■記憶の欠片、輝きの源■
笠城夢斗
【3087】【千獣】【異界職】
「またお客さんか……」
 友人がつれてきた他人の姿を見て、少年は大仰にため息をついた。
「次から次へと。いい加減にしてよ、ルガート」
 地下室で、ごちゃごちゃとしたがらくたにうずもれるようにしてそこにいた少年が、冷めた目つきで友人を見る。
 ルガートは本来愛想のいいその表情を、むっつりとさせた。
「これは俺のせいじゃねえよ。お前の評判が広がっちまってんだ」
「だったら君が追い返してくれればいいのに」
 人がいいんだから、とあからさまに嫌そうに少年は椅子――らしき物体――から立ち上がる。
 ちらりとこちらを見て、
「あなたも物好きのひとりなんですね」
 どこかバカにしたように言いながら、十五歳ほどの少年は足場の悪い床を事もなげに歩いて、こちらの目の前に立った。
 初めて、まともに視線が合った。
 ――吸い込まれそうなほど美しい、黒水晶の瞳。
「何を考えてるのか知らないですけど。俺の仕事がどんなものかは、ちゃんと分かってますね?」
 淡々とした声音は、却って真剣に問われていることに気づくのに充分で。
 大きくうなずき返す。
 少年――フィグという名の彼は、困ったように苦笑した。
「分かりました。ならやらせて頂きましょう――あなたの記憶を、のぞきます」

 何でもいい、あなたが思い出したいことを。

「何が出来上がるかは保証できかねますので、あらかじめご了承を」
 フィグはわざとらしくそう言い、それからいたずらっぽく微笑んだ。

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■□■□■ライターより■□■□■
完全個別シナリオです。
「過去」のシチュエーションノベルだと考えて頂ければいいかと。
記憶は「フィグに覗かれる」だけで、消えるわけではありません。
最終的にその「記憶」から何が完成するかは「指定可能」ですが、お楽しみにもできます。形あるものとは限りません。フィグの判断次第では、キャラクターの手に渡されずに終わることもあるかもしれません。
どうしても受け取りたい場合は、そう明記なさってください。
また、出来上がったものは「アイテム」扱いにはなりませんのでご注意を。
記憶の欠片、そして彼女は愛に包まれ

 エルザード城下でひそやかに噂になっていることがあった。
 それは、『クオレ細工師』と呼ばれる少年の噂――
 記憶を覗き、そこから『クオレ』と呼ばれるものを作り出すという。
 最近では実際に記憶覗きをやってもらったという人間も増え、噂は真実となって静かに静かに広まっていく。

 千獣(せんじゅ)は城下の街はずれに、ふらりと現れた。
 そこにある『倉庫』。
 そこの地下に、『クオレ細工師』が住んでいることを、彼女は知っていた――

     **********

 ルガート・アーバンスタイン。少年ながらに『倉庫』の管理人である。
「ねえ……」
 声をかけられ、ドアのたてつけの修理をしていたルガートは飛び上がりそうなほど驚いた。
「うわっ!……って、あ、この間の……」
 ルガートは千獣の姿を見て、ほっと息をつく。
「この、間、は、ごめん、ね……」
 千獣はちょこんと頭をさげる。
「え?……ああそっか、あのときぶつかったっけ」
 千獣は以前、『クオレ細工師』に記憶を覗かれ――耐えられずに、逃げた。
 その逃げる際に、たまたまルガートとぶつかったのだ。そのときは夢中だったので、謝る余裕もなかったのだが。
「いいよいいよ。記憶覗きでつい暴れだしたりしちまう人多いしさ」
 ルガートは人懐っこい笑顔でそう言った。
「で……今日はどんなご用件?」
「あの……フィグ、いる……?」
「いるよ。相変わらずぐだぐだしながら」
 ルガートは軽口を叩きながら、「あいつには別に謝る必要ないぜ? 気にしてないから。絶対」
「ううん……」
 千獣は小さく首を振った。
「違、う……もう、一度、記憶……見て、みたいと――思っ、て……」

     **********

 かつて、狼少女のように魔物や獣たちに混じって育った少女がいた。
 それが千獣だ。
 言葉も知らず、何もかも分からないまま、魔も獣も何の区別もなく喰らって生きた。
 そんな彼女は、半人半獣の姿となって――
 そんなとき、ある人間と出会った。
 『敗戦国の将』だと言った『彼』と――

 『彼』は千獣を人間だと見抜き、人間として生きられるように教育をほどこした。
 千獣という名を授け。言葉を教え。
 魔も獣も区別のなかった少女に、食べていいものと駄目なものを教え。
 千獣は『彼』になついた。かつて自分にそんな世話を焼くような存在は、他にいなかったから……

