■喫茶店『ティクルア』■
雨音響希
【2875】【セヴリーヌ】【異界職】
 落ち着いた外見の小さなお店。
 出ている看板には『喫茶店 ティクルア』の文字。
 少し迷った後で、木の扉をゆっくりと押し開ける。
 シャランと鈴の音が静かな店内に響き渡る。
 「あ、お客さんですか?いらっしゃいませ。」
 落ち着いた雰囲気の店内。
 奥から鈴の音を聞きつけた一人の少年が歩いてくる。
 年の頃は18か、そのくらい。
 銀色の髪の毛が窓から入ってくる暖かな陽光に透けて輝いている。
 「どうぞ、あちらの窓際の席に。」
 カタリと少々重たい木のイスを引き、腰をかける。
 丸いテーブルも木で出来ており、窓から入って来る日の光を受けてしっとりとした温かさを発している。
 「こちらがメニューになります。」
 目の前に真っ白な紙を差し出される。
 その中央には繊細な文字で色々と書かれている。
 それなりにメニューは豊富だ。
 「・・リンク、そちらのお客さんには、こちらのメニューの方が良いかも知れないわ。」
 奥から金髪の少女が出てくる。
 おっとりとした口調は、どこか落ち着けるものがあり・・・。
 「どうぞ、こちらが当店のスペシャルメニューになります。」
 少女はそう言うとニコリと小さく微笑んで淡いピンク色の紙を差し出した。


  喫茶店『ティクルア』スペシャルメニュー

   1、ティクルアの従業員とお茶をしながら話す
   2、リタと共に薬草を取りに行く
   3、リタと共に料理をする
   4、リタとアイテム(主に食べ物です)を作る
   5、リンクの話を聞く
   6、リンクと冒険に出かける
   7、リンクと店内の雑用を手伝う
   8、シャリアーと遊ぶ
   9、シャリアーと小さな冒険に出かける
  10、その他(好みに合わせたスペシャルオーダーを提供させていただきます)


 「お決まりになりましたら、お呼びください。」
 少年はそう言ってペコリと頭を下げると、喫茶店の奥へ消えた。
喫茶店“ティクルア”【クリスマスディナーを・・・】



■□■

 シャランと、鈴の音を鳴らしながら入ってきた一人の女性に、リタはゆっくりと視線を移した。
 洗いかけの食器をひとまず流しの中に置いて、人の良さそうな笑顔を浮かべる。
 「いらっしゃいませ〜。」
 そうは言ってみるものの、普通のお客さんで無い事は一目で解った。もちろんそれは、入ってきた女性の姿形がどうとか、そう言うわけではなくて――言うなれば長年の勘と言うものだろうか?
 「初めまして、セヴリーヌと申します。」
 女性は自分の名前を告げると、深々と頭を下げた。
 「リタ・ツヴァイと申します。」
 リタもそう言って頭を下げた。そっと、セヴリーヌを見つめる。金色の髪は輝くように美しく、その整った外見は思わず見とれてしまうほどだ。
 「突然で申し訳ありませんわ。エルザード城で開かれる、クリスマスパーティのディナーのための研究に来ましたのですが・・・」
 「エルザード城の、メイドの方ですか?」
 「えぇ。仕事柄、大人数向けの料理には慣れましたけど、念には念を入れて、リタ様のご協力を得て練習をと思っているのですが・・。」
 宜しいでしょうか?と、セヴリーヌは小さく付け加えた。
 「私で宜しければ・・・」
 リタはそう言うと、ふわりと微笑んだ。


□■□

 まだお昼の後片付けが終わっていないと言い、リタはセヴリーヌを窓際の一番良い席に座らせると、洗いかけの食器と再び向かい合った。
 セヴリーヌがお手伝いを申し出たのだが、リタはそれをやんわりと断ると、紅茶を1杯出してくれた。
 窓の外から見えるのは、青々とした木々。時折木々が風に揺れ、その緑の葉を散らす。
 窓から差し込んで来る陽の光は温かく、穏やかで、思わずうとうととしてしまいそうになる・・・。
 セヴリーヌは、窓の外から視線をこちらに戻すと、改めて店内を見渡した。
 それほど広くは無い店内には、セヴリーヌとリタ以外は誰も居ない。本来ならば居るはずの店員の姿もない。そして、無論お客の姿もない。
 この時間帯に人が少ない事を、セヴリーヌはしっかりと調査していた。
 たまたま何かの折にこの喫茶店の前を通った時に、ふわりと感じた温かな雰囲気に惹かれたセヴリーヌはそれから何度もここの前を通り過ぎ、お客として数回店内に入った事もある。
 お客として来た時は、いつも混んでいる時間帯で、18くらいの少年が忙しそうにクルクルと店内を動き回っていたのを覚えている。
 頼んだメニューは、紅茶とケーキ。どちらも絶品でセヴリーヌは酷くその味を気に入ったのだ。
 目の前に置かれている紅茶からは甘い香りが漂い、コクリと一口口に含むと途端にふわりと温かい甘さが全身に広がって行く・・・。
 「お待たせしてしまって申し訳ありません。」
 その声に振り返る。どうやら食器を洗い終わったらしいリタが、金色の髪を束ねながらやって来た。
 「いいえ、こちらこそ本当に突然で・・・」
 セヴリーヌは残った紅茶を飲み干すと、それを流しまで持って行った。
 手入れの行き届いたキッチンは広く、その端には小さな踏み台がチョコリと置いてあった。
 セヴリーヌは思わず小首をかしげた。リタの身長ならば、一番高い扉も少し背伸びをすれば届くはずだ。あの少年だって――。
 「小さな女の子が居るんですよ。このくらいの・・・」
 その視線に気づいたらしいリタが、自分の腰の辺りを指差しながら苦笑する。
 「そうなんですか・・」
 「えぇ。とても可愛らしい子で・・少し騒がしいのですけれどもね。」
 このお店の雰囲気に、騒がしい小さな子供・・あまりにもかけ離れた2つに、想像してみて思わず苦笑する。
 「それでは、始めましょうか。」
 「宜しくお願いいたします。」
 セヴリーヌはそう言うと、丁寧に頭を下げた。


