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■坂川探索■

siihara
【6678】【書目・皆】【古書店手伝い】
 地下鉄坂川駅で列車を降りて2番出口から地上に出ると、目の前には中途半端な大きさの雑居ビルがある。三階の窓は辛うじて窓の役割を果たしているが、他の階の物は割れていて天井から垂れたコードが見え隠れしている。
 回れ右をして自分が出てきた建物を見上げると廃ビルだった。結構な大きさで、もしかしたら会社の一つでも入っていたのかもしれない。規則正しく並ぶ窓は皆一様に濁っていて中を伺う事はできないが、なんとなく人の息遣いを感じた。
「なあ」どこから沸いて出たのか、少年が一人立っていた。「お前暇なの?」
 彼は目が合うなりそう言ってきた。
「暇ならちょっと手伝わない? 勿論タダとは言わないし」
 考える暇も与えずに、少年は内緒話をするかの如く右手でおいでおいでをして自分を呼び付けた。暇だと正直に言うのも癪だが、あてのない自分は少年に近付いた。ひらひら動いていた少年の右手が自分の左腕を掴んで、ぐっと引き寄せられた。
「宝探ししようぜ」
 にやりと笑って自分の目を覗き込んできた少年は、半ば拉致するように自分を引っ張って行った。

坂川探索

 ――次は△△。△△。
 ガクン、と電車がやや乱暴に止まった。その振動で目を醒まし、ぼんやりした頭でプルルルという扉が閉まることを告げるベルを聞いて慌てて立ち上がった。書目皆が車両を降りたそのすぐ後ろで、プシューと音をさせて扉が閉まった。
 ガタンガタン、と徐々にスピードを上げながら列車がホームを出ていく音を聞きながら、書目はだんだんはっきりしてきた頭で自分が今降り立った駅を確認する。なにかいつもより汚い気がするのは気の所為ではない。
「あぁ、しまった」つい口をついた。「間違えた」
 その駅名は路線図でだって見た覚えがないくらい、馴染みのない名前だった。

 書目皆は、何か特別な目的は持たずにゆったりとした休日を過ごしていた。洋服を見たり、CDを試聴したりしながら、適当に街をふらついていた。地下鉄に乗り、よく足を運ぶ古書店に向かおうとしていたところだった。
 急いで行かなければならない理由があるわけではなかった。ほんの思いつきで、書目はこの『坂川』界隈を散策してみることに決め、階段を上った。

「お宝と言われても……」
 階段を上りきって地上に出た書目を待っていたのは、妙な少年による勧誘(?)と拉致だった。彼に強引に腕を引かれ、書目は今、じめじめした路地裏で四人の男たちに囲まれていた。妙な少年はカワライ、ひょろ長い男は発掘屋、制服を着てるのがスズキ、愛想がいいのが運び屋というらしい。
「別に高価なもん探してくれってんじゃないからさ。それっぽい、お兄さんが気に入ったもんでいいんだ」
 カワライは一通り宝探しというゲームの説明をした後、このゲームに書目がのることを促すように強い瞳で書目を覗き込んできた。
「まぁ俺らにとっても暇つぶしみたいなもんだったりするから、ね?」
「はぁ……」
「よし! じゃあ決まり」
 にやり、という形容がぴったりの表情をしたカワライは、彼の仲間たちに視線を移した。運び屋がはい、と小さく手を上げた。
「俺が手伝わせてもらいます。よろしく、書目さん」
 どうも、と軽く会釈すると、じゃ、行きましょうか、と運び屋は歩き出した。慌てて彼の後を追いかける書目の背に、いってらっしゃーい、というカワライの声がかけられた。