     **********

 相変わらず埃っぽい、散らかり放題の『倉庫』地下室へ行くと、フィグは起きて待っていた。
「うわっ! また起きてる!? 明日はあられか、あられなのか!?」
 ルガートがそう言ってあわあわと暴れた。そんな少年に近場の物をぶち当て黙らせて、
「……今日は、覚悟があって来たみたいですね」
 ルガートよりもさらに歳下のフィグは、黒水晶の瞳で千獣を見た。
 千獣はうなずいた。
「思い……出したい……記憶、ある……」
 フィグの、何もかも見透かしたような視線が、ほんの少し和らいだ。
「……分かりました」
 ルガートに、「お前は出て行け」と冷たく言い放ち、フィグは椅子を用意する。
 そこに千獣を座らせて、
「………」
 ふと、考えるように千獣の瞳を覗き込んだ。
「………?」
 千獣は赤い瞳でそれを受け止める。
「そうだな……」
 フィグはつぶやいた。
「今回は、言わないことにする。――記憶は閉じないでしょう。おそらく貴方の意思では」
「………?」
 何を言っているのかはよく分からなかった。
 けれど、フィグの声の暖かさはよく分かった。
「お願、い……」
 ちょこんと頭をさげると、フィグは微笑んだ。
 そしてそっと、千獣の頭に手を触れる。
「さあ、目を閉じて……」

 すう……
 穏やかな呼吸ができることが、自分で不思議だった。
 これから思い出そうとしていることを、自分で知っているのに――

 世界が暗転する。
 千獣の意識が落ちていく。過去へ、過去へと――

     **********

 敗戦国の将だったがゆえに、無残にも殺されてしまった、大切な人。
 彼の存在のおかげで、何とか「ヒト」としての姿を、意識を保ってきた「千獣」という人格は、彼の死によって崩壊した。
 彼女が知らず自分の内に飼っていた獣や魔が、ここぞとばかりに千獣の意識を襲う。
 千獣の姿を襲う。
 「ヒト」としての彼女の姿は失われつつあった。
 けれど――
 大切なあの人からの贈り物、右耳で鳴る光る石の音だけを頼りに、意識の最後の一欠片を保ち続けた。
 意識を保ち続け、暴れ狂い周囲のものを喰らいつくそうとする獣たちを、かろうじて制御し続けた。
 しかし――
 人々は、そんな姿の千獣を受け入れてはくれなかった。

「魔物」

 そう呼ばれ、どれだけの間さまよい続けただろう……
 耳元の光る石だけが保つ心。ほんの一欠片の心。
 あとは崩れ去って空っぽのまま。
 そんな心に、無造作に放り込まれる、蔑み、嫌悪、恐怖――
 負の、感情。

 魔物として討伐されようとしても、自分の内にいる獣の治癒能力によって死ぬこともままならないまま――

 どれだけの時を「生きた」だろう。
 それとも、「死んで」いたのだろうか。

 分からない。何も……分からない。
 自分は何だった? それを問う心さえも残ってはいない。
 耳元で鳴る音は何だった?
 それさえも忘れかけていた。
 耳元で鳴る音は何だった?
 それが苦痛に思える時さえあった。
 耳元で鳴る音は何だった?
 ――何もかもの苦しみの始まりは、そこからだった?
 否。
 もう苦しみさえ感じない……

 疲れ果てていた。
 そんな自覚もないまま。
 自我などなくなってしまったまま。
 それでも疲れ果てていた。そう……大切な人を失ったあの日から。

 そんなある日に――

 ある老退魔士が、目の前にたちふさがった。
 その退魔士が最初に言った言葉を、今でもよく覚えている――
 それは、かつての大切な人が、一番最初に言った言葉と同じだったから。

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 老退魔士が。
 そしてかつての大切な人が。
 口にした言葉――

 千獣はつぶやいてみる。
「お前、は……、人間、だ、な……」
 そう言ったのだ、彼らは。
 どんな姿をしていても。
 千獣がどんな姿をしていても。

++++++++++++++++++++

 老退魔士に魔を封じられ、ヒトの姿を取り戻した。
 しかし、
 ……姿形を取り戻しても、心は戻らなかった。
 そんな千獣を、老士は決して拒絶することなく……

 虚ろ。心が虚ろ。
 心とは何だったろう。
 虚ろ。
 それでも老士は、千獣を引き取って面倒を看た。
 食事を受けつけない。食事をしなくても、内に飼った魔の影響で死ぬことはなく。
 言葉を話さない。まるで何もかも忘れてしまったかのように。
 それでも。
 それでも。
 老士は決して、千獣を見放さなかった。

