コミュニティトップへ



■花逍遥〜冬に咲く花〜■

綾塚るい
【1711】【榊・紗耶】【夢見】
 早朝の、いまだ陽が昇らぬ鶏鳴時。
 ふと何某かの気配を感じて綜月漣が縁側へ足を運ぶと、薄暗い庭先に、二匹の蝶を伴った一人の男が立っていた。
 暗がりの中でも自然と目がそちらを向いてしまう程の存在感を放つ男を見留めると、漣は微かな驚きの表情を見せる。
「……よもや貴方まで僕の元へおいでになるとは思いもよりませんでしたよ、冬王様」
 漣が呟くと、真白の浄衣に身を包んだ黒髪の男は、穏やかな笑顔を浮かべた。
「久しいな。今は何と呼ぶべきか?」
「本当にお久しぶりですねぇ。名は適当に漣とでもお呼び下さい。花芽(かが)と時雨(しぐれ)も、お元気でしたか?」
 漣が冬王の周囲を飛ぶ二匹の蝶へ声をかけると、蝶はそれに呼応するかのようにひらりと羽根を震わせる。
 するとどうだろう、蝶の身から生じた鱗粉が周囲に青白い光を放ち始め、その輝き中で蝶は見る間に二人の女へと変幻した。
 花芽と時雨は、冬王の一歩後ろで控えるように佇むと、漣へ微かに頭を垂れながら「お久しゅうございます」と挨拶をする。
「今年は夏と秋が随分世話になったと聞いた。礼を言う」
 冬王の告げる言葉に、漣は微笑みながら静かに首を横へ振った。
「僕も楽しませて頂きましたからねぇ。冬王様から礼を受ける必要はありません」
「……変わらんな」
「お互いさまです。ああ、立ち話もなんですから、あがってくださいな。古酒でも飲みながら久々に世間話でも致しましょう」
 朝から酒というのもなんですが、と漣は冬王に告げる。

 互いに不精をして会わずにいたのだから、一日中話したところで話題は尽きないだろう。
 見上げた空に、ゆっくりと冬の太陽がその姿を見せ始めていた。


花逍遥〜冬に咲く花〜



■ 噂話 ■

 ふと、己の世界に何某かが足を踏み入れた気配を感じて、冬王は閉じていた瞳を開いた。
 悪意はない。知らぬ間に冬の世界へ紛れてしまった驚きと、心内深くに宿る微かな困惑が感じとれる。
 冬王は広廂(ひろびさし)にある柱に凭れたまま顔を上げると、簀子縁に佇んで雪野の景を眺めていた綜月漣へ視線を向けた。
「花が一輪、紛れ込んだ。何か思い悩んでいるようだが……」
「そうですか? しかし花とは……何やら蔓君を思い出してしまいますねぇ」
 背を向けているため顔は見えない。だが独りごちている漣の声色から、その思い出が楽しいものであった事が伺えて、冬王は漣に問いかけた。
「何故蔓を思い出す?」
「夏にも同じような事があったのですよ。蛍の魂を絵に移し込んで、花を蔓君の元へ案内するよう頼みました」
「……招いたのか」
 漣が、のんびりと冬王の方へ体を向けて微笑む。その笑顔を肯定と捉えた冬王は、何かを思案するように瞳を閉じた。
「蛍であれば、もう器(うつわ)は散っていよう」
「夏の虫ですからねぇ。ですが魂魄までは消えていないかと」
「絵は」
「残してありますが、流石に汗衫(かざみ)のままでは寒いでしょう。内に袙(あこめ)を着付けた絵を描きますのでお待ちください」
 冬王が花をここへ招くと察したのか、漣は一度頷いた後でのんびりと奥へ入っていく。
 すれ違いざま、真横で立ち止まった漣が軽く両手を打つと、冬王は、また漣が妙な事を思いついたのかと瞳を開く。案の定、漣は子供のような笑みを浮かべていた。
「ついでに、面白いものを具象しておきましょうかねぇ」
「面白いものとは何だ?」
 疑問に思い問いかけると、漣は何も無い空間からふわりと硯箱を持ち出して
「さて。それは具象してからのお楽しみです」
 と、のほほんとした笑顔でそう告げた。



