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■CallingU 「脚・あし」■

ともやいずみ
【4757】【谷戸・和真】【古書店『誘蛾灯』店主 兼 祓い屋】
 当主に背後からなにか囁かれる。当主は頷いた。
「では、ここへ呼べ」

 座敷に正座をしていたその者は深く頭をさげる。
「お呼びでしょうか、当主」
「今は当主ではない」
「え?」
「四十四代目は、任命した」
 その言葉に目を見開き、怪訝そうにしつつ「そうですか」と呟く。不満のあるような声音だ。
「もっとも……放棄してしまったようだがな」
「……?」
「西の『逆図』は完成したようだの」
「ここに」
 空中から取り出した巻物を自分の座るすぐ前に置く。
「……よし。では続けて東の『逆図』を完成させてくるのだ」
「了解しました」
「四十四代目の作った『逆図』は失敗しておったのでな。おまえは必ずや完成させよ」
 厳しい声に、神妙に頷いた。
「…………必ずや、完成させて参ります。一年前の失敗は、繰り返しません」



 ちりん、と小さな鈴の音がする。
 足音がこちらに近づいて来る。
 そこは…………東京。
「妖魔……憑物の気配……」
 その人物は小さく呟いてから唇に笑みを乗せた。
CallingU 「脚・あし」



 簡素な手紙の文面に、谷戸和真はがっくりと肩を落とす。
 静かな居間。しばらくは彼女がここに居て、食事をつくってくれたのに。
(こうしてみると、あの妙な包丁捌きも懐かしいよな……)
 大根をブツ切りにする時の彼女の目付きなど、恐ろしくて見れもしなかったが。
 自分の作った夕食も不味いわけではないが、なんというか味気ない。これならまだ失敗したグラタンでもいいと思えるほどだった。
(はぁー……洋食食いたいとか言わないから、早く帰ってきてくれ……)
 食事を終わらせた和真は戸締りを確認するために家の中をウロつく。
 窓から見上げた空には月がある。月というだけで、なんだか胸が苦しい。
(……そ、相当参ってるのかな、俺……)
 どのくらいの期間、上海にいるのだろう。早く帰って来て欲しい。
 出かける前に彼女が言ったのを思い出す。
「浮気したら、殺しますから」
 素晴らしく綺麗な笑顔で言われて、正直涙が出るほど怖かったのである。
「し、しないって、絶対に……」
「本当ですか」
「な……なんだよその目は」
「信用してないわけじゃないんですが……男性は女性に誘われると本能でふらふらする、とうかがってますので」
 冷えた目で言われて和真は冷汗を流した。
 そんなことを思い出して、丸い月に向けて苦笑する。
(本能とか言われたらどうすりゃいいんだ、俺……)
 まあ確かに男なのだから、そういうこともないとは言えないが。
(しないって……浮気とか)
 はあー。
 嘆息して頭を掻いた。
 大丈夫だ。二人で撮った写真もあるし、自分は彼女に心を捧げている。
(浮気なんて、絶対しないから…………無事に帰ってこい)
 微笑した和真は、は、として窓を開けた。
 確かにいま、鈴の音がしたのだ。ちりん、という小さな音ではあったが。
(この耳に残る感じの音……それに、この気配は妖魔か!?)
 思わず窓から外に飛び出す。
 路上に着地してから周囲を見回した。
(そんなバカな……あいつはいま上海なんだ。それに、あいつの鈴の音とは種類が違ってたような気が……)
 だが、いてもたってもいられない。
 気配を感じる方向へと駆け出し、和真はどこかで期待をしているのに気づいていた。
 上海からもう帰ってきたのか? 帰って来てる最中で憑物を見つけたのか?
 そんなことを考えて道を曲がった時だ。
 その光景が目に入ったのは。

