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■おそらくはそれさえも平凡な日々■

西東慶三
【0424】【水野・想司】【吸血鬼ハンター(埋葬騎士)】
 個性豊かすぎる教員と学生、異様なほど多くの組織が存在するクラブ活動、
 そして、「自由な校風」の一言でそれらをほぼ野放しにしている学長・東郷十三郎。

 この状況で、何事も起きない日などあるはずがない。
 多少のトラブルや心霊現象は、すでにここでは日常茶飯事と化していた。

 それらの騒動に学外の人間が巻き込まれることも、実は決して珍しいことではない。
 この物語も、東郷大学ではほんの些細な日常の一コマに過ぎないのである……。

−−−−−

ライターより

・シチュエーションノベルに近い形となりますので、以下のことにご注意下さい。

 *シナリオ傾向はプレイングによって変動します。
 *ノベルは基本的にPC別となります。
  他のPCとご一緒に参加される場合は必ずその旨を明記して下さい。
 *プレイングには結果まで書いて下さっても構いませんし、
  結果はこちらに任せていただいても結構です。
 *これはあくまでゲームノベルですので、プレイングの内容によっては
  プレイングの一部がノベルに反映されない場合がございます。
  あらかじめご了承下さい。
消せぬ想い

〜 消えぬ傷痕 〜

 歌姫の想いが、そしてそこから生まれた優しい桜色の光が、風野時音(かぜの・ときね)の傷を消していく。

 これで、もう大丈夫――そのはずだった。
 少なくとも、これまでならそう思えていた。

 確かに、時音の身体の傷は、微かな痕こそ残っているものの、すでにほとんど支障のないレベルまで治癒している。

 しかし。
 時音は、あまりにも多く、あまりにも深く傷つきすぎた。
 誤解されることも多いが、癒しの力を用いて傷を癒すというのは、内的な自然治癒力を呼び起こすにせよ、外的な力で直接治療を行うにせよ、あくまで「傷を癒す」だけであって、「傷そのものをなかったことにする」わけではない。
 つまり、傷の場所や程度、種類などによっては、後々まで傷痕が、そしてその傷の影響が残る可能性は十二分にあるのだ。

 無関係な人間がぱっと見ただけならば、時音にそのような深刻な傷が残っているようにはとても見えなかっただろう。
 けれども、時音の魂と響き合う歌姫には、訃時に斬りつけられたあの傷や、その傷の部分から四方へと走るいくつもの小さな亀裂がはっきりと目に見えていた。
 それらの傷や亀裂から、彼の振るう光刃によく似た蒼白い光が漏れだし、虚空へと消えていく。
 漏れだして、消えていっているのは――まぎれもなく、時音の命そのもの。
 彼の視力が失われたのも、きっとこれが原因だろう。
 そして、その傷口がふさがっていない以上、時間が経てば、さらに悪い影響が出てくるであろうことは想像に難くない。





『彼はもう限界だよ』

 嘘だ。

『このままなら、間違いなく死ぬ』

 嘘だ。

『次に戦えば、おそらく彼はもう助からない』

 嘘だ。
 みんな嘘だ。

 どれだけ否定しても、あの日の言葉が、そしてそんな考えが否応なしに脳裏に浮かぶ。





 認めたくない。
 信じたくない。

 それでも――ことここに至っては、認めざるを得なかった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 逃れられぬ現実 〜

『……その通り』

 どこからともなく、声が聞こえた。

『だって……「私と私達」は教えてあげたでしょう……?』

「私と私達」。
 こんな言い方をするのは、歌姫の知る限り「一人」しかいない。
 訃時(ふ・どき)だ。

 ――でも、一体どこから?

 動揺する歌姫を嘲笑うかのように、淡々と声は続ける。

『彼の願いは彼を殺す』

 彼の来た「悲しい未来」から、この世界を救うこと。
 それが、時音の願いだった。

 その願いを叶えるためには、彼は戦うしかない。

 けれども、次に戦えば――時音は、死ぬ。

 それは、絶対に嫌だ。

『既に私達は街に溢れ出した。
 耐性が無い者には憑依して仲間とし、耐性がある者達は皆で迎えに行く。
 神霊や精霊とて例外は無い。
 よって立つ自然法則そのものを破壊する上、貴女の歌以外の方法で傷つけられても、ほんの砂粒一つ分残れば、私達は耐性を持って再起動する』

 こうしている間にも、時音の知る未来、あるいはそれよりもなお悪い「悲しい未来」へ向けて、世界は、そして訃時は確実に歩を進めている。
 その様子を、歌姫はありありと脳裏に思い描くことができた――それを望むと望まざるとに関わらず。