 坂川という街は、ごみごみしていて、なんだか汚い印象だった。無法地帯という表現がこれほど似合う場所を、書目はすぐに思い出すことができなかった。表通りには人の姿は少なく、稀にすれ違う人はどうも胡散臭いにおいがぷんぷんした。
 坂川に来たのは初めてだと話すと、じゃあとっつきやすいところから、と運び屋は地下鉄出口のすぐ近くの路地に入った。『かぶらき』と呼ばれる場所らしい。そこは細くて屋根のない路地だったが、ただでさえ細い通路を埋めるように露店が並んでいた。路地はそこそこ長いようだったが、真正面は露店の屋根が邪魔をして路地の突き当たり部分は確認できなかった。
「すごいですね」何が、ということもなく、書目は漏らした。
「汚いでしょう」ふふっと笑った後、運び屋が言う。「気になるところは見てってくださいね」
 気になるところ、と言われても、なんだか異世界に迷い込んだみたいに全てが真新しく感じ、すぐには足を止めてみようと思うことができなかった。そんな書目の様子を察したのか、運び屋は前を――なぜなら各々の露店の商品が通路まで侵食していて、並んで歩き続けることは不可能だったからだ――ゆっくりとした足取りで進みながら、坂川のことを話してくれた。
 どうやらこの周辺は曰くのある土地で、再開発を行うことが不可能だった、廃墟と化していく坂川には居場所をなくしたものたちやその筋の人間が住み着き始め、今ではこのような胡散臭い無法地帯になった、ということらしい。
 実家の古書店では一般書籍に加えて西洋魔術書の古書を扱っているため、その筋の人間は普通の若者より多く目にしている。なるほど、そう考えて見てみると、ただのジャンクを売っている露店に紛れてそれらしい店もあった。
「でも」書目は口を開く。「お宝と言われてもピンと来ないですね。友人に言わせると、僕の感覚は少しずれてるようですから」
「ここではね」前を歩く男はこちらをちらりと振り返った。「少しずれてるくらいでちょうど良いですよ」
 一つの露店で、書目は足を止めた。恐らくアラビア語で書かれたペーパーバックが積み上げられている店だった。そこに、紋章のモチーフのしおりがあった。金色をしており、持ってみると案外重かった。アラブ系の肌の色をした店主が、片言の日本語で「キン」と繰り返した。金製であると伝えたいようだ。
 お宝ですか、と訊ねる運び屋に首を振り、店主に値段を聞くとやはり吹っかけられた。そんなに高いはずはない、あなたは金だと言うがこれは明らかにイミテーションだ、この大きさでこの重さはおかしい、と言い募ると、店主は嫌そうな顔をしつつも値を下げた。客が頷かないと、慌てたのかどんどんと値は下がっていき、妥当な値段を割った頃に書目は買うと言って金を渡した。達成感としおりと共に立ち上がると、運び屋がピースサインを見せた。
 路地は一直線ではないようだった。ビルの合間を縫うように露店がずらりと連なっており、曲がり角や脇道もあった。もしかしたらないのではないか、と思っていた突き当たりで、運び屋は少し迷って左に曲がった。書目には、今自分がどこを歩いているのかわからなくなりつつあったが、不思議と不安はなかった。それは、この場所に精通している運び屋がいるから、というよりも、書目自身がこの店店を見て歩くことに楽しさを見出し始めていたからだった。
 角を曲がると、歩けるスペースは少し広くなった。隣を歩くようになった運び屋は、書目に思いがけないことを聞いてきた。「神田の、書目という古書店を知っているか」と。
「ええ、うちで代々やっている店です。今は、祖父と父が主に」
「あぁ、やっぱり」運び屋はほっとしたような顔で笑った。「お名前を聞いたときにそうかなって思ってたんです」
「家の店をご存知なんですか?」
 書目は驚いて聞き返した。いくら書目という苗字が珍しいからといって、すぐに実家の古書店と結びつけられるものではないだろう。
「何度か、仕事でね。荷物を届けたことがあるんですよ」
「知らなかったなぁ」
 もう一年以上も前のことですよ、と運び屋は照れ笑いを見せた。何故照れたのか、書目にはわからなかった。
 書目は普段、祖父と父の二人が不在の時だけレジカウンターに立っているが、それ以外の時には書籍の整理等の雑用をしている。地下での業務に関わる――と言っても、まだお客様の案内のみだが――ようになったのはごく最近のことだが、店の手伝いは以前からしていた。取り立てて特徴のある人物ではない運び屋だが、一度見かけたらそう簡単に忘れられるような雰囲気の男ではなかった。きっと、自分が休日のときに店に来ただろう。
「そうだ」運び屋は前方を指差した。「この先にね、ほんっとに汚い本屋ありますけど、行ってみます?」

