■記憶の欠片、輝きの源■
笠城夢斗
【3295】【ミルフィーユ=アスラ】【異界職】
「またお客さんか……」
 友人がつれてきた他人の姿を見て、少年は大仰にため息をついた。
「次から次へと。いい加減にしてよ、ルガート」
 地下室で、ごちゃごちゃとしたがらくたにうずもれるようにしてそこにいた少年が、冷めた目つきで友人を見る。
 ルガートは本来愛想のいいその表情を、むっつりとさせた。
「これは俺のせいじゃねえよ。お前の評判が広がっちまってんだ」
「だったら君が追い返してくれればいいのに」
 人がいいんだから、とあからさまに嫌そうに少年は椅子――らしき物体――から立ち上がる。
 ちらりとこちらを見て、
「あなたも物好きのひとりなんですね」
 どこかバカにしたように言いながら、十五歳ほどの少年は足場の悪い床を事もなげに歩いて、こちらの目の前に立った。
 初めて、まともに視線が合った。
 ――吸い込まれそうなほど美しい、黒水晶の瞳。
「何を考えてるのか知らないですけど。俺の仕事がどんなものかは、ちゃんと分かってますね?」
 淡々とした声音は、却って真剣に問われていることに気づくのに充分で。
 大きくうなずき返す。
 少年――フィグという名の彼は、困ったように苦笑した。
「分かりました。ならやらせて頂きましょう――あなたの記憶を、のぞきます」

 何でもいい、あなたが思い出したいことを。

「何が出来上がるかは保証できかねますので、あらかじめご了承を」
 フィグはわざとらしくそう言い、それからいたずらっぽく微笑んだ。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――
■□■□■ライターより■□■□■
完全個別シナリオです。
「過去」のシチュエーションノベルだと考えて頂ければいいかと。
記憶は「フィグに覗かれる」だけで、消えるわけではありません。
最終的にその「記憶」から何が完成するかは「指定可能」ですが、お楽しみにもできます。形あるものとは限りません。フィグの判断次第では、キャラクターの手に渡されずに終わることもあるかもしれません。
どうしても受け取りたい場合は、そう明記なさってください。
また、出来上がったものは「アイテム」扱いにはなりませんのでご注意を。
お茶目な姫様のしあわせなな経験

 街外れには、『クオレ細工師』と呼ばれる少年がいるとひそかに噂になっている――
 その少年は、何でも人の記憶をのぞき、そこから「クオレ」と呼ばれるものを取り出して加工、ものを作り出すようだ。

「クオレ細工師はどんな奴で、何をしてくれるのか見て来いというか、何か作ってもらって来い」
 友達の姉にそんなことを言われて、ミルフィーユ・アスラは“ここ”に来た。
「お前なら門前払いはないだろう。子供だから」
 ミルフィーユは外見年齢が十歳ほどだ。たしかに、門前払いにはしにくい年齢ではある。
 とは言え例外はいるもので……
「帰れ」
 『クオレ細工師』はにべもなかった。
「子供につきあってる暇はない。帰れ」
「おい待てよ! お前だってどうせ寝てるだけじゃんか!」
 くせのある赤毛の少年が、黒髪の『クオレ細工師』に文句を言う。
 ミルフィーユは心の中で思っていた。
(えっと、このおにいちゃんたち何て名前だっけ。ええと、フィグちゃんに、ルガートちゃん!)
 そしてにっこり微笑んで、
「フィグちゃん! フィグちゃんの力でも人を“しあわせ”にできる……?」
 『クオレ細工師』はうるさそうにミルフィーユを見た。
「できないよ。だから帰れ」
「やだー。何か作ってくれるんでしょ? 作ってくれるまで帰らないっ!」
 ミルフィーユは今、薄汚い部屋の中にいた。
 『倉庫』と呼ばれる場所に行ったら、ルガートという名の赤毛の人がこの地下室まで案内してくれたのだ。
 地下室ではフィグがごろりと横になっていて、そして……
「俺の眠りを妨害するな」
 ミルフィーユの前で、フィグはその一点張りだった。
 しかしミルフィーユも黙ってはいない。
「何か、足りないのかなあっ? “しあわせ”、足りない?」
「幸せってさっきから何が……」
 ミルフィーユは立ち上がった。
 そして歌いだした。

