■妖精と茨の輪■
紺藤 碧
【2470】【サクリファイス】【狂騎士】
 少し町外れの広場にそれはそれは綺麗な輪っかの模様が浮かび上がるんだってさ。
 最近になってよく見られるようになったが、数日すると消えちまうから、噂を聞いて見物に行くころには消えちまってる。
 でもよ、そこに輪っかがあったって言う証拠だけは残ってるんだ。
 何かって?
 模様自体は消えちまってるが、その一番ふちっこの丸い形に草が枯れてたりキノコが生えてたりするんだとよ。
 実際見た奴の話じゃ、キラキラしてたって言ってたなぁ。

 あぁ、そうだ! もう1つ。
 どうやら模様がある内にその輪っかに入ると、なんてーか別の場所に出るだか、変な事が起こるだか、あるらしいぞ。
 だからかねぇ、仲間内ではその輪っかの事を、

『フェアリーリング』

 てぇ、呼んでるんだってよ。
 もし出くわしたら、一度入ってみるのも面白いかもな。


妖精と茨の輪 〜月の無い街



 コンコン。と、いつもの様に叩いた宿屋の扉が開かない。
 サクリファイスはふと怪訝そうに微かに眉根を寄せる。が、すぐさまふっと寂しそうに微笑み、叩いていた手を視線と共に下ろす。
 そんな気持ち、本当は買い被りかもしれない。
 彼が――ソール・ムンディルファリが自分に一言も告げず姿をくらます事なんてしない。なんて。
「あぁ、サクリファイス」
「!!?」
 扉の前でちょっとした考え事に浸っていたサクリファイスは、名を呼ばれた事にびくっと肩を震わせる。
「すまない。ちょっと立て込んでいた」
「あ…いや、いいんだ」
 何だか心中言い当てられたような気がして、サクリファイスは作り笑いを浮かべて、胸の前で不自然なほどに何でもないと手を左右に振る。
 そして、扉を開けたまま、すたすたと部屋の中へと戻っていったソールに釣られるように部屋の中へと足を踏み入れた。
「旅支度……?」
「ああ」
「旅に出るのか?」
 簡素にまとまった荷物や、サクリファイスが最初に出会ったときに羽織っていたフードマントがベッドの上に並んでいる。
 そう、自分と―――サクリファイスと出会い、ソールは今まで縛られていた呪いから開放され、完全な自由を手に入れた。
「……もう呪いはない。これからは、あなたが求めたいものを求めたらいいと思う。この旅がそれだと言うなら、引きとめはすまい。ただ」
 今まで得られなかったものも、今なら、これから、少しずつ手に入れていけばいいのだ。そして、その新しい何かを手に入れる場面に、立ち会えたら。
「私も同行を、いいかな?」
「旅…とは、違うかもしれない」
「??」
 疑問符を浮かべて首をかしげるサクリファイスに、ソールはどこか沈痛な面持ちで瞳を泳がせ、含ませるように口元を歪ませる。
「故郷に……」
 帰る? 戻る? 言葉の最後だけはなぜか口ごもらせ、ソールの瞳は泳いだまま。が、やっと先ほど言われたサクリファイスの言葉に思い当たったのか、ゆっくりと彼女に視線を向けた。
「……なぜ?」
 けれど、どこかテンポを崩すような、余りにも問う事が当然と言うような口調のソールに、サクリファイスは肩をすくめて苦笑するように息を薄く吐く。
 そして、ずいっと、まるでソールを問いつめるように、きっと眉を吊り上げた。
「マーニの心は未だ完全に癒えていない。二人きりでは道中、何かの事情でマーニから離れなければならなくなったとき、彼女はどうする?」
「あ……」
