■迷い人たち。〜エテュラの涙〜■
森山たすく
【3126】【リーデル】【賞金稼ぎ】
「ルディアちゃん! 注文頼むよ!」
「は〜い!」
「ルディア! こっちも追加で!」
「は〜い! ちょっと待ってくださいね!」
 白山羊亭は、普段どおり活気に満ちていた。
 ルディア・カナーズは、店内を元気に動き回る。しかし、もちろん彼女の身体はひとつしかないのだから、いっぺんに対処することは出来ない。
 暫し考えた後、彼女は店の奥へと声をかけた。
「ザナちゃ〜ん! ちょっと手伝ってくれない?」
 するとそちらから、銀髪の少女が、エプロン姿で静かに現れる。
「了解」
 その姿はどこか人形のようで可愛らしかったが、如何せん表情に乏しかった。声にも抑揚がない。
「何を手伝えばいいのかしら?」
「ああ、ええとね。あそことあそこのテーブルの注文をお願い。メニューは大丈夫かな?」
 ルディアが片手にトレイを持ち直し、指で示しながら言うと、ザナと呼ばれた少女は、どこか気だるげに頷く。
「ええ。もう覚えたわ。大丈夫」
「良かった! じゃあお願い!」
 ルディアの元気な声に背中を押されるかのように、ザナは指示されたテーブルの前まで行くと、愛想のないお辞儀をし、愛想のない声で言った。
「いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ」
「あれ? お嬢ちゃん、新入り?」
 そのテーブルにいた、常連客らしい男が、不思議そうに問いかける。
「ええ。昨日から雇ってもらえることになったの」
「へぇ。ちっちぇえのに感心だなぁ……歳、いくつだ?」
 その向かいに座っていた男が笑顔で言うと、ザナは無表情のまま返す。
「十一。……年齢の話が、注文と関係あるとは思えないけど」
「ああ、悪ぃ。俺、Aランチね」
「俺はC」
「AランチとCランチ。かしこまりました」
 ザナは素っ気無く言うと、素っ気無いお辞儀をし、テーブルを離れる。
 その後ろ姿を見送りながら、男たちは、「笑えばもっと可愛いのになぁ」、「いや、ウチの娘も俺にはあんな感じだよ」などと笑い合っていた。

 ■ ■ ■

「ザナちゃ〜ん! ノリュードリヒさ〜ん! 休憩入ってくださ〜い!」
「はい」
「はーい」
 ザナの無表情な声と、ノリュードリヒと呼ばれた男の陽気な声が重なる。
「ねぇねぇザナ、何食べようか? ここの料理、どれも美味しいよ。僕、色々つまみ食いしちゃった」
「そんなに食べたならもういらないでしょ? わたしはサラダでいいわ」
「嫌だなぁ。僕は育ち盛りなんだよ? それに、ザナも育ち盛りだからもっと食べないと」
「じゃあ、パスタでもつけといて」
 そうして、ザナはさっさと空いている席に向かっていく。
「ええ!? それだけ? 色々突っ込むところあるよね? 『あなたのどこが育ち盛りなの?』とか、『あなたなんて年齢不詳なんだから』、とか……」
「分かってるから言わなかったのよ」
「ザナは冷たいなぁ」
 そんなやり取りを、周囲の客は好奇の目で見守っている。大の男が、自分よりひと回り以上は年下と思われる少女に、いいようにあしらわれているのが可笑しかったからだ。
「ああもう、鬱陶しいし恥ずかしいでしょ。何でもいいから持ってきて」
 流石のザナも堪えかねたらしく、やや語気を荒げてノリュードリヒを追いやるように手を振る。
「了解!」
 それが嬉しかったのか、彼は、長い黒髪を馬の尻尾のようになびかせながら、キッチンの方へと消えていった。

