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■遙見邸客室にて・現存記録の検索依頼■

めた
【7061】【藤田・あやこ】【エルフの公爵】
「やあ、お久しぶり兄さん。七罪ちゃんも変わらないねぇ。ああ、荷物は客室で良いかい? これからパソコン十台フル稼働だけど多めにみてくれよ?」
 遙見邸ロビーにて。たくさんのダンボールと共に入って来たのは、その目を緑色のバイザーで隠した、軽薄そうな男だった。髪は染めているのかどぎつい紫で、肩まであるその髪にコードがまざっている。どうやらバイザーと脳を直接つないでいるらしい。
 それを出迎える遙見邸の主・遙見苦怨は、しぶい顔をしていた。
「……貴様。三年行方をくらませて開口一番にそれか。もっと言うべき事があるんじゃないのか」
「あったっけ」
 男はあっけらかんとしている。
 彼――苦怨の弟・遙見虚夢は、口元だけで笑いの表情を見せた。
「兄さんは古いんだよ。今の時代、パソコンの一つも使えないとやっていけないよ? まさか未だにキーボードも叩けないなんてことないよね」
「叩けませんよー。苦怨さまはまだ羽ペンでお仕事なさってます」
 七罪が言うと、苦怨が更に顔をしかめる。逆に虚夢は大声で笑い出した。
「嘘だろう? 化石的人物だねえ。ほら、キィ、挨拶なさい」
 虚夢は手元の小型ノートパソコンを開く。片手で持てるサイズのそれの画面に、やがて一人の女性が映った。眼鏡をかけた、いかにも秘書といった感じの女性である。
「――お久しぶりです。苦怨さま、七罪さま。お変わりないようで」
「キィ・テ・フォンだったか。お前は変わらんな」
「はい。プログラムですので」
 無表情に言う彼女。冗談か本気か判別はつかない。
 キィ・テ・フォン。ソフトプログラミングのエキスパートである遙見虚夢が製作した、人工知能である。無論人間どころか生物ですらないが、こうして話してもなんら違和感がない。
「では、兄さん。僕もこれからここで仕事をさせてもらうけど、構わないかな」
「――好きにしろ。ああ、コードもカメラも設置するのは構わんが、俺の部屋には絶対持ち込むなよ」
 よほどコンピューターが嫌いなのか、苦怨はさっさと行ってしまった。
「本当に、変わらないねえ」
「はい。あ、カメラはやっぱり、私の部屋にも……?」
「この家は無用心すぎるからね。キィが警備するには必要だから。もちろん覗いたりはしないから安心して」
「ご安心ください七罪さま。そのようなことはありません」
 困ったように笑いながら、七罪は荷物を運ぶ手伝いをするのだった。


「――虚夢さま」
 遙見邸客室。コンピューターやコードが無造作に――それでいてなにかしらの法則があるかのように並べられている一室で、声が響いた。画面の一つに、キィが現れる。
 モニターに囲まれているのは、虚夢。バイザー越しでは、彼が一体何を見ているのかは分からない。しかし、おそらく常人が想像できる世界ではあるまい。
 彼の目は、常人が見る太陽光を認識できない。認識できるのはきわめて特殊な赤外線や、あるいはモニターから発する光だけだ。だから彼はバイザー越しに、普通の人間が見ることができない世界を常に見ている。
「依頼をしたいという方がいらっしゃいました」
「お通しして――っと、その前に顔を見ておきたいな」
「はい」
 画面が切り替わる。映ったのは、おそらく虚夢に依頼をしたいという人物だろう。
「初めまして。遙見虚夢です。声は聞こえるかな?」
 依頼人が頷いた。
「僕の仕事は、今現在記録が残っている情報を集め、整理し、まとめ、きちんとした資料としてあなたに提出する事です。兄のように『失われた過去の情報』や、妹のように『これから起こる未来の情報』ではない。つまり貴方が調べればいくらでも手に入る情報なんです。もちろんこちらもプロですから、それなりにクオリティの高い情報は提供します。ですが本当に金を払うほどの情報なのか、きちんと考えてみてください。
 今ある情報なら、全て。全てが調べられます。例えば今生きている誰かの心境とか。もちろん、犯罪には協力できませんが。ああ、情報屋なんかとはまた赴きが違うので、そこは勘違いしないでもらいたいですね。
 気に入らない依頼ならばお断りします――貴方の望む情報は、さて、なんでしょうか?」
 遙見邸客室にて・現存記録の検索依頼


