■【楼蘭】初春の宴■
はる
【2542】【ユーア】【旅人】
 聖都エルザードから東へ4月と4日、船旅を経た場所にあるという……蒼黎帝国は帝都楼蘭。

 日に日に暖かくなり、風もどこかやさしい気配を色濃く漂わせている。
 一つの庵の前で今年も紅梅と白梅が見ごろを迎えていた。
「そろそろ春だねぇ」
 そういえば、秋につけた仙酒のできばえは今年はいかがなものだろう。
 仙人である瞬・嵩晃は庭の梅の花を見上げ季節の移り変わりを肌で感じていた。
「苔桃に山葡萄、桑に山査子……結構今年も仕込んだんだっけ」
 薬酒にもなる酒を冬になる前に仕込んでいたものがそろそろ飲み頃であろう。
「そうだ、誰かを呼んで……」
 久々に酒盛りをするのも悪くない。
 梅の花びらを杯に受け詩を読もう。
 となれば……早速筆をとり嵩晃は客への文を認めた。
すうぃ〜と☆まろん



「あの…ご相談があるんです」
 そう、話を切り出したのはブランシア城のメイドだった。
「明日、ご主人様がティーパーティーを催すとおっしゃっているのですが……」
 肝心のお菓子に使う材料が不足していて……
「わたくしは栗をつかった御菓子を作りたいと思っていますので、裏山で栗を拾ってきていただけるとうれしいです」
 ただ……と、メイドが困った顔で告げるには……

「あ?栗の中にクリ棒っていうモンスターが混ざってる可能性があるって?」
 クリ棒って……?
 初めて耳にするモンスターの名前に冒険者全員が顔を見合わせる。
「はい、何でも栗が棒を振り回して襲ってくるからクリ棒と、名前がつけられたようなんです」
 攻撃力は差ほどでもないが、確かに棒でたたかれれば痛かろう。
「あぁわかった、とってきてやるよ」

 気軽にそう答えた冒険者達は後ほど、気軽に受けたこの仕事を大いに後悔するとも知らずに裏山へ向かうのだった………



 最初の難関は冒険者達の前に立ちはだかる、壁のような崖だった。
「あらあら、どうしましょう?」
 他の道はあるのでしょうか?腰に籠を下げた、柔らかい印象の水のエレメンタリス、シルフェ(2994)がおっとりと顎に手を添え首を傾げた。
「……裏山とは聞いていたけど、これまた凄い山だな……」
 お城の裏山に生えている位だからきっと、いや絶対にうまいはず!と秋の味覚の誘惑に誘われた参加したユーア(2542)も呆然と目の前の絶壁を見上げる。
 行く手を阻むものは叩ききるというのが心情のユーアにとっても、この壁は難関だった。
「奥山に、筋スバらしき親父かな………目の前に、壁があるならば!それを乗り越えていくのが漢ってもんだろう!!」
 何故かイガイガ栗の着ぐるみに身を包んだオーマ・シュバルツ(1953)がガッと岩肌に取り付いた。どうやら根性で崖のぼりをしていくらしい。因みに彼の本日の気ぐるみの御題は『悶絶マッスルマニア毬栗腹黒親父』。
 どの辺りが悶絶なのかは不明だが、その腹黒さ加減は栗の毬が漆黒な辺りから推察ばかりである。
「まぁでしたら、わたくしも一緒に連れて行ってくださいな」
 ちゃっかりと、オーマの背負い籠に器用に飛び乗りシルフェがバランス感覚よろしく籠の減りに腰をかけた。
「栗は誰にも譲らない!」
 上手いものを食べるためならば、とユーマも覚悟を決め崖に手をかけた。

