは防御力が違う。それと、言い方が悪いかもしれないがユリコから見て嬢の動きは悪くない。ただやはり戦闘に特化させられた者に比べると劣るのは事実だった。
庇うわけではないが射線を遮るように体を晒して突撃する。目線と銃口の角度、それだけを見て抜き取った拳銃のグリップを立てた。痺れるような振動が一つ。そのままサイドにずらして構える。同じような感覚が伝わり、右手の動きが鈍くなった。けれど、相手を動揺させることに成功する。
そのまま、いや握ったまま一時的に離せなくなった銃を殴打武器に使う。発砲体勢のまま愕然としている男の鼻と唇の間に叩き込む。浮いた上体を掴んで壁に叩きつけると男はあっけなく倒れ伏した。
見ていたのか見えていたのか嬢の声がかすかに届いた。
「ずいぶんと器用だ」
「そうでもないわよ」
それは本心からの返答。器用とかの問題ではなく、自分はそう教えられているだけだ。足を捌いて重心を下げる。そのまま放った抜き手の一撃で範囲内にいた男が一人蹲る結果になった。力をとどめず流すように、その勢いのまま転がり場所を移動する。停滞は銃弾を食らう要因だ。正面から避けるのは難しい。目線と角度を瞬時に計算するのは実は苦手で。なるだけ相手の射撃精度落とす必要がったり。
花鶏とアデリオンはとっくにこの場所から離れている。近距離は得意じゃないというアデリオンが少年の護衛になり、接近戦ができる嬢とユリコが陽動と退路確保に回った。的確な判断は青年のもの。自分たち二人なら、この通路を確保し続けることができるだろうと言われた時は素直に頷いたものの、このままでは銃を使うはめになりそうだった。
距離をとられてしまい、仕方なく銃の安全装置を外した瞬間、奥から花鶏の声が響いた。
「ごめんっ、ちょっと伏せて!!」
反射的に床に膝をつく。その上空を誰かか舞った。ユリコが撃とうとしていた男だ。後方の嬢の傍にいた男たちを巻き添えに壁に激突する。
見覚えのない黒髪の男が片足を上げたまま立っている。どうやら一人を蹴り飛ばしてそのまま複数を巻き添えにしたらしい。
痩せた体つきからは想像もできない脚力だった。
「お待たせ、これが間抜けにも攫われた夏野だよ、もう大丈夫」
さぁ帰ってご飯にしよう、夏野に作らせるよと屈託無く笑う花鶏の顔は嬉しそうだ。後ろに控えていたアデリオンはやや苦笑気味といったところだろう。とにもかくにも、これで全てが終わるのだとユリコが安堵していると嬢が黒髪青年の胸倉を掴む勢いで怒鳴った。
「……攫われたって、あんた大の大人の男がっ」
呆れたと声をあげた嬢に黒髪の青年は苦笑する。横で花鶏が爆笑していた。「いつものことだけど…」という言葉が辛うじて聞き取れる。
「…性別で言うなら、私はあなたと同じだ」
「って――」
驚愕という表情を顔に貼り付けた嬢に、夏野は困った顔をする。驚愕した思いはユリコも同じだ。
「お腹空いた」
口にださなくてよかったと胸を撫で下ろしたとこで内心の思いが口をついて出た。
「………」
慌てて口をつぐんで拳銃を仕舞い、赤面したユリコを見ないのは情けなのかなんなのか。居たたまれない思いで顔を覆うと花鶏の声が響く。
「あー、夏野。だからさ、さっきも話したけどご飯、作ってくれるよね」
「それはもちろん。この人数だから大皿料理でいいかな」
「うん多分平気」
さぁ帰ってご飯だご飯、そう場を纏めた少年は、そのまま近くで転がっている男の傍により、にっこりと笑ってみせた。
「我侭娘の馬鹿親に伝えてくれる? あんまり馬鹿ばっかやってるとここ壊すよ、ってさ」
下っ端とはいえマフィアとしての自尊心を潰された相手は無言で頷く。この少年のどこに説得力があったのか分からないが、とにかく、今はここを離れて赤くなった顔を冷ましたかった。



2005/08/...





■参加人物一覧 (受注順)

0585 / アデリオン・シグルーン / 男性 / エキスパート
0517 / 門屋 嬢 / 女性 / エキスパート
0707 / ユリコ・カトウ / 女性 / オールサイバー


■登場NPC一覧

0204 / 花鶏
0207 / 佐々木夏野


■ライター雑記


実はドキドキの初ゲームノベルは如何でしたでしょうか?
ユリコ嬢主体の話はこちらで終わっておりますが、別視点での話を他の方々で書かせてもらいました。
もしよろしければそちらと合わせてご覧くださいませ!
この話が少しでも娯楽となりえましたら幸いに存じます。