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■秋ぞかはる月と空とはむかしにて■

エム・リー
【5251】【赤羽根・灯】【女子高生&朱雀の巫女】
 薄闇と夜の静寂。道すがら擦れ違うのは身形の定まらぬ夜行の姿。
 気付けば其処は見知った現世東京の地ではない、まるで見知らぬ大路の上でした。
 薄闇をぼうやりと照らす灯を元に、貴方はこの見知らぬ大路を進みます。
 擦れ違う妖共は、其の何れもが気の善い者達ばかり。
 彼等が陽気に口ずさむ都都逸が、この見知らぬ大路に迷いこんだ貴方の心をさわりと撫でて宥めます。
 路の脇に見える家屋を横目に歩み進めば、大路はやがて大きな辻へと繋がります。
 大路は、其の辻を中央に挟み、合わせて四つ。一つは今しがた貴方が佇んでいた大路であり、振り向けば、路の果てに架かる橋の姿が目に映るでしょう。残る三つの大路の其々も、果てまで進めば橋が姿を現すのです。

 橋の前まで足を進めれば、その傍に、一人の少年が姿を見せます。
 少しばかり時代を流れを思わせる詰め襟の学生服に、目深に被った学生帽。僅か陰鬱な印象を与えるこの少年は、名を訊ねると、萩戸・則之と返すでしょう。
 少年の勤めは橋の守り。四つ辻に迷いこんだ貴方のような客人が、誤って橋を渡って往かぬようにと守っているのだと応えます。
 橋の向こうに在るのは、現世と異なる彼岸の世界。死者が住まう場所なのです。
 
 少年が何故橋を守っているのか。
 少年が抱え持つ百合の花とは何を意味するものか。

 少年が抱え持つその謎は、貴方が望めば、何れは明かされていくかもしれません。


秋ぞかはる月と空とはむかしにて 参




 肩から提げた大きめの鞄の中で、数枚のDVDが小さな音を立てた。
 灯は弾かれたように足を止めて鞄の中身を検め、そうして安堵の息を吐き出す。

 四つ辻は相も変わらず夜の闇に包まれている。
 窺うに、四季というものはしっかりと存在しているようなのだが、だからといって派手な変化が見られるわけでもない。ひとまず、四つ辻へ踏み入る際、服装なんかを改めなくても良いという点にはそれなりに助かっているのかもしれない。
 ともかくも、何度目かになる訪問。今回は鞄の中に数枚のDVDと、それを観るためのポータブルDVDプレイヤーを持参してきた。
 鞄の中を検めて、灯は止めていた足を再び前へと差し出した。
 路途中、既に見知った妖怪達との軽いやり取りを交えつつ、やがて静かな水音の聴こえる辺りまで差し掛かる。
 鼻先に百合の香が漂ったのを知ると、灯は片手を大きく持ち上げて満面に笑みを滲ませた。
「則之君!」
 名を呼び、手を大きく左右に振ってみせる。
 視界に映る少年は時代を思わせる学生服姿で、頭には学生帽を載せている。
「灯さん」
 片手に数本の白百合を抱え持ちながら、少年は学生帽の下から薄茶の眼差しを覗かせた。
「あー、なんか、ここに来る秘訣? みたいなのを掴めてきたような気がする」
 言いながら則之の傍まで小走りに寄り、灯はにこりと頬を緩める。
 明治に生まれたのだという則之は、偶然にも、灯と同じ年だった。身長もさほど変わらず、ゆえに顔を覗き見るのに首を疲れさせる必要もない。
「今日はね、この前話してた映画の事で来たんだ」
「映画?」
 則之はかすかに首をかしげ、それから思い出したようにうなずいた。
「活動写真」
「そうそう、それそれ。この前雑誌で見せたじゃない? 新しいの観て来たんだって。で、その映画のDVDがこの前出たのね。さっそく買っちゃったから、則之君にも見せようかなって思って」
「で、でーぶい?」
 困惑気味に言いよどむ則之に小さな笑みを向けて、灯はいそいそと鞄の中に片手を突っ込み、持って来たDVDの一枚を手に取る。
「ようは、自分の家で映画が観れるっていう感じ」
 言いながら差し伸べたそれは、不死の海賊が繰り広げる大ヒット作品だった。
 則之は目をしばかたせながらそれを確め、「……メリケン? 西欧の……」ぶつぶつと独り言のような呟きを落とす。
「そう、日本の映画じゃないんだけど、でもすっごい面白いの。後で一緒に観ようよ」
 DVDを手に取りしげしげとそれを検めている則之に首をかしげて、次いで、灯はもう一枚のDVDを手に取った。
「あと、これも持って来たの。こっちは則之君にもきっと気に入ってもらえるかなって思って」
 取り出したそれは名作として世界的にも知られる日本映画のもの。
 先の海賊映画から視線をこちらへ移してよこした則之の目が、咄嗟に大きく輝きを得る。
「それは」
「こっちは、昭和に撮られた映画。戦国時代のお話で、百姓と侍が連合軍を作って野武士と対決するっていうお話」
「……お侍さんか」
「うん。則之君、こういうの好き?」
 訊ねると、則之は気恥ずかしそうに首を縦に動かした。
「じゃあ、こっちから先に観る?」
 次いでそう訊ねる。
 則之はちらりと灯の顔に目を向けて、しばしの間視線を小さく泳がせる。が、その後、窺うように灯の顔を覗きみてきたのを知って、灯はプレイヤーの用意に手を伸べた。

