■生命の尊厳<求める者、退く者>■
川岸満里亜
【3368】【ウィノナ・ライプニッツ】【郵便屋】
「15年ぶりか」
「もうそんなに経ちますか」
 魔女クラリスが手を右に振る。
 隅のソファーに座れということだと、ファムル・ディートは瞬時に理解した。
 ソファーに腰掛け、腕を組んだファムルの向いに、クラリスが腰掛ける。
「まずは、素敵な招待状をありがとうございます。……と言うべきですかねぇ」
「フッ、気付いていたか」
「何を仰りたいのかも、大体わかるのですが。嫌ですよ、私は」
 かつて師であった女性は、未だ当時と変わらず若いままであった。
 あれから15年。自分の外見は15年分老けたというのに。
「切り出す前に、拒否されるとはな」
 クラリスは笑いながらグラスを取り出し、ワインを注いだ。
「ファムル。キャトル・ヴァン・ディズヌフには会ったか?」
「あなたが差し向けたのですか!?」
 受け取ったグラスの中で、液体が大きく揺れた。
「いや、彼女の意思だ。お前に興味を持っていたんでな。そのうち接触するだろうと思っていた」
「なぜ、彼女を作ったのですか? ……いえ、やはり説明は結構です。私はもう関わりたくないんですよ」
「そう言うな。あの娘は、お前の情報を受け継いでいる」
「それは一体……あなたは私の情報を得られなかったはずでは?」
 ファムルは赤い瞳を有している。赤はクラリスが欲している色である。
 そのため、クラリスは過去幾度となくファムルから瞳の情報を得ようと試みた。しかし、ファムルは魔力が極端に少なく、魔力を感じ取ることも、魔術を理解することもかなわなかった。そのため、クラリスの力はファムルに受け入れられず、クラリスは最終的に断念したはずであった。
「正常な形で得ることは出来なかったが、表面的な情報で色だけは再現できないかと思ってな。しかし……」
「失敗したのですね。それなのに、何故彼女は存在しているのです? 成長する前に、失敗であることは判明していたのでしょう?」
「キャトル・ヴァン・ディズヌフの瞳の色は茶ではない。本来の瞳は赤。髪は白金だ。彼女の身体を形成する色は濁っている」
「なるほど……その濁りを解消する研究を手伝え、とでも?」
「そんなところだ」
「断ります」
 ファムルは即答して、ワインを口に含んだ。
 甘い酸味が口の中に広がる。
「元より私に高度な薬学を教えてくださったのはあなたではないですか」
「薬学では足りない。物質をより完全な物質に変化させる技術――『錬金術』が必要だ。しかし、この世界に存在している錬金術の知識だけではやはり足りない。向上心と発想力を兼ね備えた錬金術師が欲しい。つまり、お前だ」
「これはまた……随分と、買い被られたものですな」
 ファムルは苦笑する。
「彼女だけではない、ダラン・ローデスを生かす手段も判明するかもしれないぞ?」
「それはあなたの好きな『取引』の材料にはなりません。ダランと私は何の関係もありませんからね。寧ろ、シスを作った……つまり、シスの親であるあなたは、ダランの親も同然。自分の子を助けるために、他人に協力をさせるというのなら、それなりの交渉材料が必要じゃないですかねぇ」
「ははは。相変わらず、食えない男だ」
 笑いながら、クラリスはグラスを回した。
「長い間あなたに鍛えられましたから」
 ファムルも笑みを浮かべ、グラスに残っていたワインを飲み干した。
「どちらにせよ、私はもうこりごりなんですよ。彼女達とは関わるのは」
「ファムル、お前は……」
「実際、私にはローデス氏よりあなたのお気持ちの方が理解できます。シスと暮した年月であるなら、私の方が彼より長いですから。シスは美しく立派な女性でした。私は彼女を慕い、敬愛していました。けれども、彼女はローデスの手に渡り、僅か数年で帰らぬ人となった。……無念で、遣り切れませんでした。私はその時決意したんです。金輪際魔女には関わらないと」
「そうか」
 クラリスが目を伏せる。
「ここに住む女性も、私が居た当時に生きていた女性はもうあまりいないんでしょうな。……まあ、考えるのはやめて、早々にお暇させていただきます」
 ファムルはグラスを置いて立ち上がった。
「ファムル。どう足掻こうが貴様は私の元に戻ってくることになる。そう仕向けてやるから覚悟しておけ」
「断固拒否します、ええ」
 浅く笑い合い、かつて師弟であった二人は別れた。
『生命の尊厳<求める者、退く者>〜魔力〜』