 袴姿の少女は薄く笑って漆黒の薙刀をぶん! と振った。
 べっ、と鳴き声を出してガマの舌が跳ね飛ばされる。
 薙刀を突きつけた少女は一瞬でつき出す。刃はガマの頭を貫き、身体がびくびくと痙攣した。
(で、でかいカエルだ)
 じゃなくて。
 和真は少女を凝視する。
 あの真っ黒な武器といい……まさか。
 彼女は巻物を空中から取り出して、開いた。
(!)
 まさかアレは。
(いや、そんなバカな。憑物封じは終わってるはずだ)
 倒した憑物を巻物に封じた少女はゆっくりと、和真のほうを見て微笑んだ。
「そんなところで覗き見? いい趣味してるのね」
 可愛らしい顔立ちに不似合いな口調である。絶句する和真であった。
 ゆっくりと彼女に近づき、和真は口を開いた。
「その武器といい巻物といい…………まさか、遠逆の退魔士か?」
「あら。うちも有名なんだ。知らなかったな」
 へえ、と驚く彼女は無邪気そのものだ。そら寒いものを感じる。
(な、なんかあいつとは違う種類の怖さを感じるが……)
 少女は明るく微笑んだ。こんなに屈託なく笑う少女が退魔士とは思えなかった。
 和真が知っている退魔士は、もっと……もっと。
(闇を……におわせたような……)
 そう思ってからその考えを追い払った。
 将来的には妻の親戚になる相手……なのかもしれないのだから、一応挨拶くらいはするべきだろう。
「こんなところで憑物封じか?」
「よく知ってるのね」
 少女は巻物を空中に投げる。巻物は吸い込まれるように消えてしまった。
「あの、俺は谷戸和真。よろしく」
「? ナンパ?」
「えっ!? 違う! あの、えっと……四十四代目の彼女の……婚約者というか……」
 刹那、少女の目付きが若干鋭くなる。
「婚約者? 四十四代目……あの女の?」
「え?」
「そう……。なぜ降りたのか不思議だったけど、そういうことか」
 ふぅんと小悪魔のように微笑する少女は、目を細める。
「あたしは遠逆日無子」
「! やっぱり遠逆なんだな」
「うん。あたしは遠逆の退魔士」
「でも……なんで憑物封じを? あれは四十四代目を殺すためじゃ……」
「? なんのことを言ってるのか知らないけど、四十四代目とは無関係よ」
「え? そうなのか?」
 そんなバカな、と思ってしまった。
 上海に居る彼女を殺すための手段だったはずだ。再び集めているということは、彼女を殺すためではないのか?
(本当に無関係ならいいんだが……)
 もしも、また彼女を危険にさらすというのならば、和真は黙っていられない。
 だが逆に。
 和真は目を凝らして日無子を見つめる。
 日無子は衣装も奇妙であったが、その瞳も珍しい。黄と黒なんて。
「本当に?」
「しつこいわね」
 殺気を瞳に宿らせる日無子に和真は慌てる。べつに日無子と面倒を起こす気はないのだ。
「ご、ごめん! 怒らせたなら謝る!」
「べつに謝ってくれなくてもいいわ」
「だが……」
「なに? あたしに興味があるの?」
「え!」
 ぎょっとして和真は首を激しく左右に振った。
(浮気しないってあいつに誓ったんだ!)
 帰ってきたらきっと鬼のような形相で迫られるに違いない。
「俺はあいつに操を立てているんだ! あんたには悪いけど!」
「………………阿呆ですかあなた。あたしのほうが遠慮するわよ」
「え。あ、そうだよな。よかった……」
 本気で安堵している和真を眺め、日無子は不快そうに眉をひそめる。
「そんなに四十四代目が大事なの?」
「俺の命よりも大事だな」
「……へんたい?」
「な、なんでそんなすごく嫌そうな顔して言うんだ……」
 日無子は肩をすくめた。
「だって普通は逆じゃないの? 女が惚れた男に操を立てるならともかく」
「う……」
「四十四代目だって、あなた以外の人に目を奪われるかもしれないのに。馬鹿ね、あなた」
 その言葉に和真は頭に血がのぼる。
 自分のことはいいが、彼女を侮辱されるのは辛抱できない。
「あいつはそんな女じゃない!」
「…………あ、そう。まあ、あたしには関係ないことだものね」
