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■とりかえばや物語?■

ひろち
【1252】【海原・みなも】【女学生】
 その日、めるへん堂には少々珍しい客が来ていた。
「あれ?蓮さん、どうしたんですか?」
 買い物から戻ってきた夢々はアンティークショップの店主・碧摩・蓮に声をかける。栞と話していた蓮は、夢々の方を向くと少しだけ笑って見せた。
「いわく付きの本を届けに来たのさ。この子がどうしても譲って欲しいと言うからね」
「はあ」
「それじゃあ、用もすんだしあたしは帰るよ」
 蓮の背中を見送ってから、夢々は栞の方を見た。やたらと嬉しそうに机の上に置かれた本を眺めている。古ぼけた本の表紙には、これまた古ぼけた字でこう書いてあった。
「とりかえばやものがたり・・・・・・?」
「平安時代の作品ですね。作者は不明ですが」
 本を棚に押しこめながら氷月が解説してくれる。
「で、栞さん。この本がどうかしたわけ?」
「だから、いわく付きなんですよ」
「どんな」
 夢々の問いに「ふふふ」と笑う栞。訊かなければ良かったと後悔したが、もう遅い。
「何でも、この本を一緒に開いた二人は体が入れ替わってしまうとか」
「は?何それ。信じられないんだけど・・・・・・」
「ですから、それを実験してみようと思ってるんですけどね」
「実験って・・・・・・誰で?」
 まさか俺じゃないだろうな。
 身構えた夢々だが、栞の答えは彼の想像の範疇を遙かに越えていた。
「次に来たお客様限定二名」
「こらあああっ!!」
 夢々が全力で説得に入る前にドアが開く音がした。
とりかえばや物語!?

■明日また、頑張る為に■

「みなも〜っ!」
 久しぶりに寄ってみためるへん堂。
 本から出てくるなり、シンデレラはみなもに抱きついてきた。
「きゃ・・・っ。ど・・・どうしたんですか?シンデレラさん」
「王子がね・・・っ。王子があたしの料理不味いっていうのよ〜っ」
「ええっと・・・」
 返答に困り、視線を漂わす。鈴音が溜息をつくのが見えた。
「あれでしょ。痴話喧嘩。放っておけば仲直りするんじゃない?」
「喧嘩・・・・・・」
 それはなかなか良い傾向だ。喧嘩できるほど王子との仲は好転しているらしい。
 みなもは嬉しくなって微笑んだ。
「シンデレラさん。お料理なら私が教えてあげられますよ」
「本当?」
「ええ。今度一緒に練習しましょう」
「みなも・・・・・・。ありがとうっ!」
 シンデレラは「約束ねっ」と念を押すと、本の中に戻っていった。これからまた、王子と会う約束なのだそうだ。
「何か思いきり惚気られた気分ね」
「いいじゃないですか。幸せそうで良かったです」
「・・・・・・みなもさん、ちょっといいですか?」
「はい?」
 声の方を振り返る。栞だ。
 彼女の手には古ぼけた1冊の本。
 タイトルは「とりかえばや物語」。
 これが、始まりだった。


「ああ、もうっ!何がどうなってるのーーーー!?」
 普段なかなかそういう動作はしないので。
 頭を抱えて喚く自分の姿を見るというのは新鮮ではあった。
 ――って、冷静に観察してる場合じゃなかった
 みなもは自分の姿をした彼女の肩を控えめに叩く。
「あ・・・あの・・・里美さん?少し落ちつきませんか」
「これが落ちついてられる?もおーどうすればいいのよ〜っ」
 あの後すぐ、めるへん堂に客が来た。
 崎咲・里美(さきざき・さとみ)という名の20歳前後の女性。
 栞はみなもと彼女に先程の本を示し、言ったのだ。
『これをお二人で一緒に開いてみてくださいませんか?』
 何の疑問も抱かずに、その場の空気で開いてしまった。
 そしたらこれだ。
 そう、つまり彼女と里美の体が入れ替わってしまったのである。
『まあ、一日もすれば元に戻るでしょう。それまでお互いの振りをして乗りきってください』
 と、言われても。
「はあ・・・。もう嫌・・・・・・」
 里美が溜息をついている。
 みなもは彼女ほど落胆してはいなかった。これもきっと良い経験になる。
 まあ、戸惑っているのは確かだが。
「えーっと・・・・・・。とりあえず頑張ってみましょう・・・?こんな所でじっとしてても仕方ないですし。あたし・・・というかこの場合里美さんがですけど、お買い物に行かないと・・・」
 里美がみなもをじっと見つめる。自分に見られるというのも変な感じだ。
「・・・そっか・・・。そうよね・・・」
「里美さん?」
「違う誰かの生活を体験してみるのも、一つの経験なのかもしれないよね」
 里美は気合を入れる為か、自分の両頬を手の平で叩く。
「よしっ!とりあえずあなたの予定を聞かせてもらえる?みなもさん」
 急に復活した里美に瞳を瞬かせていたみなもだが、すぐに笑顔になり頷いた。
「はいっ」


