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■CallingV 【夕顔】■

ともやいずみ
【3524】【初瀬・日和】【高校生】
 憑物封印は終わった。
 そして……日本にやって来た遠逆の退魔士は言った。
 350年も同じ姿で生きている、と。
 その口から……明かされるのだろうか、今までのことが……?
CallingV 【夕顔】



 知りたいなら、わたしのことを教えてあげるわ。聞いたら後悔するけどね。
 深陰のそのセリフに、初瀬日和はしばし考えた。
 秘密は聞く。けれども、目の前の深陰のことを思う。
 不老不死が本当ならば、350年も生きているというなら……日和にはうまく想像できない。
 そんなに長い年月を苦労もなく過ごせるとは思えない。孤独だったろうとも思う。心を通わせる人がいても、否応なく別れなければならない。
 自分がそうであったらと、日和は、思う。
 350年以上も生きる自分なんて、想像できない。無理。無理だ。
 悲しい。苦しい。その束縛から逃げようとすることだろう。
 大好きな家族と、大好きな人と、決定的に違う世界の住人になるということは、孤独になるということだ。ヒトリキリになるということだ。
「……聞きます。教えて、ください」
 静かな日和の声に、深陰は呆れたような、それでも、茶化そうという気配はない。彼女は素直で真面目で、責任感のある性格なのだ。
「深陰さんの苦しさにも思い至らずに……。私、本当に子どもだったんですね。ごめんなさい……それでもずっと私を突き放さずにいてくださった深陰さんは……大切な人です。もし迷惑でなかったら友達に……させて欲しいです」
 深陰は何も言わない。ただ、目を細めた。
 日和は彼女をうかがう。友人にしてくれるのだろうか?
 しばらくしてから深陰は大仰に嘆息した。
「わたしが大切な人だと言うなら、今のような発言は控えるのね。苦しさに思い至るとか、子どもだったとか、聞いてるだけでイラっとするから。他人の痛みなんてね、結局想像でしかわからないものよ。他人と自分は『違うもの』だってわかってるヤツに今のセリフは致命的よ。キレやすいやつなら、あんた、殺されても文句言えないわ。それにあんたはまだ未成年の16でしょ? その若さで『子どもだった』とか、変なこと言うのはよしなさい。……しかしあんた、周りに恵まれてるのね。よくその性格で生きてこれたわね」
 短慮だ、と深陰は暗に言っていた。他人の気持ちがわかるなんて、軽々しく口にすべきではないと彼女は忠告しているのだ。言い方はひどく……キツい。
 わかった『つもり』になるのは、相手に失礼だと彼女は言う。
 彼女は表情を歪め、それから「あぁ」と嘆息した。
「どうもわたしは言い方が厳しいみたいね。……友達になりたいなら、きちんと事情を聞いてからにしたほうがいいわ」
 憐れむような、同情するような、それでも優しい声だった。