■□■

 「このお店では、クリスマスパーティの時に定番のもの意外にどんなお料理を出すご予定ですか?」
 「そうですね・・・。うちはクリスマスは予約制のディナーを作ろうと思っているのですが・・・」
 ティクルアは喫茶店と言っても、かなり人気のある店だ。もちろん、リタの作る料理の味に惹かれて足を運ぶものも居るだろう。
 けれど一番多いのは、このゆったりとした雰囲気に惹かれて足を運ぶものかも知れない。セヴリーヌがそうであったように・・・。
 「エルザード城では、スープなどお出ししますか?」
 「えぇ、考慮に入れてはいるのですが・・まだ、具体的にどのようなものを作るとは・・」
 「クラムチャウダー等はいかがです?」
 「クラムチャウダー・・・ですか?」
 あまり聞き慣れない料理名に、セヴリーヌは思わず頭の中でメモとペンの用意をした。
 「それほど難しい料理ではないですし、時間もかかりませんし・・ちょっとした感じでお出しすれば良いと思いますよ。」
 リタはそう言うと、キッチンの奥にひっそりとある扉を押し開けた。ひんやりとした石の階段が階下に向かって伸びているのが見える。
 「食材はいったんここに置いてあるんです。貯蔵庫・・とでも言うのでしょうか?一緒にいかがです?」
 「えぇ、ぜひ。」
 セヴリーヌはリタの後に続いてそのひんやりとした石の階段を下りて行った。
 弱い光に照らされて、所狭しと並べられている食料の数々に思わず目を見張る。
 箱には何が入っているのかが書かれており、その隣には小さく日付が書かれている。一番手前側にあるものは、今日の日付になっている。
 どうやら、此処に運ばれてきた日付を書いているらしい。
 「セヴリーヌさん、これを持っていてもらえます?」
 リタが一つ一つの箱を確認しながら、中から食材を次々取り出していく。
 「本来此処は私の場所じゃないのですが・・・今は少し散歩に出ていて・・・」
 「そうなのですか?」
 「えぇ。食材の管理は任せっきりで・・・お恥ずかしいですわ。」
 多分、本来ならあのウエイターの少年が食材の管理をしているのだろう。まさか、もう1人いると言う少女が食材の管理をしているとは思えない・・・。
 「これで全部ですね。あと、使えそうな食材も見繕っておきましたし・・・戻りましょうか。」
 「はい。」
 セヴリーヌは食材を抱えると、先ほどと同じ石の階段を上がって店内に戻った。
 窓から差し込んでくる光が目に痛いくらいに明るくて、思わず目を細める。
 「セヴリーヌさん、これがクラムチャウダーのレシピです。私が作って見せるより、レシピを見ながら作った方が良いかと思いまして・・何か解らない事があったらなんでもきいてくださいね。」
 「有難うございます。」
 セヴリーヌにとっては、どちらかと言うとそちらの方が有難かった。レシピを見ながら自分で作ってみた方が、リタの作る味そのままではなくセヴリーヌの味になる。
 もちろんセヴリーヌはリタの作る料理の味は好きだったし、出来る事なら同じ味を作ってみたいとは思うが――それではあまりにも面白味が無いではないか。
 手渡されたレシピを眺める。使う食材は色々とあるが、調理自体はそれほど難しい感じはしない。
 上から下まで、丁寧に書かれたレシピを数度読むと、頭に叩き込んだ。
 ここから先はセヴリーヌの料理センスの見せ所だ。リタのレシピに自分の隠し味。隠し味は、隠れすぎても引き立ちすぎてもいけない。その。微妙な具合が難しく、それが絶妙になった時に初めて美味しい料理が出来るのだ。
 調理時間目安30分と書かれたところを、セヴリーヌは40分かかって丁寧にクラムチャウダーを作り上げた。
 その隣では、リタがなにやら可愛らしいお菓子を作っている。
 「あら、リタ様・・・そのお菓子は・・・」
 「これですか・・・?マフィンです。色々とアレンジしてお出しできるんですよ。」
 リタはそう言うと、様々なフルーツを並べた。色とりどりのフルーツを細かく切り、分けて容器に入れる。
 「例えば、木苺を入れれば木苺マフィンになりますし、あと・・・」
 足元にデンと置かれていた南瓜を取り出して、2つに割り、細かく切る。
 「これも入れられますわ。」
 「お教えいただいても宜しいでしょうか?」
 「えぇ、もちろん。私も・・・セヴリーヌさんのお料理を教えていただいても宜しいでしょうか?」
 「はい、ぜひ。」
 セヴリーヌはそう言うと、ふわりと微笑んだ。
 互いに自分の知っている料理を教えあい、教わり、日が傾く頃には立派なディナーが完成していた。


