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■魔女と姫君 第一話■

瀬戸太一
【4379】【彼瀬・えるも】【飼い双尾の子弧】


 東京は或る住宅街の片隅に佇む一軒の雑貨屋。
その銘は、『ワールズエンド』。由来は、と店主に尋ねると、世界の果て、という言葉が返ってくるだろう。
 その世界の果ての雑貨屋では、日夜喋る動物、店主と居候が紡ぎ出す魔法、
そしてそれによって造り出される魔法の道具たちによる騒ぎが繰り広げられている。

 確かに此処は世界の果て。通常では誰の目にも触れられない場所。
だが決して、此処は深淵の始まりではない。

 そしてそんな場所にも、或る異変が起こりつつあった。









「った」
 店内の真ん中ほどに設えられたテーブルと椅子。
主に魔法の道具を求めて尋ねてきた客をもてなすためのものだが、
その客がいない今日みたいな日は、専ら店主であるルーリィ自身が寛ぐための場所となっている。
 その椅子に寄りかかり、優雅に三時のお茶を傾けていた彼女は、
急に素っ頓狂な声を上げて、自分の後頭部をさすった。
 その様子を見ていたリース―…彼女も魔女だが、現在の身分は単なる居候である―…は、
ルーリィを指差しケラケラと笑う。
「なーにやってんの、あんた。石ころでも飛んできた?」
「そんなのじゃないわよ。なんかこう、堅くて大きな…ああ、きっとこれだわ」
 ルーリィは口を尖らせながら反論し、
そうしている間に自分の足元に落ちている小さく折り畳まれた紙を拾い上げた。
紙質は堅めで、しかも4つに折り畳まれているものだから、強度も増している。
こんなのが後頭部に当たったもんだから、そりゃ痛いはずよ。
ルーリィは心の中でそんなことを考えながら、その紙を広げ始めた。
ふと前を見ると、テーブルの向かいに座っていたリースも、何事かと自分が広げ始めた紙を覗き込んでいる。
なのでルーリィは、手元で広げていたそれを、テーブルの真ん中のほうで広げた。
「『ノルド・タイムス』…あら、村の新聞だわ」
「えぇ?配達は週末のはずでしょ?なんで今来るのよ。しかも一枚っきり」
「ああ、号外って書いてある」
 ルーリィたちが頭をつき合わせるようにして覗き込んでいるその紙は、
彼女らの村で発行されている新聞だった。
遠い異国の地にいる自分達のために、毎週配達を頼んでいるそれの号外、とのことである。
ちなみに配達は、暖炉を通して成される。なので暖炉から飛び込んできたそれが、
ルーリィの後頭部をクリーンヒットした、とそういうことだったのだ。
「全く、せめて人は避けるように軌道修正できないものかしらね」
「あんたが鈍くさいだけでしょー。現にあたし、新聞がクリーンヒットしたことなんてないわよ」
 にやにや、と嫌味たらしい笑みを浮かべて見つめてくるリースを、
ルーリィは暫し無言で見つめ返したあと、あはは、とごまかし笑いを浮かべた。
「ま、まあ…配達屋さんにもミスぐらいあるわよね!」
「はいはい、そういうことにしときましょ。で、何て書いてあんの?」
 リースに催促されて、ルーリィは画面一面に大きく配置されたその記事を読んだ。
「ええと…『思い込み姫君カリーナ、脱走!?』…これは見出しね。次は記事。
『酉の月○日未明、精神牢からノルド村史上最強であり最凶の犯罪者、カリーナが逃亡しているのを、看守が発見した。
カリーナはかの有名な悪病、姫君妄想症候群の患者であり、唯一生存している患者でもある。
彼女の精神は”姫君妄想”に取り憑かれており、完治は不可能と判断されていたため、魂のみを捕える精神牢に入れられていた。
脱獄不可能とされていた精神牢から逃亡したのはカリーナが史上初のため、
現在ノルド村においてはその処遇について論議を交わしている最中である。
ちなみにカリーナの魂は、既にノルド村を離れているとされている。
故に現在他国で暮らしている同志は、十分警戒するべし、とのこと。』…ですって。
ねえ、姫君妄想症候群、って何?リース、知ってる?」
 記事を読み終えたルーリィは、目の前のリースに視線を向けた。
だがリースは、真っ青な顔でわなわなと握りこぶしを震わせている。
その尋常ではない様子に、能天気で通っているルーリィもさすがに眉を曇らせた。
「…ねえ…」
 問いただそうとした瞬間、リースはガタン、と立ち上がってルーリィに向かって叫んだ。
「あ…あんた知らないのっ!?あの奇病のこと!!」
「う…うん」
 ルーリィはリースの剣幕に慄きながら、かろうじて頷いた。
リースはやはり拳を握り締め、それを震わせながら続けて叫ぶ。
「もはや伝説となっている、ずっと昔に村を襲った奇病よ!
これにかかった者はね…自分が誰であろうと……自分が”姫君”だと思い込んじゃうのよ!!」
「…………へー」
 ルーリィはぽかん、としてリースの大きな口を見上げていた。
彼女の頭の中には、それの何が怖いのだろう?という疑問が渦巻いている。
「何が怖いってね。姫君…つまり、童話のお姫様になりきっちゃうところなのよ。
姫君妄想に取り憑かれた彼女たちはね…まわりの魔女―…自分の家族や友人も含んでるし―…、
それをね、自分の敵だと思い込んじゃうの。童話の姫君にとって、魔女って存在は常に悪の存在よ。
故に滅ぼすべし!そんな思考になっちゃうのね。
一応感染したものは、隔離して一週間ほどで自然治癒したらしいけど…唯一人、
カリーナって名の魔女だけは、元に戻らなかったと言われているわ。
彼女は特級魔女で、対象の魔力を抜き出すことが出来たらしいの。
カリーナに魔力を抜き出されたものは、最早普通の人間よ。
そうして暴れていた彼女だけど、当時の村の長老たちによって、精神牢といわれる牢に―…何よルーリィ、どうかした?」
 熱弁をふるっていたリースは、ぽかん、と呆気に取られているルーリィを見下ろして、眉をひそめた。
ルーリィは呆気に取られたまま、おずおずと切り出す。
「あの…魔女を滅ぼすために魔法を使うってのはどうなの…?」
「………………。」
 暫し時が止まったかのように、無言で立ち尽くす魔女二人。
だがすぐに、こほん、というリースの咳払いでその無言の時は壊れる。
「まあ…いいんじゃない?病気だし」
「………まあ、病気だしね…」
 うん、と何故か納得するルーリィである。
そしてリースは、気を取り直して再度拳を握り締めた。
「それでね!そのカリーナが逃亡したということは…また災厄が襲ってくるということなのよ!
あんたなんかほやーっとしてるけど、あんたみたいなのが一番危ないんだからね」
「ええ?何で?何も悪いことしてないわよ、私」
「悪いことをしてるかどうかが問題じゃないのよ。過去の統計でね、
カリーナは村の外部の人間と仲良くしてる魔女を、第一のターゲットにしたらしいわ。
つまり彼女の思考で言うと、魔女と人間が仲良くしちゃダメなのよ。ノーマナーなのよ!」
「…何よノーマナーって」
「こほん、こっちの話。だからね、あんたみたいにほやーっと人間達と近所づきあいしてるよーなのが…」 
 ルーリィに指を突きつけていたリースは、そこまで言うとぴたり、と動きを止めた。
そんな彼女の動作を、ルーリィは不審に思い首を傾げる。
だが次の瞬間。


     バタバタバタドンっ!