「つまり、要約すると、土星に送られるのは嫌だから、なんとかしてください――と。そういうことで良いのかな」
 遙見邸、客間にて。
 スコープを装着した近未来的装いの青年、遙見虚夢は、どことなく嫌そうな顔をした。相手は、遙見邸宅を三度訪れる藤田あやこである。
「そうなのよー。とりあえず衛星の観測データを秘密裏に入手して、計画自体をなかったことに……」
「ハッキングは犯罪です、藤田あやこさま」
 冷たく言うのは、モニターに映しだされた美女、キィ・テ・フォンであった。
「う……ちょ、ちょっとくらい……」
「いけません。フリーの情報ならともかく、機密情報を無断で手に入れることはできません。そもそも虚夢さまは、生身で情報探索を行うのです。無理にセキュリティを突破しようとすれば、お身体に差し障りがあります。助手の身として、許可できかねます」
 キィに一切の容赦はなかった。そもそもAIなので融通がきくとは思えないのだが、こと虚夢のことになると彼女は頑迷であるらしい。
「そんなーっ、このままじゃ土星に送られちゃうのよぉ! そんな男の子もいないとこで一生過ごすのはイヤーッ!」
「うーん……気持ちはわからないでもないけれどね……。ねえキィ、フリーの情報であれば良いんだよね」
「――なにをなさるおつもりですか?」
 キィが半眼で尋ねた。長年の経験から、虚夢の思いつきにろくなものがないと感じているのかもしれない。
「いやあ、ちょっとネットで彼女の助けになる情報がないかな、と。一応、兄さんのお得意様だしね」
「さっすが虚夢くん話がわかるッ! やっぱり理系の男の子って良いわー!」
 さすがさすが、とはしゃぐあやこはさておき、キィの顔は渋いままだ。
「虚夢さま。何度も申し上げますが、電脳空間には一日六時間の滞在が限度です。あまり無理をなさらぬよう――」
「大丈夫だって。キィは心配性だなあ」
 バイザーの奥の瞳で、虚夢は淡く笑うのだった。


 あやこは別の客間に通される。そこでは天井からマニュピレーターがせりだして、器用にお茶を淹れていた。
「はー、すごいわね。ウチの大学でもこんなのできないわ」
「ある意味、虚夢さまは反則技をお使いになりますので」
 モニターはどこにでもあるらしく、そこでも見慣れたキィの顔があった。見れば見るほど秘書然としている。
「あの、電脳空間に潜るってやつ? 虚夢くんもすごいよねえ」
「ええ。苦怨さまがどこにもない本を見て書き写し、浄花さまが回避できる未来を見ることができるのと同じです。遙見の一族は、その名字の通り、遥か彼方、誰も見ることが出来ない場所を見ることができるのです」
 苦怨は、遺失の過去を。
 浄花は、可能の未来を。
 そして虚夢は、今在る現在を目視する。
「いいなー、仲良さそうな兄弟でー。私なんか良い男全然いないもん」
 ずず、と愚痴りながら紅茶をすするあやこ。
「いえ、皆様喧嘩ばかりなさっています。特に苦怨さまは、いつも不機嫌そうで」
「まあ、でも長男の貫禄あるじゃない」
 くすくすと笑うあやこは、すっかり遙見邸宅の常連であった。


