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■CallingU 「脚・あし」■

ともやいずみ
【0413】【神崎・美桜】【高校生】
 当主に背後からなにか囁かれる。当主は頷いた。
「では、ここへ呼べ」

 座敷に正座をしていたその者は深く頭をさげる。
「お呼びでしょうか、当主」
「今は当主ではない」
「え?」
「四十四代目は、任命した」
 その言葉に目を見開き、怪訝そうにしつつ「そうですか」と呟く。不満のあるような声音だ。
「もっとも……放棄してしまったようだがな」
「……?」
「西の『逆図』は完成したようだの」
「ここに」
 空中から取り出した巻物を自分の座るすぐ前に置く。
「……よし。では続けて東の『逆図』を完成させてくるのだ」
「了解しました」
「四十四代目の作った『逆図』は失敗しておったのでな。おまえは必ずや完成させよ」
 厳しい声に、神妙に頷いた。
「…………必ずや、完成させて参ります。一年前の失敗は、繰り返しません」



 ちりん、と小さな鈴の音がする。
 足音がこちらに近づいて来る。
 そこは…………東京。
「妖魔……憑物の気配……」
 その人物は小さく呟いてから唇に笑みを乗せた。
CallingU 「脚・あし」



 神崎美桜は紅茶とクッキーをテーブルの上に置き、手紙を読んでいた。
 美桜はどうしても緩んでしまう頬を止められない。兄がここにいたらからかわれるだろう。
「お元気そうですね」
 小さく笑って、手紙を封筒に戻した。はあ、と息を吐き出す。
 何度読んでも飽きることがないが、上海は遠い。
「もう少し多く書いてくれたらいいんですけど……」
 美桜は空を見上げる。まあるい月がそこに見えた。
 窓越しのそれは淡く、けれども穏やかで。
 一緒に見たかった。この月を。
 その時だ。
 ちりりーん、と小さな鈴の音が聞こえた。
(鈴?)
 どきっとしてイスから立ち上がる。
 今は遠い上海にいる美桜の恋人の少年も、出現の時によく鈴の音を響かせていた。
(え? でも今は上海に……。それに、音が違う?)
 上海の彼は神事に使う鈴の音。だがこれは、小さな鈴のものだ。
 けれども、一度広がった不安のような気持ちは止められない。気づけば美桜は屋敷を飛び出していた。
 外は薄暗い闇に支配されている。
(気のせい……ですか?)
 肩を落とした美桜は、それもそうかと思った。
 彼は遠い上海。ここに居るはずがない。
「お嬢さん、こんな夜更けに一人かね?」
 その声に美桜は振り向く。
 は、とする。屋敷から、安全な結界から出てしまった……!
「危ないんだから、あまり出歩くなよ? 帰ってきたら一緒にどこにでも行ってやるから」
 そう言って上海に行ってしまった彼の言葉が、脳裏によぎる。
 初老の男はかぶっていた帽子をくいっとあげた。
「今日は綺麗な月夜じゃないか」
 かつんかつんと足音をさせて近づいて来る男の足もとの影を、美桜は見る。
 人間のものじゃない。獣だ。
 一歩ずつ後退していく美桜は、彼を思い浮かべる。いつでも呼べば来てくれる彼だが、上海からでは遠すぎる!
「そうだね、今日はいい月夜だ」
 背後から別の声が聞こえた。美桜はそちらを振り向く。
 漆黒の棒を持っている少年は、にこっと微笑んだ。明らかにこの場の雰囲気に合わない感じの、可愛らしい顔立ちの少年である。
 着ているのは軍服のような制服だ。濃い紫のそれは闇に紛れるにはもってこいの色である。
「星の見えにくいこの都会でも、月だけはそれなりに見えるとは知らなかったな」
「……だ、誰だおまえは……」
 動揺する男。
 少年は美桜に近づいて来て、横に並んだ。
 見上げるその顔は鋭さなど欠片もない。だが確かに。
(似てる……)
 あの、夜を宿した瞳が。
 そして……その色違い瞳さえも。
(紫の……眼……?)