 DVDプレイヤーは、さすがに高価な物には手が届きにくい。学校へ通いながらアルバイトをしている身には、最新型など羨ましく眺めて通り過ぎるしかないものだ。それでも奮発して購入したそれは、イヤホンジャックがふたつついているタイプの、七インチのものだった。
 
 イヤホンの片方を則之に手渡す。
 則之は、前回のCDのおりに覚えたのだろうか。イヤホンをしばし確めた後、するりと耳へ運び持っていった。
 DVDをセットして、橋の柱を背もたれにする。
「結構長いから、座って観る?」
 訊ねた灯に、則之は静かにうなずいた。

 電気館という場所の広さはどの程度のものであったのか。また、銀幕の大きさはどのぐらいあったのか。関心を持たないわけではなかった。現に、図書館まで足を運んで当時のそれに関する写真を広げてみたりもしたし、それなりにではあるが、調べてみたりもした。
 が、それは知識の上でのものでしかない。
 則之が足を運んだのだというその場所は、則之や、当時の人間達にとって、どれほどの規模に映っていたものか。そこまではさすがに計り知れないものなのだ。
 眼前のプレイヤーの画面は、銀幕の大きさには、さすがに比べるべくもないもの。
 しかし、始まった映画を食い入るように観ている則之の横顔を見るに、きっとその大きさだとか、そういったものは問題ではないのだろうと安心出来た。

 ――三時間を超える超大作、その前半部分までを観終えて、灯は思わず息を吐く。
 前半は野武士に苦しめられる百姓が、野武士に対抗するに協力してくれる侍を集めるという部分が軸となっている。
 キャラクターの持つそれぞれの個性。殺陣や台詞、場面場面の見せ場。どれをとっても素晴らしく、出てくるのは感嘆の息ばかりだ。
「私、この映画もすごい好きでね。もう何回も観てるんだけど、ほんと飽きないんだよね」
 同じく深々とした息を吐き出している則之の顔を確めて、灯は満面に笑みを浮かべる。
 則之の顔はわずかに紅潮している。目が大きく輝かせ、そうして学生帽を外すと、額に滲む汗を片手で拭い取った。
「続きはあるんですか?」
 灯の顔を真っ直ぐに見つめ、そう口を開けた則之に、灯はにこりと頬を緩める。
「もちろん。また時間長いけど、観る?」
 問いかけは必要のないものだった。

 後半は、いよいよ野武士とそれを迎え撃つ連合軍による合戦だ。激戦を極める物語と、それを飾るに相応しいアクション。役者達の熱演。垣間見える監督の熱意。
 息もつかせぬというのはまさにこの事なのだろう。
 気付けば、三時間をゆうに超える超大作は完結の文字を打っていた。