 数日が経つ。
 どうも虚夢の情報探索は難航しているようで、あやこはしばらく遙見邸宅に滞在しては、キィや七罪とお茶を飲んで過ごす日々が続いていた。
 今日も、そんな日――。
「でねでね、そのデータを彼に送って潜航艇でハネムーンするのよぉ、きゃあー」
「……シュミレーション終了。実現可能確率は十五パーセント、ですね」
「えー、なにそれー! キィちゃん適当にやってるんじゃないのぉ?」
「失敬な。虚夢さまが浄花さまのために作った未来予想プログラムは、数日後の出来事ならば五割の確率で的中します」
 淡々と話すキィと、元気のあふれるあやこは、どうも非常に良いコンビであるらしく、よく二人で話をしていた。
「納得いかなーい!」
「大丈夫です。どうせ数日後のこと、いずれご自身で体験なさるは――――虚夢さまッ!?」
 モニターの声だけが、響いた。
 いきなり、モニターからキィの姿が消えたのである。屋敷中で様々な仕事を同時進行している彼女が、電源を落としたとなれば――。
 余分な電力を消費することができなくなったと、考えるべきだろう。
「――――ッ」
 あやこの動きは、早かった。
 キィがそれほどまで焦るのならば――それは、自らの主人である虚夢になにか起こったと考えるのが、自然なはずである。


 虚夢は、自室で倒れていた。
 たくさんのモニターは勝手に動いている。おそらくキィが操作して、虚夢を助けようとしているのだろうが――無骨なマニュピレータでは、虚夢に触れることができないのだろう。虚夢は倒れたままだった。
「え、ちょ、なにこれキィちゃん!?」
「虚夢さまがお倒れになりました。いま救急車を呼んでいますが――おそらく電脳空間での長時間情報探査のせいでしょう。普通の病院でなんとかなるかどうか――」
 迷っている暇はない、と思った。
 この状況はあやこが作り出したものなのだから。
(ええい、飲みなさい―――!)
 あやこが取り出したのは。
 栄養ドリンク――ただし大学の薬学部の連中が精力を結集して作り出した、特殊で特別なドギツイヤツであった。
「あやこさま、なにを……!」
「大丈夫、これ動物実験終わってるし! まだ人間には試してないけど!」
「なっ……そ、そんな怪しげなものを虚夢さまに飲ませるわけには……」
「あーもうキィちゃんうるさあい! そんな融通きかなかったら虚夢くん守れないんだよ!」
 ごちゃごちゃ言うキィを無視して。
 あやこはその特別製ドリンクを、虚夢の口に押し込んだ。


 ――――後日。
「いやあ、役に立てたようでよかったよ」
 虚夢は、何事もなかったかのように自室でくつろいでいる。対してキィは渋い顔だ。
「彼女には、痛いところをつかれました」
「あはは、ひどいなあキィは。その時のこと教えてくれないんだもん。記録もとっていないしさ」
「当然です」
 あやこの痛烈なセリフは、キィにとって痛手であった。主人には見せられない。
「あやこさんは?」
「虚夢さまのデータのおかげで、土星にはいかなくて済んだようです。その後は、彼氏にノーベル賞をとらせたとか、もうすぐハネムーンだとか言っていましたが――虚偽の申告である確率が、高そうです」
「なかなか世の中上手くいかないよねえ」
 まるで仙人かなにかのように。虚夢が笑った。
「――あの、虚夢さま」
「どしたの、キィ?」
 珍しい事に、キィの物言いはどこか不安そうというか――いつもの冷徹さが、消えていた。
「その、はっきり言っていただきたいのですが……虚夢さまは私のような、その、融通がきかなくて硬い女より、あやこさまのような方が好みなのでしょうか? その、話も理系であうようですし……」
 この質問に。
 虚夢は、それこそ虚をつかれたようだった。
「――――キィは、僕の好みだよ。だって、そーゆー風に作ったんだから」
「あ……」
 そういえばそうだったと。
 今更のように、キィはそれを思い出した。


「でもやっぱりもうちょっと融通利かせてほしいかな」
「ぅ」


<了>

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■   登場人物
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【7061/藤田・あやこ/女性/24歳/女子大生】

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■   ライター通信
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 どうも、四回目のご依頼ありがとうございます藤田あやこさま。虚夢シナリオでございます。
 スケールのでかいお話でどうしようかなーと思いましたが、やはり遙見邸らしいほのぼの路線でいかせていただきました。ちなみに本当にハネムーンしたかは秘密、ということで。
 遥見シナリオも残すところ浄花だけになりました。どのようなものを書こうか今から楽しみでなりません。実は浄花シナリオのお客様は今のところゼロでして。このままいけばあやこさまが初の依頼人ということになります。めでたい(笑)
 ではでは。今回の話、楽しんでいただけたら幸いです。