 風のない夜のことだった。

 東と西の逆図を完成させた深陰は、意気揚々と帰還した。これでもう、誰にも文句は言わせない。例え次の当主に選ばれなくても、退魔士としての実力は認められるだろう。
 屋敷を包む結界を越えたところで、弟が待っていてくれた。
「お帰りなさい、姉さま」
 弟は深陰よりも十も下だ。幼い弟の頭を撫でる。
「こんな遅くまで待っててくれたの?」
「はいっ」
 満面の笑みが、深陰の疲労を癒してくれる。だがここで気を抜くわけにはいかない。自分の他にも『憑物封印』をおこなっていた者はいるのだ。一体何人が成功させてくることか……。
 深陰は自身の右の瞼に触れる。現在、一族の中でこの色違いの瞳を持っているのは深陰だけだ。これこそが、深陰の唯一の優越感だ。
 優れた退魔士に現れるという……証。
 深陰には上に兄も居た。とはいえ、兄はそれほど強力な退魔士ではなかったためにすでに婚姻し、子供をもうけている。遠逆家は子孫を残すためにほとんどの者が子供を作る。だが……危険と隣り合わせの仕事をしているために、人数は爆発的に増えることはなかった。
 誰かが生まれれば、誰かが死ぬ。
 バランスのよいことだ。うまく拮抗がとれているとも言うが。
 兄は優しいが頼りなく、才能がなかったために子供を作ることに励むしかなかった。哀れなことだ。深陰は兄を憐れんでいる。
「じゃあ、当主に報告に行って来るわ」
 弟を残して深陰は当主の居る棟に移動した。それが深陰にとっての分岐点になった。知らなければ、彼女は無知のままで『死ねた』のだ。
 無礼ではあるが庭から……と歩いていた深陰はぎくりとして足を止めた。
 なぜこんな不安な気持ちになるのかと怪訝そうにする。もう一度歩き出し、深陰は……余計に不安になる。怖い、と本能が訴えていた。
 足音と気配を殺して歩いていることに深陰は気づかない。
 当主の居る部屋には灯りがついている。まだ火を消していないようだ。
 耳に届いた嬌声に深陰は足を止めた。咄嗟に頬を赤く染める。もしや……その、女性を連れ込んでいるのだろうか? だがすぐにその考えを否定する。
(……喘ぎ声? いや、悲鳴?)
 うまく聞き取れなかったのでさらに近づく。
 はしたないとは思ったが庭に面した廊下にそっと上がり、障子に近づいた。そして、ほんの少しだけ開ける。
 悪いことをしているという自覚はあった。だが、止められなかった。
 だって、右眼がイタイ。
 深陰は部屋の中を覗き込み――――完全に硬直した。
 おぞましさに脳が働かず、理解するのを拒む。
 部屋中に飛び散った血。うめく女。あれはなんだあれはなんだあれはなんだ?
 深陰は無言で身を引く。だが目の前の障子が開かれた。直視した光景に深陰の胃の中が込み上げてくる。嘔吐を我慢し、深陰は青い顔で障子を開けた相手を見上げる。
「来る頃だと思っていたぞ、深陰。よぅやった」
「は……あ、ありがたき、幸せ……」
 声が震えている。
 美しい青年の足越しに部屋の中がうかがえた。ごくりと深陰は喉を鳴らす。
「そうそう、おまえを二十四代目に指名した。もうおまえは二十四代目だ」
「……は?」
 意味がわからない。なんだ突然。
「もう残っているのはおまえだけだ。必ず成功させよ」
「…………」
 成功?
 反射的に深陰は庭に跳び降り、構える。
「これはどういうことですか……? その、『後ろのモノはなんなのですか』?」
「ふふっ。わかっておるだろう? 賢いおまえなら」
 ――わかっている。
 コレは。
「……蠱毒」
 壷の中に様々な毒虫を入れる。すると、毒虫たちは互いを殺し合う。最後の一体が最強の毒虫。最高の一つを作り出す、方法だ。
 憑物封印は四十四体の妖魔を同じ『壷』に入れ、混ぜ、一つにするのだ。ソレと封印者が戦い、さらに『混ざる』ことが目的だ。
 取り込まれるか、打ち負かしてヒトでなくなるか。
 どちらも、『毒』に変わりない。
「……後ろの方の儀式は失敗したのですね……」
 こんな状態で生きているわけがないし……ヒトも妖魔も、もはや原型を保っていない。どちらもすぐに崩壊する。
「おまえなら、大丈夫だ。おまえは我ら一族を継ぐ者だからな」
 遠逆家を存続させる存在になる。その意味は――。
(孕め、と?)
 当主が異形と契り、子孫を残す。異形となった当主と、他の遠逆の者が契る。
 もしくは、契約する。力を流す燃料として。
 どちらにせよ、すぐに命が絶えてしまう。こうなっては。
 乱暴に、荒く使われて、使われて……すぐに壊れてしまうだろう。
 憑物封印とは……遠逆家の能力を継続させる『力の源』を作る儀式なのだ。十四代目当主から開始されたというこの儀式は、ただ単に腕試しなのだと深陰は思っていた。違う。十四代目は遠逆家のために供物になったのだ。
(だから……十四代目はほとんど記録に残ってないの……?)
 就任してすぐに寝たきりになったとされている。本当に、たったそれだけだ。深陰も、そうなるのだろう。
 深陰は涙を流していた。恐ろしいのはわかってはいたが、恐怖で流したものではない。
 おぞましいものに成り果てることが、嫌だった。途方もなく、嫌だったのだ。
 遠逆の人形として生きることも、戦士として生きることも、別段苦痛ではない。村娘たちのように都に憧れることもないし、良い男に見初められることが幸せとは思わない。恋をしたいとも思わないし、子供を作ることに抵抗もない。
 だが。
 『自分』を捨てることだけは我慢ならなかった。
 誰かにすがりたかった。
 助けて! 『わたし』が消えちゃう!
 だが、すがるべき相手などいない。深陰は素早く動いた。
 一閃した。
 片手には漆黒の刀。
 一撃で当主の首を刎ね飛ばした。
 首から血が噴き出る。それが顔に散った。温かい。だがこれもすぐに冷たくなる。
 深陰は空中から巻物を取り出し、刀で粉微塵に斬り刻んだ。
 落ちた、巻物だったソレから怨嗟の念が『こぼれた』。どろりと、粘り気のある濃灰の液体が千切れた部分からじわりと、洩れてくる。
 それらを睨みつける。足に絡みつく液体を払った。しかしそれは深陰を取り込もうとする。
 液体が触れた部分はなんの変化もない。だが嫌な予感がした。しかしそれに構っていられる時間はない。
 深陰の行動は早い。
 当主を殺した以上、ここに留まってはいられない。これ以上ここに居ては殺される!
 入ってきた正門に向かう。そこにはまだ弟の姿があった。
「姉さま?」
 どうしたの?
 深陰は弟の手を、伸ばされた手を振り払う。早く。早くしなければ。
 早く――「逃げなければ」。
 弟がどうなるか。兄がどうなるか。自分はどうなるか。
 そんなこと、考えもしない。あるのは「逃亡」だけだ。
 ココから逃げることしか、考えていなかった。