 ■ ■ ■

「……で、マスターがね」
 シーフードサラダを、フォークで突付きながら喋っていたノリュードリヒの動きが止まる。
「ザナ?」
 問いかけながらも、気配で分かった。いつもの兆候だ。
「……指輪が見える」
「指輪?」
「ええ。ちょっと行ってくる」
 言うが早いか、ザナは席を離れ、店の隅に向かって歩いていく。ノリュードリヒも慌てて後を追った。
 そこには、ひとりの男が座っていた。空になった酒のグラスが、いくつもテーブルに置いてある。
「その指輪は何?」
「……え?」
 男は、突然意味不明の言葉をかけてきた少女を、訝しげに見つめる。
「あの、すみません。あなたは、指輪をされていますか?」
 後から来たノリュードリヒが男に尋ねると、彼はますます怪訝そうな表情を作った。
「そんなの、見りゃ……ああ、あんた、目が……」
「ええ」
 そこで男は、ノリュードリヒの瞳が閉じられていることに気づく。しかし、再び眉をしかめた。
「でも、この嬢ちゃんは、見えるんだろ? ほら。どこに指輪なんて……」
 彼が両の手を開いて見せるが、ザナは熱に浮かされたように首を横に振る。
「とても繊細な細工の指輪。真ん中に、水色の宝石がついてるわ」
 彼女がそう言った途端、男の顔色がさっと蒼ざめる。
「どうやら、心当たりがおありのようですね」
 ノリュードリヒはにっこりと微笑んで、断りも入れずに、男の向かい側に腰を下ろした。

 ■ ■ ■

「……俺は、とある冒険者のグループにいた」
 男は、サムと名乗ると、ゆっくりと語り始めた。
「つーか、孤児だった俺は、そこのリーダーに拾われて、育てられた。だから、俺は『親父』って呼んでたんだ。他のヤツも、みんないいヤツで、一緒に依頼をこなしたり、お宝探したり……楽しかった」
 ノリュードリヒは穏やかに頷く。
 ザナは、どこか遠くを見ている。
「けど、ある日、情報屋を名乗る女が、『エテュラの涙』っつーモンの情報を寄こしてきた」
「エテュラの涙?」
 ノリュードリヒが問うと、サムは苦々しげに頷く。
「さっき、嬢ちゃんが言ったような指輪だ。見事な銀細工に、水色の宝石が入ってる」
「手に入れたんですね?」
「ああ、でも……」
「でも?」
 暫しの間逡巡してから、サムは重々しく口を開く。
「……親父が、その指輪をはめた途端、人が変わったみてぇに……ただの冒険者だったはずなのに、強盗や、殺しまでするようになっちまって……みんな、必死で止めたんだ。でも、無駄だった。いつの間にか仲間たちはいなくなって、どこからか、ゴロツキばかりが集まるようになった。俺は、何度も説得したけど、無駄で……」
 そこで彼は、堪えきれなくなったように、涙を零した。
 すると突然、ザナが勢い良く立ち上がる。
「行かなきゃ。案内して」
「え? ……って、ちょっとおい! 嬢ちゃんひとりで行く気か!?」
「ノリュードリヒがいるわ」
「で、でも……いくらその兄ちゃんが強くたって……」
 引き止めるサムに、構わず店を出ようとするザナ。
 しかし――
「そうだねぇ……じゃあ、一緒に行ってくれる冒険者を募ろうか。うん、そうしようそうしよう」
 ノリュードリヒの、間の抜けたとしか表現の仕様のない声が、それを遮った。
「バカなこと言わないで。あなたひとりで十分でしょう?」
 苛立ちを隠せないザナに、ノリュードリヒは微笑みを返す。
「やはり念には念を入れないと」
「じゃあ、あなたひとりが念を入れて」
「うーん。やっぱり人が多い方が楽しいしねぇ。冒険者とお友達になっておくのも、後々役立ちそうだし」
「今までだって、ずっとふたりきりだったじゃない。何を今さら」
「じゃあ、選択肢はふたつ。ひとつ目は、冒険者と一緒に行かないなら、僕はザナに同行しない。ふたつ目は、冒険者と一緒に行かないなら、僕がここで泣きながら駄々をこねる」
 それを聞き、ザナは大きく溜息をつく。
「……どっちの選択肢を選んでも、わたしの得にはならないじゃない」
「ザナがひとりで自分の身を守れるなら、別にいいんだよ?」
 ノリュードリヒが悪戯っぽく言うと、ザナは先ほどよりも大きな溜息をついた。
「……嫌な人。負けたわ。一緒に行ってくれる冒険者を探す」
 言うが早いか、彼女は店内を物色し始める。
「兄ちゃん!」
 ノリュードリヒもそれに続こうとしたが、後ろからサムの悲痛な声がかかった。
「どうか……どうか親父を殺さないでくれ。本当は、すげぇいいヤツなんだ。ぜってぇ、あの指輪のせいなんだ。だから……」
 そこで彼は言葉を切る。
 そして、一呼吸置いてから、搾り出すように言葉を発した。
「……もしもの時は、俺がこの手で、親父を殺す」
 それを聞き、ノリュードリヒは、静かに頷いた。
 『迷い人たち。〜エテュラの涙〜』


