■【楼蘭】藍・上染■
紺藤 碧
【2872】【キング=オセロット】【コマンドー】
 貴方の心を私の色に染め上げることが出来たなら―――

 一人の娘がそう願った。
 その願いは偶然それを聞いた仙人の興味を引く。
 数日後、青年は娘のこと以外の全てを忘れてしまった。

 青年は片言に娘の名を呼ぶ。
 しかし、歩き方も箸の持ち方も、生きるに必要な全てをも忘れてしまった青年を見て、娘は嘆いた。

 こんな事になるのなら、私の事など知らないままのほうが良かった―――と。

 そして仙人は娘に言う。
 これは貴女が望んだことなのに、どうしてそれを否定するのか。
 ならば貴女が最初に彼を求めた以上に“強く望め”ば彼を元に戻そう。
 けれど、元に戻った彼は貴女の事など覚えていない。

 そして娘は慟哭した。
【楼蘭】藍・上染


 貴方の心を私の色に染め上げることが出来たなら―――

 一人の娘がそう願った。
 その願いは偶然それを聞いた仙人の興味を引く。
 数日後、青年は娘のこと以外の全てを忘れてしまった。

 青年は片言に娘の名を呼ぶ。
 しかし、歩き方も箸の持ち方も、生きるに必要な全てをも忘れてしまった青年を見て、娘は嘆いた。

 こんな事になるのなら、私の事など知らないままのほうが良かった―――と。

 そして仙人は娘に言う。
 これは貴女が望んだことなのに、どうしてそれを否定するのか。
 ならば貴女が最初に彼を求めた以上に“強く望め”ば彼を元に戻そう。
 けれど、元に戻った彼は貴女の事など覚えていない。

 そして娘は慟哭した。





 娘――鈴露は、市場で買い付けた新しい布を手に一目散に通りを駆け抜けていく。
 だが年頃から見ても着飾って町に出たり、花盛りであろうと思われるのに、周りの少女達とは違いその髪は乱れ、服装もどこかよれている。
 キング=オセロットはそんな風体でありながらこんな人の多い通りを駆け抜けていく鈴露を目に留め、走り去る先につい視線を移動させる。
「やめなよ旅の人」
 そんなオセロットに声をかけたのは、恰幅のいい女性だった。
 なんとも噂が好きそうな女性はオセロットが聞いてもいないのに、鈴露の身の上話をさも気の毒そうに口にする。
「そうか。ありがとう」
「だから、旅の人も関わらない方がいいよ」
 あたしは忠告したからね。と、去っていく女性を見送り、オセロットはやはり鈴露を追いかける。
 どうにも女性から聞いた話には尾びれ背びれが加わり、噂として聞いて面白い――興味を持つように脚色されているように思う。
 関わるなと言われたものの、やはりオセロットは鈴露の様子が気に掛かりその後を追いかけた。
 噂としてでも耳にした仙人が残したと言う言葉と、彼女が信じ込んでいる思いに、どこか噛み合わない引っ掛かりを感じて。
「ただいま帰りました」
「リーン…リーンルゥ……」
 鈴露が家の戸を開けると、青年が片言に鈴露の名を呼びそのまま彼女に抱きつく。
「あぁ、また粗相を…」
 どこか疲れたような鈴露の声にも青年はただ、にこぉと笑うだけ。
 青年の様子はどこか普通ではない。
 噂では、彼女の願いが青年をこんな風にしてしまった――とか。
「……聞いていいかな?」
「帰ってもらえますか」
「噂を、聞いたのだが」
「私に関わるなと言われませんでしたか?」
 彼女はどこか疲れたように笑って、閉めようとした戸に力が篭る。
「どうせあなたも、彼が私の事を忘れれば元に戻ると知っているのに、それができない私を……臆病な私を、笑いに来たんでしょう!!」
 戸口から手が離れ、鈴露は糸が切れた人形のようにその場に蹲り、そのまま泣き崩れる。
 きっと張り詰めた糸のような状況だったのだろう。
「彼を嫌うなんて私には…!」
「違う!」
 オセロットは鈴露の言葉を止めるように一度大きく宣言して、彼女が恐る恐るでも自分に顔を上げるのを待った。
「だから、聞かせてもらいたい。あなたが聞いた仙人の本当の言葉を」
 オセロットはその場で蹲る鈴露の傍らに腰を下ろし、目線の位置を合わせる。
 そうして、鈴露はぽつぽつと彼が今の状態となった経緯と、その後に聞こえた仙人の言葉を話し始めた。
 思ったとおりだった。
 仙人が彼女に伝えた“強く望む”と言う事。
 だけれど、彼女はその意味に気がついていない。
「彼を戻すのに、何故、彼を嫌わなければはらないのか。それはあなたが彼のことを好きになり、その心が自分の色で染まればと願ったから」
 オセロットは確認するようにもう一度問う。
「……そう…です」
 そしてまただからこそ嫌わなければいけないと泣き叫ぶ鈴露に「だが」と続ける。
「それを白紙に戻すのに、何故彼を嫌わなければならない?」
「だって、私が彼を好きと思ったから、こんな事に―――」
 まるで何も反応しない人形ではないけれど、人として生きるに必要なもの全てをなくしてしまった彼。
 記憶も、本当の自分も、何もかも。
 そうしてオセロットの前でまた泣き崩れた鈴露の肩に、優しくそっと手を触れる。
「人の心は一色か、白紙か、好きか、嫌いかだけではあるまい」
 彼女は大事な事を忘れている。それは、
「……あなたは、彼のことをどう思っている?」
 彼女自身の気持ち。
 元に戻さなければ。いや、元に戻って欲しいという気持ちばかりが膨らんで、盲目に彼を嫌わなければと思い込んでしまった鈴露。だけれど、彼が好きだからこそ嫌えない……鈴露。
「私、は……」
 泣きはらして真っ赤になった目で鈴露はオセロットを見上げる。
「大切に思っているのではないかな?」
「勿論です!」
 オセロットはまるで反射的に叫んだ彼女に、ふっと穏やかな笑みを向けた。
「余計なことは何も考えるな。好きでも嫌いでもなく、それを越えた所に在る、相手も思いやる心で、彼が戻ること、それのみを願えばいい」
 そうすれば、きっと彼は元に戻る。
 鈴露の真摯な願いによって。
「好き嫌いを越えた…思い」
 呟くようにオセロットの言葉を繰り返して顔を上げる。
「私…は……」