『けれど……貴女の力では未だ増え続ける私達を封じきる事は出来ない。貴女では怨念の海を渡りきれない』

 わかっている。
 今の自分は、まだあまりにも無力で。
 せっかく訃時を倒せる武器を持っているのに、それを訃時に突き立てられるだけの力がない。
 それはとても悲しい現実。

 自分にもう少し力があれば。
 そう思わずにはいられない。
 しかし、それは意味のない仮定だ。

『水野さん達は私達を一体一体順に消していくしか方法が無い』

 わかっている。
 彼らの力ならば、個々の怨念、訃時の言うところの「私達」の一部を倒すことは容易いだろう。
 けれども、全体としての「私達」に対しては、それはあまり意味を持たない。
 彼らが倒す端から、恐らくそれ以上の早さで「私達」は増え続けていく。

 力尽きれば終わり。
 仮に力尽きることがなかったとしても、状況は悪化する一方で、好転することはあり得ない。

『故に、残りは一つだけ』

 そう。

 本当はわかっている。

 この状況を解決できる、たった一つの方法。

 そして――それは、歌姫の最も望まない方法。

『時音さんを私達と戦わせることだけ』

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 選べぬ選択 〜

『そうすれば……彼は死んでも消去力は私達を殺しつくす。
 私達は永劫の闇から空へと還れる。あやかし荘の人達も誰も彼も死なずに済む。
 ほら? たった一つだけ。それで、大勢の命が救われる』

 訃時の言葉は、確かに筋が通っていた。

 時音が訃時と戦えば――おそらく、時音は負けるだろう。

 けれども、時音には「切り札」がある。
 彼自身という、最強の「爆弾」が。

 その「爆弾」が起爆すれば、彼の「消去力」によって、訃時の存在はこの世から消滅する。
 彼女の言う「私」も、「私達」も含めた、「訃時」という存在全てが。

 そうすれば、この事態はほぼ収束する。
 しばらくは多少の混乱が残るだろうが、少なくとも時音の来たような「悲しい未来」を招くことだけはないはずだ。
 そうして、世界はあるべき姿に戻っていくだろう。

 命を落とす時音と……大切な人を失う、歌姫の二人だけを除いて。





『そしてあの子には……思い出だけしか残っていなかったからこそ……それに相応しかった』

 そう。
 歌姫が初めて出会った頃の時音は、「過去にだけ」生きていた。
 かつての後悔をずっと引きずって、その埋め合わせのためだけに生きて、戦い続けていた。

 彼の時間は、止まってしまっていた。

 少なくとも、歌姫と出会うまでは。





『なのに……貴女はそんな彼に夢を求める。
 一度目は怪物になろうとした時。貴女の歌が届かなければ彼は復讐鬼になれた。
 そうすれば、魂がこんなにも磨耗などしなかったのに』

 かつて、時音が怒りに任せて「人間」に復讐しようとした時。
 どこからともなく歌が聞こえてきて、それを聞いているうちに、彼は冷静さを取り戻した。
 そして、そのおかげで大切なことに気づけたと、いつか時音が語ってくれたことがあった。

「人間だから」というだけの理由で殺したら、「異能者だから」というだけの理由で彼の仲間たちを殺した虐殺者たちと同じになってしまう。
 そのことを教えてくれたのは、他ならぬ歌姫の歌だったのだと。

 おそらく、彼は「救われた」と考えていただろう。

 しかし、ひょっとしたら、そのことが彼をより苦しめることにつながっていたのだろうか?

 戸惑う歌姫に、訃時はさらに続ける。

『そして二度目は今。何も願わなければ、彼はとっくに使命を果たしていたはずなのに』

 この戦いに臨む前に、歌姫は時音と約束をした。

 ――私は絶対に死なないと誓う。だから、貴方もそう誓って……。

 時音は歌姫を愛してくれている。
 歌姫が時音を愛していることも、十二分にわかってくれている。

 だから、時音は約束を守ろうとする。
 約束を破れば、歌姫を悲しませ、傷つけることになると知っているから。
 自分のためではなく、あくまで彼女のために、彼は生き続けようとする。

 そのことが、時音に「切り札」を使うことをためらわせているのだろうか?
 もともとあまり生に執着していなかった時音をこの世につなぎ止めようとして、彼を苦しめているのは、実は歌姫自身なのだろうか?