「……という訳なの。協力してもらえないかしら?」
「悪いなぁ、嬢ちゃん。他を当たってくれ」
 ザナが、テーブルをひとつひとつ回っていく。
「……なぁ、兄ちゃん」
「何?」
 サムがふと思い立ったかのように、ノリュードリヒに尋ねる。
「何で、俺たちは見てるだけなワケ?」
 それを聞き、ノリュードリヒは肩を竦めた。
「嫌だなぁ。だって面倒でしょ? ザナに任せておいた方が楽だし」
「さっき散々冒険者と一緒がいいっつってたのは誰だよ……」
 サムが呆れたように溜息をつくと、ノリュードリヒは笑みを浮かべて言う。
「サムくんは別に一緒でもいいと思うけど」
 それを聞き、サムは目を瞬かせた。
「……そりゃそうだ。手伝ってくる」
 そう言って、彼はザナの方へと向かった。

「嬢ちゃん、どうだ?」
「……今のところ収穫なしね」
 サムが声をかけると、ザナは溜息をつく。
「ところで、兄ちゃんなんだけど……」
「どうせ『面倒だ』とか何とか言ってるんでしょ? いつものことよ。気にしないで」
「はぁ……」
 サムが曖昧に返事をしている間にも、ザナは次のテーブルへと向かう。そこでは、いかつい大男が酒を飲んでいた。彼の前には、ひとりで飲み食いしたとは思えないほど沢山の食器やグラスが並んでいる。
「……いいぜ。俺が引き受ける」
 男は、ザナが口を開く前に、そう言ってニヤリと笑った。
「すまねぇな。さっきから話は聞こえてたんだが、食ってる最中だったもんで。どちみちここまで来ると思ったしな」
「気にしないで。引き受けてもらえてありがたいわ。わたしはザナよ」
「俺はオーマだ。オーマ・シュヴァルツ。ヨロシクな」
 そう言って自己紹介し合う二人を暫く眺めていたサムだったが、ザナが紹介してくれないと分かったので、慌てて口を挟んだ。
「お、俺はサム! ヨロシク!」
「おぅ。ヨロシクな」
「僕はノリュードリヒと言います。宜しく」
 サムが声のした方を見ると、いつの間にか、ノリュードリヒが後ろに立っていた。
「ビビったぁ……兄ちゃんか。……ったく、都合のいい時ばっかり……」
 サムのぼやきなど聞こえなかったかのように、ノリュードリヒはオーマと握手を交わしている。
「んじゃ、もう一度詳しい話を聞かせてもらおうか」
 オーマがそう言うと、ザナは頷き、話し始めた。