 幼くて楽しそうで、伸びやかで柔らかい声だった。

「………」
 フィグとルガートは黙って歌声を聞いていた。
 歌が終わると、ミルフィーユはにっこりと笑った。
「これで“しあわせ”。ね?」
「―――」
 ルガートが大きく拍手をする。
「すごい! かわいいよミルフィーユちゃん! 将来は歌い手さんだね!」
「えーっ? わたしは“しあわせ”届けられればそれでいいなっ」
「………」
 フィグが額に手を当ててため息をついた。
「ねえ、まだ足りない?」
 ミルフィーユが悲しそうな顔をする。それを嫌そうに見て、
「頼むからそんな顔をするな。分かった、分かったよ」
 降参、とフィグは手をあげた。
 降参の意味は分からなかっただろうが、OKだということは分かったらしく、ミルフィーユはわあいと手を叩いて喜んだ。
「言っておくが、記憶をのぞくんだからな?」
「記憶のぞいて、どうするの?」
「……まあいい」
 ルガートが椅子をよっこらせと用意してくる。
 ミルフィーユはその椅子に座らされ、
「いいか、俺がいいって言うまで目を閉じているんだぞ」
 フィグに言いつけられて目を閉じた。
 フィグの手がそっとミルフィーユの頭に置かれる。その瞬間に、
 ふっ……とミルフィーユの意識が遠のいた。

     **********

「姫様! どこにいらっしゃるのですか!」
 今日も女中の慌てた声がお城をかけめぐる。
「姫様! ミルフィーユ姫様!」
 ――ミルフィーユ姫は裏庭に出て、「だっしゅつせいこーう」とぴょんぴょん飛び跳ねていた。
 お城の裏庭から、秘密の通り道を使えば街に出られる。
 今日は街に出て何をしようか。そんなことを考えながらミルフィーユ姫は秘密の通り道を通り抜けた。
 彼女の後ろを、彼女のお付きの兵士たちがひそかに後を追っていた。そう――
 女中の声は、姫が脱出したという連絡。
 実は姫君の脱出は両親に――王と王妃にはバレバレで、黙認されていただけなのだ。
 今日もミルフィーユ姫はお付きの兵士にひそかに護られながら街に出る。

 街では歌っていることが多かった。ミルフィーユ姫は歌が大好きだ。
 歌いながら噴水の周りを巡って、踊るようにくるくる回る。
 噴水の跳ねるしぶきがかかって気持ちよかった。
「ラン♪ ララン♪」
 スカートの裾を持ち上げながらミルフィーユ姫は踊る。
「ラン♪ ララン♪」
 ふと――
 自分を見つめている小さな少年がいるのを見つけて、ミルフィーユ姫は踊るのをやめた。
 とことこと歩いていき、
「ねえ、何してるの?」
 訊いてみる。
 少年は五、六歳だろうか。ミルフィーユ姫よりさらに幼い。
 話しかけられて、少年はびくんと震えた。
「ねえ、何してるの?」
「ぼくは……」
 少年はひどく薄汚れた格好をしていた。陰でひとりの兵士が、話しかけるのをやめさせようとしたくらいに。
 けれどそんなことはミルフィーユ姫は気にしない。
「噴水が好きなら、近づいてみるといいよっ。気持ちいいよ?」
「………」
「噴水っていいね。人を“しあわせ”な気分にしてくれる……」
「ぼくは」
 少年は思い切ったように口を開いた。
「ぼくは、おねえちゃんをみてたの」
「え?」
「おねえちゃんのうた、きれいだったから、だから……」
 ミルフィーユ姫の顔に、満面の笑みが咲いた。
「じゃあ、歌おっか! 一緒に歌お!」
「え……」
「一緒に歌うとね、楽しさが大きくなるんだよ」
 そう言って、ミルフィーユ姫は微笑んだ。
「“わたし”も『しあわせ』だから、“アナタ”にも『しあわせ』が届くといいな……」
「しあわせ……」
「さっ、歌おっ」
 ミルフィーユ姫は歌い始めた。
 幼くて、楽しげで、柔らかで弾むような声で。
 少年はしばらく聴いていた。それからしばらく経つと、おそるおそる言葉を重ねてくるようになった。
 ミルフィーユ姫はますます笑顔になった。
 少年の手を取って、ふたりでくるくる回る。
「ラン♪ ララン♪」
 ――それは少年と関わるのをやめさせようとしていた兵士たちに、苦笑させる楽しげな踊り。
 楽しげな歌。
 少年はやがて、慣れてきたのか大きな声で歌い始めた。
 ミルフィーユ姫も負けじと歌い続けた。
 陽が落ちかけるまで歌い続けた。踊り続けた。
 少年を呼ぶ声がする。
 呼ばれて、少年がびくりと震える。
「どうしたの?」
 ミルフィーユ姫が問うても少年はぶるぶる首を振るだけ。
「もう帰っちゃうの?」
 寂しげに言うミルフィーユ姫に、
「あ、明日も来る……」
 か細い声で少年は言った。
「そっか!」
 ミルフィーユ姫は約束した。明日、昼間にまたここで会おうねと。
 少年が駆けていく。
 タイミングをはかって、陰から兵士たちが出てくる。
「姫。お捜ししましたよ」
「えー。もう見つかっちゃったの」
 ミルフィーユ姫はぷうと膨れた。
 兵士たちは微笑んだ。そして姫君を連れて、お城へと帰った。