 壁伝いに足がかりとなる裂け目や突き出た岩をよじ登る冒険者達。
 命綱などはもちろんあるはずも無く、己の腕と体力だけが頼りだった。
「もっとうえー、もっとうえーですわ♪」
 此方は一人気楽なのはシルフェ。ぷらぷらと足をぶらつかせ、視界一杯に広がる下界の風景を楽しむが如く、ロッククライミングに挑むオーマを促す。
「……お〜ぅ……」
 分厚い着ぐるみの中で流石のマッチョ親父も滂沱の汗を流している。
 その小麦色の肌がキラリと光、そこはかとなく筋肉美が強調されていた。
「流石は…城の裏山だけなことはあるな…」
 意味も無く納得をしているユーマの息も荒い。人間、限界をに近づくと、思考すら困難になってくるものだ。
 足を踏み外せばまっ逆さまに、天国行きの絶壁の上に誰が栗の木などを植えたのだろう……少々恨み言を言ってみたい気もするが…
「これだけの難所を越えて手に入れる栗ならば……」
 さぞ美味い栗に違いない!
 色気より食い気。この先にあるであろう秋の至宝を手に入れるべく3大欲求の一つに促され、年頃の乙女も俄然、岩肌を掴む手に力が入るのであった。

 幾度となく足を踏み外しかけ、手を滑らせどうにかこうにかたどりついた崖の上に広がるのは整然と立ち並ぶ低木の栗の老木。
「見事な栗だ……」
 赤銅に光る毬の一つを手に取り、ユーマがほぅっと溜息を漏らした。
「ユーマ様、栗は毬の中ですわ」
 毬をそのまま持つと怪我の原因にもなりますから……と、感動しているユーマにシルフェが優しく声をかける。
 ぱっくりと大きく口を開けた毬の中には零れんばかりに、艶やかに光る栗の実があった。
「毬のままより中の実を取り出して持って帰るほうが効率的ですし」
「それも、そうだな」
 毬のまま籠に入れようとしていたユーマが、しまおうとしていた栗の毬を足元に落とし中の実を器用に取り出す。
 崖のぼりの疲れも、見事な秋の宝玉を目の前にして吹き飛んでしまったようだ。
「………し、死ぬ………」
 己一人だけならまだしも、実質的にシルフェと二人分の重みを振るえる上腕二等筋に託したマッチョ親父は談笑する二人の横で倒れ伏していた。
「…これも、神の俺への試練て奴なんだな、ふっ………上等じゃねぇか!この山の栗全部持って帰ってやるぜ!!」
 下僕上等!と意味不明な決意を胸にオーマが渾身の力を込めて立ち上がった。
「そういえば…お城のメイドさんが仰っていたモンスターの姿が見えませんけど……」
 おっとりとしたシルフェの呟きが聞こえたが如く、三人の前に立ちはだかる小さな物体。
「まあ、クリ棒なんて可愛らし……くありませんわね」
 栗にの実に手足がつき、額には繋がったゲジゲジ眉毛に、腰に褌。鉄下駄を履いたその手には釘バット。シルフェの言葉ではないが、可愛らしさの欠片もなかった。
『クリクリクー!』
 一斉に身の丈5cmほどのその物体が三人に襲い掛かった。
「邪魔をするなら……切る」
 食べ物を奪うもの、それ即ち敵なり……利き手に炎を剣を召喚したユーマの瞳はまるでゴミを見るかのように冷たく鋭い。
「あらあら…あんな釘バットで叩かれては怪我をしてしまいますわね」
 おっとりとしながらもシルフェもしっかりとその手に海皇玉を取り出している。
「待ってくれ!世の中皆兄弟!!栗にだって言い分はあるはずだぜ!!!」
 相変わらず、分厚い着ぐるみを着たままのオーマがクリ棒を守るように立ちはだかった。
「ク、クリリクー!クリリ!!」
『クー?』
 何時の間に習得したのかオーマはクリ棒に同じ言語で語りかけた。
『クリクー!』
「クリクリ、ククリ」
 わらわらと興味を覚えたのかオーマに群がるクリ棒達。毬栗に纏わり付く厳つい、顔の栗のモンスター……その光景はシュールの一言に尽きるものがあった。
「……オーマ、邪魔」
「丁度皆さん集っていますしー」
 食えない物に用はないとばかりにユーマが毬栗の着ぐるみを着たオーマを蹴り飛ばし、手の中の剣を一閃する。その隣ではシルフェの手にした海皇玉が淡い光を放つとともに、その手の中から激流が迸った。
「だぁ―――――――!?」
『クリ――――――!』
 容赦のない女性陣の連携プレイにオーマとクリ棒は成す術もなかった。
「俺までか――――――!!」
 シルフェの呼び出した水の流れがオーマもろともクリ棒を全て崖の下へ押し流した。
「……あら、やりすぎてしまったでしょうか?」
「問題ない、俺たちの任務は此処にある栗を取って帰ることだ」
 ユーマの前では食べられないものは塵に等しい。そう、彼女にとって今回の一番の目的は、栗を持って帰って『食べる』ことにあった。
「それも、そうですね」
 オーマがいればその分沢山の栗を持って帰ることができたであろうが、女性二人で取れば御菓子を作るには十分な量の栗が取れることだろう。