 彼の事が大切だから―――

 鈴露は願った。





「正気に戻ったのか!?」
「何だか長い夢を見てたみたいだ」
 彼の父親が、目じりに涙を浮かべて彼を抱きしめる様を、家の戸口からそっと見つめる鈴露。
 その顔はどこか悲しんでいるけれど、それ以上に嬉しさと安堵が見て取れた。
「ありがとう…ございました」
 鈴露は振り返り、オセロットに深々と頭を下げる。
「……人の心は誰かの手よって書き換えられたり、染め上げられたりするものではない」
「はい……」
 オセロットの言葉に鈴露は小さく頷く。
「その人自身が筆を執り、記していくものだ」
 オセロットは懐から真新しい煙草を取り出して火をつける。
「今、彼の心にはあなたのことはまったく書き記されていない。そこに、何と記されていくか、それはあなた次第だ」
「もう…いいのです」
 正気―――いいえ、赤ん坊と同じ手のかかる彼だったけれど、その数日間の全てが不幸だったかと言われれば、そうではないから。
 だって彼は地主の息子で、私はただの町娘。
 たとえ知り合えたとしても、結ばれたくても身分が違う。
 願いは叶ったとは言い難いけれど、確かに届いた。だから、もう――いい………
 そう口にして、疲れたような微笑を口元に乗せ、鈴露は戸口を閉める。
「何故そう決め付ける」
 オセロットは煙草の煙をゆっくりと吐き出す。
「この国で身分がどれだけ重要か私は知らないが、そんなものは小さな事でしかない」
 鈴露の答えを問うようにオセロットは、まっすぐに彼女を見据えるが、鈴露は躊躇うように瞳を泳がせ、ふっと顔を背ける。
 その様を見てオセロットはため息混じりに肩を落とした。
「願うのも結構なことだが、自ら行動することも重要だと、思う」
 ジャリっと煙草の火を消してオセロットは立ち上がる。
「お邪魔したな」
 戸口に立つ鈴露は、帰るというオセロットに慌てた様に戸を開ける。
「彼を元に戻した思いがあれば、簡単だろうに」
 すれ違い様、小さく。本当に小さくオセロットは呟いた。


数日後。


 何となく気になって訪れたあの街で、ぎこちなくはあるけれど、楽しそうな2人を見かけ、オセロットは遠目からその様を見て微笑む。

―――娘には少ぅし勇気がなかっただけの事。

「酔狂な仙人だ」
 このまま元に戻らなかったら? と、聞くのは野暮な事なのだろう。
 そして、オセロットは踵を返し、その場をゆっくりと後にした。









☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2872】
キング=オセロット(23歳・女性)
コマンドー


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


【楼蘭】藍・上染にご参加くださりありがとうございました。ライターの紺碧 乃空です。
 桜といい、藍といい、【楼蘭】だけでなく毎回毎回オセロット様のプレイングには感嘆しまくっている気がします。オセロット様の言葉によって鈴露はこの先幸せになってくれるでしょう。
 そして小話が更新されるのを拝見させていただくのがちょっぴり楽しみになっています(笑)
 それではまた、オセロット様に出会える事を祈って……


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