 汚いと聞いて連想するのは、先程までの露店のような汚さだ。本屋と聞いて連想するのは、秩序だった配列だ。
「うわぁ……」
 絶句するしかなかった。
 汚い。何が。本が、本自体が。
 本屋? これが? 本が無秩序に積み重ねられた倉庫じゃないか?
 唖然とする書目に、運び屋が苦笑した。
 店の主人は艶のないぱさぱさの髪を半端な長さに伸ばした人物で、二人が店に入った今でも、居眠りをしたまま目を醒まそうともしない。前髪が長くて鼻とだらしなく開いた口しか確認できないが、どうやら若い男らしい。
 運び屋は主人と知り合いのようで、名前を呼びながら主人の体を揺さぶっていた。しかし書目は目の前の汚い本の塔から目を離せなかった。上から下まで眺めた後、とりあえず一番上の本を手に取ってみた。昭和の終わりの頃に出版された本だったが、管理が杜撰だったためか表紙が日に焼けてしまっていた。
 本のほこりを払ってもとあった塔の横に置き、また一番上の本を取る。今度は驚いたことに、「ホトトギス」であった。もちろんレプリカなのだろうが、紙質や日焼け具合から、もしかしたら、と思ってしまうような品だった。
 その後も、一冊取っては隣に重ねていく、という動作を繰り返していった。時代もジャンルもサイズもバラバラで、よく倒れずに積んであったものだ、と思った。
 何冊か珍しい本もあったが、保存状態が悪すぎて売り物にはなりそうもなかった。もしかしたらここは本屋というより、ジャンク品を買い集めているだけなのかもしれない。そう思い始めたとき、見たことのない本があった。
 黒色の表紙には、金糸で刺繍が施してあった。触ってみると、作り手が個々に手作業で刺繍をしたようだった。曲線的なデザインの刺繍は、手を加え過ぎることも抜き過ぎることもない、絶妙なバランスで成り立っていた。趣味はいいな、と頁を捲る。
 その本は鳥類図鑑のようだったが、言葉による説明はなく、色鮮やかに描かれた絵のみの本だった。メジロやシジュウカラのような身近なものから不死鳥などの想像上の鳥も描かれていた。各頁の絵にサインはなかったが、かなりの実力を持った人物が描いたもののようである。
 鳥の声が、聞こえたような気がした。
 ぱらぱらと頁を捲っていた手を止めると、気のせいでないことがすぐにわかった。
 鳥のさえずりが確かに聞こえた。そのような仕掛けが組み込まれているような本には見えないが、それは本の中から聞こえていた。そして次の瞬間、目を見張るようなことが起きた。
 開いている頁の鳥の絵が僅かに歪んだと思ったら、羽ばたきを始め本の中から出てきたのだ。鳥は一度天井近くで旋回し、書目の周りを人懐っこく飛んだあと、目の前――本の縁に小さな足を止めた。
 書目は驚きながらも、目の前の鳥に手を伸ばしてみた。触れられるかどうか、気になったのだ。鳥は驚いたのか、少し浮上して、しかしすぐに書目の指に止まった。指に、細い足の感触。
「あ!」聞いたことのない声がした。「てめえ! 勝手に動かすな!」
 声に驚いて、鳥は慌てたようにばたばたと音を立てて本の中に戻ってしまった。もとあった「絵」に戻った鳥は、少し怯えたような声で鳴いている。
 目を醒ました店の主人は溜息を吐いて煙草に火を点けた。先程の声はこの男のものだ。
「ったく……どこに何があるかわかんなくなるだろ」
「どこに何があるか覚えているんですか?」
「当たり前だろ。俺の店だぞ、ここは」
 ならば客が見やすいように並べればいいのに。これでは主人が許可しないと本を探すこともできない。
 鳥の声は今でも聞こえていたが、二人には聞こえていないようだった。書目が本を開いていることに気付き、「それ、欲しいの?」と店主が聞いてきた。
「――はい」少し迷ってから、書目は頷いた。
 そう、と素っ気なく答えた店主に、書目は本の値段を尋ねたが、うん、適当で、という返事をされ、少し困った。
「言い値で良いということですか?」
「ん、そーね」
 少し考えて、財布を出して紙幣を二枚置いた。
「これで――」
「こんなにいらない」
 店主は言って紙幣を一枚返して来た。どんな店だ。返された紙幣を財布にしまい、運び屋に目配せをして、店を出た。