 少年は目を細めて微笑む。
「退魔士、遠逆欠月」
 目を見開く美桜だった。遠逆、とは……まさか。
(そんな……でも、遠逆は退魔士ですから……。他の、退魔士?)
 不思議はない。上海に居る彼だけが、遠逆の退魔士ではないだろう。だがまさか。
 こんな都会で、そんな偶然があるものだろうか?
「た、退魔士……?」
「そう。おまえを殺す者だ」
 笑顔でさらりと言った彼は美桜に視線を向ける。いま気づいたような表情を浮かべた。
「あれ? こんなとこに居たら危ないよ?」
「あ……えっと……」
「言っておくけど、巻き込まれると面倒なんでね。少し離れててよ」
 にっこり。
 笑顔に押されるように美桜は頷き、後退していく。
 電柱の陰に隠れるようにして、美桜は二人の様子をうかがった。
「さて、と。じゃ、やる?」
 首を傾げた少年は薄く笑う。男は冷汗を流して構えた。
 真っ黒い棍棒で己の肩を軽く叩き、欠月と名乗った少年はゆっくりと棍棒を降ろす。
「死ね」
 囁きと共に、棍棒は彼の手の中から突如伸びた。男が避ける暇もなく、一瞬で終わった。
 刎ねた首が路上に落ちる。思わず美桜が口を塞ぎ、悲鳴を堪えた。
 少年はふうっと溜息を吐いて空中から巻物を取り出して広げる。そのやり方に、美桜は驚いた。
 まさしく、美桜の恋人がここ東京でおこなっていた……。
(まさか……)
 だがアレは終わったはずだ。
 倒された憑物の男の姿が消えてしまう。巻物を少年が閉じた。
「憑物、封じ……」
 呟きを聞いて欠月は振り向く。美桜と視線が合った。
「あ、もう終わったよお嬢さん」
 にっこり微笑む欠月に、美桜は戸惑いの色を浮かべる。
 電柱の陰から出てきた美桜は、欠月をじっと見つめた。
「遠逆……とは、あの、もしや……」
「知ってるの? へえ、うちも有名になったもんだ」
「! や、やっぱり退魔士・遠逆の方なんですか?」
 欠月はくすくすと笑う。
「そうだよ。退魔士って、普通の人には知られてないもんだと思ってたけどね、ボクは」
「あの……遠逆、の……四十四代目の方となにか関わりがあるんですか? 憑物封じですよね、今のは」
 ぴく、と彼の眉が動いた。穏やかな表情の中に、なにか肌寒いものが浮かぶ。
「……四十四代目? 知り合いなの?」
「え……? あ、はい。……その、こ、恋人ですが……」
 照れてしまう美桜だったが、なんだか悪寒を感じてびくっとした。欠月は笑顔だが……なんだろう、その笑顔が怖い。
「そう。恋人、ね。辞退した理由はそれもあったのかな」
「あ、あの……?」
「それで? その四十四代目の可愛い恋人さんが、ボクになにか用?」
「わ、私は恋人さんという名前ではありません。神崎美桜という名前があります」
「あ、そう。で? 神崎さんはボクに用なんでしょ?」
 優しい声だが、美桜はムッとしてしまう。
(この人、もしかして……)
 四十四代目に就任し、すぐに降りた美桜の恋人のことを良く思っていないのだろう、おそらく。
「なぜ憑物封じをしているんですか? もう終わったはずでは?」
「終わった? なにが?」
「あの人を殺すための手段だったはずです! どうしてまだ……。まさかまた狙っているんですか!?」
「狙う? なにを言ってるんだ?」
「四十四体の憑物を封じているんじゃないんですか? 巻物に」
 欠月は右手に持っていた巻物を見遣り、それから視線を美桜に戻した。
「確かにこの巻物には四十四体の憑物を封じてる最中だよ。でも、四十四代目の為じゃない」
「……違うんですか?」
「当たり前だよ。だってあの人はもう降ろされたんでしょ? 関係ないね」
「で、ではなぜ……?」
「さあ? 少なくとも、四十四代目にはなんの関係もないよ」
「本当、ですか?」
 美桜は恐る恐る尋ねる。
 四十四代目と呼ばれる彼が、死ぬ運命だったあの悲劇を、繰り返すわけにはいかない。せっかく手に入れた『今』を、失って欲しくないのだ。
「あの人に、危害を加えることはないんですね?」
