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■CallingV sideU―Helleborus niger―■

ともやいずみ
【5566】【菊坂・静】【高校生、「気狂い屋」】
 家に戻ると言われた。
 では、自分はどうする?
 その「答え」を出さなければ。
 共に行くということは、死ぬこともあるということ。
 共に行かずにここで帰りを待つのも、一つの手だ。
 さあ……どうする?
CallingV sideU―Helleborus niger―



「欠月さん……」
 欠月の病室に戻って来た菊坂静はイスに腰掛け、欠月を真っ直ぐ見つめた。
「一緒に行っちゃ駄目ですか?」
 ぎょっとした欠月が目を見開き、上半身を起き上がらせようとする。だが痛みでそれはできなかったようだ。
「行っても何の力にもなれないかも……死ぬかもしれないですけど」
「ボクは反対だ!」
 いつもより少し強い口調で欠月が言う。
「あそこはね、陰鬱な場所だよ。キミのような子は行っちゃいけない。まともな神経じゃ、耐えられないからね」
「でも欠月さんはそこで暮らしてたんでしょう……?」
「……ボクは遠逆の血を引く者だよ。キミとは違う」
「血縁者だけしか居られないんですかっ?」
 思わず強めに、詰め寄るように言うと欠月が渋い表情をした。血縁者以外も居るのだ。それもそうだろう。血縁者だけで婚姻を繰り返しているわけがないのだ。
「いや……血縁者以外もいるけど。でもね、外部から入った人は『二度と外に出られない』んだ」
「どういうことですか?」
「んー……いやまぁ、うちの家はおかしいからね。遠逆の血が一滴も入ってない人間は、あの家からは出ないのが掟というか……。
 外部から来るのはだいたい結婚相手ばかりだし」
「その人たちはどうしてるんですか?」
 妙な家だと静は思う。前々から思っていたが遠逆家というのは、特殊すぎる。地味な印象を受けるのに、変だ妙だというほうが強い。
 遠逆の者たちの生活が、見えない。欠月にしてもそうだ。いや、欠月は知識を吸収しようという貪欲な目的があるからまだいい。
「そんなの聞いてどうするの。言っておくけど、ボクはキミを連れていかないよ」
「戻れないかもしれないからですか?」
「そうだよ」
 欠月は嘆息した。静がかたくなな態度でいることに気づいたようだ。
 膝の上の拳を静は見る。選択だった。欠月を選ぶか、それとも今の生活を選ぶか。
(今の生活だって?)
 可笑しい。
 欠月のいない生活に戻ってどうしようというのか。つまらない、色のついていない白黒な世界に戻るだけだ。
 欲しいものは一つ。選ぶものは決まっている。
「知り合いや友達……保護者……皆を見捨てるわけですね。最低なことをしようとしてるって、わかってます。でも僕、欠月さんを選びたい」
 一人にしたくない。それに、自分が一人でいるのも嫌なのだ。
 欠月を失いたくない。
「静君、ダメだよ」
「嫌です。このまま別れたほうが、悲しくて辛くて……気が狂いますよ」
 涙が流れていたことに今気づく。そのまま苦笑したので今の自分は妙な表情になっているだろう。
 こんなに脆いなんて。欠月が居なくなるだけでこんなにぼろぼろな精神状態になるのか。
 欠月が眉をさげた。
「脅す気?」
「脅してます。連れて行ってください。僕は欠月さんと一緒がいいんです。一緒じゃなきゃ、嫌だ。欠月さんは僕がいなくても平気なんですか?」
 ぎくっとしたように欠月が顔を強張らせる。それから溜息をついた。
「言うようになったね、キミ。痛いとこ突くよ」
 欠月が自分を置いていくのをやめてくれるなら、一緒に連れて行ってくれるなら……なんでもする。
「いいことなんて、何もないよ? もしかしたら種付け用に生かされるだけかもしれないしね。場合によっては殺されちゃうよ?」
「欠月さんと一緒がいい」
「……頑固だなぁ。言っておくけど、本当のことしかボクは言ってないよ? 酷いことされても大丈夫なの?」
「欠月さんがいない場所に居るくらいなら」
 どうしてそんなに頑固なの、と欠月が目で訴える。
「僕、欠月さんしかいらない。欠月さんだけでいいんです」
「……もうなに言ってもダメみたいだね」
 やれやれと欠月が呟く。静はにっこり微笑んだ。欠月が降参したようだ。
「そこまで言うなら連れて行く。いいんだね? もうここに戻れなくなっても。誰にも会えなくなるよ? ボクとだって、遠逆家で一緒に居られるかわからないんだよ?」
「もう決めました」
 はっきりと決意を声に出すと、欠月が「ああもう」と洩らす。
「わかったわかった。……ボクもキミと一緒だと、心強いよ」
 欠月の言葉に静は瞬きをした。心強い?
「心強い、ですか? 僕、あまり役に立たないと思いますけど」
「そんなことないよ。……正直、あの家に戻るのは勇気がいるからね」
 真剣な響きがあった。静は嬉しく思う。
 鞄から、欠月に渡すはずのプレゼントを取り出した。
「僕の家の合鍵……欠月さんに、あげようと思ってたんですけど」
 無駄になっちゃいましたね、と続けた。
 コレは捨てよう。甘い夢は、もう必要ない。
「それちょうだい」
 欠月の声に静は不思議そうにした。それから怪訝そうに眉をひそめる。
「なに言ってるんですか? これはもう必要ありません。捨てます」
「いいよ。ボクが欲しいの」
 はい、と手を差し出してくる。包帯が巻かれた手が痛々しい。
 ぎゅ、と静は唇を噛んだ。この鍵は静の夢そのものだ。これを捨てることで、今の生活と決別するのに。
「……どうして欠月さんは……!」
「あ、あれ? なんで泣くの?」
 ぼろぼろと涙を落とす静は欠月の手にそれを渡した。もう使うこともない、自分の家の合鍵だ。
「ありがと。お守りにするね」
「……ご利益なんて、ないと思います」
「そんなことないよ」
 嬉しそうに言う欠月を見遣り、静は思う。こんなに優しい人を苦しめる、遠逆家が憎い。