 けたたましい音が、店内に響いた。
思わず二人は顔を見合わせるが、すぐに騒動の主は分かった。
銀色の毛並みを持つシェパード犬が、騒々しく二階から降りてきたのだ。
 カーキ色のカーテンをくぐり、主人に飛びついてくるシェパード犬を抱きしめ、ルーリィは目を白黒させた。
「ど、どうしたの銀埜?」
「珍しいわね、犬の姿でご登場なんて」
 リースはそう呟いて、銀色のシェパードを見下ろす。
”彼”はこの店の従業員、そしてルーリィの使い魔の一人、銀埜だ。
使い魔の契約を交わしている彼は、犬の姿で喋ることも出来るし、人型になることも出来る。
彼自身の性格なのか、ほとんど毎日人型で暮らしている彼が、犬のままうろつくことは珍しい。
 …だが”珍しさ”はそれだけではなかった。
 ルーリィとリースが顔を見合わせている間、銀埜はずっとワンワン、と吠え立てている。
まるで何かを訴えているように。
「……銀埜?…言葉、どうしたの」
 さすがに不審なものを感じたルーリィは、銀埜の顔を手で挟んで、ジッとその黒い瞳を覗き込む。
そして眉をしかめ、ふっと顔を上げた。
その状態のまま、振り向かずにリースの名を呼ぶ。
「……ねえリース、そのカリーナって人の手口…どんなのだったかしら?」
「手口?」
 急に振られ、ええと、と呟いてリースは腕を組む。そして思い出したように声を出した。
「確か、空間干渉系の魔法が使えるはず。
私は童話の全ての姫君を救う、姫君の中の姫だって豪語してたらしいからね。
ターゲットの周辺を、童話の世界とリンクさせて、じわじわと嬲り殺し状態に―…って、まさか」
 そこまで他人事のように話していたリースは、ハッと思い当たってか、口元に手をやった。
そして先ほどから、犬の言葉しか吼えていない銀埜を見下ろす。
彼は元々、ただの犬だった。ルーリィの魔力があるから、人語を解す犬になったのだ。
彼の中の魔力がなくなるということは、即ち普通の犬に戻ってしまったということになる。
「ルーリィ…?」
 先ほどから振り向きもしない彼女に、リースは眉をひそめて声をかけた。
ルーリィは背中を向けたまま、ぼそ、と呟く。
「…リースの予想通り…来たらしいわね、そのカリーナが」
魔女と姫君 第一話







 先ほどから何かを訴えるように吼え続けていた銀埜は、今ではすっかり意気消沈してへたり込んでいた。
ハァハァ、と舌をだらんと垂らし、体全体を使って呼吸をしている。
…あまりに吼え続けたあまり、酸欠状態になってしまったのかもしれない。
 ルーリィはそんな銀埜の傍らで、途方に暮れたようにしゃがみこんでいた。
リースは何かを考えるように腕組みをしながら店内を行き来している。
他の二人、黒コウモリのリックは事態が起こる前から散歩と言う名の放浪に出かけており留守、
リネアは階下の騒ぎも知らず、自室で勉強中である。
「…どうしよう?」
 とりあえずルーリィは、この場にいる唯一の従業員、リースを見上げて情けない声を出した。
リースは肩をすくめ、
「何も起こらないわよねえ。どうしようもないっていうか…」
「…そーなのよね」
 銀埜がただの犬になり、何かとんでもない事態が起こるかと身構えたが。
実のところそれから何も起こっておらず、今に至っている。
あの”手紙”が飛んできてから、もうゆうに1時間ほど経つだろうか。
「ま、焦っても仕方ないわよ。何か起こるときには起こるんだし」
「皐月様の仰るとおりですわ。とりあえず、お体を暖めて下さいまし」
 そんな二人の声が、唐突に店内に響いた。
ルーリィとリースがカウンターのほうに振り返ると、
二人の女性がそれぞれお盆を持ってカーテンをくぐっているところだった。
 全体的に色素が薄く、華奢な印象を感じさせるのは由良皐月。
ざっくり編まれた暖かそうなベージュのセーターに濃い色のジーンズというラフないでたちだ。
どことなくプライドの高い猫を思わせる軽やかな身のこなしで、人数分の紅茶のカップが載ったお盆を両手に掲げ、
店の中央に設置されているテーブルへと歩いてくる。
 もう一人は皐月とは対照的に艶やかな黒髪を持つ、西洋人風の女性。
彼女、鹿沼デルフェスは清楚な丈の長いドレスを、裾を引きずることなく淑やかに皐月の後ろに付き従っていた。
デルフェスも皐月と同じように盆を持っていたが、その上に乗っているのはお茶請けのクッキー。
彼女達は各々、盆から持ってきたものをテーブルに並べ、ルーリィはパッと立ち上がってそんな彼女達を手伝った。
「ごめんなさい、お客様なのにこんなことやらせて」
 申し訳なさそうに云うルーリィに、二人は揃って首を振った。
「いいのよ、”何が起こるか分からない”んでしょ?あなたが傍にいたほうがいいんだし、ね」
「そうですわ、ルーリィ様。ルーリィ様が奥にいらっしゃる間に銀埜様に何かあったらそれこそ大変ですもの。
それにわたくし、皐月様の紅茶の淹れ方を拝見出来て楽しかったのですわ。だからお気になさらないで下さいませ」
「どっちかっていうと日本茶のほうが得意なんだけどねぇ。ほら、仕事が仕事だし」
「まあ、さすが本職の方は違いますわね。また手解き頂きたいものですわ」
 元々女性に仕えるために造り出されたミスリルゴーレムのデルフェスと、
”家事手伝い”を生業にしている世話好きな皐月は、案外気が合うようで。
これからお茶会でも始めるかのようなノリで、囀るような会話を交わす。
そのテーブルの隅で丸くなっている”事の発端”銀埜は、女三人集まれば何とやら、ということをしみじみ実感していた。
口が利ければ鋭いツッコミの一つか二つ入れたいものの、
いかんせんただのシェパード犬に成り下がってしまった今の彼は、
テーブルの隅で久しぶりに見た自分の尻尾を見つめる他なく。
 そんな涼やかな会話もひと段落ついたのか、思い出したようにデルフェスはルーリィたちに向かって口を開く。
「…そう、わたくしお話拝見して気になったのですが―…」
 だがデルフェスの台詞は最後まで皆には届かず、突然店に飛び込むように入ってきた一つの影によって遮られた。
その場にいる全員が目を丸くしてその影に視線を集中していると、彼―…いや、この場合は彼女なのだろうか―…、
ぱたぱたと”スカート”をはたき、居住まいを正していた。
ポカーン、と呆けたように口を半開きにしているルーリィが、彼(彼女)をふるふると震える人差し指で指した。
「あ―…あなた、」
「おかあたん、パンとワインはまだでちか?はやくちないとおばあたんがひからびてしまうのでち」
「お、おかあたん?」
 彼(彼女)はさも当然のことのように、笑顔を浮かべて言った。―…ルーリィに。
だがその台詞にまで注目するものはまだおらず、店内の全てのものがその格好に目を見張っていた。
まだ幼い外見の彼は白いふわふわしたスカートに薄いピンクのエプロンドレス、
頭には肩まで届く程の赤い頭巾をかぶっていた。
解剖学的で云うところのXY型、つまり男性である彼だが幼い子供の姿をとっていること、
またその顔立ちが元々整っていることから、外見的な違和感はなかった。むしろ似合っているとも言ってよいだろう。
…だが。
「…ワン!」
 今までテーブルの隅で伏せっていた銀埜は、その自分も見覚えがある彼の姿に驚いて吼えた。
腰まで届くほどの金髪、瞳は燃えるような赤。そして舌ったらずな赤ん坊のような口調。
見間違える筈はない、何度もこの店に来店している彼だ。
 そう訴えるように吠え立てる銀埜をジッと見下ろし、皐月は首をかしげた。
「何か訴えてるっていうのはわかるんだけど。残念ながら私は動物の言葉は分からないのよね」
 そしてふむ、と顎に細い指を添わせ、
「あの子のこと知ってるの?」
「ワン!」
「ふーん、知ってるんだ。ってことはこの店の常連客、ってとこかしら。
ねえ、あの子いっつもあんな格好してるの?まるで童話の赤ずきんみたいな」
「キュゥン」
「ああ、それは違うのね。つまり”何かが起こった”てことのかしら。それにしては随分愉快な魔法ね」
 そう独り言のように呟きながら頭の回転を回し始めた皐月に、デルフェスは手を組んで目を輝かせた。
「まあ皐月様。犬になってしまった銀埜様と話出来るのですか?」
「え?」
 そう感動して云うデルフェスに、皐月はパッと顔を上げた。
そして苦笑して肩をすくめる。
「違う違う。勘よ、勘」
 そう見も蓋もない返答をしている皐月の前方では。
遅ればせながら我に返ったルーリィが、目を見開いて彼を見下ろしていた。
「く…クラウレスさんよね?」
「おかあたん、パンとワインはまだでちか?わたちはおばあたんのお見舞いにいかなきゃなのでち」
「ちょっ、冷静になりましょうね。私はクラウレスさんのお母さんじゃないし、おばあさんもいないわよ。
それにどうしたの、そんな格好。いやっ…可愛いけど、可愛いけど!」
 そう明らかにうろたえているルーリィ。
銀埜との問答(但し勘のみ)を終えた皐月は、ハァ、と溜息をついてルーリィの頭をぺしっと軽く叩く。
「さ、皐月さん?」
「冷静になるのはあなたのほうだってば。これが異常事態なんじゃないの?
その子があなたの知り合いだっていうのは分かったけど、いつもこんな風じゃないんでしょ?」
「そ、そうなの!いつものクラウレスさんはもっと、こう…お子様なんだけどすっごく偉そうで、
でも全然嫌味じゃなくって、むしろそんなところが可愛いって云うか」
 放っておくと延々語っていそうなルーリィを、皐月は苦笑を浮かべてまた軽く叩いた。
「オーケイ、わかったから。とりあえずパンとワインをご所望のようだし、渡してみれば?
こうしてても何も進展はしないしね、虎穴に入らずんば虎子を得ず、よ」
 そんな皐月の言葉に、ルーリィはハッと顔を上げた。
そして慌てて転ぶようにカウンターのほうへを行く。
「と、取ってくるから!ごめんなさい、ちょっとここ、お願いします!」
「はい、転ばないようにねー」
 ひらひらと手を振り、カウンターの裏のカーテンへと消えるルーリィを見送り、皐月はふぅ、と息をついた。
そして未だテーブルの隅にいる銀埜に目を落とし、苦笑を浮かべた。
「…早く元に戻るといいわね、銀埜くん」
「キュゥン」
 そんな皐月に答えるように、ご尤も、と言いたげに銀埜は鼻を鳴らした。