 驚くだろうなと思ってはいたが、やはり驚いていた。
 日和は深陰を見つめる。彼女は皮肉っぽく笑っていた。
「つまり、わたしは臆病者なのよ。自分が一番大事で、逃げたの。で、逃げて逃げて、逃げまくってたの」
 同じ場所に長く居続けられないから、旅をするしかない。
 同行者も、連れてはいけない。
 当主を殺し、兄弟と一族を見捨て、ただ逃げるだけの日々。不老不死になったのはいつなのだろう? それに気づいてからが本当の地獄だったのではないだろうか?
 自分だったら耐えられるか? そんな状況に。
 いや、耐えられない。耐えるためには、方法は一つ。割り切るしかない。自分は悪くない。仕方がなかった。ああするしかなかった。自分は「間違っていない」。
 日和は俯く。彼女の苦しさに思い至る? 何を勝手な。
 想像しても、わからない痛みだ。
 彼女は「理解して欲しくて」話したのではない。ただの過去の話をしただけだ。
「……あんたを突き放さなかったのはね、結局わたしの落ち度よ。詰めが甘いの。
 友達になりたいと言うならば、わたしを傷つける覚悟はあるのね? 耐えていける?」
 深陰の言葉の意味がわからず、日和は首を傾げた。
「あんたは年老いていく。あんたはわたしを置いて、先に死ぬわ。残されるわたしのことを考えて尚、友達になろうなんて言える?
 わたしはあんたの前で一切年をとらない。姿も変わらない。醜く老いていき、不自由な身体になっていく自分とわたしを比較して、後悔しない? ねえ、できるの?」
 できないでしょう? できるなんて、断言できないでしょう?
 だから、深陰はいつも「独り」なのだ。
 それでもいいです、友達になりましょうとは日和は言えない。深陰を傷つけていくばかりの友人関係なんて、なる必要があるのだろうか。
 間違いなく深陰には苦痛だろう。
「憑物封印に原因があって、不老不死になったんじゃないかとは思ってた。だから、遠逆家に行く。そして、なんとかできれば死ぬ……それに……。
 ……失敗すれば、もうわたしは誰にも関わる気はないの。人前にも出ない」
 もう嫌なのだろう。深陰は。
 辛い思いをし続けるのが、もう嫌なのだ。
 何を言えばいいのだろう。何も言うべきではないのかもしれない。日和は深陰を見つめる。
「深陰さん……」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/女/16/高校生】

NPC
【遠逆・深陰(とおさか・みかげ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、初瀬様。ライターのともやいずみです。
 言い方はキツめですが、深陰は初瀬様を信頼しております。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!