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■Answer■

智疾
【0086】【シュライン・エマ】【翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
「死んだ人間の遺言を知りたい、ねぇ」
煙草を吹かしながら眉を寄せた草間に、フォローする様に零が珈琲を差し出す。
「よく分からないですけど、やっぱり気になるんじゃないですか?」
「かと言って、死人を生き返らせるなんて事は出来ないだろ」
珈琲の入ったマグカップを受け取って、窓から外を見やる。
往来の激しい東京。
此の中の一体何人が、『大切な人』を失って生きているのだろう。
少なくとも、今回の依頼人だけではないのは確かだ。
「では、何故お受けになられたのですか」
部屋の片隅で本を読んでいた遙瑠歌が、無表情のまま問いかける。
その問いに、草間は煙草を灰皿に置いて頭を掻いた。
「いや、何となく、放っておけなかったんだよ」
ばつが悪そうにそう言う彼を見て、零と遙瑠歌は顔を見合わせた。
何となく、理由が分かった気がするから。
「ひとまず、依頼人の『死んだ大切な人』が亡くなられた場所に行ってみましょう」
「書類を拝見する限りでは、『総合病院』という場所で御座いますね」
ふと、草間が視線を上げると。
笑みを浮かべた二人の少女。
「今回の依頼、引き受けましょう」
<Answer>

<Opening>
「死んだ人間の遺言を知りたい、ねぇ」
煙草を吹かしながら眉を寄せた草間に、珈琲を差し出す零。
「よく分かりませんけど、やっぱり気になるものなんですかね?」
「人それぞれだろ。しかし、死人を生き返らせるなんて事は出来ねぇしな」
マグカップを受け取って、窓から外を見やる。
往来の激しい東京。
此の中の一体何人が、『大切な人』を失って生きているのだろう。
少なくとも、今回の依頼人だけではないのは確かだ。
「では、何故お受けになられたのですか」
部屋の片隅で本を読んでいた遙瑠歌が、無表情のまま問い掛ける。
其の問いに、草間は煙草を灰皿に置いて頭を掻いた。
「いや。何となく、放っておけなかったんだよ」
バツが悪そうにそう言う彼を見て、零と遙瑠歌は顔を見合わせた。
何となく、理由が分かった気がするから。
「一先ず、依頼人の『死んだ大切な人』が亡くなられた場所に行ってみましょう」
「書類を拝見する限りでは、『総合病院』という場所で御座いますね」
ふと、草間が視線を上げると。
笑みを浮かべた二人の少女がそこに居た。
「今回の依頼、引き受けましょう」
そんな三人のやり取りを。
パソコンの前に座って書類を作成していたシュラインが、何も言う事無く小さく笑っていた。

<01>
それにしても、不可解な点の多い依頼だ。
いや、此の興信所に持ち込まれる依頼で、分かりやすいものは実に少ないが。
「不審な点其の一。如何して依頼人は遺書がある、と確信しているのかしら」
シュラインの言葉に、残りのメンバーが顔を見合わせた。
「資料によれば、亡くなった人は病死でしょう?突然事故で亡くなったとか、突発的な事じゃないなら、遺書くらい遺すんじゃないですか?」
零の言葉に、次に口を開いたのは義兄の草間。
「だったら、わざわざ捜さなきゃならない場所に隠すか?もっと分かりやすい場所に置いとくだろ」
新しい煙草に火を点けて、煙を吐き出す。
「不審な点其の二。如何して自分で捜しに行かないのかしら」
次のシュラインの指摘に、答えたのは興信所内で一番小さな少女。
「捜しに行けない事情がお在りなのかも知れません」
「そうね。若しくは、捜したいけど捜すのが怖い、とか」
シュラインはそう言って、資料へと目を落とした。
「まぁ、怖いのが遺書に対してなのか、其れとも他のものに対してなのかは、分からないけれど」
ほら、病院って『そう』でしょう?
「幸先悪い事を言うな、シュライン」
「あら?怖いのかしら、我等が草間興信所の所長が」
揶揄る様な言葉を受けて、草間が眉を顰める。
そんな二人を見て、ハラハラしている零。
いまいち空気が読めていない遙瑠歌は、空になった草間のマグカップを簡易キッチンへと持ち去る。
「……まずは、病院に行く前に親類の人から仲介をお願いしないとね。色々と聞き出すのに、一々脅すつもりじゃないでしょ?武彦さん」
「分かってる」
苦虫を噛み潰したような草間の表情に、零は大きく溜息を吐いた。