 ウィノナ・ライプニッツは魔女の屋敷で充実した毎日を送っていた。
 疲れは日々感じていたが、ぐっすり眠れば大抵回復した。
 食事も豪華ではないが、健康的なものを食べることができる。勉強と修行の他は、ここではやることがないので無駄に時間を過ごすこともなかった。
 ただ、一つ気がかりなのはダラン・ローデスのことである。
 彼の姿はほとんど見かけない。どうやら立入りを制限されているようだ。彼は屋外の魔術訓練場所の隅にある家畜小屋で暮しているらしい。
 その日、ウィノナは彼の様子を見に家畜小屋に向った。
 魔術訓練場は他者の訓練中は原則立入り禁止なのだが、今は食事休憩時間のはずだ。
 魔女の敷地内には、魔術の訓練場所が二つ存在する。ウィノナが向ったのは、そのうちの屋外の訓練場だ。
 訓練場の通行は、ウィノナにとってかなり辛い。
 そこには無数の動植物や、魔道生物が溢れており、それらの放つエネルギーが自分に干渉してくるのだ。
 干渉は痛みとしてウィノナを苦しめる。まだ魔術を理解していないウィノナには、一人で長居はできない場所である。
 ウィノナは自分で自分を抱きしめるように身体を守りながら、隅の家畜小屋まで走った。
 鍵はかかっていない。
 ドアを開けて入り込む。中も外とあまり変わらない状況だった。痛みは治まらない。
 顔をしかめながらダランの姿を探し、小屋の奥にドアを見つけた。
「ダラン、いるの?」
 返事はなかったが、ドアを開けてみる。
 その部屋は、馬房のようだった。家畜や魔道生物はおらず、痛みも多少軽くなる。
 仕切られた空間の一つにダランはいた。壁によりかかり、目を瞑っている。
「ダラン……昼間から眠ってる場合? 強くなるんだろ、しっかりしなよ!」
 ウィノナが近付くと、ダランは目を開けて彼女の顔を見た。日に焼けて赤らんでいたので分かり難いが、ダランの顔色は非常に悪い。身体に痣もあるようだ。
「ウィノナ、痛いの?」
「ん? うん、そりゃ……」
 両手を抱えるウィノナに、ダランが手を伸ばした。
 ウィノナは良く分からないまま、ダランに近付き身をかがめると、ダランはウィノナの手をとって、軽く握った。
 途端、痛みが消える。
 基礎が身についている者と、いない者の違いだった。
 ダランは最近まで魔法をまともに使うことはできなかったのが、魔術を学んでいたのは嘘ではなく、基礎はこなせるらしい。
「ダランは地下の訓練部屋でも痛くないの?」
 地下にある訓練部屋は、自身の魔力を痛みとして感じる。
「ううん、あっちはダメ。なんかさ……」
 ダランは言葉を出すことさえも、苦しげだった。
「俺の中の魔力って、一つじゃないみたいで……よくわかんないけど、制御してるつもりでも、他の力が邪魔して痛いんだ」
 言った後、ダランは再び目を閉じた。途端、ウィノナの身体に小さな痛みが走る。
「ほらダラン、しっかりしろ! ここで負けるんじゃない、黒薔薇団の団長に負けないくらい強くなるんだろ、大魔術師になるんだろ」
 ウィノナが肩を揺すると、ダランは失いかけた意識を取り戻し、僅かに笑みを浮かべた。
「黒薔薇団にはもう負けない。大魔術師にもなる。それともう一つ、やんなきゃいけないことができた」
 ダランは繋いでいた手を、持ち上げた。
 持ち上げられたウィノナの右手には――盟約の腕輪が嵌められている。
「これ、俺が外すから。いつか、必ず……」
「え?」
 魔女クラリスに嵌められたこの腕輪は、嵌めた本人か、それ以上の魔力で対抗せねば外すことができない。
「これのせいで、ウィノナはここにいるんだろ?」
 ダランの言葉に、ウィノナは首を左右に振った。
「自分で決めたことだから。ボクは自分の意思でここにいるんだ」
 ダランの手を外し、痛みに対抗しながら、ウィノナは立ち上がった。
「ダラン、お互い頑張ろう!」
 ウィノナの言葉に、ダランは小さく頷いた後、眠りに落ちていった。