「成る程な」
 オーマはそう呟くと、暫し考えを巡らせる。思いつく手は色々あるが、結構な規模の組織となると、もう少し人手が欲しいところだった。しかし――
「奪ったり忍び込んだり……過去に何度もしたことがあるけど、今回はちょっと骨が折れそうね……っとごめんなさい。話は全部聞いていたわ。私も手伝わせてもらえないかしら?」
「おぅ。ナーディルじゃねぇか」
 オーマが声を上げると、ナーディル・Kは目を瞬かせる。
「いや、『ナーディルじゃねぇか』って……一緒にお店に入ってきたでしょう。オーマさんの食べる量が凄くて、テーブルに載り切らないから別々の席になっただけで」
「まぁまぁ。お茶目な親父ジョークだから気にすんな」
「まあ、別に気にしてないけど」
「そんなぁ。ちょっとは気にしてくれよ。親父ハートが寂しくて胸キュンになっちまうからさ」
「一体どっちなのよ」
「……話を先に進めていいかしら?」
 オーマとナーディルのやり取りを暫く見ていたザナが静かに言うと、ナーディルが苦笑しながら頷いた。
「ああ、ごめんなさい。ええと……ザナさん。私はナーディル・Kよ。宜しくね」
「宜しく」
「ああ、俺はサム。んで、こっちの兄ちゃんはノリュードリヒ。ヨロシク!」
 サムが、そこに無理矢理入り込んでくる。彼の頬は少し上気していた。ナーディルがクールな魅力を持つ美女なので、気になるのだろう。ナーディルは、静かに微笑むと、二人にも挨拶をした。
「話を先に進めていいかしら?」
「まあまあ、ザナ。もう少し楽しく行こうよ。せっかくお友達になれたんだしね」
 再び、ザナが同じ言葉を口にすると、ノリュードリヒが、彼女の肩をポンポン、と叩いた。すると、ザナは苛立ちを隠せずに言う。
「ノリュードリヒ。あなたは少し黙っていて。話がややこしくなるでしょ」
 それを見ていたナーディルが、くすくすと笑いながら口を開く。
「ザナさんって可愛いわね。ノリュードリヒさんとは兄妹? ……にしては似てないか」
 すると、ノリュードリヒが真面目な顔で言う。
「恋人です」
 その途端、辺りの音が一瞬静まった。
「ふふ。それが本当だったら中々面白いのに」
 ナーディルがそう言うと、ザナは眉ひとつ動かさずに答える。
「本当よ。ノリュードリヒは、わたしみたいな年端も行かない少女が好みなの。それで、話の続きだけど……」
 今度は、周囲の空気が凍りついた。
 近くのテーブルにいた客も、こちらをちらちらと見ながら、ひそひそと囁き合っている。
「ちょっとザナ、否定してよぉ。それじゃ、僕が変態みたいじゃないかぁ」
「いつも下らないことばかり言ってるから墓穴を掘るのよ。そんなことはどうでもいいから話の続きを……」

「いらっしゃいませ〜!」
 リーデルが白山羊亭の中に入ると、ルディアの元気な声に迎えられた。この店は、普段から活気があるが、奥の方にあるテーブルがやけに騒がしい。リーデルの視線も、自然とそちらへ向かう。それに気づいたルディアが、苦笑いを浮かべながら、言葉を発する。
「ああ、何か今、冒険者さんを募ってるみたいなんです。盗賊団がどうこうって……」
「私も行ってみよう」
 そう言うが早いか、リーデルは優雅な動作で奥のテーブルへと向かった。

 こうして、ザナたちの依頼を受ける者が決定した。


 翌日。
 サムの案内で、リーデルとナーディルは、今は盗賊団となった『風の刃』のアジトへと向かった。サムによると、組織のアジトは規模が大きくなってから移動したらしい。気になって場所は突き止めていたものの、内部までは知らないとのことだった。
 森を抜け、ゴツゴツした岩肌ばかりが見えてきた辺りで、サムは足を止める。もう既に、周囲は暗くなっていた。
「あそこだ」
 サムが指を差した方向に、灯りが見える。
 リーデルとナーディルも、木陰からそちらを見た。どうやら、洞窟のような場所を、アジトとして使っているようだ。入り口に、男が二人立っているのが見える。見張り役だろう。
「サム。あとは私たちに任せて、君は戻ってくれ」
 リーデルが静かに告げると、サムは頷き、その場を後にした。
「……さてと。あとは私たちの腕の見せ所ね」
 サムの後ろ姿を見ながらナーディルが呟くと、リーデルは静かに頷いた。

