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■雪月花:2 星の降る街■

李月蒼
【5566】【菊坂・静】【高校生、「気狂い屋」】
 洸(あきら)と柾葵(まさき)、そしてあなたの三人が立ち寄った小さな街。
 小高き丘に囲まれたその場所は『星の降る街』と呼ばれていた。
 その由来はその名の通り、太古此処は多くの流星着地場所となっていたこと。
 今でこそそんなことは起こらないが、その街の丘から見る夜空は格別に綺麗だという。

「…………」

 そして今宵、流れ逝く星に願いをかけるようそっと瞳を閉じるその姿。
 その背中は見る者の目のせいなのか、微かに震えて見えた――…‥

[ 雪月花2 星の降る街 ]



「――――星、綺麗だね……」

 天を見上げ呟く声は、まるで星が無数に輝く空へと呑まれていくようだった。
 そしてまた一つ、三人の目の前で星が流れては落ちてゆく。それは彼――菊坂静にとって、ホンの少し……忘れられない夜のひとつ。



 事の始まりは数時間前まで遡る。此処数日は天候に恵まれ、旅も順調に進んでいた。
 以前離れ離れになった町を出た後これと言った町に立ち寄ることはなく、三人はただ北の方角だけを確実に目指し歩いている。それは先頭の洸がそう行くから、であるが。そんな彼の後ろ、そして静の前を歩く柾葵が、不意に何かに気づき足を止めたのが全ての始まりだった。
 街灯りに惹かれた、とでも言うのだろう。同時にそれは、宿を求める形となり現れたようだ。
 洸がやがて足止めされ、暫く何かのやり取りを繰り返した後、洸は「しょうがないな……」等と呟きながら、静の方を見て言った。
「今晩は街で休もうと思うけど、良いですか?」
 二人から少しだけ距離を置き様子を見守っていた静だが、洸の言葉に「うん、勿論僕は構わないよ」と即答し、二人の傍へと駆け寄る。
「あっちに街があるらしいから。適当に宿とって食事して休みますよ」
 すると今度の先頭は柾葵になった。次が洸、その隣に静が並ぶ。そうして着いたのは、小高き丘に囲まれた街だった。随分と賑わった街で、行き交う人の数も多い。
 先ずは宿に向かい部屋を取った。受付は洸が口頭で、そして柾葵が代筆という形で終えると、部屋に案内されるまでロビーで待つ事となる。
 窓際のソファーに腰掛けた静は、そこから見える夜空に思わず溜息を漏らした。
「どうかしました?」
「えっ、あぁ……窓から外を見てたんだよ」
 振り向けば傍に洸が居て、静の言葉を聞くと隣に腰を下ろす。
「この辺り星の名所みたいなものらしいから、そのせいじゃないですか?」
「名所?」
「『星の降る街』だとか。それで夜は賑わってるらしい。少し、煩いですけど……」
「そうなんだ、星か」
 改めて窓の向こうを見た。確かにその名に恥じない景色がこの街にはある気はする。
「食事の後にでも行ってみるのも良いんじゃないですか?」
 そう言い終わったところで、フロントから声がかかり洸は立ち上がった。続いて静も立ち上がると、洸と共にフロント横に居た柾葵の方へと行こうとするが、すぐさま横から声が掛かる。
「俺もだけど……柾葵も好きそうだから」
 一瞬何のことか理解できず。しかしやがて、それが今までの続きだということを理解する。それと同時、静は思わず微笑んだ。それは、普段見せている微笑とは違い。今、心の底から自然と出てきた笑み。
「うん、そうだね――」
 変化は、本当に些細なことなのかもしれない。けれど、その喜びは静の中に確かに残る。今までは一度途切れた会話が洸から続けられるようなことはなかった。そんな小さな喜びを抱えながら、静は洸と共に柾葵と合流する。
 案内された部屋はツインルーム。通常のベッドが二つと簡易ベッドが一つ置かれた部屋だった。誰が簡易ベッドに行くか決めることが面倒だったのか、洸は真っ先にそこへと自分の荷物を投げる。その動作に柾葵が一瞬固まった。つまり、自分の寝る場所が決められてしまったからなのだろう。
 思わず彼が隣を見ると、丁度静と目が合った。静はただ、にっこりと少し明るい笑顔を見せる。それだけで、柾葵はそれ以上は何も言う素振りも見せず、ベッドの上に荷物を置いた。
 夕食は最上階のレストランへ揃って向かう。食事はビッフェ形式で、それぞれ好き勝手に席を立っては黙々と食べ続けた。特に柾葵は、主食と肉魚類にデザートばかり詰め込んでいる。
「……先に部屋戻りますね」
 そう言いながら既に席を立ち上がる洸に、やはり同じく食べ終わっていたものの外の景色を眺めていた静が続いた。
「あ、でも柾葵さんはまだじゃ?」
 二人の向かい側には、未だ大量のデザートを目の前にした柾葵がいる。
「食べられる内に食べさせておいた方が良いから」
 しかし平然と見放した洸の背に、静はならと声をかける。
「それじゃあ、一緒に戻ろう?」
「ん、あぁ。構わないですよ」

