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■CallingU 「胸部・むね」■

ともやいずみ
【3525】【羽角・悠宇】【高校生】
「はい……もう、あと、少し……です」
 小さく、ゆっくりと報告する。
 表情のない顔で受話器から響く声を聞き、何度も相槌をうつ。
「わかって……ます」
 もうすぐ終わりだ。この東京での暮らしも。
 長かった……とても。
 ……とても。
 もうすぐ……この巻物も完成する……!
CallingU 「胸部・むね」



 すっかり日も暮れている。
 用事で帰りが遅くなった羽角悠宇は空を見上げた。
(欠月のヤツ……憑物封印が終わったら実家に帰る、って言ってたな)
 それがあいつの仕事。
 行き交う人の波を横目で眺め、悠宇は軽く嘆息する。
 なんだかスッキリしない。胸がもやもやするのだ。
(なんなんだこれ……)
 これはあれだ。
(胸やけみたいなもんだ。食い過ぎでなんだか息苦しい……あんなのだ)
 無理に納得して、悠宇は「うーん」と小さく唸る。
 憑物封印。欠月のしている仕事。
 普通の退魔の仕事と何が違うのか、実はよくわかっていない。
(巻物に封じるねぇ……。だいたいなんでそんなことしてんだ?)
 まあ欠月は遠逆の退魔士の一人なのだから、上から命令されればだいたい引き受けるのだろう。
 欠月に会った時にでも訊いてみようと悠宇は思った。
(普通の仕事でも大変なのに、憑物封印てのまでやることないだろうに)
 それをすることで欠月に何かいいことでもあれば話は別なのだが。
 だいたい、あの欠月が文句一つ言わずにやっていること自体がおかしいのだ。
(けっこう重労働だしなぁ……。憑物封印を終えたら記憶が戻るってわけでもないしな)
 まあいい。欠月本人に訊けばすむことだ。
 毎日毎日、ただひたすら退魔の仕事をしている欠月。高校にも通わずに――――。
(…………欠月って、好きなこととかないのか……?)
 楽しいこととか、趣味とか、欠月にはそんなものがあるようには見えなかった。
 彼がやりたいこととは、一体なんなのだろうか?



 人通りのない裏通り。ふいに気になって悠宇はそこを覗き込んだ。
 欠月はいないのかな、という思いからである。
 遠逆欠月は神出鬼没だが、怪異のあるところには大抵現れる。
(このまま会えなかったらどうすりゃいいんだ……)
 こんなモヤモヤした気持ちのままなんて。
(勝手に帰ってたら――殴ってやる)
 このモヤモヤを解消するまでは帰っていて欲しくない。
 ひと気のない場所をあちこち探す悠宇は嘆息する。
(そんなに都合よく見つかるわけないよな……)
 肩をがっくり落として歩く悠宇は、もうこのまま帰ろうかと思い始めていた。
 がしゃ、と上のほうで音がして、悠宇は顔をあげる。
 夜の闇の中、ビルの屋上のフェンスが見えた。そこに誰かが居る。
「?」
 怪訝そうにする悠宇は目を見開いた。
 フェンスの側に立つのは欠月だ。フェンスに背を向けて刀を手にしている。間違いないだろう。
 なんであんなところに居るのか?
 そう思ったが悠宇はすぐさま周囲を見回す。ビルの裏口を探してそちらに向かった。