 彼らの傍らにいるデルフェスの見せた、沈んだ表情には気づかずに。











「はいどうぞ、クラウレスさん…じゃなくて、赤ずきんさん」
「たのまれたでち。いってくるでちー!」
 戻ってきたルーリィから握り拳2個分ほどのフランスパンとワインのかわりの葡萄ジュースのボトルを受け取ると、
赤ずきんと名乗るクラウレスは上機嫌でスキップをしながら、店の戸口へと向かい、そのまま外に出てしまった。
ルーリィが心配そうに見送っていると、バタン、と戸が閉められた音が響いた。
「で…出ていっちゃった。どうしよう皐月さぁん」
「ここは冷静に、まず分析が大事よ」
 ルーリィからすがるような眼つきで見上げられ、そして傍らの銀埜もまた、
あなただけが頼りです、と言いたげな視線を送られている。
皐月は内心、ある意味予想通りの厄介なことに巻き込まれたと思っていたが、ルーリィ程に動揺はしていなかった。
魔法云々に関しては以前この店に来店したときに既に耐性は出来ているし、日々の暮らしで備わった根性もある。
そしてこんな場面では、何よりも冷静な判断が生きるものだと彼女は知っているので、
うろたえる店員たちをなだめるように、彼女は落ち着いた普段どおりの声で言った。
「まず、そうね。この店にかけられている魔法がどんなものか分かる?」
 そう尋ねられ、ルーリィはうろたえるのを止めてきょとん、とした表情を見せた。
そして先ほどから固まったように手を組んでジッと場を眺めているリースを振り返る。
「どういう魔法を使うんだっけ、あのカリーナって人」
 ルーリィの問いに、リースは短く答える。
「空間干渉系よ。姫君を豪語するだけあって、童話の世界がお気に入りみたいでね。
対象から半径500m以内の空間を童話の世界とリンクさせるの」
「今回の対象は銀埜くん、ってことか。でもあなたたちはともかく、私もデルフェスさんも何ともないわ。
魔法が効いてないってこと?」
 皐月は一瞬だけデルフェスのほうに視線を送り、またリースのほうに向き直った。
デルフェスは少しだけ困ったような笑顔を見せた。
「完全にリンクするわけじゃないのよ。その範囲の中で影響を受けてしまう人が数人いるってだけ。
その童話の種類にもよるけど、今回のはそれほど多くないはず」
「成る程、”赤ずきん”だものね、元々登場人物は大して多くないってことか」
 皐月は察しがついたようで、ふむ、と答えてまた考え込むような素振りを見せた。
そんな彼らの間で一人ルーリィだけが、完全には事情を悟れずに右往左往していた。
「あの、皐月さん」
 情けなく思いつつも、ルーリィは皐月に助け舟を求めた。
皐月は「ああ」と呟いて、
「さっきのクラウレスさん?あの人は自分のことを”赤ずきん”って言ってたでしょ。
だから今この銀埜くんの周り…つまりこの店周辺でいいのかしら、
此処は”赤ずきんの世界”になってるわけよ。
でも私とデルフェスさんがこの店に来たときにはもう既に銀埜くんの魔力はなかったのよね。
あのときこの店に近づいてても、周りの風景や通行人は普段と変わりなかったわ。
だからクラウレスさんのような”影響を受けてしまった”人が赤ずきんの世界とリンクしてるってわけね。
その人だけが大変ってわけで、ご近所に迷惑をかけるわけじゃないからまだましだけどね」
「ああー…成る程、そういうわけね!てことは銀埜もその赤ずきんとかいうのに入っちゃってるのかしら?」
 ルーリィはぽん、と手を叩き、足元の銀埜を見下ろす。
銀埜は主人の視線を受けて、キュウンと啼いて首を振った。
「一応精神はまともみたい」
「じゃあ、対象そのものは影響を受けないってことか。でもそれじゃあ…」
 と呟きまた考え込み始めた皐月。
と思いきや、「そういえば」と前置きしてからリースに話しかける。
「…あなた、ルーリィさんに比べて大分物知りなのね。どこでそんなこと知ったの、魔女たちにとっては常識なのかな?」
 リースは一瞬目を見開き、そしてニィッと笑った。
「さあ、どうかしら。ご想像にお任せするわ」
 皐月はそんなリースの様子に違和感を感じ、眉をしかめた。
そのまま問い詰めようとしたとき、違う方向から静かな声がかかり、思わず口ごもる。
「…あの。わたくし、皆様にお話があるのですけれど」
「デルフェスさん?」
 その声はデルフェスだった。何処となく思い詰めたような表情で、皐月たちを見つめている。
皐月は今まで黙って自分達を見つめていたデルフェスのそんな言葉に、首をかしげた。
そういえばあのクラウレスとかいう”赤ずきん”がやって来る前、何か気になることがあるとか言っていたっけ。
それを思い出し、きっとデルフェスはそのことを言いたいのだろうとあたりをつけた。
なので明らかに怪しいリースを問い詰めるのは後回しにして、デルフェスの言葉を促す。
「どうしたの?」
 皐月に促され、デルフェスは微かに目を伏せて言った。
「ルーリィ様方、そして銀埜様。わたくしお友達である皆様の助けをしたいと思っておりましたの。
ですが…カリーナ様の事情を聞いていて思ったのですが、わたくし今回は、カリーナ様にご協力致しますわ」
「…………!?」
 思いがけないデルフェスの言葉に、その場にいる全員に動揺が走った。
デルフェスは「忘れないで下さいまし」、と一言置いてから続ける。
「ルーリィ様達の捜査の邪魔は致しません。
ですがわたくし、ただカリーナ様を閉じ込めることのみが良しとは思えませんの。ですから―…」
「…分かった」
 皐月はデルフェスの言葉を遮るようにそう呟き、もういい、と言いたげに両手をあげた。
そしてニッと笑って見せる。
「確かに、この場にいるから絶対にルーリィさんに協力しなきゃいけない、ってわけはないわよね。
大丈夫、私達で頑張る。デルフェスさんは”姫君”の説得、任せたわ」
 デルフェスは皐月の笑顔と、その言葉にホッと安堵の微笑を浮かべた。
自分の拙い言葉で分かってもらえた、それが嬉しくて。
だが実際には拙いなんてことはなく、皐月には十分過ぎるほどに伝わっていたのだけれど。
「そうでしょ?ルーリィさん。銀埜くん…は、まあ安心して。私達がついてるから」
 そう皐月に振られたルーリィは、いまだ驚いたように目を丸くしていたけれど、
皐月の言葉でハッと我に返ったように頷いた。そして、うん、と笑顔を見せる。
銀埜は銀埜で申し訳なさそうに尻尾を丸くしていたが。
「了解、デルフェスさん頑張ってね!」
「…ありがとうございます、皆様」
 デルフェスは感無量の表情を浮かべ、深く頭を下げた。