□■□

 「ただいまなの〜!!」
 「リタ・・表の看板が“Close”になってたけど、何か・・・」
 シャランと、鈴の音を響かせて木の扉が開いた。
 そこには前に店内で見かけたウェイターの少年の姿と、少年に抱きかかえられながらニコニコと微笑んでいる小さな子供の姿があった。
 ピンクの髪を頭の高い位置で2つに結わき、レースやリボンが沢山ついた真っ白なドレスを着ている。
 「お帰りなさい。」
 「あれ?お客さん・・・来てたの?」
 「始めまして、セヴリーヌと申します。」
 セヴリーヌは小さく微笑むと深々と頭を下げた。
 「あ、こちらこそ・・・リンク・エルフィアと申します。・・でも、初めましてじゃないですね。何度か、来店していただいた事がありますよね?」
 「えぇ・・・。」
 思わず曖昧に頷いてしまう。
 「エルザードのメイドさんの格好だったんで、記憶に残ってたんですよ。」
 「そうだったんですか。」
 リンクが苦笑いをしながら、可愛らしい少女を床に下ろす。
 「シャリーはね、シャリアーって言うの!セヴリーヌちゃん、リタのお友達なのぉ??」
 トテトテと走って来て、シャリアーはセヴリーヌの顔を見上げた。リタが言っていた通り、シャリアーの背は腰くらいしかない。
 「いいえ、リタ様にお料理を教わっていたのですわ。」
 「私もね、セヴリーヌさんに色々と教わったのよ。ほら、レシピがこーんなに。」
 リタがそう言って、リンクにレシピの山を見せる。
 「そうですか、それは有難うございます。」
 「いえ、私もレシピをいただいたので・・・それよりリタ様、表の看板が・・・」
 「せっかくの素敵な時間を邪魔されては、悲しいでしょう?」
 悪戯っぽい微笑みを浮かべると、人差し指を唇の前に持ってきた。この事は、秘密ですよ?と、瞳が語る。
 「それでは、皆様と一足早い小さなクリスマスディナーを楽しむと致しましょう。」
 セヴリーヌの言葉に一番喜んだのはシャリアーだった。ご飯だご飯だ〜と言いながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
 「ほらほら、シャリアー、騒がないの。」
 「そんなにはしゃいでると、また転ぶ・・・あ〜・・・」
 リンクの注意も空しく、シャリアーは派手にその場に転倒した。ベタンと言う、鈍い音が店内に響き、シャリアーが泣きじゃくる。
 「ふぇぇ〜〜〜!!」
 「まったく、だから走ったらいけないってあれほど・・・」
 「シャリアー様、泣かないで下さい。」
 セヴリーヌは、シャリアーのそばに駆け寄るとそっと、体を起こした。膝は赤くなっているものの、血は出ていない。
 「美味しいお料理を食べれば、痛いのなんてすぐに何処かに行ってしまいますわ。」
 「ほ・・・本当・・・??」
 「えぇ。」
 セヴリーヌの笑顔に、シャリアーは安心したのか泣くのをやめると掌で目をゴシゴシと擦った。
 「ありがとうなのっ!セヴリーヌちゃんも、一緒に食べるのっ!」
 シャリアーがセヴリーヌの手を引いて、窓際の席に座る。
 リンクが出来上がった料理を運んできて、向かいの席に座った。
 リタが美味しい紅茶を淹れ、席に座る。
 「それじゃぁ、いただきますなのっ!」
 “Close”と書かれた看板がかかるティクルアから、楽しそうな声が響き渡る。
 ここでは、そんな賑やかな時間すらもゆっくりと流れているから・・・。


  「またのお越しを、心よりお待ち申し上げております。」


     〈Close〉



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 ■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

  2875/セヴリーヌ/女性/24歳(実年齢999歳)/異界職


  NPC/リタ・ツヴァイ/女性/18歳/喫茶店の店長

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 ■         ライター通信          ■
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  この度は、喫茶店『ティクルア』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
  そして、初めましてのご参加、まことに有難うございます。
 
  さて、如何でしたでしょうか?
  メニュー番号は3番と言う事で、リタとお料理をするお話をメインに執筆いたしました。
  ティクルアの穏やかで緩やかな時の流れを感じていただけたならばと思います。

  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。

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