 欠月の発作は帰還するのを報告した途端にぴたりと止んだ。
「さて、傷も完治したし、行くか」
 欠月は傷が完治するまで静の家で過ごした。二週間ほどだが、静は嬉しかった。鍵が無駄にならなかったからだ。
 最小限の荷物を持って玄関を出ると、欠月が合鍵でドアを閉めた。ここに戻ってくることはない、と覚悟するべきだろう。

「……欠月さんて京都の生まれだったんですね」
 京都駅までは新幹線を利用した。駅の中で迷いもなく歩く欠月に続きながら静はそう呟く。
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「聞いてませんよ」
「まあいいじゃん、そんなことは」
 欠月にとってはどうでもいいことらしい。

 バスを降りてからかなり歩いた。人がほとんどいないような場所で降りたので「あれ?」と不思議にはなったが間違っていないらしい。
 欠月は人の立ち入らない山の中にさっさと入って行く。獣道などなんのその、だ。
 欠月の手に引っ張られて奥へ奥へと入って行く。そして彼が唐突に足を止めた。
「じゃ、覚悟はいいね?」
 欠月の向こうには山林が続いている。だが『違う』。空間が、においが、そこで途切れている感じがした。
 一歩踏み出すとそこは別の場所だった。門の内側。そして目の前には広い屋敷があった。平安時代を思わせる、寝殿造りに似た建物。
 どのくらいの広さかわからない。濃密な霧が辺りを占めており、奥まで見通せないのだ。
「荷物はボクの部屋に置いておこう。まずは長に報告しないとね」
 欠月は向きを変えて歩き出す。静は緊張した。あまりにもココが異様で、異常だったために自分が場違いな存在だと思い知らされたのだ。
 人の気配を感じることができない。本当にここに誰かが住んでいるんだろうか?