<02>
何とか仲介してもらう事に成功し、一同は現場である『総合病院』の前にやって来た。
「亡くなった人は、此処の803号室に入院していたそうよ」
シュラインが、持っていた手帳に書き込まれた情報を口にする。
「今は」
「誰も使ってない。タイミングが良いのか、何なのかしらね」
軽く病院を睨みつけて、草間は短くなった煙草を地面に落として踏みつけた。
「零、遙瑠歌」
「はい」
「承知致しました」
目を閉じ、意識を集中する二人の少女。
病院は確かに『そういう』ものが多かったりする。
用心の為に、分かる範囲は知っておきたい。
暫くの後、少女達は眼を開き。
「大丈夫です。悪霊の類いはいません」
「わたくしも、何も感知しませんでした」
其の言葉に頷いて、草間は声を上げた。
「んじゃ、取り敢えず病室にまで行ってみるか」

<03>
遺書といえば、定番は手紙だ。
ごく稀にビデオレター等にする変わり者もいるが。
「流石に病室は綺麗に整理されちゃってるわね」
「まぁ、何時までもそのまんま放置するわけにもいかんだろうしな」
頭を掻いて、草間の手がジャケットの内側へと伸びようとするが。
「武彦さん」
シュラインの言葉に、此処が病院内だという事を思い出し、諦める。
「それなら、此処で働いている人に聴いてみるっていうのはどうでしょう」
そう言った零に頷いて、病室から出るメンバーの前に。
タイミングよく現れたのは、清掃係の初老の女性。
「ちょっといいか?此処に入院してた奴について聞きたい事があるんだが」
呼び止めた草間の方へ視線を向けて、其の女性は首を傾げた。
「私達、草間興信所のものです。依頼を受けて、此処に入院していた人の遺書を探しているんですけど……」
言葉を継いだのはシュライン。
「遺書?あぁ。此の病室の若旦那の恋人から頼まれたのかい。あんたらも大変だねぇ」
同情する様な視線を向けてくる女性が、溜息を吐く。
「あんたらも、って、どういう事ですか?」
質問した零に視線を移して、私もだったんだよ、と肩を竦めて見せる女性。
「絶対にあるはずだから、探し出してくれって五月蝿くてねぇ。遺品を整理したときも、そんなもんはなかったから、そう言ったんだけどしつこく食い下がってきてさ」
「ところで、若旦那って……」
「おや、知らなかったのかい?」
そうして其の女性は、一つの手がかりを落としていったのだった。
「此処に入院していたのは、ある華道家のご子息だよ」

<04>
仲介を受けたとき、残念ながら草間達は、家へと招かれたわけではなかった。
病院の近くにある喫茶店で、亡くなった人物の親類から許可を得たのだ。
だから、分からなかったのだ。
亡くなった人物が名家の子息で、依頼人がその家に勤めていた使用人だった、という事は。
「資料にもなかったからな。ったく、何だってそんな面倒な……」
「まぁ、でも此れで不審な点の一つは解決したわけよね」
病院から出た興信所メンバーは、もう一度其の喫茶店へと足を運んだ。
「依頼人が如何して自分で捜しに行かなかったのか。つまり、真相は行かなかったじゃなくて、『行けなかった』」
「身分違いの恋ってか。馬鹿馬鹿しい」
暫くぶりの煙草に火をつけて、草間は呆れ顔で呟く。
「それにしても、後残された手がかりは此の写真だけですね」
零が手に持っていたのは、依頼人から送付された資料に挟まっていた写真。
恐らく其処に映っている男性が、亡くなった人物なのだろう。
「写真一枚で何処まで行くか、なんてのは知れてるが。まぁ、やれるだけやってみるか」
そう呟いて、草間は注文しようと近くを通ったウェイターを呼び止める。
「あー。俺今日はモカにするか。おまえ等は」
「私はアメリカンで」
「私はダージリンを」
遙瑠歌ちゃんは?と問い掛けられて。
「……ココアは、御座いますか?」
如何やら此の喫茶店のメニューには、ココアという文字がなかったらしい。
珈琲が飲めない遙瑠歌にとって、頼りになるのは色々と教えてくれる他のメンバーだ。
「あー……んじゃ、キャラメルラテにしとけ」
あれなら甘いから飲めるだろう。
そう言った草間に頷いて、ではそれを、と告げる。
「畏まりました……あら?」
人懐っこい笑みを浮かべたウェイターが、零の持っていた写真に視線を落として、目を丸くする。
「?知ってるのか?」
其の様子を目ざとく見ていた草間が問い掛けると、ウェイターは頷いて。
「つい此の間まで御贔屓してくださってたお客様ですよ。最近はお見かけしませんけど」
どうやら入院中にもかかわらず、亡くなった人物はよく此処に通っていたらしい。
「何時も彼女さんといらっしゃってましたよ。必ずエスプレッソを頼まれるので、よく覚えてます」
思わぬところで情報を得られそうだ。
「それで、此の方がどうかなさったんですか?」
「いえ。つい此の間病気で亡くなったらしいんだけど、その人が書いた遺書を探してほしい、って依頼を受けたの」
シュラインが答えると、ウェイターは少し残念そうに。
「そうですか。亡くなられたんですか……。え?でも、依頼を受けたって?」
「俺達は興信所をやっててな。その恋人から依頼を受けたんだよ」
探偵さんですか。
そう言って、ウェイターはそれなら、と笑みを浮かべた。
「此の近所に、花がとても綺麗な公園があるんです。此処でお茶を飲まれた後、よく其処へ行かれていたみたいですよ?」
それじゃあ、お飲物を持ってきますね。
言ってカウンターへと引っ込んだウェイターの後姿を見て。
四人は顔を見合わせたのだった。

