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■CallingU 「腹部・はら」■

ともやいずみ
【0413】【神崎・美桜】【高校生】
 連絡はいつも公衆電話だ。なにせ携帯電話を持っていないし、部屋には電話がない。
 だからいつも、報告の連絡はこうして夜の公衆電話だ。
「はい……。順調に進んでおります。
 障害……? いえ、今のところはありません」
 受話器の向こうで言われた言葉に顔を少ししかめる。
「…………引き続き封印をおこないます」
 それから相槌を数回して、受話器を置く。
 電話ボックスから出て空を見上げた。もう夜明けだ。

 そしてまた、鈴の音が聞こえる。
CallingU 「腹部・はら」



 闇が広がっている。
 闇が広がっている。
 自分はそこに立っている。
 不安。恐怖。羞恥。焦燥。
 入り混じった感情と共に嘆息し、自分は歩きだした。
 足音だけが無情に響く。
 出口を探してただ歩く。
 答えが欲しくてただ歩く。
 自分は知っている。
 この『闇』は自分の心だと。
 後悔。
 懺悔。
 孤独。
 願望。
 渇望。
 そして自分は口を開く。
 ココには自分が欲シイヒトはいない。
 手に入れたいヒトはココにはいない。
 孤独という名の穴を埋める、愛情を持つ…………あのヒトは。
 涙が流れた。
 本当はコチラが現実なのではないだろうか。あのヒトはいない。実在しない。
 自分はいまだに、暗闇の中でただ震えているだけでは――――?



 最近夢見が悪い。
 嘆息した神崎美桜は窓の外を見る。
 いい天気だ。
 手には上海に居る彼からの手紙。今日届いたのではない。今までに届いた数通の短い手紙だ。
 怖くて。
 怖くて彼女は毎朝ソレを読み返す。
 嘘じゃないと確かめるために。
 美桜はぐっと唇を引き結び、それから表情を崩して微笑んだ。
(弱気になってはいけません。あの人が帰ってきたら心配します)
 そろそろクリスマスだ。ちょうどいい。プレゼントを買いに外へ行こう。
 夢を恐れて外出を控えていたが、それではいけないはずだ。