 共に部屋へ戻ると、洸は荷物の整理を始めた。程なくして柾葵も戻ると、洸は鞄の中からMDだけを出しあっと言う間にベッドを降り、踵を返す。そしてドアの前、イヤホンを方耳に入れながら二人の方を振り返った。
「此処から先は自由で。俺は散歩してくるから」
 そしてドアが閉められる。部屋には二人きり。しかし、柾葵もやがて『出掛けてくる。』と言うメモを静に渡すと部屋を出て行った。
 窓から外を見れば丁度下を歩く洸が見え、やがて人ごみに消えていく。そしてその後に続いている、と言うわけでは無さそうだが、同じ方角へと柾葵が歩いて行った。
 目は柾葵の背を追いかけたまま、ただ考える。旅に同行し始めてから一人になるのは初めてだ。ただ、こうして一人になると思い出すのは二人と出会った頃のことだろう。朝起きた時家に居なかった。あの時のことを、なんとなく今思い出す。それは、些細なきっかけに過ぎない。決断は彼自身のものなのだから。
「――――行こう」
 きっと二人は居る――そう信じて静も部屋を出た。



「確かに、こうして見ると星の降る――なんて、本当の意味が分かる気がする……」
 『星の降る街』、その名の由来は、太古この辺りの丘が多くの流星着地場所となっていたことかららしい。今でこそそんなことは起こらないが、その丘から見る夜空は格別に綺麗だと静も途中耳にした。
「此処に、居れば良いんだけど――……」
 そして辺りを見渡す。丘とは言え、高台となればそれ程広い場所ではない。夜とはいえ誰か居れば分かるような場所だ。
「良かった、……居た」
 目に入ったのは、決して近い場所に居るでもない。けれど、二人揃った姿。今静が居るよりも少し先の、恐らくこの辺りでは一番高台で草が生い茂る場所。手前に柾葵が座り、奥の方に洸が立っていて。静はゆっくりと、近づいて行く。
 彼の存在に最初に気づいたのは、柾葵の方だった。反射的に身を強張らせ――けれど本当に反射的だったようで、静の顔を見ると一つ息を吐き視線を空へと戻したが、その動作に洸が気づく。
「また誰か来たんですか?」
 柾葵が来た時もきっとそんな反応だったのだろう。鬱陶しそうに視線を空から、柾葵が注意を払った方へと向けた。勿論、その先には静が居る。
 しかし、すぐさま意識的に気配を高めると、洸の表情も一気に落ち着いたものとなった。今の行動により、もう言わずとも今此処に居るのが誰だかは分かったのだろう。それでも静は言う。結局驚かせるような形にはなってしまったけれど。
「洸さん、僕ですよ」
 洸は小さく溜息を吐いた。その表情に迷惑そうな表情は無い。ただ少し苦笑いのような――否、笑いをかみ殺したような複雑なものを浮かべていた。
「キミまで来るとはね…結局これじゃあ、自由行動にした意味が無い」
 結局また三人、同じ場所に集まってしまったと。そう言い洸は静から視線を外した。
「でもね……僕は二人と見れて嬉しいよ」
 本心だ。こんなにも綺麗な夜空を独りで見ていてもきっとつまらない。そう考えている間にも、星は次々と流れていく。いつか全てが無くなってしまいそうなのに、止め処なく流れ続けていた。
「まぁ、良いですよ。良ければこっちどうぞ」
 そう言われ、静は「うん」と小さく頷くと歩みを再開した。歩く度に足元の草が音を立てる。吹く風に体を押され、目にかかる髪の毛をどけながらも静はやがて洸と柾葵、二人の間に立った。
「…………」
 たった数歩移動しただけなのに。そこでは今まで見ていた景色とはまた違う景色が見えた気がした。此処が最も高い場所のせいなのか。隣に二人が居るからなのか。
「――――星、綺麗だね……」
 思わず声に出していた。顔を上げた柾葵の視線を感じる。洸は何も言わず、ただそこに佇んでいた。