 欠月は奥へと歩いていく。彼の部屋は廊下に面しているらしく、庭からあがって入った。時代を間違えたような建物に、静が不安そうにする。
「ほら、あがってあがって。狭いけどね」
 障子を開けて静を招き入れる。部屋への出入口はこの障子だけらしい。鍵もないなんて、信じられない。
 見事に物の少ない部屋だ。畳の、狭い部屋。全身を映す鏡には布がかけられていた。
(ここで欠月さんが暮らしてたんだ……)
 人間味のない部屋だ。寝起きするためだけの、部屋。
 衣服を脱ぎ出す欠月は静に尋ねる。
「どうする? ここで待つ? ちょっとキツいからここに居たほうがいいとは思うけど……」
「行きます」
 濃紫の制服の一番上を留めた欠月が腰に片手を当て、
「……わかった」
 そう言って微笑んだ。



 広間、とでも言うのだろうか。宴会でも使うような広い畳の部屋に欠月と静は座っていた。その視線の先……部屋の奥には太った老人が座っている。
(あれが……?)
 現在の遠逆家の最高責任者なのだろうか。なんだかイメージと違う。
「遠逆欠月、戻りましてございます」
「……任に失敗したな?」
「そんなはずはありません。心臓を貫き、首を刎ね、四肢を切断しました。生きているはずありません」
「だが生きている」
 老人の言葉に欠月が体を強張らせたのが、彼の左斜め後ろに座る静にもわかった。
 失敗したから欠月はすぐに帰るように促されていたわけだ。あの激痛の発作は、その合図だったのだろう。
 成功していれば、それはなかったということ……だろう。
(欠月さんが失敗……相手を生かして逃がすなんて)
 ありえない。彼は東京に残るために人間を一人殺すことにしたのだ。静の傍に残るために、欠月は冷徹に任務を遂行したはずだ。
 欠月は目的の為なら手段を選ばない。
 それなのに。失敗した?
「欠月、もうよい、さがれ」
「は……? ですが」
「後ろに居るのは菊坂静という童じゃろう? 監視からは報告を受けておる。
 欠月、おまえは後日調整する。さがるのじゃ」
 抵抗しようと欠月が腰を少し浮かせた。静を一人残すわけにはいかないと判断してのことだ。
 しかし、欠月は心臓に強力な衝撃を受けたようにビクンと大きく反応し、そのままゆっくりと前のめりに倒れた。
 驚愕する静の背後の襖が開き、黒い袴姿の男が一人入ってくると欠月の腕を掴んで引っ張り上げ、そのまま引きずるように出て行った。
 残された静は怒りの視線を老人に向ける。
(あいつが欠月さんを……!)
 この目で見たことで憎悪が増した。欠月の命を握っているのだ、文字通り。
「綺麗な顔をしておるが、男か」
「……だったら、なんだって言うんですか」
 冷えた声で反撃すると老人は小さく笑う。
「女ならば欠月の相手をさせようと思ったのじゃがなぁ。まぁ男でも構わん。欠月の精神安定におまえは必要不可欠のようじゃからのう」
「……欠月さんに何をさせる気ですか」
「知ってどうする?」
「どうもしません」
 この老人に襲い掛かったところで、欠月が助かるわけではない。無力な自分にも腹が立った。
「なに。我が一族の『核』になる。それだけだ」
 核?
 意味がわからない静は怪訝そうにする。
「別に酷いことをさせるつもりはないぞ?」
「……以前、憑物封印で、欠月さんを殺そうとしたじゃないですか……!」
「よぅ知っておるな。あれは覚悟が必要だっただけじゃ。殺しはせん」
 嘘をつくなと言いたくなる。
(欠月さんをまるで物のように扱うくせに……!)
「疑っておるな? 欠月に死なれては困るのは本当じゃぞ? おまえにも手荒な扱いはせん。欠月に似た遠逆の女でも娶ってここで暮らせばいい。役目さえ果たせば、害は加えんぞ?」
 静の命もまた、この老人に握られているのだ。
 静は決めている。欠月の傍に居るために来たのだ。こんな、場所まで――!



 欠月は自室の中央に転がされていた。ひどい、と静は思う。
「それでは夕餉をお運びしますので」
 黒い着物姿の美しい少女はそう言って障子を閉めた。どこか欠月に印象が似ていた。
「……欠月さん、こんな不自由なところに暮らしてたんですか?」
 小さく問い掛けても欠月は応えない。わかっていて、質問した。
 用を足すことと湯浴み以外は出歩くなということだ。どうせ出歩いてもここは結界の中だ。逃げられない。
(……不自由なのは、外部から来た人だけだろうな)

 それから三日の後だ。遠逆家に異変が起こったのは。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5566/菊坂・静(きっさか・しずか)/男/15/高校生・「気狂い屋」】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、菊坂様。ライターのともやいずみです。
 欠月と共に遠逆家にやって来ました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!