 そんなサクリファイスの言葉に、当のソールはその事実に今気がつきましたと言わんばかりの対応。
「“あ……”じゃ、無いだろう。まったく」
 本当はどこか抜けたところがある。この様子だとその点をまったく考えていなかったようだ。
「……と、理屈っぽく言ってみたけど」
 本当は単に、このまま戸口で見送ってさようならをしたくないだけ。
 そんな、想いと現実の狭間のような、小さな声音がサクリファイスの口から零れ落ちる。
(とはいえ、同行は私の望み)
 サクリファイスが一緒に行く事を彼が望むか拒むか。
 が、真剣な眼差しで見つめるサクリファイスの事には気がついた様子が無く、ただ考えるような視線のままボソリと告げる。
「そう言ってくれるのは、……嬉しい」
 どこか照れるような、多分、自分でもどう表現したらいいか分からない暖かさに顔を緩めたソール。
 けれど、はっとしたように一瞬瞳を大きくすると、その顔が一瞬にして険しいものとなる。
「いや、ダメだ」
 何テンポか返答をずらして、ソールはサクリファイスに答えを返す。
 決めるのはソールと決めていたサクリファイスは、その答えに寂しげに瞳を伏せ、
「そう―――…」
「俺は、あそこにマーニが捕らえられていると思っている」
「え?」
 拒まれたのならば、無理強いはすまいと考えていたサクリファイスであったが、その言葉を遮るように紡がれた言葉に、面食らうようにして顔を上げる。
 捕らえられている。
 ソールの口から出た不可思議な言葉。
 ソールの後ろには、昨日と同じようにマーニが車椅子に腰掛けている。
 なのに―――
「捕らえられている?」
 疑問を込めて反芻した言葉に、ソールは頷く。
「マーニの心は壊れたんじゃない。捕らえられた」
 だから、それを取り返すために、ソールは向かうのだという。
 そして、一緒に行く事はサクリファイスに危険が及ぶため、連れて行くことは出来ない。ソールはそう口にした。
「ソール……」
 サクリファイスは静かにその名を呼び、ソールを見た。けれど、こんな時どんな表情を浮かべればいいのか分からない。
 ぐっと唇をかみ締め俯いていたソールは、そのまま叫ぶように口を開く。
「嬉しかった。一緒に……だけど!」
 頭を上げたソールの顔は今にも泣き出しそうに歪んでいた。
「マーニだけじゃない。サクリファイスにまで何かあったらっ…!」
 ソールはサクリファイスの両肩を一度掴み、その手は徐々に力なく解け今ではサクリファイスの服の裾を掴むほどに弱くなっていた。
「大丈夫だ」
 多分、呪いが解けてまもなくて、まだあの頃を引き摺っていたとしても、いつものソールがここまで感情をあらわにする事は無いように思う。
 それほどに、ソールの中でサクリファイスという存在が大きいということ。
「……守れる自信がない」
「守ってもらいたいなんて言っていない。ただ、共に行きたい。私はそう言っただけ」
 一緒に行けない理由が、拒絶からではなく、自分の身を考えてくれたという事が、ただ、嬉しくて。
「それに、ソールが私を思ってくれたように、私だってソールを思っている」
 傷ついて欲しくない。
 それは誰だって思う感情。それが大切に思う人ならば、尚更。
「マーニも連れて行くのだろう?」
 その問いにソールは頷く。
「一人が無理でも、二人なら出来る事もある」
 守ってほしいなんて思っていない。けれど、守れるならば守りたい。
 その身だけではなく、心を。
「私も同行を、いいかな?」