「さーて、それじゃあ」
 邪魔をしない、と約束したデルフェスが静かな足取りでカウンターのほうに下がったのを見届け、
皐月は仕切りなおしのためにパァンと手を叩いた。
デルフェスは彼女なりの考えがあるのだろうし、今この場では自分が出来ることをするだけだ、と決めていた。
このあたりは性根が据わった皐月ならではの切り替え術である。
「とりあえずあの赤ずきんクラウレスさんが戻ってくる前に、対策を考えましょう。
どこに行ったかはわからないけど、半径500m以内ってことは確かだわ。
まさか折角術にかけてるのに、むざむざその範囲外に出すようなことないでしょうし、ね」
 そう言って皐月は、ちらりとリースのほうを見た。
リースは自分のウェーブがかかった赤毛をくるくると手で弄びながら、真意の掴めない笑みを浮かべていた。
皐月は何かを察しているのか、そんなリースを暫しジッと見つめた後、フゥ、と息をついた。
 そして全く分かっていないのか、ルーリィはリースと皐月を交互に眺め、首を傾げていた。
何かおかしな雰囲気が漂っていることは分かるのだけれど、理由が分からない。
でもそれより前に、ルーリィには尋ねなければならないことがあった。
「あの、皐月さん…」
「?どうしたの」
 皐月はリースから視線を外し、ん?とルーリィに目を向けた。
ルーリィはおずおず、といった風に切り出す。
「今更…なんだけど」
「だからどうしたの?何か気になることがあったら言って頂戴。
あとになって何だかんだ言われるより、先に言われたほうが良いわ」
「あの…じゃあ云うけど」
 そう言って、ルーリィはグッと深呼吸をした。そして意を決して口を開く。
「赤ずきんって…どんな話なの?」
「……………知らないの?」
 思わずがくっとこけたあと、苦笑を浮かべて尋ね返す皐月に、ルーリィはこくこく、と頷く。
「とりあえずクラウレスさんみたいな女の子が登場するお話っていうのは分かったんだけど。
肝心のストーリーを知らないの」
「ふぅん…ま、それは文化の違いかしらね。
とりあえず良く知られてるストーリーで云うと―…」
 皐月はそう前置きし、幼子に聞かせるように”赤ずきん”のストーリーを語りだす。
そして狼が猟師に撃たれるくだりに差し掛かった頃、ルーリィの目が見開いていることに気がついた。
「…どうしたの?」
 話を一旦やめて、眉をしかめる。
ルーリィはちょっとまって、と云うように片手を挙げ、
「狼…は、殺されちゃうの?」
「とりあえず、そういうお話にはなってるわね」
「銀埜は対象…なわけよね。ていうことは”赤ずきん”の世界の中に入らされてるって考えるのが普通よね。
その場合、銀埜の役どころは何なの?」
「……………そう言われて見ると…」
 皐月とルーリィは、二人してジッと臥せっている銀埜を見下ろした。
銀埜はもう自分にすべきことが何か分からず、ただ待機するしかない、というように尻尾をぱたぱた振っている。
そんな銀埜を暫し見下ろしたあと、皐月はぼそっと呟いた。
「……やっぱり…狼?」
「…そう、よね…」
 そして二人は顔を見合わせる。
まず最初に動いたのはルーリィだった。
我に返ったように右往左往して、どうしようどうしよう、とうわ言のように呟きだす。
「大変大変!銀埜が殺されちゃうわ!あんたそんな呑気に尻尾振ってる場合じゃないわよ、狼なんだから!」
「…クゥン?」
 銀埜は突然慌て始めた主人の言動が良く分からず、小首を傾げている。
そして皐月は眉を顰め、腕を胸の上で組んだ。
「さっきクラウレスさん赤ずきんがパンとワインを取りに来たわよね。
てーことは、これから狼の口車に乗せられて、花畑で道草…ってとこかしら」
「皐月さぁん!何でそう冷静なのっ」
「冷静にならなくてどーするの。慌ててたら解決するものもしないわよ」
 そう鋭い皐月の言葉に、ルーリィはぴたっと身体を硬直させる。
そして皐月の言葉をかみ締めるように、うん、うん、と呟いた。
「そ…そうよね」
「そーよ。つまりこれは演劇と同じなわけ。ただし舞台は私達と同じフィールドだけど。
そのうちクラウレスさん赤ずきんが帰ってきて―…」

          バタン!