 虚ろな心。
 ――いつの間にか、心に埋め込まれていた負の感情が、少しずつ溶けていたのだろうか。

 あるとき千獣は、老退魔士の前から姿を消した。
 思い出した言葉を――
 古い紙に、書き残して。

 人に戻してくれた。
 世話をしてくれた。
 それなのに、自分は勝手に消える。

 ごめん
 ……ありがとう

 かつて、大切だった人に言えなかった言葉。
 耳元の光る石をくれた人に言えなかった言葉。
 そして今は、老士にも言いたい言葉。
 それだけを、今は書き残して――

     **********

 もう、いいよ
 優しい声が、千獣の意識を過去から引き戻した。
「………」
 千獣はそっと目を開き、顔をあげた。
 フィグがいた。変わらず、黒い瞳を千獣に向けて。
「思い……出し、た……」
 千獣は嬉しそうな、悲しそうな顔でそうつぶやいた。
「思い……出し、た……」
 そしてふと気づく。
 フィグの手元が光っている――
 それはやがて形となった。
 ――長い長い包帯。今、千獣が体中に巻いている呪符を織り込んだものと同じ。
「これが、今の貴方の記憶からできたもの。『クオレ』って言う」
 フィグがその長い包帯の先と先を持ちながら、「本当はこれをさらに細工するのが俺の仕事なんだけど……これはどうやら、細工するまでもないみたいだ」
「……それ……」
 千獣は言葉をつまらせる。
「どう、して……今、の、記憶……から」
「さあ。俺には分からないけど」
 老士の気持ちが伝わってきたよ――と少年は言った。
「この包帯で、貴方の内の魔は封じることができているんでしょう?」
「………」
「きっと老士が心配しているんだ。この包帯で、人の姿を保ってほしいと、きっと思って、だからこれが出来上がった」
 フィグはそっと千獣が体に巻いている包帯に触れる。
「――だいぶ古くなってるし、ところどころ破れてる。新しく巻くにこしたことはないんじゃないですか?」
「………っ」
 フィグにそっと包帯を渡され、千獣はそれを抱きしめた。
「ごめ、ん……ごめん……」
 包帯を抱きしめる手が震える。
 勝手に姿を消した自分を、それでもなお心配してくれた?
「ああそうだ――老士だけじゃなかったな。もうひとり」
 フィグが思い出したようにつぶやいた。
「貴方の後ろにもうひとり……貴方をひどく心配してる……影が見えたよ。その人の想いもつまってるかもしれない」
「―――!」
 しゃら……
 耳元で赤い石の耳飾りが揺れた。
 あの、心を失いかけた日々。
 唯一自分を保っていられたのは――耳元で鳴る音のおかげで。
 ――貴方を護れなかった私を、それでも心配してくれている?
「……っ……っ」
 千獣の心から想いがあふれ出る。
 抱きしめた包帯が暖かかった。千獣はそれをしっかりつかんで離さなかった。
「体に巻くの、手伝いましょうか?」
 フィグが言う。
 千獣はうなずく。
 体に新たに巻かれていく呪符を織り込んだ包帯。
 自分を、「ヒト」として保ってくれるもの。
 ――そこに、大切な人たちの心までこもって。
「ずっ、と、身に、つけて……離さ、ない、から」
 つぶやいた言葉。
 誰に言ったわけでもなかったけれど、聞いてくれる人がいた。
 フィグが、微笑んだのが分かった。
「ああ。……大切にすればいい」
 過去の思い出とともに。
 向き合おうと思った思い出とともに。

 新しく巻かれた包帯は暖かかった。
 千獣は心が優しく揺れるのを感じた。
 そう――今の自分は、心を忘れていない。
 心。
 もう、虚ろじゃない。

 心をこめてつぶやける日が、ようやく来た。
 胸の中にいる大切な人たちに向かって、千獣はつぶやいた。

「ありが、とう……」

 胸の上に手を置いて。
 そこがほのかに暖かいような気がして。
 フィグが何も言わずに傍にいてくれて。
 そして――自分が人間で。

「良かっ、た……」

 千獣はつぶやいた。
 包帯はどこまでも優しく、千獣を包み込んでいた。


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3087/千獣/女性/17歳(実年齢999歳)/異界職】

【NPC/フィグ/男/15歳/クオレ細工師】
【NPC/ルガート・アーバンスタイン/男/17歳/『倉庫』管理人】

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■         ライター通信          ■
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千獣様
いつもありがとうございます、笠城夢斗です。
今回も過去のシチュノベとなりましたが、過去の描写よりそれ以外のほうが多くなってしまいました;出来上がったものは包帯です。単純明快ですがこれでもよろしかったでしょうか?;
いつもかわいい千獣さんを書かせて頂けて光栄ですv
よろしければまた次の機会がございますよう……

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