「うふふ、こっちにも沢山落ちてますわ」
 腰の籠に実を放りこみながら、シルフェは歓声をあげ
「……これも、美味そうだ…」
 ユーマの方はといえば…実を一つ取り上げては、ほんわりとその料理した様を思い浮かべふらふらと栗林を本能のままに歩き回っていた。

「クークリクリ……」
『クリ』
 そのころ、崖下へ流されたオーマとクリ棒の間には何故か友情のようなものが生まれ、仲良く一緒に、同じように上から流れ落ちてきた栗の毬を割り中の実をとりだしていた。



「まぁまぁ、こんなに沢山!」
 ありがとうございます!城のメイドの顔に喜色が走る。
 上から見下ろしてみれば、下に下りるための道があったことから、帰りの道のりはそれ程大変ではなかった。
 シルフェとユーマの籠の中には艶々とそれこそ宝石の様に輝いている。オーマのそれはほんのり湿っていたのは、先ほどの水なのか、親父マッチョとモンスターの友情の涙によるものなのかは定かでない。
「料理なら任せとけ!」
 胸には『下僕主夫上等!』と刺繍されたピンクのエプロン、手には『親父愛』の銘の刻まれたマイ包丁を手にオーマ復活。その足元では、手をたたき恐ろしく可愛くないモンスターの群れが歓声を上げていた。
「生きてたんだ……」
 まるで何とか並の生命力?と台所の天敵の名を口にはださず、心の中だけで呟いたユーマが感心する。
「お怪我がなさそうで…よかったですわ」
 自分のした事は棚に上げ、シルフェの微笑みはまるで天使か女神の様に光かがやいていた。
「…?では、お料理の方もお任せしても大丈夫でしょうか?」
「あぁ、任せておけ…こう見えてもそれなりに料理は出来る」
「わたくしも栗鬼皮くらいは剥けますわ」
「料理は得意だぜ!」
 なんせ毎日やってるかんな!
 其々の意気込みを胸に、こんもりと山になった栗に手を伸ばした。

 マロンパイにモンブランタルト……マロングラッセにマロンキッシュ……三人と城のメイドの手により数々のお菓子が焼きあがったのはそれから数時間後のこと。
「……美味いな」
 これにありつくまでのすったもんだを思い返してみれば、味わうことに一層の至福を覚える。
「ほんとうにおいしいですわね」
 これだけあれば、明日のパーティーの客人にもよろこんでもらえることであろう。
「苦労しただけの甲斐はあったみたいだな」
 ある意味、彼が一番大変だったかもしれない……?
 こうして出来上がったものを誰よりも先に味わえるのも、苦労した面々に許された特権であった。
「皆様今回はどうもありがとうございました」
 沢山の菓子を前に、助力を惜しまず付き合ってくれた冒険者達に城のメイドは深々と頭下げた。




【 Fin 】



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


【1953 / オーマ・シュヴァルツ / 男 / 39歳(実年齢999歳) / 医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】

【2542 / ユーア / 女 / 18歳(実年齢21歳) / 旅人】

【2994 / シルフェ / 女 / 17歳(実年齢17歳) / 水操師】


【NPC / リーミレイル】


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■         ライター通信          ■
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はじめまして、又は何時もお世話になっております。ライターのはるでございます。
私事でお届けが大変遅くなって申し訳ありませんでした、ゲームノベル『すうぃ〜と☆まろん』をお届けさせていただきます。
怪我人が……でそうで、出なくて何よりでございました。
沢山の栗をお届けいただき、これで滞りなくパーティーが開催できそうな予感がいたします。
ご参加ありがとうございました。

イメージと違う!というようなことが御座いましたら、次回のご参考にさせて頂きますので遠慮なくお申し付けくださいませ。


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