 皐月の台詞に呼応するように扉が開いた。
振り返ってみるとそこにはやはり赤い頭巾を被ったままのクラウレス。
「るんたるんたるーんっ」
 調子のあわない鼻歌を口ずさみながら、スキップして店の中央までやってくる。
その明らかに尋常ではない様子に、ルーリィは思わず慄いた。
(あのクラウレスさんがスキップしてやってくるだなんて…!)
(やっぱりカリーナの魔法って凄いんだわ…)
 そんなルーリィの内心などお構いなしに、”赤ずきん”クラウレスは店の中央までくると、
銀埜を見つけて彼に駆け寄った。
銀埜は驚いて身を起こしお座りの姿勢を取り、クラスレスはその銀埜の前でしゃがみこむ。
「おおかみたん、おはながいっぱいでちねー」
「…く、クゥン?」
「これぜぇんぶとっていいんでちか?わーい、おばあたんのおみやげにするでち!
おおかみたん、ありがとう!」
 クラスレスはそうニッコリ笑い、いつの間に調達してきたのか、
腕に下げたバスケットの中を床に下ろした。
そして床から何かを摘み取りバスケットの中に入れるという仕草を見せる。
無論、この店の床には花なんて一輪も咲いてはいない。
「お、恐ろしい子…!花なんてないのにまるで摘んでいるよう…!」
「はいはい、馬鹿なことやってないの」
 ルーリィが某演劇漫画ばりに顔に縦線を入れていると、皐月は呆れた顔でルーリィの頭をぺし、とはたく。
「わかったでしょ?こうやって進んでいくわけ。
こうしてるとそのうち猟師…役の誰かが現れて―…」
 皐月はそう言って、人差し指をピストルの形に作った。
そしてバン、と口で云う。
「銀埜くんはこうよ。それでもいいの?」
 ルーリィはハッと我に返り、ぶんぶんと首を振る。
「だっ、だめだめ!そんなの絶対阻止しなきゃ!」
「そーでしょ?ならまずは解決の糸口を探さなきゃ。
とりあえず魔法を止めることが先決よね。方法は判る?」
 ルーリィはそう尋ねられ、沈んだ顔でゆっくり首を横に振った。
「…ごめんなさい、空間干渉系なんてものすごく高度な魔法なの。
そもそもそういうのは仕掛けた術師しか解けないっていうし…」
 だが皐月は諦めた顔を見せず、片手を腰にあて、ふう、と息をついた。
「…なら、まずはその厄介な暴走妄想魔女を見つけることから始めなきゃ。
まさか自分は全然別の場所にいるってことはないわよね?」
「それは…多分ないわ。こんな大掛かりな魔法は遠隔操作じゃムリだもの」
「ならば探しましょ。銀埜くんが撃たれちゃう前にね」





 そう、皐月とルーリィが頷きあっていると。
「ウゥ…キャゥン!」
 という銀埜の吼える声が響いた。
ハッと振り向くと、未だ一人芝居を続けているクラウレスしかその場には残っておらず、
銀埜は何故かバッとカウンターのほうに駆け出していた。
「ぎっ、銀埜!?」
 ルーリィが驚いて声をかけるが銀埜は止まることなく、
そのままカーテンをくぐってどたばたと階段を上る音を響かせた。
「どっ、どうしたのかしら…」
「…確かこのときは、狼は先回りしておばあさんのところに行くのよね。
でも銀埜くんが”赤ずきん”の狼とリンクしてるわけでもなかったし…。
強引にやらされてると思ったほうがいいのかな」
「操られてるってこと…?」
「まあ、多分そうね」
 そう言って皐月は、やれやれ、と肩をすくめる。
そして店の床で飽きもせず花をつむ仕草を見せているクラウレスに視線を向け、
「ほら。この子だって同じようなもんでしょ。内心どうなってるか…」
「あら…ほんとだ、額に血管浮かんでる」
 ルーリィはそう呟き、少ししゃがんでクラウレスの顔を覗き込んだ。
確かにクラウレスの額には漫画で良く見る怒りマークが浮き出ていて、
クラウレスが浮かべている笑顔を凄みのあるものにさせている。
「おはながいっぱいでうれちいでち〜」
 そんな言葉も怒りを含んで聞こえるから不思議だ。
「クラスレスさんプライド高いから…。戻ったときが心配」
「ま、そのときはそのとき、慰めるなりからかうなり何なりでもしてあげるわよ。
今はこっちのことが先決。上には誰がいるの?」
 そう言って皐月は、天井を指差した。
ルーリィはハッと我に返る。
「リネア―…!私の、娘なの」
「…じゃ、その子がお婆さん役だわ、多分」
 