「お前ら、何モンだ!」
 見張り役の男のひとりが、ドスの利いた声で問いかけてくる。
 リーデルは、俯いているナーディルの肩を支えながら、静かに答えた。
「人を殺した。行く当てがない。ここなら受け入れてくれると聞いたのでね」
 すると、もうひとりの男が、ナーディルの方に目をやり、近づいてくると、下卑た笑みを浮かべる。
「ほぅ。中々の上玉じゃねぇか。もちろん、この女は楽しませてくれるんだろうな?」
 それを聞き、ナーディルは顔を上げると、口の端を上げ、狂ったように笑い始めた。
「――な、何が可笑しい!?」
 思いもしなかった事態にうろたえている男に向かって、リーデルは不敵に告げる。
「狂化したハーフエルフの危険さを知らないのか? ようやく落ち着いてきたと言うのに、そんなに血を見たいのか」
「何っ!?」
 どうやら、男たちも、ハーフエルフの狂化のことは知っていたらしい。たじろいでいる二人に向かい、リーデルは厳かに言う。
「さあ、入れてもらえるのか、もらえないのか、はっきりしてくれ」
「何事だ」
 その時、唐突に男たちの背後から声がかかった。
「あ、兄貴! こいつらが、殺しをやって、行く当てがないから組織に入りたいって言うんですが……」
「ほぅ」
 洞窟から出てきた声の主は、口ひげを蓄えた、四十がらみの男だった。服装は簡素なものだったが、どことなく威厳を感じさせる。恐らく、この組織の中でも、地位が高いのだろう。彼は、値踏みするようにリーデルとナーディルを見ると、言葉を発した。
「組織に入りたいと言うのはいい。だが、お前らが賞金稼ぎや、スパイの類ではないという証明は出来るのか?」
「出来る訳がないだろう」
 リーデルは、思考を巡らせながらも、表情には出さず、答える。
「そうだな。……殺しをしたんだったな? じゃあ、血に塗れた武器を見せてみろ」
 もちろん、リーデルもナーディルも人殺しなどはしていないから、そんなものはない。
「そんなものは、とっくに捨ててきた」
「捨ててきた? それも妙な話だな」
 リーデルはその間にも、考えていた。この状況で、どうするのが一番効果的か。
「余程信用がないようだな……なら、こういうのはどうだ?」
 彼は、懐から短剣を取り出した。男たちが、それを見て身構える。
 が、リーデルは口の端を上げると、その短剣を、自らの腿に突き刺した。
 皆が、一斉に息を呑む。
「どうした? これでも入れてもらえないか?」
 すると、『兄貴』と呼ばれた男は、小さく溜息をついた。
「……中々肝の据わった男だ。中に入れてやれ」


「もう……ビックリした。リーデルさん、無茶しすぎよ」
 割り当てられた一室で、ナーディルはリーデルの傷の手当てをする。
「あの方法が一番だと思ったからだ。それに、身体組織に最低限の損傷になるように、計算して刺した」
 包帯を巻くナーディルを見ながら、リーデルは穏やかに言う。
「ハイ終わり、っと。……それにしても、思ったよりも広い場所ね。まるで迷路みたい」
「ああ。恐らく、昔、何らかの形で、人が住んでいたのではないだろうか」
「そうかもしれないわね」
 洞窟は、自然に出来たものとは思えなかった。今、二人がいる場所にしても、扉もなく、岩肌がむき出しになっているとはいえ、居心地は良いようになっている。いくつもの枝分かれした道や、『部屋』は、まるで蟻の巣のようだった。
「さて。そろそろ行動を開始しますか!」
「了解」
 ナーディルとリーデルは頷き合うと、『部屋』を出た。


 再び白山羊亭。
 今回の件に関わっている一同が、顔を揃える。
「まず、アジトは大体このような感じになっている。不明な部分もあるが、主要なところは抑えていると思う」
 リーデルが、手描きの見取り図を広げる。
「そして、三日後に、麻薬密売の取り引きがあるらしいの。だから、私たちへの警戒も厳しかったみたい。オーマさんのカンはビンゴよ」
 そう言って片目をつぶるナーディルに、オーマはニヤリ、と笑うと、口を開いた。
「まぁ、密売の件は騎士団にでもタレこんどくとして……アジトが手薄になるその日が狙い目だな。……で、『親父』さんは?」
「それが……彼は滅多に表に出てこないらしいわ。現在、実質的に組織の指揮を執っているのは、『兄貴』と呼ばれている、ジャスタという男」
「残念ながら、居場所も特定できていない。今回の密売は規模が大きいらしいから、約半分の人員がそちらへ動く。しかし、半数はアジトに残る。その数はざっと五十人程度」
 ナーディルの言葉を引き継いで、リーデルが言う。
「五十人……結構骨の折れる人数だな。……ところで、例のブツは仕掛けてきたか?」
 オーマが問うと、ナーディルが頷く。
「ええ。出来る限りの場所に仕掛けてきたけど……あれは何?」
「まぁ、それは後でのお楽しみってヤツだ」
 オーマは、ナーディルの問いをはぐらかす。
 ナーディルたちは、オーマから、小さな箱のようなものを預かり、それが何なのか分からないまま、アジトのあちらこちらに仕掛けてきていた。
「あとは当日、食事に睡眠薬を混入させる。眠らせてしまえば、行動が容易になる」
 リーデルが、懐から小瓶を取り出し、皆に見せた。
「よし。こんなところか。じゃあ三日後に決戦だ」
 オーマの言葉に、一同は頷いた。