 二人――いや、三人は、エルザードから余り離れていない浜辺に来ていた。
 マーニに確固たる自分の意思や心が無いが、身体能力まで失われてしまったわけではない。彼女を一人で歩かせている力。それはソール達の一族が持つ特殊な魔法の力なのだそうだ。
 けれど、たどたどしく歩くマーニのさまに、倒れてしまうのではないかとサクリファイスは気が気ではなかった。
「サクリファイスは、飛べる…よな」
 振り返ったソールがサクリファイスの背中に称えられた黒の翼を見て呟く。
 そして、今まで一人で歩かせていたマーニを抱えると、打ち寄せる波間に向かって歩き出す。
「……そっちは海!?」
「いいんだ」
 すぅ…と、歩き出したソールの足元が光る。
「!!?」
 ソールの足元に白い羽根が飛ぶ。腰をかがめ手を伸ばすが光る羽根は指先をすり抜けた。
「幻……?」
 不思議な軌跡を描くその足元を見つめ、サクリファイスは顔を上げる。
 海の水面に作られていく白い羽根の輪………
「サクリファイス?」
「あ…あぁ」
 その光景に見入っていたサクリファイスは、名を呼ばれ我を取り戻すように翼を広げ海の上のソールを追いかける。

 最後の一歩。輪が、完成した瞬間―――

 描かれた輪の中から真っ直ぐに光の筋が空へと上っていく。
「これは…」
 誰かが噂していたフェアリーリング。もしかしたらこれがそうなのかもしれない。
「行こう」
 光の中へマーニを降ろし、ソールは振り返ってそっと手を差し出す。
「ああ」
 共に行くと決めたのだ。この先に何が待っていようとも後悔はない。
 そして、サクリファイスは、ゆっくりとその手を取った。



 光の輪をくぐり、足元からコツンと音がする。
 その音は、自分が何かの上に着地した事を意味していた。
 サクリファイスは浮遊感から開放された事に、ゆっくりとその瞳を開き辺りを見回す。
 空から降り注ぐ光は乱反射のようにキラキラと天上で光る。
 天上―――?
 見上げた空はゆらゆらと、まるで水の中を眺めているかのように揺れている。
 本物の空ではないと気がついたのは、2本の銀色の筋がこの街の空を走り、片方の筋にまるで太陽のような光が輝いていた。
「ここが…、俺たちの故郷『天空儀』だ」
 苦々しく言い捨てたソールの言葉に、サクリファイスはぎゅっと胸の前で手を握る。
 見回せる範囲で見回してみても、この街がソールやマーニにあんな過酷な呪い――運命を与えた場所には思えなかった。
 街は複雑に組み合った水路には透明な水が流れ、小さな滝がキラキラとあたりに光を撒き散らし、広場には大輪の花々が咲き乱れ、人々は穏やかに笑いあっている。
 逆に、まるで聖地のよう―――……
「“ソール”か!」
 声に、サクリファイスとソールははっとして顔を向けた。
 立っていたのは、ソールやマーニと似た衣装に身を包み、杖をついた老齢の男性。
「お前は……」
 サクリファイスはソールがぎりっと奥歯をかみ締めた音を聞く。
「その女を変わりに差し出すというのか!?」
「いや、もう遅い遅いのだ!!」
「この街から安息が消えた! 安息の夜が消えた!!」
 老人の後ろからゾロゾロと人が集まり始める。
 けれど、サクリファイスが見た広場の人々は、この騒動が聞こえる距離に居ても、まるで何事も無いかのように、変わらず笑いあっている。
 この街にある表と裏―――
 それを一瞬にして見た気がした。
 老人たちは、こちらの事などまるで気にせず口々に叫ぶ。
「お前がハティを消したせいでこの街から月が消えた!!」
「お前が変わりにならねばならぬ!」
「“ソール”と“マーニ”は対の存在! “マーニ”が太陽となるならば、お前は月にならねばならぬ!」
「捕らえよ! “ソール”を捕らえよ!!」
 老人が杖を床に打ちつける。
 その瞬間、老人の後ろからまるで操られているかのように、人々が自分たちが立つ広場へと走りこんでくる。
「ソール?」
 流石に人々を傷つける訳にはいかないだろう。と、サクリファイスはソールに問いかける。が、
「……そうか、マーニはあそこか…」
 ソールは何か取り付かれたように小さく呟き、空を見た。
 その視線の先。それは、銀色の筋に沿うように動く、小さな太陽。
 人の波が押し寄せる。
「ソール!?」
 人の波は簡単に二人の隙間を埋め尽くし、攫われるように距離が離れていく。
(っく……)
 翼を広げ飛び上がろうとした瞬間だった。
「!!?」
 サクリファイスは強く手を引かれ、驚きに瞳を見開く。
 体制を崩しそうになりながら、自分の手を引いた人物に振り返った。

 そこに居たのは、二人に良く似た女性だった―――









to be...







☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2470】
サクリファイス(22歳・女性)
狂騎士

【NPC】
ソール・ムンディルファリ(17歳・男性)
旅人


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 妖精と茨の輪にご参加ありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。
 今回は「夜と昼の双子」の続きとして、どちらかというと謎解き的な話になっていきます。
 女性の正体はなんとなく予想が立てられるかと思います。加えまして、抜け殻のマーニは街の人々には不要ですので、その所在はサクリファイス様が決めてくださって構いません。しかし、ソールとはこの時すでに逸れています。
 この先何が待ち受けているか…「行動」というよりはやはり「想い」の話になっていくのでしょう。
 思えば、こちらの話で花の結果を…と思うと、他納品にて別の花でなければ変化が分からないという事に気付きました…。
 それではまた、サクリファイス様に出会えることを祈って……



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