 本には、持つべき人、というものがある。そして、本には自分を持つべき持ち主がわかる。例えば偶然にある本を手に入れたとしよう。その本がもし自分が持つべき本なのであれば、いつまでも自分のもとに留まる。もし自分が持つべき本でないのなら、不意に手放す気になったり、いつの間にかなくなっていたり、そうやって自分の手元から消えてしまう。
 その流れを、無理に止めてはいけない。いくら珍しい本だからといって、いくら高価な本だからといって、自分が持つべき本ではないのなら、流れに従って、その本を手放さなければいけない。
 坂川の本屋で見つけた本は、本当に素晴らしいものだった。しかし、それを持つべきなのは、その本が必要としているのは、きっと自分じゃないのだ。
 書目と運び屋は、坂川駅前でカワライを拾ってアンティークショップ・レンへ向かった。
「なんだい、書目の若造じゃないか」蓮は小振りのメガネを外して書目に微笑んだ。「そんなガキども連れて、宝探しでもしてたのかい」
「こんにちは、蓮さん。ちょっと宝探しをね」
 そして書目は坂川で見つけた本を蓮に渡した。ふぅん、と声を漏らして蓮は真剣な目付きで本を調べ始めた。暫くしてカウンターの下に手を伸ばし、はいよ、と紙幣数枚を静かに置いた。
「こんなにいいの?」
 カワライは驚いた表情で買い取り価格を見つめた。金を持って逃げかねない顔のカワライを制して、運び屋がお金を受け取った。
「若造」店を出ようとしたとき、蓮が書目に問いかけた。「いいのかい、手前で持ってなくて」
 意味深な言葉だった。書目は微笑んで、別れを告げた。

 店を出ると、運び屋が紙幣と硬貨を書目に渡した。しかし、それは売価の30%より少し多かった。
「あの、これ少し多いですよ」
「あぁ、本の代金が入ってるから。受け取ってください」
 にっこり笑った運び屋は、荷物を探りながら領収書はいるかと聞いた。書目は首を振って断った。
「それじゃあ、俺たちはこれで」
「今日はありがとうございました」
「暇つぶしになった?」
「ええ。楽しかったです」
 書目の返事を、カワライは喜んでいるようだった。あまり関わり合いにならなかったから最初の無礼な印象しかないが、もしかしたら根はいい少年なのかもしれない。
 また来てよ、と口々にいう二人と別れ、書目は家路に着くことにした。時計を見ると、もう夕刻を指していた。
 家では、あの本と同じように持ち主を待っている古書が運命の出会いを待っている。あの本が己の運命に従って、あるべき持ち主の元に辿り着けるといい。書目は本から飛び出てきた小鳥のさえずりを思い出して、少し幸せな気分になった。






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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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[PC]
・ 書目・皆 【6678/男/22歳/古書店手伝い】


[NPC]
・カワライ
・運び屋

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■         ライター通信          ■
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 書目・皆 様

 この度は「坂川探索」にご参加いただきありがとうございました。ライターのsiiharaです。
 大変お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。
 書目さんは大変私の好きなタイプの方で、魅力的な設定をあれもこれも、と取り入れたく思いましたらどんどん長くなってしまいました。文字数の都合上、まだ書ききれないところもございましたことが本当に申し訳ないです。
 プレイングで書いていただきましたお宝も、書目さんの解釈に少し私の解釈も加えさせていただきましたが、如何でしたでしょうか。お気に召していただけましたら光栄です。

 それでは、今回はこの辺で。機会がありましたらまたお越し下さいませ。NPC一同お待ちしております。