「あの・・・氷月さん。何かオススメの歴史系の本・・・とかってあります?」
「歴史・・・ですか?」
 脚立に上って本の整理をしていた氷月がこちらを見下ろし、首を傾ける。
「何だかレポートを書かないといけないみたいなんです」
「レポートですね。わかりました」
 頷くと氷月は目を閉じた。データの検索でもしているのだろうか。
 やがて氷月は脚立から飛び下り、色々な場所から数冊の本を抜き出し、みなもに渡してくれた。
「データ的に最も信用度が高く、レポートにまとめやすいものを選んでみました」
「あ・・・ありがとうございます」
 全部で5冊。
 値段を聞いてみたらそれほど高くなく、里美の予算的にも丁度良かったので購入することにした。

「お邪魔しまーす・・・」
 里美の家に上がりこみ、さっそく本を広げてみる。
 色々と調べながらレポートを書くというのはなかなか大変な作業で、これをいつもやっているという里美を心の底から尊敬した。
 なんでも、彼女はいつか「日本の歴史の真実」みたいな本を出せれば・・・と思っているらしい。
 素敵な目標だと、みなもは思った。
 そういえば、もうすぐ学校で歴史の小テストがあるということを思い出す。その勉強も兼ねて、みなもは黙々とレポートを進めた。
 と―――
「あ・・・」
 時計を見てはっとする。
 そろそろアトラスに行かなければならない時間だ。里美は新聞記者をやっており、今日はちょうど怪奇関連の記事の締切日らしい。
 怪奇。
 お化けや何かが絡んでいたりするのだろうか?
 少し怖くはあったが、興味を惹かれたので里美が書いたその記事に目を通してみた。

 アトラスに訪れ、編集長である碇・麗香に記事を渡す。その時に記事について尋ねてみた。
「あの・・・この家って昔何かあったんでしょうか・・・?」
 里美の記事に書かれていたのは少女の啜り泣きが聞こえてくるという古びた洋館の話だった。
「何って・・・それを今あなたが調べてるんでしょう?毎日寝る間も惜しんでるらしいじゃないの。少しは肩の力を抜いた方がいいわね」
「はあ・・・」
 里美がそれほど必死になって調べている洋館―――。
「場所はどこでしたっけ?」
「どこって、あなた・・・」
「ど忘れしたんです」
 麗香は不審気にみなもの顔を見つつも、住所を教えてくれる。みなもは礼を言い、足早にアトラスを去った。
 その洋館に行ってみようと思った。

 住宅街の端にひっそりと佇んでいる古びた洋館。夜に訪れたらかなり怖そうではある。
 みなもはごくりと唾を飲み込み、門を押し開けた。
 すると・・・
「里美・・・!いらっしゃいっ」
「きゃあっ!?」
 横から突然声をかけられた。視線を向けると自分と同い年か少し上くらいの可愛らしい少女が立っている。
 立っているといっても肝心の足が見えないのだが。
 ――ゆ・・・幽霊・・・・・・?
 彼女が啜り泣きの原因だろうか。でも何故、里美の名前を・・・・・・?
「今日も遊んでくれるんでしょ?」
「ええっと・・・・・・」
 話が全然見えないので、みなもは事情を彼女に説明することにした。自分は里美ではなく、体が入れ替わってしまっているのだと。
「そうなんだ?ごめん。じゃあ、吃驚させちゃったよね・・・?」
 さすが幽霊。不思議な現象には慣れているのか、納得してくれるのが早かった。
「あの・・・あなたは・・・・・・?」
「私?私は見ての通りこの洋館に取りついてた幽霊よ。一人ぼっちが寂しくて毎日泣いてたら、里美が話しかけてきてくれたの」
 里美はきっと調査をしているうちに彼女を見つけたのだろう。
 それ以来、里美は彼女の所に毎日のように訪れ、遊び相手になってくれているらしい。
「里美さんって・・・素敵な人ですね」
「うん、すっごくいい人。でもね、最近何だか疲れてるみたいなのよね。私のせいかな・・・・・・?」
 肩を落とす少女が今にも泣き出しそうで、みなもは慌てて笑いかける。
「あの、今日はあたしと遊びませんか?」
「え・・・いいの?」
「ええ。何して遊びます?」