 そして三日後。
「ん? どうした? ナーディル。メシ、まだ出来てねぇぞ」
「あはは。ちょっとお腹が空いちゃって。いい匂いがしたから」
「そっか。スープは出来てるから、ちょっとなら食ってもいいぜ」
「本当? ありがとう」
 ナーディルは、アジトの厨房に来ていた。リーデルの提案で、何回か食事係をしたことのあるナーディルの方が、自然に薬を混入できるのではないか、ということになったのだ。
 ナーディルは、スープを味見する振りをして、小瓶から睡眠薬を入れる。
「でもさ、良かったよ」
 また口を開いた男に、ナーディルは内心ドキリとしながらも、言葉を返す。
「な、何が?」
 すると、男はこちらを向き、笑みを零した。
「ウチさ、男ばっかだろ? ナーディルが来てくれたおかげで、何か華やかになったつーか。リーデルも愛想ないけどさ、いいヤツだし」
「そ……そうかな? そう言ってもらえると嬉しいわ。スープ、味見したけど美味しかった。それじゃ、また」
 ナーディルは、そう言い残すと、厨房を出る。
 ここにいるのは、盗賊団の一味だ。強盗、殺人……許されることではない。それは分かっていても、数日とはいえ、彼らと『仲間』として、『ひと』として付き合ってしまうと、良い部分も見えてきてしまう。
(お願い……全員が眠ってくれますように……)
 だから、出来るのなら、戦いたくなかった。