 そして 今に至る。



    ★☆



「――雨、みたいな感じかな……」
「?」
 暫くはただ星を眺めていた三人だが、不意に口を開いた静に洸が反応した。
「えっと、今目の前にしてる流星雨のことなんだけれど」
 不思議そうなその顔に、静は忘れていた言葉を付け足す。
「りゅうせい、う……あぁ、流れ星ってやつですよね。雨、なんですか?」
「ぽつりぽつり落ちてくる感じは良く似てるよ? ね、柾葵さん?」
 そう、柾葵に対し話題を振ると、彼は静の方をじっと見た。ただ少し考えた後小さく頷くと、メモに何かを書き静に渡す。
『考えたことなかったけど、確かにそう言われてみれば。』
 静は洸にも分かるようそのメモの内容を読み上げると、「良かった」と小さく安堵する。
「へぇ……雨、か」
 洸自身、特別自分から疑問に思ったことなどなかったその正体だが、思わぬ形で知り何か納得した。雨ならば分かる。今までその身で何度も体験してきた。体感、と言ったほうが正しいのだろうが。
「あ、でもずっと高い所で降ってるから……僕達には当たらないかな」
 滅多に、という意味ではある。
「そうでしょうね。空だけに降ってる雨ってところか」
「……そう、空で降り続く光の雨」
 微かに笑い言った洸に、静も思わず微笑み、それは声色にも表れた。
 その後暫くは、ただこの夜空の下。三人揃って無言のままにいた。ただそれだけだけれど、それはそれで心地良い時間。ただ、永遠に此処だけ時間が止まったかのように続くのでは、と錯覚するその流れを止めたのは洸だ。
「何しに来たんです?」
 どういう意味かとも思ったが、洸の言葉は続けられた。
「此処の流れ星に願いを掛け続けると必ず叶うって。それでかなと」
「そうなんだ…なら何かお願いしないと勿体無いかも。でも僕が此処に来た理由は違うかな」
 二人と一緒にこの景色が見たくて。居るかも分からないけど来てしまった、というのが正しいのだろう。
「洸さんと柾葵さんはそれを聞いてお願いをしに?」
 思わず問い返すが、その返事は実に曖昧なものだった。
『別に。ただ静かな場所に来たかっただけだ。』
「俺は…夜の散歩で」
 二人の目的は少し違うようだ。ただ、此処に着いた時見た空を仰ぐ二人の表情は、何かを祈るようにも見えていたのも確かで――――。
「……聞いてもいい、かな?」
 途切れた会話を繋げるよう、静は問いかけた。二人から返事は無いが、拒否もされてはいない。だから、それを口にした。
「二人の旅の目的。当ては無いって言っていたけど――」
 静の問いに、洸も柾葵も空を仰いだまま。暫し無言の膠着状態が続いた。秋らしい、けれど夜の高台のせいか、普段よりも冷たい風が吹く。風の音に紛れ、紙の音が聞こえた。見れば柾葵がメモ帳を出している。しかし、彼がそこに何か書くよりも先に洸が一言。
「……探しもの、ですね」
 そして柾葵が静へとメモを差し出す。
『人捜し。』
 答えは共に、簡潔に返ってきた。なので、今その内容に触れようとは思わない。ただ、その理由ではない……まだ考えも及ばぬ先を知りたいと、静は思った。
「じゃあ二人は、その捜してるものが見付かったらどうするの……?」
 結果的には、静が抱えていた不安が全部出たというものだ。全ては今目の前にしているこの景色のせいかもしれない。自分は独り取り残されてしまうのではないだろうか――そんな不安をふとした瞬間抱き、答えが返ってくる間も静は悩み続けた。それを見兼ねたかのように、答えを出したのは柾葵の方だ。
『そんな想像がつかないし未来も見えない。
 ただ、春には俺は学校戻らなくちゃいけないし。見付かっても見付からなくてもそれで終わりだ。』
 不安がひとつ――的中した気がした。
「どうだろう……」
 ただ、柾葵とは逆に洸は悩んでいる。暫く考えた後出された答え、その声は小さく。視線は遙か彼方へと向いていた。
「見つけたモノ次第かも知れないですね」
「見つけた物次第?」
「だから今は分かりませんよ」
 その表情と言葉は拒絶を意味している気がした。思わず「ごめんなさい」そう謝ろうとした静の口は止まり、言葉は呑み込まれる。それは柾葵の、手によって。
「――――?」
 彼の手が今、静の手首を掴んでいた。それは、今まで柾葵が静にとっていた態度からは考えられないことだ。ただ、その手はすぐに離され、代わりにメモが渡された。
『んな顔してんな。人なんて皆、いつまでも一緒って訳にはいかない。家族だってそうなんだ、他人なら尚更そうだろ。』
 言葉は静へと、まっすぐに向けられている。言葉だけではない、メモを手渡しながらも反応を待つような視線が向けられていた。そこに笑顔があるわけではない、どちらかといえば無表情。けれど、それが今まで向けられてきた表情とは明らかに違うことに、果たして静は気づいているのだろうか……。