 時計を見た時、すでに6時を過ぎていた。
「大分遊んでしまいましたね」
「もう行っちゃうの・・・・・・?」
 再び泣きそうになる少女にみなもは笑顔を向ける。
「海原みなもです」
「え?」
「私の名前ですよ。覚えておいてくださいね。今度は本当の私の姿で遊びに来ます」
「それは・・・約束?」
「はい。約束です」
 そうすればきっと里美の負担も減るだろう。
 みなもは実体のない少女と指切りをしてから、家への帰り道を急いだ。

 食事を済ませてから、里美に頼まれていたカメラの手入れに取りかかる。
「これは・・・・・・血・・・・・・?」
 いくら擦っても取れることはなかった。
 真実を追究するために、一生懸命な里美。
 寂しがりやの幽霊の相手を毎日のようにしていたという里美。
 凄い・・・とは思う。素敵な人だと思う。
 でも、息が詰まったりはしないのだろうか。
 ――明日、里美さんに会ったら伝えよう
 麗香の「肩の力を抜いた方がいい」という言葉と自分のせいで里美が疲れているのではないかと心配していた少女のことを。
 ――私も何か手助けできたらいいな
 少しでも彼女の力になれたらと、心から思った。


 里美とみなもの体が元に戻ったのは結局、次の日の午後8時のことだった。
 そのまた次の日の朝、めるへん堂の前に立っていると向こうから里美が歩いてきた。
 昨日の夜、少しだけ会話をした後、また明日会おうということになったのだ。
「おはようございます、里美さん」
「おはよう。昨日は災難だったね」
「ええ。でも・・・楽しかったですよ」
「確かに」
 顔を見合わせてお互いに微笑む。
 昨日、みなもは里美にあの晩考えたことを伝えた。
 すると彼女は考え込むような素振りを見せ、曖昧に笑ってみせただけだった。
 ちゃんと・・・伝わっているのだろうか?
 少しだけ、肩の力を抜いてみてほしい、と。
 里美はポケットから二枚の紙を取り出すと一枚をみなもに渡した。
「ねえ、これさ。明日辺り一緒に行かない?」
「映画・・・ですか?」
「そ。これ、見に行きたかったんだ〜」
「でも・・・」
 みなもは首を傾けた。
「お仕事・・・結構溜まってましたよね・・・?」
「いーのいーの!いったん敏腕新聞記者は止め!ちょっと肩の力を抜いてみよっかなー、と思って」
「肩の力・・・ですか?」
 みなもは目を見開く。
 肩の力を。
 ちゃんと・・・伝わっていたようだ。
「そ」
 里美は両手を空に突き上げて、思いきり伸びをした。
「これからまた、頑張る為にね」


「あ」
「どうしたの?」
「そういえば明後日、歴史の小テスト・・・・・・」
「いーじゃないの。肩に力入ってるときっといい点取れないよ?」
「それも・・・そうですね」


 明日また、頑張る為に
 今日はほんの少しだけ、肩の力を抜いてみよう


fin


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC

【1252/海原・みなも(うなばら・みなも)/女性/13/中学生】
【2836/崎咲・里美 (さきざき・さとみ)/女性/19/敏腕新聞記者】


NPC

【本間・栞(ほんま・しおり)/女性/18/めるへん堂店長】
【氷月(ひづき)/男性/20/めるへん堂店員】
【鈴音(すずね)/女性/10/めるへん堂店員】
【シンデレラ/女性/16/シンデレラの登場人物】

【碇・麗香(いかり・れいか)/女性/28/白王社・月刊アトラス編集部編集長】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは。ライターのひろちです。
みなもさんとはお久しぶりな感じですね。
今回は発注ありがとうございました!
納品が遅くなってしまい申し訳ありません・・・っ

体が入れ替わってしまうシナリオということで、他PC様の日常を
まったりと追って頂きました。
よろしければ里美さんの方のシナリオも併せてお楽しみ頂ければな、
と思います。
少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。

また機会がありましたらよろしくお願いしますね。
ではでは、ありがとうございました!