 やがて、食事の時間がやってくる。
 通常は、大きな『部屋』を幾つか使用するが、密売に関わる者たちは、もう出て行ってしまったため、いつもよりも使用する『部屋』が少ない。
 リーデルとナーディルは、食事の場には行かなかった。
 ただ、時を待つ。
 これでほとんどの者たちは眠りにつく。見張りなどをしている者は、食事の時間がずれるので眠らせられないが、数が少ないので、倒すのは容易い。
 暫くすると、遠くから響いていた喧騒が消えた。
 そして、別の足音。
「行くぞ」
「了解!」
 二人は、『部屋』から外へと出る。幾つかの角を曲がり、大きな道へと出ると、そこには、オーマたちの姿があった。
「おぅ! 皆、おねんねみてぇだな! とりあえず『親父』さんを探すぜ!」
「了解」
「OK!」
 一同が走り出したその時――
 前方から、多くの人影が現れた。
「――ジャスタ!? どうして!?」
 ナーディルが、驚きの声を上げる。
「……読まれていたか」
 リーデルが、苦々しげに呟く。
「お前らが、アジトの中をこそこそ嗅ぎまわったり、不自然に外に出たりするのを、俺が気づかないとでも思ったか? だから、偽の情報を流してやったのさ。その日に、何かあるだろうと思ってな……かかれ!」
 ジャスタの掛け声と共に、男たちが一斉に襲い掛かってくる。
「ふん。こっちにも、味方は大勢いるんだぜ!」
 オーマがそう言うと、突然、周囲に大量の人影が現れた。その恐ろしげな姿に、周囲はパニックに陥る。オーマがナーディルたちに仕掛けさせた、3Dホログラム投影機が発動したのだ。
「うろたえるな! 幻だ!」
 流石にジャスタは気づくのが早かったようだが、組織といっても、所詮は烏合の衆。彼の指示など聞かずに、逃げ惑うものがほとんどだった。
 その隙を突き、オーマが銃を放ち、ジャスタの武器を落とす。そして、そのまま体当たりをした。ジャスタは吹き飛ぶと、壁に叩きつけられ、動かなくなる。
「ナーディル! 畜生! 裏切りやがって!」
 ナーディルの前に、男が立ちふさがる。ナーディルは素早い動きで男の剣をかわし、思い切りあごを蹴り上げた。男は、そのまま後ろに倒れる。
「ごめんなさい!」
 胸は痛むものの、やはり仕方がないと吹っ切ると、彼女はオーマたちに続いて、駆け出した。
「リーデル! てめぇ!」
「ぶっ殺す!」
 リーデルに、二人の男が襲い掛かってくる。ひとりの斧を僅かな動きでかわすと、男はバランスを崩し、前へと倒れる。その斧を素早く奪うと、もうひとりの男の足を薙いだ。男は、悲鳴を上げながら倒れる。リーデルは、転がり落ちた剣を拾うと、急いでその場を離れた。彼の武器である『慈悲の短剣』ミセリコルデは、万が一のときのために、サムに渡してある。彼の敬愛する『親父』を苦しまずに逝かせるためだ。
「みんな、こっちだ!」
 そこに、ノリュードリヒの声が上がる。そばにはサムがいたが、ザナの姿はない。
「こっちこっち!」
 オーマ、ナーディル、リーデル、サムの四人は、走り出したノリュードリヒに続く。
 前方に、ザナの姿が見えた。一同はその姿を見失わないように、幾つもの角を曲がりながらついていく。
 やがて。
 ひとつの『部屋』にたどり着いた。
 中には、白髪頭で、口ひげを蓄えた男が、豪奢な椅子に腰掛けて、こちらをじっと見ていた。その目は、虚ろだった。
「親父!」
 サムが、声を上げる。
 男が、ニタリ、と笑う。
「おや。サムじゃないか。まだ生きていたのか。私はてっきり、野垂れ死んだものだとばかり思っていたよ」
「親父……」
 サムは、呆然としたまま、呟く。
「楽しかったよ。人の命を玩んだり、駒にして動かすゲームは。けれども、もうゲームオーバーだ」
 そして男は、懐から拳銃を取り出すと、自らのこめかみに当てた。
 しかし、オーマの動きの方が速かった。彼の銃が火を噴き、男の拳銃を破壊する。それと同時にリーデルが動いた。拳を男の鳩尾に入れる。男は呻き声を上げると、そのままぐったりと椅子に崩れ落ちた。
 それを確認してから、リーデルは男の左手の人差し指につけられている指輪を見る。話に聞いたとおり、繊細な銀細工に、水色の石がはめられていた。リーデルは手を伸ばし、それを抜き取ろうとする。しかし――
「指輪が抜けない」
 リーデルがどんなに力いっぱい引っ張っても、指輪はビクともしなかった。他の皆も試してみるが、結果は同じ。
「それなら、この手を使ってみるか」
 オーマはそう言って懐から、偏光に輝く花を取り出した。彼の故郷であるゼノビアに咲く、ルベリアの花だ。
 それを使い、男と指輪の深層心理に干渉を試みる。
 しかし、何も『視えない』。
「ダメだ。解らねぇ」
 彼がそう呟くと、サムが、ミセリコルデを手に、動いた。
「親父、ごめん!」
 彼が、慈悲の短剣を振り下ろす。
 そして、床には、指輪と一本の指が転がった。
 それと共に、指輪は、眩い光を放ち、弾け飛んだ。


「サム……すまなかった……皆さんにも、申し訳ないことをしました……」
 男――リスターという名らしい――は、目を覚まし、サムの姿を認めると、涙を流しながら謝った。己のしてきた今までの所業も、おぼろげながら、覚えているとのことだった。彼は、謝罪の言葉を、何度も何度も繰り返した。サムからミセリコルデを奪い、自ら命を絶とうともした。だが、皆の説得により、生きて今までの罪を償うことを選んだ。
「やはり、全てはあの指輪のせいだったのか……ザナ、君はあの指輪から、何らかの力を感じたか?」
 リーデルが問うと、ザナは首を振った。
「分からない……でも、何故か知っているような気がしたわ。既視感とでもいうのかしら」
「リスター。ちょっと聞きてぇことがある」
 そこで、暫く考え込んでいたオーマが、口を開いた。
「何でしょうか……?」
 一気に老け込んでしまったようなリスターが、弱々しく答える。ちなみに、指の傷は、オーマの『命の水』の魔法によって、既にふさがっている。
「情報屋を名乗ってやがった女は、どんなヤツだったんだ? 指輪についてはなんて言っていた? どうやって手に入れたんだ?」
 それを聞き、リスターは少し考えを巡らせるようにしてから言う。
「……ローブを身にまとって、顔も隠していたので、良く分かりません。ただ、声は若かったように思います。指輪については、『貴石の谷』のそばにある洞窟にあると言われて……そして、すぐに見つかりました」
「石の種類は? 『エテュラ』って名前の意味はなんだ?」
「石は、私も興味があったので、懇意にしている鑑定士に頼んだのですが、『見たこともない石だ』と言われまして……。エテュラというのは、情報屋の女が言うには、女神の名前だということでした」
「女神エテュラは、水鏡に映る光景を見て、嘆き悲しみ、一粒の涙を零した。それは、輝く宝石となり、地に落ちたという」
 突然、ノリュードリヒが語り始める。皆の視線がそちらに集まった。
「何で、お前さんがそんなことを知っている?」
 オーマの問いに答えたのは、ザナだった。
「無駄よ。このひと、言いたいことしか言わないから」
「嫌だなぁ。僕はそんなに意地悪じゃないよ。だって、この話、今思いついたんだもん」
「それも嘘臭いわ」
「まあ、どっちでもいいじゃない」
 そう言って、ノリュードリヒは肩を竦める。
「あの……ちょっと思ったんだけど」
 そこで、今まで黙っていた、ナーディルが口を開く。
「そろそろ、ジャスタたちが目覚める頃じゃない? リスターさんは正気に戻ったし、この後、どうすればいいのかしら」
 それを聞き、一同は顔を見合わせる。