■ 雪中花 ■

 一点の濁りも穢れも無い、真白に覆われた世界が榊紗耶の眼前に広がっていた。
 こんな場所は初めてだな、と紗耶は思う。恐らく夢の中ではないのだろう。もし誰かの夢に紛れたのであれば、そこには必ず有形のものが在り、色があるはずだった。
 紗耶は瞳を閉じると、周囲へ意識を集中させてみる。
 誰かが居る気配は無かった。だが、この世界が何か途方も無く大きな力によって守られているのは解る。そこに弛みない慈愛すら受け取れて、紗耶は思わず表情を和ませた。
「……不思議な場所」
 つい先程まで、紗耶は思考の迷路の中にいた。
 自分の中に灯された小さな気持ちを持て余して、どうする事も出来ずにいる。
 誰かにこの悩みを相談したいと思いはすれど、体が常に眠った状態であればそれもままならない。いっそ誰でもいいから夢の中で会えないものかと思案している内に、気付いたらこの場所に紛れ込んでしまっていたのだ。

 紗耶は再び瞳を開くと、ゆっくりと白の世界を歩き出した。
 天地から全ての色が払拭されたその場所では、平衡感覚が失われて思うように歩く事が出来ない。けれど気持ちはとても和いだものに変わっていた。まるで冬の暖かな日差に包まれているようだと思いながら周囲を見渡してみると、紗耶は自分の背後にある光景に思わず目を見張った。
 ただ白いばかりだと思っていた世界に、一本の道が出来ていたのである。
 否、道ではない。よく見ると、赤い花が一定の間隔を保って敷かれており、それが道を模しているのだ。前方には変わらず真白の世界が広がっている。
 紗耶はおもむろに己の足元へ視線を落とすと、足を一歩引いてみた。途端に、今まで紗耶が佇んでいた場所へ、ふわりと一房の花が零れ落ちる。
「私の歩く方向に……花が?」
 何度試しても同じように花が生まれ、真白の世界を少しづつ色付かせて行く。
 どうしてこんな事が起こるのか紗耶自身解らなかった。だが、自分がこの花を生み出しているようだと感じると、紗耶は微かな笑顔を浮かべた。