 再び静寂を得た四つ辻の薄闇。その中に響く川の水音。川辺に咲く白百合が風にそよぎ、その芳香が空気を満たしていく。

 先に息を吐いたのは灯だった。これまでも幾度となくこの映画を観てきた灯にとっては、少なからず、衝撃に対する構えが出来ている。
 が、則之には、衝撃はとてつもないものとなったらしい。
 イヤホンを外す事もなく、それどころか、まるで瞬きする事すらも忘れてしまっているかのように、則之はその場で固まったままなのだ。

「則之君?」
 灯が呼びかけるとようやく身じろぎをして、則之はのろのろと灯の方へと視線をよこす。
「……すごい」
「でしょ!? これに影響されて、アメリカとかいろんな国の監督さんもたくさん映画を作ってるの。分かる気がするよね」
 声を高めてそう告げると、それを受けた則之は深くうなずき、改めてプレイヤー画面に視線を戻した。
「本当に……すごいです」
「すごいんだよ。この監督さんが撮った映画はまだ他にもあるし、それ以外にも、すごい映画ってたくさんあるの。外国の映画だって、もちろんこの海賊のも、面白い映画ってほんっとうにいっぱいあるんだよ」
「……たくさん」
「ねえ、則之君。今日は則之君に確認してみたい事があったんだけど、いいかな?」
 首をかしげつつ訊ねた灯に、則之は静かに目をしばたかせる。
「則之君、この場所から外の世界に出たりとかって出来る?」
 継いでそう訊ねた灯に、則之はわずかに首をかしげて眼差しを細めた。
「外に?」
「そう。東京まで。映画を観るんならやっぱりスクリーンだと思うんだよね。もし自由に出入り出来るんならさ、一緒に映画館とか行ってみようよ」
 言いながら則之の学生服の袖を掴む。
 則之はしばしの間沈黙し、視線を伏せて何事かを思案するような表情を見せた。
「……現し世に」
「やっぱり無理そう?」
 言葉重たげに呟いた則之を見やり、灯は残念そうに息を吐く。
 が、次の時、則之は思いきったように顔を上げて灯を見つめ、迷いを払うような口ぶりで言葉を告げたのだった。
「いいえ、……俺も行ってみたいです。今の、その、帝都まで」
 告げられた則之の言葉に、灯は弾かれるように笑みを浮かべた。
「ホントに!? ホント、大丈夫なの!?」
「ええ。……時々なら大丈夫だと思います」
 色素の薄い双眸をゆらりと細め、則之もまた小さな笑みを滲ませる。
「やった! これで一緒にいろいろ遊びに行けるね!」
 掴んだ則之の腕をぶんぶんと振りながら、灯は喜色を満面に浮かべて立ち上がった。
「じゃあ、さっそく詳しい事とか決めなくちゃ! こっちの海賊のも観てほしいし、――ああ、今映画なにやってたっけかな。なんかイベントとか面白いのやってればいいんだけど……!」
 言いながら劇場スケジュールに思いを馳せる。
 気ははやるばかりの灯に、則之は穏やかな笑みを見せていた。




 






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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【5251 / 赤羽根・灯 / 女性 / 16歳 / 女子高生&朱雀の巫女】



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          ライター通信          
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お世話様です。いつもありがとうございます。
また、このたび、個人的な事情のせいもあり、お届けが期日を過ぎてのものとなってしまいました。
大変にご迷惑をおかけしてしまいました。心からお詫び申し上げます。
その分も、少しでもお楽しみいただけていればよいのですが。

今回のノベル中、ご指示いただきました映画のタイトルはそれぞれぼかしてあります。
海賊映画の方は今回描写を省かせていただきましたが、その辺は問題ございませんでしたでしょうか。
則之ならばこちらを手に取るだろうと、今回はあえてのチョイスとさせていただきましたが、海賊ものにも手を伸ばすであろうことは確かです。
余談ですが、件の映画、次回の完結分が楽しみですね! 2作目の、あの引っぱり具合といったら!

ええ、話がそれました。
それでは、今回のこのノベルが少しでもお気に召していただきましたら幸いです。
また、機会があれば、またのご縁をいただけましたら、何重もの幸いです。