『死なないでほしいという残酷な夢。
 彼を殺せば世界が救われる。彼を救うには世界を殺すしかない。
 二つに一つしかないというのに、そのどちらも貴女は選びたくはないという』

 二つに一つ。
 確かに、そうなのかもしれない。

 だが、もしそうだとしても、歌姫にそのどちらかを選ぶことなどできない。





 しかし、他の人たちはどうだろう?

 多くの人が訳知り顔で命の大切さを説く。
 中には「地球より重い」などと口にする者さえいる。

 けれども、もし本当に「ある一人」を犠牲にすることで、この世界そのものを守れるとしたら?
 その「一人」を殺すことで、世界を破滅に追いやろうとしている災厄を消し去れるとしたら?

 彼らは同じことを言うだろうか?
 その「一人」を犠牲にしようとすることを、間違っていると言うだろうか?





 わかっている。

 ほとんどの人が、そうは言わないだろう。
 彼らにとって、時音はただの「知らない人間」の一人なのだ。

 命は地球より重くなどない。本当は誰だってわかっている。
 まして、誰とも知らぬ人の命が、自分や、自分の大切な人の命より重いはずがない。

「時音を犠牲にすれば、この世界は助かる」。
 もし世界がこの事実を知れば、世界は時音にこの災厄を静める人身御供となることを望むだろう。

 そして、おそらく、時音はそれを拒まなかっただろう――もし、歌姫がいなければ。
 歌姫が、彼に生きてほしいと願わなかったならば、彼はためらいなくその身を犠牲として、世界を救っていただろう。
 それこそ、世界が彼に望むであろう通りに。





 ――自分なのだろうか?

 たった一人、世界と考えを異にし、時音をあくまで生かそうとしている自分が、時音を苦しめているのだろうか?

 時音は戦って死ぬ。
 訃時は消える。
 世界は救われる。

 その調和を崩すたった一人の障害が、自分なのではないだろうか?
 とはいえ、もしそうだとしたら、一体歌姫自身の気持ちはどうすればいいというのだろう?

『それは……とてもとても残酷な事なのに』

 悩み、苦しむ歌姫の心を、訃時の言葉が追い討ちをかけるように鋭く抉っていく。





 ――私が悪いの?
 ――私がみんなを、自分を、そして時音を苦しめているの?
 ――だとしたら、私は一体どうしたらいいの?





 その答えの出ない問いは、まるで底なし沼のように歌姫の心を飲み込もうとしていた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 消えぬ想い 〜

 歌姫の苦悩を打ち破ったのは、訃時とは違った声だった。

「……違うよ」

 声の主は――時音。

「だって……君がいたから……僕は僕でいられたんだから」

 横たわったまま、今にも消え入りそうな声で、しかし、不思議にはっきりと。

「幸せでいられたんだから……今だってそう……」

 そう言いながら、時音は弱々しく手を伸ばし、歌姫の頬に触れた。
 その手が、微かに蒼く光り――その瞬間、いつの間にか歌姫に忍び寄っていた訃時の欠片が、紅い光となって姿を現した。
 その欠片に、時音がそっと手を伸ばす。
 紅い光の欠片は、時音の蒼い光と触れると、音もなく消えていった。

 それと同時に、訃時の声も――そして、歌姫の迷いも消えていく。





 すでにその瞳から光は失われ、命の炎も消えかけて。
 魂まで、ボロボロになっても――それでも、時音が笑ってくれたから。

 少しだけ寂しげに、けれど、本当に幸せそうに笑ってくれたから。





『後悔の無い選択なんて言わない。結果は終わらないとわからない』

 そう。
 まだ何も終わっていない。

 だから――最後まで彼を支え続ける。
 最後の最後まで、奇跡を信じ続ける。

 選べない二者択一なら、選ばなければいい。
 与えられた答えではない、三つ目の道を最後まで探し、あるいは切り開く。
 それが、今の自分にできる、たった一つの「正しい選択」だから。

 その思いを新たに、歌姫はそっと時音の手を握った。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 変わらぬ連中 〜

 一方その頃。

 目にも止まらぬ速さで振るわれる銀色の刃が、さながら流星の尾のような軌跡を残しつつ、数十、数百の怨念を撫で切りにしていく。
 荒れ狂う暴風のような勢いで振るわれる魔王の拳が、向けられた紅刃をへし折り、文字通りに粉砕していく。

 地上では、迫り来る無数の怨念たちを向こうに回しての、水野・想司(みずの・そうじ)と海塚・要(うみづか・かなめ)の戦いが続いていた。
 個々の戦闘能力では遙かにこちらが上回るとはいえ、こちらはあくまで二人。
 有利か不利かで言えば、とてつもなく不利な状況である。
 それでも、やはり二人の力はすさまじく、局所的に見る限りでは、むしろ二人が怨念たちを圧倒しているようにさえ見えた。