 その時だった。
 零れ落ちた花の一つに炎が灯った。
 灯された炎は花を包み込むように柔らかく揺らいでいる。一つ、また一つ。やがて紗耶のすぐ目の前にある花に炎が灯ると、突如ぱちんと音を立てて火の粉が跳ねた。紗耶が驚いて後ずさりをすると、飛び散った火の欠片は意思を抱いたかのように緩やかな速度で紗耶の傍らへ近づき、噴水から湧き出る水のように少しづつ大きさを変えてゆく。
 突然の事に紗耶がそこから目を離せずにいると、やがてその炎の中から、ゆっくりと一人の子供が姿を現した。
 長い黒髪を呈し、汗衫装束の内に二藍色の袙を着た子供の手には、赤い花の入れられた虫篭が握られている。
 紗耶は、それが夏の世界へ紛れ込んだ折に蔓王の元へ案内してくれた蛍だとわかると、思わず息を呑んだ。
「……立夏?」
 子供の名前を、口に出して呼んでみる。
 すると立夏は、その声で目覚めたかのようにふと瞳を開き、束の間視線を彷徨わせた後で紗耶の姿を捉えた。
 立夏は私の事を覚えているだろうか――
 微かな不安が紗耶の胸内を過ぎっていく。
 だがそんな紗耶の不安をよそに、立夏は紗耶を見留めると、ふわりと微笑んで己を取り巻いている炎へ軽く息を吹きかけた。息は風となって、瞬く間に炎をかき消してゆく。
 やがて完全に火が消え去ると、立夏は紗耶を見上げながら満面の笑みを浮かべた。
「お久しゅうございます、紗耶様」
 再び出会えた事が嬉しいのだろう。楽しそうに告げる立夏を見て、紗耶も微笑む。
「久しぶり……立夏が居るということは、ここは蔓王の世界なんだろうか」
「いいえ。今は冬ですから……こちらは冬王様がおいでになる地でございます」
「冬王の地?」
 立夏が頷くのを見ると、紗耶は再び白の世界へと視線を向けた。
 どうりで何も無いはずだと思う。いや、何も無いわけではない。春に芽吹き、夏に育ち、秋にその生を昇華させた命は、冬に至って次に生を受けるまで深い眠りにつく。この場所は、全ての穢れを拭い去った後の清浄な空気で満たされているのだ。
「冬王様が、紗耶様をお連れするようにと、私の命を束の間蘇らせて下さいました」
「……命を蘇らせる?」
「はい。蛍は本来夏に住む身ゆえ、宿るべき器はとうに朽ちております。器を亡くしたものは、次の器を見つけるまで眠りにつきますので……」
「……そう」
 紗耶はどう返して良いか解らず、小さな相槌を打った。立夏はそんな紗耶の心を汲み取ったのか、静かに微笑んだ後で紗耶へ言葉を紡ぐ。
「花の道を辿ればこちらの世界から抜け出る事も叶いますが、先へ進めば冬王様の元へ参れます。気が進まないようであれば無理強いはせぬと、冬王様は仰っておられましたが……」
「……行ってみたい」
 立夏の言葉に、紗耶は迷うことなく頷いた。すると、立夏は一度真白の空間を眺めると、手にしていた虫籠を両手に持って前方へと軽く持ち上げる。
「では、冬の道をお作りいたしましょう」
 虫籠の中に在った花が仄かな光を帯び始めた。
 小さく柔らかな光は次第に強い光へと変わり、次の瞬間。強烈な閃光となって真白の世界へと放たれた。
 光が放たれたと同時に、それまでただ白いだけであった世界に淡い水色の空が生まれた。空の下には無限の広がりを見せる雪原が生まれ、それを分断するかのように真っ直ぐに伸びる道が出来た。道の両脇には、今が盛りと数多の椿が咲き誇っている。
 立夏は再び虫籠を下ろすと、ついと紗耶の前方を指差す。
「冬王様は、あちらにおいでになられます」
 椿の道の遥か向こう。雪原の中に忽然と姿を現していたのは、広大な敷地を誇る屋敷と、その元で燦然と輝く一本の巨木だった。



■ 道程 ■

 立夏に伴われて紗耶が広い屋敷の庭先へ通されると、そこには先ほど見た巨木が植えられていた。
 樹齢は幾つほどになるのだろう。幹の太さから見ても、ゆうに千年は超えているように思える。だがそれにもまして紗耶を驚かせたのは、幹から葉の一枚に至るまで、樹全体が厚い氷に覆われている事だった。氷は日差しを乱反射させながら煌き、至る所に虹色の光を落としている。よく見ると氷に包まれた枝の先に、まだ硬い花の蕾が生じていた。目を凝らすと、それが桜の蕾であることが解る。
 桜の樹は氷の中でも時を止めることなく、ただ静かに芽吹きの時を待っている。
 紗耶は氷の桜に見惚れ、思わず感嘆の溜息を零した。すると紗耶のその様子に気付いた立夏が、ゆっくりと歩み寄って声を掛けてきた。
「朧王様の樹でございますよ」
「朧王?」
「春の神でございます。朧王様がおいでになると、こちらの氷が一斉に破れて、花が咲き出すのだそうです」
 私もいまだ見たことはありませんが、と告げながら立夏も桜を見上げる。
 春の神が来た途端、その来訪を喜ぶかのように樹を覆っていた氷が砕け散り、その内側から花が咲き零れる――
 それはどんなに美しいだろう、と紗耶が想像を巡らしていた時だった。
「来たか」
 遠く背後から声を掛けられて、紗耶は振り返った。
 桜の樹から一寸離れた場所に建てられている大きな屋敷の簀子縁に、白い浄衣(じょうえ)を身に纏った男が佇んでいる。冬王だ。
 紗耶はゆっくりと冬王へ向き直ると、その場から冬王へと挨拶をする。
「こんにちは。年末は楽しかった。有難う」
 冬王は挨拶へ返す事はせず、かわりに紺碧の瞳に凪いだ色を浮かべると、紗耶と立夏へ手招きをした。
「そこでは寒いだろう……上がると良い。漣がまた、よく解らぬものを用意して待っている」
「漣さん?」
 冬王の口から漣の名前が出てきた事に、紗耶は思わずきょとんとする。
 漣もここに来ているのだろうか? それに良く解らないものとは一体なんだろう。そんな疑問が次々と浮かんでくる。
「漣様は、事ある毎に四季神様の御元へ遊びに参られますので」
 言われて紗耶が立夏へと視線を落とすと、立夏は紗耶を見上げながらにっこりと微笑んでいた。