 …少し時間を戻そう。

 皐月がルーリィに赤ずきんのストーリーを説明している頃、
自ら進んでカリーナに協力することを名乗り出たデルフェスは、一人壁際にいた。
その視線は真っ直ぐ正面、ルーリィたちを見つめているがその瞳は空虚だった。
もしも彼女の顔を覗き込んだならば、その空ろな瞳に驚いたことだろう。
そのデルフェスは今、白濁色の世界にいた。
…無論、現実でいるわけではない。いわばここはデルフェスの精神世界、夢の中と同じようなものだ。
そこは何もなく、デルフェスは白濁色の霧の中で立っていた。
その彼女の前には、その霧に透けるように半透明の女性が浮いていた。
見えない椅子に座るように足を組み、ふわふわと。
彼女は御伽噺で出てくる魔女が着ているような裾の長いローブを纏い、
腰まで届くほどの長い金髪が重力に逆らい宙に流れるように浮いていた。
眉は少しきついアーチ型を描き、意思のはっきりした強そうな印象を受ける。
 気がついたらデルフェスは此処にいたので自己紹介をしたわけではないが、デルフェスは知っていた。
「…カリーナ様、ですわね」
「そうよ、デルフェスさん。私がカリーナ、全ての元凶」
 カリーナははっきりした声でそう言って、くすくすと笑った。
デルフェスは普段どおりの穏やかな声で続ける。
「やはりこちらにいらっしゃったのですね」
「私が何故精神牢から抜け出せたか知ってる?私は魂を分離する術を持ってる。
精神牢に置いてきたのは私の分身、抜け殻よ。
蛇が脱皮するように私はそれができるの。
デルフェスさんの中に来たのもそれ。あっちには分身を置いてきたわ」
 こちらの意思を無視するかのように嬉々として語りだすカリーナの魂に、デルフェスは穏やかな笑みを浮かべた。
元々彼女に協力するつもりでいたのだ、これしきのことはデルフェスにとって何の事でもない。
「…あっちとは、リース様のことでしょうか?」
 デルフェスの短い言葉に、カリーナは微かに目を剥いた。
そしてニンマリ、と笑う。その笑みはリースが見せたものととても良く似通っていた。
「やっぱりバレた?そうよ、今はあの魔女の中に間借りしてるの。
とっても居心地が良くてね、相性が合うっていうのかしら、こういうのも」
「リース様のお体に障ることはないのでしょうか?」
「さぁね、そこまでは分からない。それはそうと、デルフェスさん」
 カリーナは肩をすくめたあと、スッと目を細めてデルフェスを見つめた。
「私の味方になるっていうのは本当かしら?」
「ええ。お付き合い差し上げたいと思っております」
 デルフェスは間を置かず、はっきりと言った。
カリーナはその言葉にニマ、とした笑みを浮かべ、ひゅうと音を立ててその場から消えた。
その一瞬後にはデルフェスの背後に現れ、背中から軽く抱き締めるように腕を回す。
元々デルフェスはミスリルゴーレム、寒暖は感知しないものの今此処に在るものは彼女の魂だからなのだろうか、
デルフェスはカリーナの腕が自分の体の前に回されたとき、ひやっとしたものを感じた。
…まるで幽霊に触れられているかのような。
 カリーナはデルフェスの耳元に口を寄せ、囁くように呟く。
「…それは真実?魔女に嘘は通じないのよ、デルフェス」
「カリーナ様、あなたは姫君なのでは?」
 デルフェスの問いに、カリーナはデルフェスの背後からクックっという笑い声を上げた。
「そうよ、私は姫。でも魔女でもある。魔女を滅ぼすには魔法が必要なのよ、だから私は魔法を使うのを厭わない。
分かる?デルフェス。私に付き合うと云うのなら、そういうことなのよ」
 つまり魔女を滅ぼす手伝いをしろというのか。
デルフェスはフッと目を伏せ、静かに首を横に振った。
「…わたくし、ルーリィ様方も大切なお友達です。そのようなことには関与出来かねますわ」
 その言葉をデルフェスが言った瞬間、スッとカリーナの魂はデルフェスから離れた。
そして元居たところに戻り、ローブをはためかせながら宙に浮いている。
「じゃあ手伝いなんて要らないわ。何もできないなら、あの人間と仲良くしている魔女のところにお戻りなさい」
 そう言ってカリーナは、すぅと目を細くしてデルフェスを見下ろす。
だがデルフェスはここで引くわけにはいかない。
「…わたくし、ルーリィ様方を倒す算段には関与出来かねますが、
カリーナ様を治して差し上げたいと思っておりますの。
カリーナ様にとっては傍迷惑かもしれませんが、カリーナ様を放っておくことは出来ないのですわ。
わたくし率先して動くことは致しませんが、カリーナ様のお味方です。
最後まで―…カリーナ様のお気が済むまで、お付き合い致します」
 デルフェスはただ穏やかな色を称え、その赤い瞳でカリーナを見つめていた。
カリーナのぎらぎらと光る瞳とはまるで対照的に静かな視線で、カリーナを見つめ返す。
カリーナは何も返さず、そしてデルフェス自身も口を開くことをしなかった。
そのまま意思と意思がぶつかり合うような時を過ごし、ふっとその糸が切れた瞬間、カリーナが口を開く。
「…最後まで付き合うって?」
 デルフェスは一瞬表情を硬くした後、すぐに綻ばせる。
普段の穏やかな笑みを称えたまま、しっかりと頷いた。
「ええ、お約束致します。カリーナ様を閉じ込めるようなことは致しませんわ」
「…ふぅん」
 カリーナは一言だけ呟き、すっと瞼を閉じた。
そしてその瞼を開くと同時に、先ほどのにんまりとした笑みを顔中に浮かべた。
「正直、付き合うっていわれても迷惑だけど。…まっ、味方がいるってことはいいことね。
そのうちデルフェスにも手伝わせるわ」
「わたくしカリーナ様の口車には乗りませんわ。それに捜査の邪魔は致しませんと約束しましたの」
 デルフェスはカリーナの表情に笑みが戻ったことに安堵の微笑を浮かべ、軽い口調でそういった。
カリーナはクックっ、と笑い声を浮かべ、
「あなたが変わるかどうか楽しみにしてる。
…あと約束してくれた御礼に、一ついいことを教えてあげるわ」
 カリーナの言葉に、デルフェスは微かに眉を寄せた。
そして一言だけ尋ねる。
「…それは?」
 












 そして現在。

デルフェスがあっちの世界に逝ってしまっている間―…こちらもこちらでてんやわんやの騒動だった。
「えっ、えるもくん!?」
「あら、可愛い猟師さん」
 ”赤ずきん”クラウレスがまだ花を摘んでいるというのに待ちきれなくなってしまったのか、
”猟師”役が登場してしまったのだ。
ごめんくださいなのー、という可愛らしい声で店内に入ってきたのは、
そのまま劇に出ても可笑しくないような猟師の格好をした彼瀬えるもだった。
勿論ルーリィにとってもおなじみな子狐である。
だが可愛らしい4,5歳ほどの少年はこれまた可愛らしい猟師の格好をし、
カイゼル髭まで生やしているものだからこれがまたアンバランスで可愛らしい。
「”可愛い”を乱用してるわね」
 そう称したのは皐月だ。
だが彼女の冷静なツッコミは最早誰も聞いていなかった。
「りょうしたん!なにしにきたでちか?」
 ”赤ずきん”クラウレスが可愛らしい口調でたずねると、”猟師”えるもは胸を張ってエッヘン、と云う。
「おばあさんをたすけにきたなのー!どこなの?」
「ええと、リネアなら2階だけど」
 そう懇切丁寧に答えてしまうルーリィだ。
無論、正直に答える馬鹿がどこにいるのよ、と即座に皐月に怒られたことは云うまでもないだろう。
「2かいなの!赤ずきんちゃん、いくなのー」
「わたちもでちか?おはなはどうするでちか?」
「お花はあとでプレゼントするなの!」
 猟師と赤ずきんはそんなお子様な会話を交わしながら、どやどやと二階へ向かう。
あとに残された二人は、呆然として突っ立っていた。
「…あの猟師くん、ちゃんとストーリーを把握してるのかしら」
「さあ…」
 そうどちらともなく呟いて二人で顔を見合わせる。
だがそんなことにへこたれる皐月ではなかった。
このような事態でも―…いやこのような事態だからこそしっかりせねば、と自分を奮い立たせる。
「と、とりあえず!こっちは元凶を探しましょう。…っていってももう殆どあたりはつけてるんだけど」
「…へ?」
 きょとん、とするルーリィに、皐月はニッと笑ってみせた。