 翌日。
「だっしゅつ、せいこーう」
 いつもよりも急いでミルフィーユ姫は街に出た。いつものように、陰には兵士をつけたまま。
 暑い暑い日のことだった。太陽の下、汗をかきながらミルフィーユ姫は噴水に駆けた。
 小さな噴水。他に誰もいない。
 ――いや。
「約束、守ってくれたね!」
 ミルフィーユ姫は手を叩いて喜んだ。
 少年が、照れたように微笑んだ。その顔に、青いあざがあった。
「どうしたの? 怪我したの?」
 ミルフィーユ姫がそのあざに手を触れる。
 少年はぱっとミルフィーユ姫から離れて、
「なんでもないよ」
 と首をふるふる振った。
 今日の少年は相変わらず薄汚れていたが、手に物を持っていた。
「なあに? それ」
 ミルフィーユ姫は興味を引かれて尋ねる。
 のぞきこむと、それは桜色と白に飾られた小さな手鏡だった。
「これね……」
 少年は周囲に人がいないのをたしかめているかのようにきょろきょろしながら、小さな声で言った。
「おねえちゃんにあげたくて、もってきたの」
「え? ほんと!?」
 ミルフィーユ姫は喜んだ。
「アナタも人を“しあわせ”にするの、上手だね!」
「えへへ……」
 少年は頬を赤らめた。
「おねえちゃんはね、ぼくを“しあわせ”にしてくれたから……おれい」
「わあ、うれしい!」
 そこからはまた歌の時間。今日は違う歌。
 新しい歌を教えるように、ミルフィーユ姫は次々と歌を変えていく。
 少年は楽しげにそれを聴いてはたどたどしくなぞっていった。
 二人で手を取り合い、噴水の周りを回りながら。
 今日は暑い暑い日。噴水のしぶきが何より気持ちいい。
 ――否。
 二人で歌っていることが、踊っていることが何より気持ちいい。