*


「……こたつ」
 紗耶は部屋の奥へ通されると開口一番そう呟いた。
 一体何処から持ってきたのだろう。板敷きの床の上には電気絨毯とコタツが用意されており、そこに漣が座り込んで、四人分のお茶を用意している。紗耶がコタツと漣とを見比べながら立ち尽くしていると、それに気付いた漣がのほほんとした笑顔を向けてきた。
「いいタイミングですねぇ。丁度お茶が入ったところですよ」
 紗耶はコタツを見ながら「電気絨毯に電気は入っているのだろうか」と頭の端で考えたが、自分がここへ来た事に驚く様子も見せず、漣が平然とお茶を入れながら出迎えてくれたというこの状況が、不思議でならなかった。
「吹き抜けの屋敷ですからねぇ。寒いので、冬王様の了解を得てコタツを用意しておきました」
 漣が紗耶へコタツに入るよう促す。紗耶は先ほど感じた疑問を心の奥に仕舞い込むと、漣の言葉に従った。
 周囲に気を取られてさほど気にならなかったのだが、矢張り体は芯まで冷え切っていたようだ。コタツに入った途端、暖かさで全身から体の力が抜けてゆくような安堵感を覚える。
「暖かい」
「ミカンも用意してありますからねぇ。よければ召し上がってください」
 お茶を入れ終えた漣が、コタツの上にミカンの入った籠を乗せる。冬王はそこに入る事はせず、一人広廂の柱に凭れかかりながら漣の所業を苦笑交じりに眺めている。ふと見ると、冬王の傍らで三人の邪魔にならないようにと、立夏が遠慮がちに座っていた。
「……漣さんは、何処にでも現れるのね」
 紗耶は漣の様子を窺いながらも、疑問に思っていたことをぽつりと呟く。漣は別段気分を害する風でもなく、変わらぬ笑顔で紗耶へ返した。
「基本的に僕は暇なのですよ。暇な者が、暇そうな相手の元へ遊びに行く事は、許される行為だと思うのですがねぇ」
 その言葉に、四人の間に一瞬の沈黙が流れた。
 冬王は言葉の意味を汲み取ると、無表情のまま漣へ言い放つ。
「……私は暇ではないぞ、漣」
「なにも冬王様の事を申し上げている訳ではありませんよ。今日はご機嫌伺いのついでに、昔話でも聞けたらと思い訪ねただけですから」
 さらりと受け流した漣を、冬王は一瞥しただけで何も返さなかった。返したところで無意味だと思っているのか、それともいつものことなのか。冬王の表情からそれを判断することは出来ない。
 紗耶はそんな二人のやり取りを小さく笑いながら聞いていたのだが、昔話という言葉に先日の事が思い起こされて、何気なく冬王の方へ視線を向けた。