『未来に不安抱くより、今を楽しんだらどうだ?折角この目で見れるんだ。思い出にしとけ。』
 見透かされているような、諭されているような。ただそのメモを最後に柾葵は立ち上がると、静の前を通り過ぎ洸の方へと近づき、その掌に何かを書き示すとやがて独り立ち去った。
「え、柾葵さんは?」
「あぁ…先行くって」
「……そっ、か」
 その言葉が洸にだけ告げられたのが少し寂しかった。どうせ、宿に戻れば同じ部屋なのだけど。
「俺もそろそろ戻るけど?」
 言いながら、洸は今まで付けていたイヤホンを外した。声が聞こえる程度に音を絞りずっと聞いていたのかもしれない。
 静は同意すると、揃って街灯りの方へと向かう。星は街灯りのせいか、ほんの少しずつその姿を消していった。それでも都会で見る空より多くの星が瞬いているのだが。そんな空を未だ名残惜しそうに歩いていると、不意に隣の洸が口を開いた。
「独りは嫌?」
 空に気をとられていたせいか静の反応は遅れる。思わず立ち止まると、洸も少し先へ行ったところで立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
「さっき柾葵からちょっと聞いたんですよ。不安がってるみたいだって」
「……え?」
 あまりにも意外な言葉に、その時どんな顔をしたか静は知らない。ただ、洸が微かに笑みを浮かべたのだけは確かだった。
「根は多分悪くない奴だから。色々葛藤があるんだと思うよ。キミに直接言えば良いのにね」
 そう言い、静から視線を外すと空を仰ぎ「まぁ、今のままじゃ一生言えないだろうけど」と小さく呟く。
「柾葵がどうだか知らないけど、例えばこの旅に終わりが来たとして、どうせ帰る家も場所も無いから又違う旅に出るかもしれないかもですね」
「それは……洸さんの?」
「そう、旅が終わったとしての話」
 さっきは出すことの出来なかった答え。
「俺はずっと独りが当たり前で、でも今はこうして偶然か必然か三人で居て、皆の目的が果たされれば確かに離れ離れかもしれない。でも、それで終わりじゃないと思うよ」
 言いながら洸はゆっくり歩き出す。その後を慌てて追いながら静は言う。
「終わりじゃない?」
 それは今、この場限りの励ましかとも思った。
「少なくとも柾葵はキミの事を気に掛けてるし、俺も三人の旅が悪いとは思ってない。そういう事を覚えてて欲しいし、旅が終わっても続く何かはあると思うよ。それに――……えっと」
 けれど、それがそうでないと気づかされる。
 最後、洸は言いかけた言葉を止めると、ふと思い出したかのように上着のポケットに手を入れ何かを探し始めた。やがて振り返り、差し出されたのは赤いミニディスク。
「えっと……これはMD、だよね?」
「少しは気分落ち着くと思うから。プレイヤーは無ければ貸すし」
 ミニディスクはプレゼント、良ければ聴いてと言う意味が込められている――そう解釈して良いのだろう。差し出され続けているそれを受け取ると、静は笑顔で礼を告げた。
「――ありがとう、洸さん」
 例え見えていなくとも、そういう雰囲気というものは伝わるのだろう。
「どういたしまして」
 そう、微かに笑みを浮かべ言うなり洸は歩き出した。その隣を、静は気配を保ちながらついていく。
 丘を離れ街の中。揃って酔いそうな人ごみを掻き分け何とか宿の前まで戻ると、入り口に見慣れた姿を見つけた。
「あ……柾葵さん」
 何故か入り口の階段に、先に戻っていたはずの柾葵が震えながら座っている。そして二人の姿を確認するなり、感覚が無くなり掛けている手でペンを握り、メモに短く何かを書くと、それを静にズイッと渡した。
『遅い、寒い、眠い。』
「どうして、部屋に戻ってなかったの?」
 当たり前の疑問だが、洸は予想していたらしい。
「鍵無いのに先行ったのが悪い。風邪引いても知らないからな、お前」
 そう言い柾葵の横をあっという間にすり抜け中へと入っていった。
「ロビーで待ってれば良かったのに……。でも――柾葵さん」
「……?」
 洸の後を追おうと立ち上がり入り口を見た柾葵は、静の言葉に足を止め振り返る。そこにすかさず感謝の言葉を笑顔で向けた。
「どうもありがとう」
 鍵が無いとは言え、まるで二人を迎えるよう待っていたこともそうだし、洸から聞いた言葉のこともある。
「………………っ!」
 しかしその瞬間、柾葵は口元を押さえると同時ぐるっと方向転換し、あっという間に宿の中へと入っていった。バタンとドアの閉まる音。
「ぁっ……行っちゃっ、た」
 残ったのはドアベル、その音の名残だけかと思われた。
「ん、コレって……?」
 風に靡きカサカサと音を立てているのは、柾葵が持っていたはずのメモ帳だ。慌てて落としていったのだろうかと拾い上げ気づく。不自然にペンが挟まっていた。確か彼は普段、メモとペンは別々に持っていたはずだ。そっと、ペンが挟まっている場所を見てみた。