 色々と買い込んだ美桜は紙袋をさげて帰り道を急ぐ。もう夕暮れだ。早くしないとあっという間に真っ暗になってしまう。
 近道をするためにいつもは通らない道を選び、美桜は小走りに急いだ。
(確かあそこのトンネルを通り抜ければうちまであと少し……)
 がさがさと紙袋が鳴る。
(息があがってます……。もっと体力をつけないと)
 弾む息。
 美桜はトンネルに足を踏み入れた。
 ぐにゃ……、と周囲がたわむ。
(え?)
 悪寒が背筋を駆けたのは一瞬のことで、美桜は振り向く。
 だが、異変はない。
 振り向いた先は自分が走ってきた道しかない。
 前を向いて美桜は不思議になった。
 このトンネルはこんなに長かったろうか?
 薄い灯りが美桜を照らす。視界は良いとはいえない。
「またキミか」
 真横からの声に美桜はびくっと反応してそちらを見た。
 まっすぐトンネルを見据えている少年――遠逆欠月は濃紫の学生服姿だ。
 欠月がここに居るということは、答えは一つ。
「欠月さん、憑物がいるんですか?」
「ここは神隠しが頻繁に起こるって有名のはずだけど」
「え……」
 暗いところが嫌だからこちらはあまり使わなかった。だから美桜は知らなかったのだ。
 欠月は不機嫌そうな顔をしている。
(……やっぱり、私のことはあまり良く思ってらっしゃらないんでしょうね)
 何が、欠月に敵意を向けさせるのだろうか。
(この人はあまり悪意を持っていないように見えますけど)
 ぼんやりそんなことを考えていると、欠月が掌を持ち上げて武器を作り上げた。
 漆黒の弓だ。矢が、ぼう、と淡く輝いて出現する。
 トンネルの真ん中あたりに何かが立っている。影からして女だろう。
「人が……」
「…………」
 美桜の呟きに反応せず、欠月は黙って弓に矢をつがえる。
 弦を引き、狙いを定めた。
 そして放す。
 矢は一直線に飛び、女の眉間を貫いた。そのままバランスを崩して女は転倒する。
(終わったんでしょうか)
 ほっとする美桜は冷汗を流した。
 『みられている』。
 視線のようなものを無数に感じた。
 どくんどくんと美桜の心臓が鼓動を早くする。
(ま、まだいる……)
 どこに?
 恐怖に美桜は息が詰まった。
 拳を握りしめる。『彼』がここに居ればいいのに、と心底思った。
 だがいないのだ。現実は、美桜に冷たい事実を突きつけるだけ。
 怖くて仕方がない。だけど。
 美桜はぎり、と歯を噛み締める。怖がっている場合じゃない。強くなるのだ。『彼』がいないのだから。
(どこ……? どこにいるの……)
 能力を広げて美桜はゆっくりと周囲をうかがう。びりびりと全身に痺れが走った。
 能力が暴走しないかという恐怖。安定させて使えるほど簡単ではない能力。
(…………………………………………そんな)
 トンネルの内側に人の顔がぼこぼこと浮かんでは消える。
 このトンネルそのものが、憑物なのだ!
「欠月さん、危ない!」
 真横に立つ欠月に咄嗟にしがみつく。
 自分たちを飲み込もうとトンネルが歪み、ぐしゃ、と内側に潰れた。
 本来ならば美桜も欠月も押し潰されていたはずだ。だが、そうはなっていない。
 美桜の持っている防具のせいだ。
 ぎりぎりのところで彼らを押し潰そうとしている天井を、光玉の円陣が防いでいる。
(急いで弱点を見つけないと……)
 汗をかく美桜は、自分がしがみついている欠月のことを思い出し、彼を見遣った。
 欠月は慌てた様子もなく、ぼんやりと天井を見ている。
(欠月さ……)
 脳裏に映像が走った。
 暗い部屋。畳。障子からだけ明かりが入るそこに。
 誰かが座っている。美桜は見覚えがあった。あれは『彼』の回想で出てきた老人だ。
 何か言っている。何か。
 老人から視線を外し、手元にあった手鏡を覗き込むのは…………欠月だ。
 だがその表情を見て美桜はおぞましさに震え上がった。
 能面のような顔をしている。感情が一切存在していない表情だ。
 観察するように眺めて――――。
「覗くな」
 鋭い拒絶の声に美桜の意識が覚醒した。
 欠月を見る。
 彼は天井を睨んでいた。小さな声でぼそぼそと何か呟いている。
 こんな近距離にいるのに美桜には彼の声が聞き取れない。
 早口で呟く欠月はひゅー、と息を吸い込む。
「■■吐息■神■息吹」
 理解できなかった。彼は日本語を喋ったはずだ。きちんと聞こえていた。だが、言葉の意味が理解できなかったのだ。
 霧を払うように欠月は武器を構える。
「■■弓■魔■祓■光」
 弓には矢がない。矢がないのに弦を引き、欠月はびぃーんと弾く。
「矢ハ魔ヲ破ル」
 この最後の言葉だけ美桜にも理解できた。
 その音が静かに響き、同時に周囲を圧倒する破壊の力を放つ――!
 悲鳴をあげてのた打ち回る気配に美桜はぎゅ、と瞼を閉じた。
 そしてゆっくりと瞼をあげる。もう恐ろしい気配はない。