 年末に夏へ飛び、そこで幼い蔓王と冬王の娘に出会った。過去のあの場に冬王の姿は見えなかったが、娘の様子から冬王の家族がとても幸せだったのだという事は見て取れた。紗耶は、自分にも父親が居てくれれば色々と相談が出来たのにと思うと、無意識の内に溜息を零す。
 その溜息が耳に届いたのか、冬王は紗耶の方へ顔を向けると首を傾げた。
「どうした? 少し気落ちしているように見受けられるが」
「……なんでもない。歩き続けていたから、少し疲れたのだと思う」
 唐突に問われて、紗耶は思わずどうでも良い事を口にしてしまう。この人に悩みを聞いて貰おうかと微かに思いはしてみるものの、他人の悩みなど知るものかと、すげなくあしらわれてしまうのが怖くもあった。すると、横に座っていた漣がお茶を飲みながら独り言のような言葉を呟いた。
「何事も溜め込んでしまうのは宜しくないですよ」
「え……」
「少なくともこちらの世界へ入り込んだ時、紗耶さんが何某かに頭を悩ませていた事を冬王様はご存知ですから」
 のんびりとした口調ながらも、しっかりと図星を突いてくる漣に、紗耶は思わず言葉を失った。
「……どうして?」
 何故彼らが、自分が悩んでいる事を知っているのだろう。冬の世界を治める者には、その場に入り込んだ人間の気持ちまで解ってしまうのだろうか。
 そんな疑問が次から次へと溢れてくるが、漣の性格から言って明確な答えをくれるとは思えなかった。案の定、漣は湯のみを両手に持ちながら首を竦めている。
「さぁ。何故でしょうねぇ……まぁでも、我々はそれを知った上で紗耶さんをこちらへ招いたのですから。後は貴方次第ですよ」
 漣に言われて、紗耶は思わず視線を落とした。内心酷く動揺してはいるものの、努めて冷静さを保つように軽く深呼吸をする。
 言ってみるべきか、止めておくべきか。
 束の間思案した後、紗耶はぽつりと言葉を零した。
「あの、自分が起きられない事を知っていて、けれど、少し気になる人が居る……そういう場合、どうすればいいのかな、と」
 上手く言葉に乗せることが出来ずに、紗耶はコタツ布団の端を軽く握り締める。
「父が、もう居ないから、相談出来る人が中々居なくて……」
 精神を実体化させれば、現実に身を置く人達と会話をしたり、どこかへ出かける事も出来る。でも本当の自分はずっと病院で眠り続けたまま、動く事は叶わない。気になる人が出来たところで、自分がどう動いたらいいのか、紗耶には皆目検討がつかなかった。
 すると、紗耶の言葉を最後まで聞いていた漣が、微かに表情を和ませながら呟いた。
「紗耶さんは優しいですねぇ」
「……優しい?」
 一体自分の何処が優しいのだろうと、紗耶は思わず漣を見ながら首を傾げる。
「相手のことを考えてしまうから、そういった悩みが生じてしまうのですよ。僕などは物や人に対する執着が希薄な分、一度望んだものは力づくでも奪い取りますからねぇ」
 のほほんとお茶をのみながら、平然とそんな事を言ってのける漣に、冬王は呆れたような表情を浮かべて溜息を零した。
「お前では話にならんな」
「自分でもそう思いますが、長年をかけて染み付いてしまった性格ですので、もう直そうとも思わなくなってしまいました」
 言われても何とも思わないのか。むしろ漣は楽しそうに笑うと、この手の相談は僕よりも冬王様の方が適していると思いますよと、紗耶へ告げた。
 紗耶はコタツに入ったまま、広廂に座っている冬王へと視線を向ける。冬王は外に広がる光景を眺めたまま、黙して語る事は無かった。