 その様子を、金山武満はある種の感動をもって見守っていた。
 彼の周囲の空間は、パワードスーツに搭載された試作型の異常結界排除装置によって怨念たちが浄化され、一種の安全地帯となっているが、残念ながら現時点では異常結界の詳細なパターン解析も完了しておらず、効果範囲も著しく制限されるため、戦況を大きく動かすほどには至っていない。

 ともあれ、今問題なのは、そんなことよりも目の前の二人である。

 この二人が強いということを、彼らにたびたび関わっている武満はすでに知っていた。
 けれども、まさか、これほどまでとは。

 そして、それ以上に。
「この二人に……ここまでシリアスな戦いができたのか……!」
 そのことに、彼は強い衝撃を受けていたのである。

 普段、ご近所の覇権争いを繰り広げている二人からは、全く想像もできない「まともな戦い」。
 つい先ほどまで、この危機的状況にあっても相変わらずのドタバタを繰り広げていた二人であるから、正直なところ、このようなシリアスな空気になるとは夢にも思っていなかったのである。

 ところが、いざ実際に戦いとなるとどうだ。
 彼らは瞬時に戦士へと変わった。
 普段全然やっていないだけで、彼らは「やればできる」漢たちだったのである。

「俺が間違ってた……すごいじゃねぇか、二人とも!」
 その感動は、きっと武満一人のものではなく。
 テレビなどを通じてこの戦いの様子を見守っているであろう学級委員の少女やご近所の皆さん、そして普段の二人を知る全ての人々に共通するものに違いない。
「二人とも、最高にカッコいいじゃねぇか……!!」





 が。
「全ては我輩の夢! 東西南北中央を萌えにより支配した帝国! 海塚幕府を建国する為に!」
 その感動をぶち壊しにする一言が、要の口から発せられた。
 あまりのことに、武満が、そして恐らく同じように感動していた全ての人が、自分の耳を疑う。
 しかし、そんなことにはこれっぽっちも気づかず、要はさらに言葉を続けた。
「その前に水野以外の邪魔者をこれ以上増やしてなるも……ぐはあ!?」
 お約束通りに、言い終わる前に想司の過激なツッコミが入る。
 ――いきなり額のど真ん中に銀ナイフを投げつけるのを、「ツッコミ」の範疇で済ませることができるなら、だが。
 
「んっもう☆ 全国放送で『僕以外の攻撃ではもう快感を得る事が出来ない』なんて特殊な性癖をカミングアウトするなんて☆ 要っちのエッチ♪」
 そして、そのツッコミを入れた想司の方はというと、何をどう解釈したのか、悪びれるどころか、頬を赤らめて照れた様子を見せる始末。

 どこをどう聞いたらそうなるんだ、とか。
 そもそもそういうこと言ってる場合じゃねぇだろ、とか。
 もうツッコミ所は一つや二つではないが、その全てにいちいち律儀にツッコんでいたらきりがない。
 そうする代わりに、武満はがっくりと肩を落としてこう呟いたのだった。
「感動した俺が間違ってた……お前ら、別の意味ですごいよ、うん」





 と、そんなことをやっている間にも、怨念たちはますますその勢いを強め、数を増していく。
「……って! こんなことやってる場合じゃねぇだろ、なんとかしろっ!」
 我に返った武満が慌てて叫ぶ。
 それを聞いて、想司は不敵な笑みを浮かべた。

「そうだねっ♪ ぢゃ切り札……そろそろ逝ってみよっか☆」

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 1219 / 風野・時音 / 男性 /  17 / 時空跳躍者
 1136 /  訃・時  / 女性 / 999 / 未来世界を崩壊させた魔
 0424 / 水野・想司 / 男性 /  14 / 吸血鬼ハンター(埋葬騎士)
 0759 / 海塚・要  / 男性 / 999 / 魔王

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■         ライター通信          ■
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 撓場秀武です。
 この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。

・このノベルの構成について
 今回のノベルは、基本的に五つのパートで構成されています。
 今回は一つの話を追う都合上、全パートを全PCに納品させて頂きました。

・個別通信(水野想司様)
 今回はご参加ありがとうございました。
 今回は時音さんたちの側がメインとなった都合上、出番はやや少なめになったような気もしますが、かえってこの方が目立っているのは私の気のせいでしょうか?
 ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。