「しつこいね。それはない。断言するよ」
「よ、良かった……」
 ほー、と安堵する美桜を見て欠月は呆れたような顔をした。
「神崎さんて、物好きだね」
「へ?」
「美人なのに、なにが良くて四十四代目なの?」
「え……。いえ、だって、そ、それは……」
 おたおたする美桜だったが、さして興味のないように欠月は歩き出す。美桜は慌てて追いかけた。
 欠月は左手に持っていた武器を落とす。どろりと溶けたそれは地面の彼の影となった。
 それを見て美桜は確信する。
(やはり遠逆の技……)
「ど、どうしてあなたはそんなにあの人のことを悪く……思うんですか?」
「ん?」
 欠月は足を止める。
 美桜を見遣るその瞳は、冷たい。
「だって四十四代目のこと、好きじゃないから」
「そんな……同じ遠逆の方なのに……」
「だから? 同じ遠逆の退魔士だからって、好意を持つ必要はないんじゃないかな」
「あの人は……」
「悪い人じゃない? 恋人の欲目ってやつ?」
「違います!」
 美桜は欠月を見る。月が雲に隠れてしまい、街灯の微かな光だけが二人を照らした。
「あの人のことをよく知らないじゃないですか、欠月さんは」
「……さて。キミよりは詳しいと思うけどね」
 その通りだ。美桜は遠逆の内部での彼のことは知らない。
 たとえそうだとしても……彼のことで譲るわけにはいかないのだ。
「それより早く帰ったほうがいいと思うけれど」
「あなたは、その憑物封じをする理由をご存知なんですか?」
 欠月はしばらく黙って美桜を眺めていたが、やがて小さく微笑んだ。
「送ってあげる。ボクが帰った途端に襲われたんじゃ、気持ち悪いし」
「あ、あの」
「しつこいね。口がきけないようにしてやろうか」
 ゾッ、として美桜は黙った。今まであった暖かさが、微塵もなくなっている。
 欠月の瞳には殺気しかない。これは美桜の彼氏の持つ殺気とは違う。
 相手を傷つけることを良しとしない『彼』とは、明らかに違う。目的のために、誰かが傷ついても……仕方がないと思うタイプのものだ。
 肩を落とした美桜に、欠月は愛想良く微笑んでみせた。
「そうそう。それでいいんだよ、神崎さん」
「……では一つだけ訊かせてください」
「ん? いいよ。教えられるものだったらね」
「なぜ、憑物を集めているんですか?」
「ふふっ。結局ソコか。いいよ、じゃあ教えてあげる」
 顔を近づける欠月。
 こうして見ると欠月もかなりの美少年だ。
「単に仕事だよ。集めろと言われたからやっているだけさ」
「なにか交換条件を出されたんじゃないんですか?」
「へ?」
 驚いたように欠月は片眉をあげ、ふっ、と笑ってしまう。
「あはは。なにそれ」
「…………」
 美桜は知っている。呪いを解く方法だと言って、『彼』をこの東京に送り出した当主のことを。
 だからこそ、欠月もそうではないかと思ったのだ。なにか、交換条件を出したのでは、と。
「そんなわけないでしょ」
「え? ですが」
「四十四代目はなにか交換条件を出されたらしいけど、そんなのボクにはない」
 皮肉っぽく笑う欠月は美桜から離れた。
 本当に遠逆の契約とは無関係なのだろうか?
(無関係……なんでしょうか?)
 美桜にはわかりはしない。
「さあ送ろう。まさか嫌だなんて言わないでよ」
 美桜はうなずいて歩き出す。
 月が雲からのぞいた。
 なにかが…………また、始まろうとしているかのようだった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【0413/神崎・美桜(かんざき・みお)/女/17/高校生】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、神崎様。ライターのともやいずみです。
 かなり欠月の態度が厳しいですが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!