 ダランの状態は心配だが、魔女クラリスに聞いても回答が得られないことは分かりきっている。
 心残りではあったが、ウィノナはダランを置いて本屋に戻った。
 自室の向いにある図書室に入ると、室内に20歳前後の魔女の姿があった。読書を楽しんでいるようだ。
「あの、少し教えてもらってもいいですか?」
 本を持って、彼女が座る席へと近付いた。
 屋敷内の魔女達は全てウィノナの先生でもある。魔女達は魔女クラリスにウィノナの面倒を看るよう命じられているらしい。
「どうぞ」
 ウィノナは昨日一人で学んだ箇所について、色々と質問をする。
 魔女達の教えはとてもわかりやすかったが、少し意地が悪かった。簡単に答えを教えようとはしない。ウィノナが間違えると、軽く嘲られる。彼女達は皆明朗で、強気だ。
 一通り勉強の質問を終えた後、今まで学んだことや見聞きした情報を元に、ウィノナは魔女に訊いてみることにした。
「魔女の皆さんの寿命が短いのは、魔力の高さに対して、その膨大な魔力を収めきることの出来ない体だからなのかな?」
「うん、まあそうでもあるのかな」
「収めきれない程入った器が少しずつ耐え切れずに壊れていこうとするように、魔力が命を削り続けているから寿命が短くなってしまう……そういうこと?」
「いや、それは違う。魔力は魔女にとって命の源みたいなものよ。私達は人間より寿命が短いけれど、それは同じような外見でも種族によって寿命が違うってだけのこと。また、同じ人間であっても、生まれた場所や環境、節制によって、寿命に大きく差が出るのとも同じって私は考えてる」
「でも、魔力が害を及ぼしていることに変わりはないんですよね? それなら魔力を抑える薬を作るとか、魔力を一定量吸収してしまうアイテムを作り、それを身に着けていくようにすると、寿命が縮まりにくくなるんじゃないかな?」
「魔力は生命エネルギーでもあるから、そういうものを使ったら呼吸を制限されたり、重い荷物を背負わされているような感覚を受けると思う。それに無理に薬で抑えたりすると、他の障害が起こるんじゃないかな。……でも、あなたが助けたがってる、ダランって子はどうだかわからないけどね。見たところ、魔力の量も大したことなさそうだし」
 ウィノナは顎に手を当てて、考え込む。
 ダランの身体は普通の人間だと考えられる。
 魔力は魔女達より劣っているようだ。
 そして先ほどの彼の言葉によると、彼の体内には幾つかの魔力が在るらしい。
 ――そもそも、魔力って何なんだろう?
 ウィノナにはまだ分からないことが沢山ある。
 魔力を抑える薬は、錬金術師ファムル・ディートなら作れそうな気がするが、ダランの魔力が普通の人間と違う状態であるのなら、その情報なくして調合は無理だろう。
 それはマジックアイテムにしても同様だ。
 とりあえず、ダランの身体情報を得たら試してみる価値のある方法として、ウィノナは自らの考えをノートに記したのだった。

**********

「あっ!」
 衝撃に吹き飛ばされ、ウィノナは尻餅をついた。
「どうした。今日は随分と上の空のようだが」
 転んだウィノナを見下ろしているのは、黒いローブを身に纏った魔女――クラリスだ。
 屋外の訓練場で魔術の基礎訓練中、ウィノナはダランのことが気になり、集中を途切らせてしまった。
 今もまだ、ダランは家畜小屋で眠っているのだろうか。
「あの……。ダランの身体の状態ってどうだったのですか?」
 答えてくれないだろうと思いつつも聞いてみる。
 魔女クラリスは浅い笑みを浮かべると呟くように言った。
「アイツは吸収型だな」
「吸収型?」
 魔女はその問いに答えず、こう続けた。
「お前は内在型だ」
「内在型?」
 今度の問いに対しては、クラリスは頷いて説明を始めた。
「生まれつき魔力が高く、訓練によっては強力な術を自身の力だけで発動できるようになる。また、自身以外の万物の力を借りるにしても、己の魔力が高ければ、より多くの力を利用することができる」
「それって、いいことなのですか?」
「ああ、私にとってはな」
 クラリスがウィノナの銀色の髪を掴んで引き上げる。
 短く小さな声を上げ、ウィノナは立ち上がった。
「お前自身にとってはどうだか。とかく人間とは特異な力を忌み嫌う生き物だからな」
 笑いながら、クラリスはウィノナは突き飛ばした。
「っ!」
 ウィノナはよろめきながらも、突如現れた魔道生物を辛うじて躱した。

 今は躱すだけで精一杯。
 だけれど、吹き飛ばせるかもしれない。
 いずれは、打ち倒せるかもしれない。

 全ては自分の努力次第だ。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3368 / ウィノナ・ライプニッツ / 女性 / 14歳 / 郵便屋】
【NPC / ダラン・ローデス / 男性 / 14歳 / 魔術師の卵】
【NPC / 魔女 / 女性 / 345歳 / 魔術師】
20歳前後の魔女

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■         ライター通信          ■
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川岸です。
相変わらずダランは詳しい事情を把握してはいませんが、自分のせいでウィノナさんが魔女の拘束を受けていると感じているようです。
応援と推考ありがとうございました。
引き続きご参加いただければ幸いです。

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