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■エストリエの棺 〜Beyond the pale〜■

緋烏
【1416】【ダージエル・ー】【異世界の神様】
【都内・某教会】
  教会連続襲撃事件発生よりひと月が経ち、パタリと犯行はとまった。
 地図上で確認するだけでも十数件。
 ルシアス、ニュクス両名と対峙した二教会も、後日確認をとれば死傷者こそなかったものの、敷地内は穢れに満ちていた。
「…すみませんでした、ブラザー・オニキス。結果的に連中の思惑通りになってしまって」
「いえ――…リージェスに関してはいずれその力が解放される時が来たでしょう。こうして傍にいられる間にそうなっただけ…今なら対処も教えてあげられる…ですから気に病まないで下さい」
 自分より立場が上の者に頭を下げられることに、オニキスは戸惑いを隠せない。
「とりあえず、汚された教会が多すぎる為、地域汚染もひどいです。よって一掃する為にも同時浄化を計画しています」
 近辺の力ある牧師、神父、修道士、修道女が駆り出され詠唱と応唱の相乗効果によって街を浄化するという。
 事態が大きくなってしまったことにより、ユリウスの日本においての立場も自分の立場も些か危うくなっているのは互いにわかっていたが、それでも経過より結果だと自分に言い聞かせ、ここまで来たのである。
「…しかし…いったい何を考えているのか…」
 教会に喧嘩を売っているといえばそれまでだが、どうにもそんな単純な動機だとは思えない。
 ニュクスの行動も気になる。
 何故リージェスの封印を解いたのだろう。
 彼女自身の精神的ダメージを狙っていたとするなら、やっている事に無駄が多すぎる。
 力を増幅させてメリットがあるのだろうか。
「―――…あの男…ニュクスの考えることですから、ゲームを楽しむには公平に…といったところではないでしょうか?」
 その声に振り返る二人。
 別館から聖堂へやってきたリージェスが、扉の傍にたたずんでいた。
 心配そうに見やるオニキスに、リージェスは大丈夫と言わんばかりに静かに微笑む。
「ゲーム?今までの行為も?」
 ユリウスの問いに、リージェスは今までのどこかおどおどした態度ではなく、毅然と答える。
「おそらく。ニュクスは――魔導的探究心だけで今回の事件に関与していると思われます。私を魂の牢獄から解き放ったのは…ゲームのタイムリミットを知らせる為だと…」
 リージェスの体は今、急激に成長している。
 いや、成長と言うよりもはや老化といった方が正しいかもしれない。
 今のところは第一段階が終了したのだろうか、外見は16〜7歳でとまっているが、月が満ちるにつれて魔力が増大している。
「――流れ出した砂は止まらないし戻せない…今でこそ落ち着いていますが…多分、次の満月にはまた――」
「その兆候が?」
「内に渦巻く力の渦が…外へ外へと広がっている感じがするので…」
 最初に体が成長した時の感覚と同じだと言う。
「次の成長がピークでしょう。人間的な感覚でいうなら」
 その次は成長ではなく、老化であると。
「…戦力外になる前に決着を―――ですか?」
 ユリウスは苦笑する。
 ちらりとオニキスを見やるが、彼はもはやリージェスの決断に異を唱えたりしない。
「次の満月までに、何とか情報をかき集めましょう」

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【都内・某所】
 「いい眺めだ」
「街中に不浄の空気が充満しているだろ?苦労したんだぜー」
 楽しんでただろうが、とルシアスは笑う。
「――あと少し、か…」
「調整は第二段階終了間近。次の満月まであと一週間…連中の動きも、こちらの予定通りだ」
 すべては順調。そういい切るニュクスに、ルシアスは満足げに微笑む。
「…やっと、道が開けるな…お前はどうする?」
 すべてが終わったら。
 その問いにニュクスは声を上げて笑った。
「俺ぁこの世界にもともと存在する者だしな。今更別のところなんて興味ないね。この一世一代のイベントを成功させたら…また退屈な暮らしに戻るだけサ」
 享楽的なエストリエ。
 この世界での、自分の立場。
「だから余計なこと考えずに行っちまえ、朋友」
「お前らしいな」

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【都内・神名木高校前、翠明堂】
 「――…とうとう、動き出しましたか…」
 上空を見上げ、常人には見えないどろどろした念の塊を睨みつける翠明。
『…いくんか』
『いってまうんやねぇ』
「…すみません、お二方。これもまた宿命と言ったところで」
 苦笑する翠明に、つららとひさめは、仕方ないことだと苦笑する。
 人型に変化した二匹の猫又は、店の事は気にしないでいいと、胸を張った。
「本当に、何から何までご迷惑を…翠麗さんもお二人には感謝しておりますよ」
『実際に会う機会があるとすれば…アンタがここを出て行くときやな』
「ええ、その時は…きっと翠麗さんの口から」
 今までありがとう、と。

「――では、自分もそろそろ準備を始めます」
 そう言って翠明は、自らの足に刻まれた呪印を解いた。