 ――――息を呑む。


「――えっ……柾葵、さん!?」

 メモ帳を握り締め、静は柾葵が消えていったドアを開ける。ロビーに居た人々が振り返るが気にはならなかった。それ以上に、今まさに階段を上がっていく彼を追うことに夢中になっていたのかもしれない。
「っ、ありがとう!!」
 一旦踊り場まで上がりきり、折り返し姿が見えなくなるところまで行ってしまった柾葵の背に向ける。
「僕、明日からはもう大丈夫…だと思うから」
 こんなにも必死になってしまうほど。二人の存在は大きくなっていたのか。ただ無意識に、伝えたかった。
 確かに人だから、だから弱さもある。けれど、こうして二人の間に居て救われることもあると。
「ありが、とう……ホント」
 最後の言葉は届いたのかわからない。
 ただ、やはり踊り場で足を止めていた柾葵が、一瞬階段下に居る静を見た。その表情に、笑みが浮かんだのはきっと静の見間違いでは無いのだろう。
 もう何も言わず、何も伝えず彼は去った。
 静はただ一人。階段下でメモ帳をぎゅっと握り締める。
 そこには一枚、静に宛てられていたページがあった。ただ一言。たった一言なのに。

『元気出せよ。』

 その言葉はやけに温かく思え。
 謝りながらもそのページは切り離すとポケットの中へと入れた。ミニディスクと共に。


 やがて静もゆっくりと階段を上がる。柾葵が通った道を。もしかしたら洸も通った道を。
 部屋に戻ったら二人になんと言おう。
 それが、短い道のりながらも帰るまでの楽しみ。
 廊下の窓から見る夜空には、まだ無数の星が輝き、そして流れていた――――。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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→PC
 [5566/菊坂・静/男性/15歳/高校生、「気狂い屋」]

→NPC
 [  洸・男性・16歳・放浪者 ]
 [ 柾葵・男性・21歳・大学生 ]

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、亀ライターの李月です。雪月花2話のご参加有難うございます!
 最初に…念のため読み返して確認もしたのですが、こちらが間違えていたら本当に申し訳ないです。現段階でまだ旅の目的が露になっていない状態の筈でしたので、質問を少し掘り下げてみました。今回の質問の答えは二人にとって難しいものの、共にずっと先の事に何かしらの覚悟を持っているというは確かです。何に対して、かは全く違うのですが。ピンポイントで良い質問が来ましたのでちょっと良いことも起こりつつあります。まだ形には表れませんが。
 なんだか今回色々な事がありましたが、結果的に良い変化が出てきたと思います。ゆっくりですが、少しずつ二人揃って変化が現れています。
 柾葵は此処に来てようやくまともに接し始めてくれているようです。
 洸からのMDは実際中身があります。興味ありましたら何処かでどうぞ。そして彼に関してはもう少し進むと、今は曖昧な変化がきちんと形になって表れると思います。
 最後になりましたが、何かありましたらお気軽にご連絡ください。

 それでは、又のご縁がありましたら…‥
 李月蒼