 どこも壊れていないトンネルの入口に彼らは立っていた。
 今までの出来事がまるで嘘のようだ。
 美桜はそろり、と横の欠月を見上げる。
 覗くな、と言われた声が耳に残っていた。
「すみません!」
 バッと頭をさげる。
「視るつもりはなかったんです……ごめんなさいっ!」
 自分だって見られたくないことがある。知られたくないことがある。
 踏み込んではいけない領域が…………ある。
 欠月は頭をさげた姿勢で細かく震えている美桜を見遣り、嘆息して苦笑した。
「なにみたの?」
「……あ、あの、手鏡を覗く欠月さんを」
「なんだ。じゃあびっくりしたでしょ」
 気安く言う欠月を、ゆっくりと顔をあげて見つめる。彼は怒ってはいない。笑顔だ。
「たぶん、記憶が無くなったすぐ後だよそれ。なんにも憶えてないもんだから、自分の顔もよくわからなくてさ」
「記憶が……なくなった……?」
「そう。起きたら全然わからなくて驚いたっていうか……驚いたのかな、あれでも」
 首を傾げつつ笑って言う欠月は続けた。
「こんなこと正直言いたくはないんだけど、しょうがないか。
 ボク、記憶喪失なんだよ。一年前に事故で記憶がぼんっとなくなっちゃったわけ」
「記憶喪失……?」
「おっと。これは四十四代目にはナイショね」
 人差し指を唇の前に立てる欠月に、美桜は激しく頷いた。
 美桜は何かないかとごそごそと探り、ポケットから懐中時計を取り出す。
「あ、あの」
「ん?」
「これ、どうぞ」
 露草の模様の入った懐中時計を差し出した。
「あの、まだ私のことを嫌っているのはわかっています。でも、友達になってくださってありが……」
 そっと欠月はそれを押し返す。
「ダメだよ」
「え?」
「そんなふうに、『友達になってくれたお礼』に物を渡したら」
「そ、そういう意味ではないんです」
「キミにそういうつもりがなくても、ダメだと思う」
 涼しい顔で言う欠月はにこっと微笑んだ。
「この間のマフラーはキミの気持ちを汲んだけど、今回は貰えないし、貰うつもりもないよ」
「ど、どうしてですか?」
「そういうプレゼントは、本当に大事に想ってる人にだけあげるものだから。
 ほいほい他人に物をあげるのは感心しないね。それに、ボクはキミを友達だなんて思ってない」
 似ていた。
 美桜ははっきり感じる。
 口調も顔も違うけれども、根底にある優しさは同じだ。『彼』と。
 たしなめるような声にはやはり刺が含まれているが、前ほどひどくない。
「……優しいんですね、欠月さん」
 懐中時計を握りしめて言う美桜を、欠月は片眉をあげて見つめる。
「価値観の違いってやつだと思うけど。優しいっていうのは、ボクみたいなのに対して使う言葉じゃないよ」
「いえ、私は優しいと思います。それに……欠月さんが思ってなくても、私は欠月さんを友達だって思ってますから」
「…………モノズキっていうか、もはや変人の域だな」
 諦めのようなものを含んだ欠月の言葉に美桜は微笑した。
「欠月さんは、物に縛られるのが好きじゃないんですね」
「ふぅん。わかってるじゃないか」
 欠月は物を与えられた代価を支払うのが嫌なのだ。
 美桜が好意で何かをあげても、それに対する代価を欠月は支払おうとする。
 そう。彼は『借り』を作るのが嫌なのだろう。
 だから必要以上のものはいらない。彼はそういう人なのだ。
 だが美桜は忘れられない。
 こんなふうに微笑む欠月が、あんな人形のような表情を浮かべていたことを。
「それじゃ、帰るかな」
「あ、はい。それでは」
 引き留めるわけにはいかないし、美桜はぺこりと頭をさげた。
 欠月は歩き出そうとして、足を止める。
「そうだ。お節介を一つしてあげる」
「え?」
「キミの能力、あまりよくないから使わないほうがいいよ?」
「よくない?」
「『視えすぎる』ってのは、身体だけじゃなくて……精神を蝕むから」
 美桜が目を見開いた。
 能力が暴走して起こした惨事が脳裏によぎる。
「まだ大丈夫みたいだけど、控えたほうがいいよ」
 微笑みながらそう言うと、欠月は歩き出した。そして鈴の音を響かせて消え失せる。
 残された美桜は左腕に右手を添えた。
 青ざめた顔で、彼女は自分の恋人の名を小さく呟く。――――まるで、自分がここにいるのを確かめるように。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【0413/神崎・美桜(かんざき・みお)/女/17/高校生】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、神崎様。ライターのともやいずみです。
 少しずつゆっくりとな感じですが、いかがでしたでしょうか? 「聖夜」に続くようにと書かれています。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!