 ”ワールズエンド”二階の一室では、リネアが大人しく机に向かっていた。
ノートを開いているもののそのノートには落書きばかり。
どうやらとうの昔に勉強には飽きてしまっていたようだ。
 そんなリネアの足元には銀埜が大人しく伏せっていた。
リネアはワンワン、としか話せない銀埜を不思議に思ったものの、
そのうち母親であるルーリィが何とかするだろうと思い、今は落書きに熱中していた。
ちなみに今はでこぼこに歪んだ黒コウモリの羽を塗りつぶしているところである。
彼女的には母親の使い魔の一人、リックであるらしい。
「銀兄さん、もう少しで完成だよ。完成したら母さんに頼んで動かしてもらおうね」
 リネアは母親に魔法をかけてもらうと、
自分が書いた落書きが命を吹き込まれたように動き出すことを知っていた。
そのことを使い魔の残りの1人である銀埜に語りながら、ぐりぐりとクレヨンを動かす。
 そして銀埜は階下の騒動をもう考えたくなくなっていた。
結局どたばたと騒いでいるし、ただの犬である自分がやれることはないし、
主人はやはりどこまでいっても素ボケだし、ということでもう嫌気が差していたのである。
 だが事態はターゲットである銀埜をそうやすやすと解放してくれるわけもなく。
どすどすと高らかに響く足音に、銀埜はハッと首をあげた。
そして耳をぴくっと動かす。
「…銀兄さん、どうしたの?」
 そんな銀埜の様子に眉をしかめるリネアだが、
事態を察する前にリネアの部屋のドアがバァン、と開かれた。
「あれっ、えるもちゃん!それに、クラウレスちゃん?」
 リネアは戸口に立って仁王立ちをしている”猟師”と、
その背後に付き従うようにちょこん、と立っている”赤ずきん”を振り返り、目を丸くした。
どちらもリネアにとっては知っている顔だ。だがどちらも何だか可笑しな格好をしている。
「…どうしたの、何かの仮装?」
 確かもうハロウィンは過ぎたはずだけど。
そんなのんびりしたことを思っていたリネアだが、すぐにそんな考えは能天気だったことに気づく。
 ”猟師”えるもはリネアには目をくれずに、どすどすと普段の彼からは
考えられないような大股で銀埜に近づき、彼の前でしゃがみこんだ。
そして銀埜の黒い瞳をじっと覗き込んだあと、やっぱり、と呟く。
「狼さんの魔力がなくなってるの」
「何でえるもちゃん、分かるの?」
「野生の勘なの!」
 猟師になっても子狐としての本能は残っているのか、それとも単なる素ボケなのか、
猟師のえるもは胸を張ってそう答える。
リネアは単なる仮装パーティではないことに気づいていたものの、
どんな事態になっているのかサッパリわからず、えるもの後ろにいたクラウレスのほうを見た。
「クラウレスちゃん、どういうこと…」
「るんるん〜。おばあたん、おみまいにきたでち!ぶじでなによりでちー」
「お、おばあちゃん?」
 えるもだけでなく、クラウレスまでおかしくなっているようだ。
リネアは何が何だか分からずに頭がくらくらなりそうだった。
 だがそんなリネアをよそに、お子様二人はどうやら意思の食い違いがあったようで。
「狼さんはおばあさんなの!食べられちゃったのー」
「赤ずきんのおばあたんはこっちでちよ?まだたべられてないでち!今から狼たんが食べるでち!」
「ちがうのっ!狼さんはもう食べられちゃったの。だから、だから…こっちがわるい狼さんなのー!」
 とえるもは声高々に叫び、ビッとリネアに人差し指をつきつけた。
だがいくら猟師の格好でも、カイゼル髭を生やしていても、もとはえるもなので大して迫力はなかったが。
だがそれでもリネアを動揺させるには十分だったようで。
「えっ、えっ?どうしたの、えるもちゃん!」
「クゥン…」
 ただ一人…いや一匹、銀埜だけが申し訳なさそうに耳を垂らしていた。
そして先ほどから赤ずきんになりきっていたクラウレスは、”猟師”えるもの言い分を深く吟味し。
暫し考え込んだあと、ぽん、と手を叩いた。
「なるほど、こっちがわるいおおかみなのでちね。さっそくおなかをさいて、おばあたんをとりだすでちー!」
 そしてニッコリと微笑み、またまたどこから調達してきたのか、
下げているバスケットの中から文化包丁を引き抜いた。
それに愕然としたのは勿論リネアと銀埜だ。
「ちょっ、ちょっ、まってよ!私なにもしてないよ!?」
「もんどうむよう、いいわけむようでち!こうなるうんめいなのでちよ!」
「ワンワンッ!」
 銀埜は慌てて吠え立て、リネアはどたばたと包丁を握る赤ずきんから逃げ回る。
赤ずきんは狂気をも含んだ笑みを称え、包丁片手に部屋中を駆け巡る。
 そして実際には狼を倒すべく現れた”猟師”えるもは、そんな赤ずきんを止めるべく叫んでいる。
「だめなのっ、ころしちゃだめなのー!吐かせるなの!そんでみんなで仲良く遊ぶなのー!」
 だが一度火がついてしまった”赤ずきん”クラウレスは止まらない。
「りょうしたん、あまいでちよ!こういうわるいおおかみたんは、
いったんちにかえさないと、よのためひとのためにならないでち!
あかずきんがてんにかわってせいばいするでちー!」
「だめなの、やめるなのー!」
 逃げ回りながら、リネアは泣きそうになって叫んだ。
「もう、もう…っ、何がどうなってるのー!?」











 自らの娘は文化包丁片手に握る赤ずきんに追い回されていることなど露知らず、
ルーリィは皐月の様子をじっと固唾を呑んで見守っていた。
 皐月はニッと笑って見せ、そのまま視線をリースのほうへと向ける。
「なりきりって傍で見てる分には楽しいんだけど、そろそろおいたが過ぎるんじゃない?
妄想姫君、カリーナさん」
 笑みを浮かべたまま、視線を鋭くしてリースを見つめる。
リースは腕を組み棚に寄りかかっていたが、そのポーズのまま首を動かした。
「あたしはリースよ?カリーナなんて名前に改名した覚えはないわ」
「じゃあリース・カリーナでもいいわ。括弧をつけて呼んであげてもいい。
大方リースさんが操られてるんでしょうけど…中にいるんでしょ、”姫君”。
二階が大変なのよ、さっさと片付けたいの。そろそろ満足したんじゃない?」
 皐月は笑みを絶やさずに、詰問するような目つきになった。
こうしてみるとやはり猫のようだ、とルーリィは思った。
ルーリィは皐月の傍らにいたが、邪魔をしないためにただ見守ることにした。
 リースはフッと呆れるような笑みを漏らし、小首を傾げて皐月を見つめ返した。
「…何故私が?」
「見てりゃ分かるわよ。確かにおかしいもの。
私は一度本物のリースさんと会ってるの。確かに性格は似てないこともないけど―…
もっと表情が豊かだったわ、彼女は」
「ふぅん…そうねえ」
 リース―…否カリーナは、組んでいた腕を解き、腰に回した。
そしてクックっと漏らしたような笑い声をあげる。
「そうよ、私。私が色々仕組んであげたの。どう、楽しかった?」
 その言葉に、皐月は思わず眉を顰める。
そしてハァ、とわざと聞こえるように溜息を漏らす。
「そりゃあ、見てる分にはね。でもあなたの妄想につき合わされるのは勘弁。
妄想ってのは自分だけで済ますもんでしょ?」
「…妄想じゃないわ」
 リースの姿を借りたカリーナは、笑みを絶やしてジッと皐月を見つめた。
だが皐月も負けてはいない。
「あのね。あなたは”姫君を救う”って豪語してるらしいけど。
姫君を救うって時点で、あなたはもう姫君じゃないのよ。
だからさっさと目覚めるとか、銀埜くんを元に戻すとか、何とかしたらどう?
そういうことしてると王子様だって寄り付かなくなるわよ」
「――………。」
 皐月の言葉に、カリーナはジッと黙って皐月を見つめていた。
最早その表情に笑みの欠片もなく、無表情そのものだ。
皐月が更に畳みかけようとしたとき、カリーナは無造作に口を開いた。
「…王子様なんていらないわ」
「……?」
 皐月は思わず眉を寄せる。
「私に王子様はいらない。必要ないわ。
童話のお姫様はね、悪い魔女がいて、優しい王子様がいて、それで救われるの。
その魔女がもし善い魔女だったら、物語が破綻してしまうわ。
私はそれが許せない。だから姫君であるために、善い魔女なんて絶やしてやるの」
 カリーナはそう、まるで本を音読しているようにすらすらと語る。
皐月は眉を寄せていたが、やれやれ、と肩をすくめた。
「だからそういうのが妄想っていうんだってば。
大体善い魔女がいたんならそれでいいじゃない。わざわざ敵対する必要なんか―…」
「だめ。姫君と魔女は絶対に敵対しなければならない。
だから人間に組する魔女は絶やす。魔女に心を寄せる人間も同様よ。
巻き込まれたって私の知ったことじゃないわ」
「あのねえ、あなた―…!」
 皐月がカッとなり口を開くと、それを嘲笑するようにカリーナが笑い声をあげた。
今度は漏らすようなものではなく、声高らかに。
「…まあ、今回は面白いものが見れたし、私のことも見破ったから、これでお仕舞いにしてあげる。
でもまだまだこれからよ、面白い見世物は」
 哄笑しながらそう言ったあと、カリーナはかくん、と魂が抜けたように首を折った。
今まで黙って見つめていたルーリィは、慌ててカリーナ―…否リースを支えにかかった。
 皐月もそれを手伝いながら、ハァ、と溜息をつく。
「なんだか結構、ややこしいことになりそうね…」
「………ええ」
 ルーリィは気を失ったリースを床に座らせながら、思わず苦笑で返した。