 やはり迷惑だったのだろうか、と紗耶が悩みを口にしてしまった事を後悔し始めた頃。冬王が微かに笑って言葉を紡ぎだした。
「昔の自分を思い出す。私もお前と同じように悩んだ事があった」
「……私と同じように?」
 紗耶の言葉に、冬王が瞳に穏やかな色を浮かべながらゆっくりと振り返った。
「己がどうしたいのか、一度でも自分なりの答えを出してみたか?」
 冬王の言葉に、紗耶は首を横へ振った。
「……出していない」
「ではそこから少しづつ考えて行くといい。現状を維持し続けたいのか、それとも相手に真実を知って欲しいのか。知った上で相手にどうして欲しいのか……自分自身で納得の行く答えを出せぬうちは、誰が何を助言しても空回るだけだ」
 冬王はそこまで告げると一度言葉を置いた。
 紗耶はその続きを待って冬王の方へと向き直る。
「だが、どんなに辛くとも自らの足で歩き出さないことには、道は生まれない。それは覚えておいた方が良い」
 言われて、紗耶は先ほど通った真白の空間を思い出す。眼前には無限とも思われる真白の世界が続き、自分が歩くたびに背後に花が零れて道を作った。もしあの時、あの場所に立ち尽くしたまま歩かずにいたら、花の道を見ることも、立夏に再び会う事も出来なかったかもしれない。
「己で答えを出して、一度その通りに進んでみると良い。もし躓いたり疲れてしまうような事があれば、その時はいくらでもここへ来て構わない」
 紗耶が冬王から貰った言葉を反芻するように視線を落とすと、冬王はゆっくりと立ち上がり紗耶の元へ近づいた。手が伸ばされ、優しく紗耶の頭を撫でてくる。その暖かさに心が安らぐ。
「人間が誰かの事を想い悩む感情は、私には咲きいだす前の花のように思える。その花を美しいと思いこそすれ、何があっても侮蔑する事はない」
 冬王が微笑む。
 あせらずに色々なことを考えれば、自分なりの答えを導き出す事が出来るのか。実際のところ紗耶には解らなかった。だが、そうして考え抜いて掴み取った答えや感情を冬王は花のようだと言い、侮蔑する事は無いといった。それは、答えの先にどんな結果が待っていても、決して見放すような事はしないと言われているようで、それが紗耶には嬉しかった。

「……冬王様らしいお言葉ですねぇ」
 気がつけば、それまで二人の会話を聞いていた漣がコタツに肩肘をついて微笑んでいる。冬王はそんな連を見て溜息を零した。
「漣。お前は少し、紗耶を見習って純粋な気持ちというものを思い出すといい」
「何を仰います。今更僕が純粋になったら、皆に気持ちが悪いと言われてしまいますよ」
「……それも一理あるか」
「そうでしょう?」
「…………」
 二人のやり取りに、思わず紗耶が軽く噴きだす。
 それを見ると、冬王と漣は互いに顔を見合わせ、やがて優しい笑顔を紗耶へと向けた。

 苦しみ惑う事があっても、自分の力で歩き続けていれば、いつか必ず花は咲くから――…




<了>



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【1711/榊・紗耶 (さかき・さや)/女性/16歳/夢見】

*

【NPC/冬王(つくばね)/男性体/年齢不詳/四季神】
【NPC/綜月・漣(そうげつ・れん)/男性/25歳/幽霊画家・時間放浪者】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□


榊・紗耶 様

 いつもお世話になっております。綾塚です。
 この度は『冬に咲く花』をご発注下さいまして有難うございました。

 相談事という事で色々考えまして、紗耶さんが自分の口から言い出すのではなく、言わせる方向で話を考えてみました。また、プレイングの解釈で私の勘違い等ございましたらその旨ご連絡頂ければと思います。 そして「おこた」! プレイングを拝見して、何て可愛いのー! と一人はしゃいでおりました(笑)。
 ではでは、またご縁がございましたらどうぞよろしくお願いいたしますね(^-^)