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■迷走と疾走■
有馬秋人
【0709】【ロック・スティル】【一般人】


賑わう路地の暗がりから、赤銅の髪の少年が飛びしてきた。片手に握るのはぐしゃくじゃの紙片だ。
剣呑な視線であたりをなぎ払い、身を翻すと彼は比較的整然としている一角へ走り出す。
そこは誰もが知っている場所であり、誰もが無駄な騒動を忌避する場所でもあった。
ジャンクケーブ一帯に影響を及ぼしているマフィアの出張所、だ。
人ごみの中を器用にすり抜ける少年の目には、焦りと怒りがない交ぜになっていた。




迷走と疾走


ライター:有馬秋人





賑わう路地の暗がりから、赤銅の髪の少年が飛びしてきた。片手に握るのはぐしゃぐしゃの紙片だ。
剣呑な視線であたりをなぎ払い、身を翻すと彼は比較的整然としている一角へ走り出す。
そこは誰もが知っている場所であり、誰もが無駄な騒動を忌避する場所でもあった。
ジャンクケーブ一帯に影響を及ぼしているマフィアの出張所、だ。
人ごみの中を器用にすり抜ける少年の目には、焦りと怒りがない交ぜになっていた。





   ***




特に人目を引く容貌というわけではなかった。赤銅の髪も周りに埋没するとはいえないが、悪目立ちするとは言えない。体格も飛びぬけているわけではなく、むしろ小柄。ただ人ごみに逆らっているというだけ目立つはずもない少年に目がとまったのはロック・スティルの勘が反応したからなのだろう。
「……あいつ、どこに行く気だ? あそこはマフィアの出張所付近のはずだが…」
少年が向かう方向に目立った建物はない。名物といえそうなものはこの辺りを仕切っているマフィアの小さな拠点くらいで。
もっとも小さくともマフィアはマフィア、好きこのんで近づこうというものは皆無だった。その皆無を破ろうというのか少年の足取りに迷いはなく、駆ける姿には何かしら懸命な空気が漂うばかりだ。
思わず追いかけていたロックは舌打ちする。眩しいというわけではないこの場所で、サングラスをかけたままの疾走だが特に負担を感じているわけではないらしく、機敏に速度を上げた。
「理由はどうあれ、子供が行くには危なすぎる。連れ戻しに行くか」
むざむざと未熟な命が散っていくのを黙っているわけにはいかないだろうと苦笑する。人ごみが途切れてきた場所だったのが幸いして一直線に出張所に飛び込む相手の捕捉に成功した。
「いきなり何なのさ!?」
ぐっと腕を捕らえると、存外強い目がロックを見据えた。ざっとなぎ払う強さを秘めた萌黄の目だ。サングラスの奥で微かに目をすがめ、頭を振った。
「この先にある場所は子供が行くには危険すぎる」
「あんたには関係ないだろっ、俺は俺の理由があってちゃんと覚悟も勝算だって見込んでいくんだっ、ガキに見えるからって無為無策だなんて侮るのは失礼なんじゃないの!」
「それでも、だ。勝算があったとしてもその焦りは足元を掬う」
「―――っ、手を放してくれない? 俺の頭に血が上っているのはわかってる。だけど下げる暇なんてないし、下げる気もないんだよ」
「…ふん。何、突込み先はすぐそこだ。俺に理由を話してから行く程度の時間、ロスにもならんだろう」
行くならばその理由と過程を口にしろ、ではなければ自分が気がかりを得てしまうと話しやすいように詭弁を付け加えたロックを、少年改めて見上げた。本当に、見あげるほどの背丈の違いだ。大人と子供の構図がこれほど当てはまることは少ないだろう。
その背丈のギャップをちらとも感じさせず、真っ直ぐな目線を向ける。サングラスの奥の奥まで見透かすように。
「俺は花鶏、このジャクケーブで占いをしてる。昨日そっちのマフィアのんとこのガキに頼まれて占おうとしたんだけどカードが破損してて上手く出来なかったんだ。自分の気に入らない答えしか出ないからって、腹立ち紛れに俺の同居人攫っていった。交換条件とか何とかは後から言うってたけど……俺は………悠長に待ってられるほど優しくない」
この心にある苦痛を抱えて相手からのアクションを待つなんてことができるわけもない。
待つのは酷く怖い、そう言いきってロックから視線わ外した花鶏は僅かに見える出張所の屋根を見据えた。
「ねぇ、あんたは大切な何を無理やり連れ去られて、笑ってられる? 呑気に構えてられるわけ? 俺には無理だよ。たとえ勝算がなくても、手段がなくても、行かなきゃ」
引き剥がされる恐怖なぞ、二度と味わうつもりはないのだと言い募る少年にロックは苦みとともに頷いた。
「成る程、そういうことか。だが、戦力も無いのにマフィアの出張所に乗り込もうなんて自殺行為に等しい」
それでもだ、と重ねようとした少年の言葉を制して科白を繋ぐ。
「おせっかいなようだが、俺に任せてもらいたい。昔は軍人だったんだ。奴らと対等にやる戦力はある」