 エレベーターは使えないので階段を使い、駆け上がる。
 屋上の古めかしいドアを開けてすぐさま視線を左右に向けた。
 欠月は左端にいる。フェンスに背中を……いや、全体重を預けるように座り込み、俯いていた。
 風が吹く。その風に乗って血のニオイがした。
(これ……!)
 欠月の髪が風で揺れる。彼の唇からは血が流れていた。
「欠月っ!」
 叫んで悠宇は欠月に向けて走る。
 目の前までくると素早く片膝をつき、欠月をうかがった。
 ひどい……。
 欠月は首から上は無事だが、その下が無残だった。制服に直径が1センチか2センチくらいの穴があいている。
 それが一つならまだいい。穴の数が多すぎるのだ!
(な、なんだこの穴……)
 まるでパチンコ玉が欠月の体を貫いたような傷だ。
 穴からは血が流れている。先ほどの血のニオイはやはり彼からだったのだ。
 彼の傷はじわじわと塞がり始めていた。
「お、おい……手当てしなくていいのか!?」
 心配そうに言う悠宇を見もせずに、欠月は沈黙したままでいる。
 悠宇は反応しない欠月を怪訝そうに見てから屋上を見渡す。なにもいない。
 だが戦闘の痕跡が少しうかがえた。先ほどまで欠月はここで戦っていたのだ。
 欠月に視線を戻し、もう一度傷を見た。
「おまえ……なんでこんなケガ……」
「…………ボクだって苦戦することはあるよ」
 抑揚のない声で欠月は応える。悠宇は少し驚くが、きっと傷の回復に集中しているのだろうからとあまり気にしないことにした。
 自分だったらこんなケガ……とてもではないが我慢できない。痛みで悶絶しているだろう。
 それなのに欠月はただ黙って回復するのを待っている。こういう彼の徹底したところは悠宇は尊敬できると思っていた。
「珍しいな……おまえが、こんな……」
 いや、それは悠宇が見ていないだけなのかもしれない。
 本当は……こういうケガはしょっ中なのかもしれない。
 本当のことなど、実際はわかりはしないのだ。欠月はなにも言わないから。
(強い相手だったのか……? 苦手なタイプだったのかもしれない)
 詮索したところで、欠月が正直に教えてくれるとはとても思えなかった。欠月は基本的にひねくれ者なのだから。
 ――――どうしてコイツは一人で戦うのだろう?
「欠月、訊いていいか?」
「…………どうぞ」
 欠月はさして興味がないように軽く言った。
「あのさ……おまえはなんで憑物封印なんてしてるんだ?」
「……仕事だからしてるだけ」
「仕事って……」
 そんな理由でこんな危ないことができるのか?
 好き好んでやっているようには見えないのに、どうしてこんなことまでできるのか悠宇には理解できない。
「普通の退魔の仕事だけでも十分だろ!? 憑物封印なんてやってて、おまえになんかメリットでもあるのか?」
「……まるで手当てのつかない残業みたいな言い方するね」
 どうでもいいように応える欠月の態度に、悠宇は我慢ならなくなる。
「おまえ、やりたいこととかないのか? おまえが本当にやりたいことってなんだよ!」
「………………」
「記憶を取り戻すことか? 一人でいなくちゃダメなことなのか!?」
 徐々に声に熱がこもる悠宇を、欠月はちら、と視線だけ遣って見る。
 彼は無表情だ。それに似合う冷たい眼だった。
「それをやり遂げるのに……誰か人の力を借りればとか思わないのかよ!?」
「………………キミはさ」
 ややあってから、静かに欠月は口を開く。
「そうやってボクに言うけど、キミ自身はどうなの」
「え?」
「例えば……キミが働いているとするじゃない? その時に、自分に与えられた仕事を誰かに手伝ってもらう?」
「そりゃ、一人でできないことは手伝ってもらうさ」
「…………一人でできることは?」
「……っ」
「一人でできることは、一人きりでするものでしょ? 違う?」
 淡々と言う欠月の声に悠宇は言葉を詰まらせた。
 悠宇はバイク便のアルバイトを長期の休暇中にすることがある。自分に与えられた仕事は一人でやる。そういうものだ。
 だからわかる。欠月の言っていることが。
「ボクのやりたいことは、仕事だよ。だから文句をつけられるいわれはないね」
「欠月……」
「やりたいことが仕事ってのは、悪いことなの?」
「そ、そんなこと……」
 そんなことない。
 だけど、なんだか納得できない。
 俯く悠宇に、欠月は続けて言う。
「ボクは仕事以外にしたいことなんてないよ」
 なんだかそれでは……それでは、勿体無い。
 もっと楽しいこともたくさんある。こんな危険に身を晒すことはない。
 それなのに。
「が、学校に行くとか……みんなと遊ぶとかあるだろ!? 楽しいことならたくさん……!」
「興味ないね」
 一蹴された。
「キミは今の生活が好きなんだよ。どうしてそんなにボクをキミの側に立たせようとするのかな」
「…………」
「ボクはキミと違う人間なのに。キミと同じものを見て同じことを考えるはずなんてないのに。
 どうして……いまボクがやっていることを、ボクが自分で選んでやっていることを――――まるで間違ってるみたいに言うのかな」
 ぎくっとしたように悠宇は欠月から一歩分、身をさげる。
 間違っている?
 どうしてそう思う?
(間違ってるなんて……)
 思ってないとは言えない。
 欠月との生活があまりに違いすぎる。
 自分の生活が気に入っているから。大好きな彼女と同じ学校に行っているし、生活に不満なんてない。
 だから。
 誰もがこういう生活のほうがいいと…………思っていたのかもしれない。
 きっと欠月もこういう生活のほうが幸せだと。
 傷だらけになって戦うことのない生活のほうが、幸せだと。
 悠宇はぐっと唇を噛み締めた。
「…………俺」
 搾り出すような悠宇の声に欠月は目を細める。
「なんか……心配なんだよ、おまえのことが」
「………………」
「人を寄せ付けようとしないおまえだけど……本当にそうなんだとは俺、思わない」
 真っ直ぐ欠月を見る悠宇。
 今までずっと無表情だった欠月が徐々に不愉快そうな顔になっていく。
 だがそれに悠宇は怯まない。
「……人を寄せ付けない? 当たり前だよ。ただでさえ危ない仕事なのに、他人の面倒までみてられないよ」
 うんざりしたように言う欠月の言葉は正しいのだろう。
 退魔の仕事は常に危険が伴う。それがわかっているのに、わざわざ誰かを巻き込むわけがない。
「足を引っ張られるのなんて、冗談じゃない」
 冷たく言い放つ欠月は腕をゆっくりと持ち上げて見遣る。傷は完全に塞がっていた。
 欠月の言葉に悠宇は何も言えなくなる。
 そうなのだ。欠月の足を引っ張って、逆に欠月の命まで危険にさらしては元も子もない。
「…………俺はただ」
 悠宇は欠月を見つめる。
「おまえを手助けしたいって思ってるだけだ……。どんなに邪魔でも」
「………………」
「俺にとっておまえは、この東京で出会った大事な友達だから……! 記憶が戻ろうと、戻るまいとそれは変わらない!」
 拳を握りしめて言う悠宇の言葉に、欠月は無言だ。だが不快に染まった表情で彼はよろよろと立ち上がり、制服の破れた胸元をぎゅ、と握る。
「そんな顔したってダメだぞ。俺は……どんなに邪険にされても、おまえを手助けするのはやめないからな!」
 強く言う悠宇を見下ろし、欠月は口を開いた。
「…………憑物封印は完了した」
「え……」
「だからもう、お別れだ。……………………さよなら悠宇くん」
「待っ……!」
 悠宇の制止の声と同時に欠月の鈴の音が鳴り響き、彼の姿は屋上から消え去った。
 呆然としていた悠宇は、よくわからない怒りに任せて近くのフェンスに拳を叩きつけたのだ。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【3525/羽角・悠宇(はすみ・ゆう)/男/16/高校生】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、羽角様。ライターのともやいずみです。
 憑物封印ラスト、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!