 結局その後、「罪を償うために残る」と言い張るリスターを何とかなだめながら、裏道を使って抜け出し、ジャスタたちのことは、騎士団に任されることになった。

 リスターは、これから一生をかけて、罪を償っていくという。それは、苦難の道になるだろうが、そばにサムがいれば、心強いだろう。それにまた、昔の仲間たちも戻ってくるかもしれない。


「ねぇ、ノリュードリヒ」
「何?」
「エテュラは、何を見て嘆き悲しんだのかしら?」
「さぁ? 自分の顔が、よっぽど酷かったんじゃない?」


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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■PC
【1953/オーマ・シュヴァルツ(おーま・しゅう゛ぁるつ)/男性/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2606/ナーディル・K(なーでぃる・けい)/女性/28歳(実年齢28歳)/吟遊詩人】
【3126/リーデル(りーでる)/男性性/21歳(実年齢7歳)/賞金稼ぎ】

※発注順

■主要NPC
【ザナ(ざな)/女性/11歳/迷い子】
【ノリュードリヒ(のりゅーどりひ)/男性/???歳/守り人】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは。もしくは初めまして。鴇家楽士です。お楽しみいただけたでしょうか?
今回も、納期ギリギリになって申し訳ありません……大変お待たせ致しました。

今回は、迷ったのですが、統一ノベルになりました。
また、皆さまのプレイングを、どう反映しようか悩んだのですが、僕の出来うる限りで反映させていただきました。「少ない!」と感じられたら、申し訳ありません。
また、シナリオの傾向として『バトル・アクション』と書いていたにもかかわらず、バトルやアクションシーンが、そんなにありません(汗)。

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■オーマ・シュヴァルツさま

いつもありがとうございます!
今回は、オーマさんは割りと地味といいますか、縁の下の力持ち的な役割をしていただきました。
オーマさんのプレイングは、いつも話の核心に触れていたりするので、凄いなぁ、と思います。

■ナーディル・Kさま

こちらでは初めまして。今回はご発注ありがとうございます!
いつも、初めての方を描かせていただく時は、口調や雰囲気で悩むことが多いのですが、ナーディルさんらしさが出ていれば良いなぁ……と思います。
ちょっと葛藤する場面があったり、色々と掛け合いがあったりで、描かせていただけて楽しかったです。

■リーデルさま

初めまして。今回はご発注ありがとうございます!
ナーディルさんの部分でも書いていますが、いつも、初めての方を描かせていただく時は、口調や雰囲気で悩むことが多いです。少しでも、リーデルさんの雰囲気が出せていると良いのですが……。
そして、すみません……ザナへの呼称の部分、勝手に変えてしまいました……全体的なプレイングのイメージからすると、どうしても、あそこだけ違和感があったんです。なので、プレイングから受けるイメージを優先させていただきました。もし、問題がありましたら、遠慮なくお申し付けください。
そして、無茶なこともさせてごめんなさい(汗)。

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あとは、少しでも楽しんで頂けていることを祈るばかりです。

それでは、読んでくださってありがとうございました!
これからもボチボチやっていきますので、またご縁があれば嬉しいです。

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