ロックの提案に少年はぽかん口を開けた。まん丸になった目が数秒できゅっとつりあがる。不敵な笑み。
「…………はっ、ホントお節介だ。俺が戦えないなんてどうしてわかるわけ」
「反射はよさそうだか動きが甘い」
乱闘なぞまず無理だろうと評すれば、少年はますます笑みを深くした。
「それでも俺はあいつらになんか負けないし、夏野だって連れ帰れる」
「その勝算とやらに俺の戦力をいれることぐらいいいだろう」
確実性が増すぞ、と促せば少年はロックの上から下までじっと眺める。そしてようようと頷いた。
「助かる」
一言だけ、礼とも言えない礼だが逸らされた視線と表情が感謝を雄弁に物語っていた。一人で飛び込んだ場合の被害とロックが加わった場合の被害規模は雲泥の差なのだろう。
親子ほどに離れているだろう年をまったく意識せず、ロックは頷く。先ほどの焦りを嘘のように霧散させ、歩き出した少年は出張所だけを見て「あんた名前は?」と問うた。その問いかけに至極短い答えを与えると、ロックも目的地へ一歩踏みだした。
門扉をくぐる前に、サイバーサングラスの機能を駆使してトラップの有無を調べるがとくに目立つもはない。小規模の拠点に仕掛けるほど暇ではないのか何なのか。代わりのように警備というには多い人数が巡回している。二人の侵入者に気付いて思い思いの凶器を手に駆けてくる雑魚らをロックは一瞥した。
「お前達か、人攫いをしたというマフィアは。同じマフィアの風上にもおけん」
言いながら近くにいる男を一人殴り飛ばす。後ろにいた花鶏がロックの素性に驚愕するのも構わずその場で伸せる相手を手早く片付けた。
「この規模の出張所で外にこれだけの人数が出てきたんだ。中はがらがらだろう…行け」
自分が暴れて相手を片している間に同居人を連れ戻してくるんだと淡々と告げる声に、少年ははっとしたようだった。元々一人で乗り込む気だったのだ。ここで足止めしてくれるならばありがたいと思うだけで。
「俺が戻ってくるまで倒れないでよねっ」
その体を引きずって逃げられるほど元気じゃないんだよと茶化すように言い捨てて、少年は走り出す。数人が後を追ったようだがその程度は自力でどうにかしてもらおうと足場を確認した。平地、平坦も少ない場所、足を取るようなものはほぼないといって良いだろう。
迷う要素は何一つないと密集しかけた男たちの中に突っ込んだ。乱闘に持ち込めば銃器の出番はない。よほどの狙撃名手でなければ仲間を撃ちかねないからだ。それを計算して攻撃の主体を近接に持ち込むと、片足で一人を蹴り飛ばしその反動を使い立ち位置をずらし、殴打武器を振りかぶっていた相手にたたらを踏ませる。左手でなぎ払いついでに詰めてきた相手にぶつかるようにしてしまう。
「この程度ならばブラッディ・インフェルノを使う必要もないか」
油断はしないが素手で十分捌ける程度だと零したロックに倒れた者たちから悔し紛れの誰何と罵声があがった。
「俺は誰だと…?」
意味ありげに立ち止まり、奪った棒を片手で遊ばせる。余裕の様子が気に食わなかったのかずしりと砂の詰まった布を振りかぶる男に棒を投げ返して牽制するとそのまま腕を掴み投げ飛ばした。受身すらとれない態勢で地面に落ちる。
「『ロード・レオン』の総指揮官、ロック・スティル。聞いたことないか? この名……まぁ」
複数の男達が息のあったコンビネーションで飛び掛ってきたのを視界の隅におさめて科白を切り上げた。
「聞いたことが無いんだったら、良く覚えておくんだな!」
そうすれば次回からこんな目にあわずに済むだろう? と嘯いて、サイドにわずかにずれるそれだけで必殺だったはずの攻撃の妙が崩され、反撃の隙を与えてしまったと察した男達が慌てて距離をとろうとするが、ロックはすかさず足を跳ね上げ顎を蹴り飛ばした。一人が飛ぶ方向はきちんと計算され、もう片方を巻き込む軌道。蹴り飛ばした後は結果も見ずに身を翻し、大柄な体からは想像できない軽快なフットワークで残りに詰め寄る。下段から放つ拳はフェイク。かわされる予想の範囲内。捻った体を戻す要領でねじりを加えた反対の拳をまっすぐに突き出せばかわす余裕もなく吹き飛んだ。
「この程度かっ」
この程度の士気、武力、気質のものたちがこの一帯をしめているのかと猛々しく叫ぶロックは、花鶏が同居人を連れて脱出してくるまで縦横無尽に暴れまわった。






2005/10/...






■参加人物一覧

0709 / ロック・スティル / 男性 / 一般人


■登場NPC一覧

0204 / 花鶏
0207 / 佐々木夏野


■ライター雑記

ゲームノベルへのご参加、ありがとうございました。
マフィアになった設定といい、かなり男気あふるるように見受けましたロック氏ですが、如何でしょうか。何かしら予想の範囲外でないことを祈るばかりです。
今回は繁忙期ということで期間ぎりぎりの納品となってしまい、ずいぶんお待たせしました。申し訳ありません。
ねがわくば、この話が少しでも娯楽をなりえますように。