 そして、そんな二人の背後から声がかかる。
「…あの、皐月様、ルーリィ様」
 今まで壁際に寄っていたデルフェスだ。
皐月はやれやれ、というようにデルフェスに笑顔を向け、
「ま、妄想魔女は一旦退却してくれたみたいね。どうかした?」
「あの、これを―…カリーナ様が」
 そう呟くように云うデルフェスの手には、
ピンポン玉程度の大きさの透明なガラス玉がそっと置かれていた。
「それ―…?」
「銀埜様の魔力、だそうです。
わたくしに預けておくので、自分が去ったあとに手渡すように―…と」










「銀埜、大丈夫?」
 気を失ったままのリースを置いて、ルーリィたちがリネアの部屋に飛び込むと。
何の騒動が起こったのか察しがつかないほど荒れに荒れた室内がそこにあった。
ベッドの布団は中の羽毛が飛び散って、棚に並べられていた本も悉く床の上に散乱している。
椅子はひっくり返りペンのインクはぶちまけられ、格闘でも行われたのかと云うほどの荒れぶりだった。
 そしてそんな室内の中で羽毛とインク、そしてクッションに入っていた綿だらけのリネアは
床の上に伸びており、同じような状態になっているえるもとクラスレスはそれぞれ呆然自失で突っ立っていた。
「こりゃーまあ…片付けるのが大変ね」
 あちゃあ、と額に手をやって苦笑する皐月。
デルフェスは慌ててリネアの介抱にとりかかり、ルーリィはえるもとクラウレスの前で手をはたはたと振っていた。
「大丈夫?二人とも」
「まあ術は解けたみたいだから大丈夫でしょ。っと、銀埜くん」
 皐月が呼びかけると、銀埜は尻尾を振って彼女の元に駆けて来た。
どうやら部屋の隅に避難していたようだ。銀色のその毛並みには傷一つない。
「きみもなかなか器用な性格してるわね。はい、これ」
 皐月は苦笑を浮かべ、手にしていた例のガラス玉を銀埜の前に転がした。
銀埜はくんくん、と暫しその玉の匂いを嗅いだ後、おもむろにそれを口に咥え、
ごくん、と一気に飲み込んだ。
そして暫しケンケン、と咳き込んでいたが、やがてその吼える声の中に人語と思しき言語が混じる。
「…ー、あー、あー。ただイま魔力のてすとチュウ。あーあー…よし」
 完全に人語を取り戻したことを確認し、銀埜は犬の姿のまま、こほんと咳き込んだ。
「皐月さんにデルフェスさん、大変ご迷惑おかけしました。
そして感謝致します、誠に有り難う御座いました」
 そう流暢に喋り、ぺこ、とおじぎをするように首を下に曲げた。
完全に伸びているリネアを膝に乗せているデルフェスと、銀埜の前で腰に手を当てている皐月は、
各々安堵の表情を見せた。
 そして主人のルーリィはというと。
「あああ、クラスレスさんっ。そう落ち込むことないわよ、とっても可愛らしかったって」
「うー…どうじょうはいりまちぇん!なんで…なんでわたちなんでちか…」
 すっかり正気に戻り、エプロンドレスに赤いずきんという自分のいでたちに
激しく落ち込むクラウレスの背中をさすっていた。
同じく正気に戻ったえるもはクラウレスほど落ち込んではいないようで―…というよりも全く気にしていない様子で、
ルーリィとともにクラウレスを慰めにかかっている。
「でもえるもはたのしかったの、クラウレスちゃん。それにみんな無事でよかったのー」
「うっうっ、わたちはぜんぜんたのしくないでちー!
ふつうこういうやくは、おんなのこがやるもんじゃないでちか!?」
 そう振り返って皐月とデルフェスをキッと睨み上げるが、女性二人は揃ってそ知らぬ顔をした。
「この歳になってまで頭巾被るのもねえ」
「クラウレス様、なかなかお似合いでしたわよ」
 身も蓋もない二人の言葉に、ワッと泣き出すクラウレス。
「それがいやなんでちー!ひどいっ、ひどいでち!!」
 その背中を苦笑を浮かべてさすりながら、ルーリィは魔力が戻った自分の使い魔に気づく。
「あ、銀埜。元に戻ったの?よかったよかった」
「ええ、お陰様で。ご迷惑おかけしました」
「ま、暫く続くと思うけどね…私の予想だと」
 皐月が肩をすくめてそう言って、そして改めて部屋の惨状を見渡した。
この荒れっぷりに自分が関与したわけではないが―…やはり片付けは手伝うべきだろうと思いながら。
さて何から手をつけるべきか、そう考えながらふと思い出したように傍らの銀埜を見下ろした。
「そういえば、何があって此処までしっちゃかめっちゃかになったの?」
 銀埜はすっかり元通りになって安心したのか、後ろ足で耳を掻いていた。
皐月に問いかけられその仕草を止めて、さらりと何でもないかのように云う。
「赤ずきんと名乗る少女のような少年が、文化包丁片手にリネアを追い掛け回し、
猟師と思しき少年がそれを止めるよう、更に追い掛け回していただけです」
「へ、へー…」
 皐月は一瞬その様子を思い浮かべようとしたが、到底ムリなことに気がつき止めた。
「…詳しく言えと仰るのならばお話いたしますが?」
 なので銀埜のその申し出を、苦笑を浮かべて有り難く却下したのだった。











 そしてその頃、”ワールズエンド”店内に設置されているテーブルの上に、
何処からともなく4枚の古びた羊皮紙が、風に吹かれて降り立った。


 無論風が吹く隙間なんて、少しも無かったのだけれど。









                         続く。





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▼ 登場人物 * この物語に登場した人物の一覧
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【整理番号|PC名|性別|年齢|職業】


【4984|クラウレス・フィアート|男性|102歳|「生業」奇術師 「本業」暗黒騎士】
【5696|由良・皐月|女性|24歳|家事手伝】
【2181|鹿沼・デルフェス|女性|463歳|アンティークショップ・レンの店員】
【4379|彼瀬・えるも|男性|1歳|飼い双尾の子弧】


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▼ ライター通信
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 大っ変…お待たせしました!今回参加して下さって有り難う御座います。
そして多大な遅延、誠に申し訳ありません。
参加なさって下さった皆様方には額をこすり付けて土下座したい気分です…。

 ですが大変素敵なプレイングばかりで、やけに長くなりましたが
その分待っただけの甲斐はあったと仰ってもらえるような内容に仕上げたつもりです。
皆さんに楽しんで頂けることを祈りつつ、
また第二話の受注も致しますので、良ければご参加下さいませ。

次回はこのような遅延のないようにせねば、と心に刻みつつ。

 そして今回付随致しましたアイテムは、後々必要になってくるアイテムです。
また今後とも参加して下さる予定の方は、どうぞお手元に置いておいて下さいませ。


 では、またお会い出来ることを祈って。