 ――ねえこのまま、楽しく歌い続けられればいいね――

 ミルフィーユ姫は言った。
 少年は押し黙った。

 ――できたらいいな――

 長い沈黙の後、彼はそう言った。

「どうしたの?」
 ミルフィーユ姫は心配そうに尋ねる。
 陽が傾き始めていた。
「か、かえらなきゃ」
「え、もう?」
「お、おむかえがきてからじゃだめ、きょうは――」
 しかし少年の願いもむなしく。
「お前!」
 昨日も少年を呼びにきた大柄な女性が、ずんずんと歩いてきた。
 少年とは違い、いい服を着た女性だった。
「うちから物を盗んだろう! お返し!」
「え……?」
 ミルフィーユ姫は目をぱちくりさせる。この少年が盗み?
「違うよっ! この子は盗みをするような子じゃないよ!」
 ――ミルフィーユ姫の顔は、一般市民には知られていない。
 女性はうっとうしそうにミルフィーユ姫を一瞥し、
「あの手鏡は高いもんなんだよ。お返しよ。まったく、うちだって好きであんたを引き取ったわけじゃないってぇのに……」
「手鏡……」
 ミルフィーユ姫はつぶやく。
「ごめん、ごめんねおねえちゃん」
 少年は何度も何度も謝った。
 女性はミルフィーユ姫が見ている前で――
 少年の横面をばしんと叩いた。
「あっ!」
 ミルフィーユ姫は慌てた。「ら、乱暴はだめよぅ」
「なんだいさっきから。あんたは邪魔だよ」
 ミルフィーユ姫をどんと押して、女性はさらに少年を殴ろうとする。
 と――
「我らが姫に狼藉を働いたな」
 陰からひとりの兵士が現れた。
「ミルフィーユ姫に乱暴を働く姿、しかとこの目で見た。……報復は覚悟しているだろうな?」
「ミルフィーユ姫!?」
 女性は兵士の胸に飾られたこの国の紋章に、冷や汗をかいた。
「だ、だって知らなかったんですよ!」
「知らなかった、では済まされぬ。黙って見ていればその少年への狼藉……何を考えている?」
「ほほほほら、手鏡を盗んだものだから! あの手鏡はうちの家宝なんですよう」
 ――家宝、という言葉は嘘に違いなかった。
 しかし、ミルフィーユ姫はそんな嘘など見破れるはずがなかった。
「家宝? 大切なものってことだよね。そんなの盗んじゃだめだよね?」
「お、おねえちゃん!」
「返す! この手鏡返すよ!」
 ミルフィーユ姫は、ポケットに入れてあった手鏡を、女性に差し出した。
「その代わり、もうこの子を殴るのはやめて? ね?」
 必死の目で見る。女性がひるむ。
 兵士がミルフィーユ姫を手助けした。
「姫の言葉を裏切ろうというのなら……ただでは済まさん」
「わ、分かりました! もう乱暴は働きません!」
 少年が呆然とした顔になる。
 ミルフィーユ姫が顔をぱあっと明るくして、
「じゃあ、この子を『しあわせ』にしてあげてね!」
「―――」
 兵士はひそかに笑いをこらえていた。これで女性は少年に対して決して何もできなくなるだろう。
 ミルフィーユ姫は続けた。
「そしたらね、アナタも『しあわせ』になれるよ! きっと」
 と――女性に言ったのだ。
 女性が目を見張る。受け取った手鏡を、危うく落としそうになった。
 ミルフィーユ姫は歌いだした。
 幼くて、楽しげで、優しげで、柔らかくて、――幸せな歌。
 少年が泣き出した。声をあげて泣き出した。
 女性がふくれッ面で聴いていた。
 兵士が笑いをこらえて聴いていた。
 ミルフィーユ姫はすべてを受け止めて歌っていた。

 ――“わたし”が『しあわせ』だから、“アナタ”にも『しあわせ』が届くといいな……

 ミルフィーユ姫の心を乗せて。伸びやかな声は広がっていく――

     **********

 ――もう、いいよ。
 言われて、ミルフィーユは目を開けた。
 何だかとても懐かしい夢を見た。
「あの子……元気かなあ」
 つぶやいてみたりもして。
 ふと見ると、フィグの手元に、輝く何かが生まれていた。
 光あふれるそれ。ミルフィーユの目にも輝かしくて、思わずのぞきこんだ。
 光が徐々におさまってくる。
 ――それは、桜色と白の小さな手鏡――
「本当は記憶から取り出した『クオレ』を細工するのが俺の仕事なんだが……」
 フィグは手鏡を見下ろして、苦笑した。「これはもう細工するまでもないな」
「ねえ、それちょうだい!」
 ミルフィーユは思わず声をあげた。
 懐かしい手鏡に――それはあまりにも似すぎていたから。
「最初からクオレは持ち主に渡すために作るんだ」
 そう言って、フィグはそれをミルフィーユの手に握らせた。
 ミルフィーユの心に、何とも言えない幸せな感情があふれてくる。
 涙目になりながら、ミルフィーユは言った。
「アナタも、“しあわせ”あげるのじょうずね……!」
 フィグが苦笑する。ルガートがげほごほとなぜか咳き込む。
 ルガートの足を踏みながら、フィグは「それじゃ」と手をひらひらさせた。
「特別にタダで作ってやったんだから。そろそろ子供は帰れ」
「うん、帰るー」
 ミルフィーユはおとなしくうなずいた。
 姉の友人にこのことを伝えなくては。
 ルガートの案内で地下室から倉庫に出る。
 手に持った手鏡。
 ――あの子は元気だ、となぜか確信した。
 口をついて出るのは、あの子と歌った歌たち――
「わたしは今――しあわせっ!」
 ミルフィーユは倉庫を飛び出した。羽が生えたように、軽やかな足取りで――


 ―Fin―


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3295/ミルフィーユ=アスラ/女性/10歳(実年齢13歳)/アコライト】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
ミルフィーユ=アスラ様
初めまして、笠城夢斗と申します。
このたびはゲームノベルにご参加いただき、ありがとうございました。
かわいいミルフィーユさんをかけて光栄です。キャッチフレーズが心に残ったので思う存分使わせて頂きました。いかがでしたでしょうか。
よろしければ、またお会いできますよう……

窓を閉じる