 冷ややかに言った日無子は和真に背を向けて歩き出した。
 和真は追いかけて日無子の肩に手をかけ……。
「待て!」
「触らないで」
 肩に、手をかけようとしたが日無子は一瞬でその場を移動していた。横へ一歩分移動した彼女は和真を見る。
「どうしてあいつのことを悪く言うんだ……? 同じ遠逆の人間なんだろ?
 俺、あんたと喧嘩したいわけじゃないんだ。あいつの親戚なんだから、仲良くしたくて……」
「自分の親戚になるから?」
「あ、ああ……」
「そう。あの女と結婚するつもりなのね」
「そう、決めたから」
 自分がそう決めた。
 日無子は呆れたような表情を浮かべる。
「ふーん。でも、親戚だからって仲良くする必要はないわよ、谷戸さん」
「え?」
「言われなかった? 本家に行く必要はないって」
 そういえば……そんなことを言われたような。挨拶に行くと言っても彼女は首を縦に振らなかった。
 結婚に承諾はいらない、とも言っていたような……。
「本家に行けば、あなたは二度とこの地に戻れない」
「なんだって……?」
「あの家でずっと暮らすことになるわ……。遠逆の婿になるとは、そういうことだもの」
 愕然とする和真。
 一ヶ月の入院生活を終えてずっと和真のところに滞在していた彼女のことを思い返し、和真はその言葉に真実味を感じた。
(そういや……あいつ、実家に帰らなかったな)
 だが目の前の日無子が本当のことを言っているとも思えない。
 日無子は去ろうと歩き出す。だが和真はさらに声をかけた。
「遠逆」
「ほんとにしつこい男ね」
 嘆息する日無子からは、先ほどのような鋭い嫌悪はない。表に出ていた嫌悪を引っ込めただけなのだろうが。
「遠逆は、なにか……あるのか? 呪いかなにかを解くために憑物封印をしているのか?」
「なにそれ」
「いや……だって」
「単なる仕事よ。そんなの、当たり前じゃない」
 さらりと言い放った日無子は軽快に歩き出す。
 和真にはわからない。日無子と出会ってまだほんの少し。どれが嘘で、どれが真実かなどわかりはしない。
 だがパッと見た感じでは日無子には呪いの類いは存在していない。
 上海にいる彼女にあった右目の禍々しさも、日無子の色違いの瞳にはないのだ。
(本当のことかもしれない……)
「遠逆!」
 律儀なことに、日無子は足を止めて振り向いてきた。
 街灯に照らされた彼女の、闇を映した黒い右目と、明らかに異常な色の黄色の左目が不気味に輝いていた。
「…………もしかして、遠逆は……次の、四十五代目になる予定……とか?」
 ためらいながら言う和真。
 生贄になるのは一の位に『四』が入っている者だけだ。
 だから関係ないとは思う。
 日無子はちょっと考えて微笑した。
「それもいいかもね」
「!」
「でもそれはありえない。あたしはそんな窮屈なものに興味はないし、選ばれないもの」
 彼女はちりんと音をさせた瞬間、姿を消していた。
 暗闇の中で淡く輝く街灯の光のもとにいたはずの彼女の痕跡は、なにもない。
 残された和真は不安に胸を締め付けられた。
(遠逆……日無子)
 また、起こるのだ。
 遠逆の一族に関連した何かが。そこに自分は足を踏み入れようとしている。
 ここに、上海に行った彼女が居たならば止めることだろう。
 だが。万が一にでも上海の彼女が危険になるというならば止めねばならない。
 再び日無子に会えるとは限らないが……でもやはり、和真は彼女を助けようと思った。
 同じ遠逆の退魔士なのだから――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【4757/谷戸・和真(やと・かずま)/男/19/古書店・誘蛾灯店主兼祓い屋】

NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、谷戸様。ライターのともやいずみです。
 日無子がかなり厳しい態度になってますが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!