<Ending>
コーヒーブイレクも終わり、一同はウェイターからの情報を頼りに公園へとやって来た。
「しかし、死ぬ寸前の病人が、よくのこのこと外に出歩けたもんだな」
呆れた様に呟く草間に、シュラインも苦笑い。
「死ぬその時まで、恋人と一緒に居たかったんでしょうね。病院じゃあ二人の関係は公に出来ないから」
公園には、色とりどりの花が咲き誇っていた。
ふ、と。
零と遙瑠歌が何かを感じたのか、ある一方を凝視して。
「あの花……」
視線の先には。
薄桃色の花一輪。
万人によく知られている花が植えられている此の公園で、其の花だけがポツリと。
独特の雰囲気を醸し出しながら、咲き誇っていた。
「草間・武彦様。あの花です」
遙瑠歌の言葉を次いで、零が呟いた。
「あの花が、遺書ですよ。兄さん」
風に揺れる、花一輪。
四人を呼ぶ様に揺れる其の花の下へと、足を運ぶ四人。
「何か彼岸花に似てるな」
草間の率直な感想に、シュラインは小さく笑った。
「確かに。ヒガンバナ科の花だけど、ちょっと違うわ。此れは『ダイヤモンドリリー』ね」
こんな所に咲く筈のない花だけど。
其の言葉に、頷いたのは遙瑠歌。
「『ダイヤモンドリリー』。正式名称は『ネリネ』。ヒガンバナ科の球根植物で、晩秋に開花する花に御座います」
一般常識を知らない遙瑠歌だが、本で様々な雑学を身につけている。
恐らく今回は、植物百科でも読んだ時に覚えたのだろう其の知識を口にする。
「にしても、如何して此の花が遺書なんだ?」
最もな草間の問い掛けに、同じ様に零が首を傾げる。
そんな二人を見て、シュラインは花から視線を外さずに答えた。
「花言葉よ。ダイヤモンドリリーの花言葉」
華道家の息子ならではの、其の残した言葉。
それは。
「花言葉は……『幸せな思い出』と……」
死に逝くものが遺した、最後の希望。
「『また会う日を楽しみに』、で御座います」
死しても尚、愛する者へのメッセージを残すために。
彼が恋人に残した、最後の言葉。
其の花一輪が、今回の事件の『答え』だった。

<Extra story>
「何だか、しんみりした依頼だったわね」
カタカタと、キーを打つ音が興信所内に響く。
「ねぇ、武彦さん。武彦さんは信じる?生まれ変わり、とか」
煙草を片手に窓の外をぼんやり見ていた草間は、煙草を灰皿に押し付けて息を吐く。
「んな非科学的な事は、俺は嫌いだね」
彼らしい言葉に、シュラインは小さく笑みを浮かべて、再びパソコンへと視線を戻した。
(其れでも、素敵じゃない?そう思うのは、私だけかしらね)
生まれ変わってもまた、貴方と一緒に居られたら、なんて。

<This story is the end. But, your story is never end!>

■■■□■■■■□■■     登場人物     ■■□■■■■□■■■
【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【草間・武彦/男/30歳/草間興信所・探偵】
【草間・零/女/年齢不詳/草間興信所・探偵見習い】
【NPC4579/遥瑠歌/女/10歳(外見)/草間興信所居候・創砂深歌者】

◇◇◇◆◇◇◇◇◆◇◇   ライター通信     ◇◇◆◇◇◇◇◆◇◇◇
御依頼、誠に有難う御座いました。
ネリネの花言葉は此の他にも幾つかありますが、此の二つが私の中で強く残ったものでして。
何時もより遅くの納品、申し訳ありませんでした。
それでは、またのご縁がありますように。