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■Dice Bible ―trei―■

ともやいずみ
【7038】【夜神・潤】【禁忌の存在】
 蒸し暑い日々が始まった。夏の到来だ。
 鳥がやけに多く空を飛んでいた。

「まったく……またゴミ散らかして」
 近隣にいるカラスのせいか、ゴミ袋が散らかしてある。
 マンションのゴミ収集場所を、近所の中年女性がそう言いつつ見遣り――。
「……ひっ!」
 声をあげ、その場に尻餅をついた。
 散乱しているゴミの中に、肉片らしきものもある。そして、女性が見ていたのは……一つの目玉だ。
「ひゃあああぁぁぁああああっっ!」
 女は大声で悲鳴をあげ、その場から逃げようとした。だが腰が抜けており、立てない。



 どくん、と音がする。
 脈動の音。
 活動を開始。
 『敵』の気配が濃い……。
 本の中での休眠は終了。さあ、狩りの時間だ。
Dice Bible ―trei―



 悲鳴が聞こえて、ちょうど近くを通りかかっていた夜神潤はそちらに足を向ける。
 足早に曲がり角を右に行き、そこで腰を抜かしている中年女性を発見した。女は人差し指をぷるぷるさせ、何かを指差している。
「大丈夫ですか?」
 とりあえず、そう言いながら潤は駆け寄った。こういう時に気の利いたことが言えないなんて。
「あ、あそこ……!」
 女は震える指の先を、じっと見ている。潤は屈んで、その視線を追う。
 ゴミが散乱している。そこに、なんの肉かはわからないが……肉らしきものと、目玉が一つ。
(……殺人……?)
 とにかく警察に連絡をしなければ。それがまず一番にすることだろう。
「立てますか?」
 女にそう声をかける。彼女は潤にしがみついた。
「ちょっと! あんた見た!? 見たよね! ちょっと確認してきてよ!」
「え、でも……」
 先に警察に連絡をしたほうがいい。もしも事件だったら、現場をいじらないほうがいいだろうし。だが彼女が腕を強く掴んでいるので、頷くしかなかった。
「じゃあ、ちょっとここで待っててください」
 悲鳴を聞きつけた周辺の者たちが集まり、なんだなんだとこちらを見ている。
 潤はゴミの散乱している場所に向かった。近くに寄って確かめるくらいなら、構わないだろう。もしかしたら、勘違い、ということだってある。
 携帯電話を、持っていたカバンから取り出す。もしも、本物だったら……すぐに警察に電話をしなければ。そういえばここはどこだ? ここの正確な地名を知らない。まあいい、さっきのあの人に訊けばいいだろう。
 近づき、屈む。
 落ちている目玉を、凝視した。本物……?
(じゃない。違う。こんな風に光を反射しない)
 指を伸ばして触ってみる。硬い。やっぱりだ。これは偽物だ。眼球はもっと柔らかいものだ。
(人形の目、かな。もしかして)



 結局あれは誰かのイタズラということでケリがついた。事件でもないので、警察には連絡しないことにし、潤はそのまま仕事場に向かったのである。
 仕事を終わらせて帰宅すると、部屋の中にアリサが居た。
 彼女は静かにテレビを見ており、集中して聞き入っていた。
(……勝手にテレビつけてる……)
 彼女が出現した時に備えて、潤は新聞やニュースをこまめに見るようになったのだが……。
(そういえば基準がわからないな)
 アリサが求める情報の基準が、潤にはわからないのだ。
 彼女は立ち上がってテレビを消す。こちらを振り向いた。
「拝借しておりました」
「うん」
「電気代がかかるとは思ったのですが、早めに情報を収集したかったので」
 淡々と言うアリサは、潤にじっと見られていることに怪訝そうにする。
「……どうかしましたか?」
「いや……本当に、真剣なんだなって思って」
 しみじみと言う潤に向けて「はぁ?」と彼女は洩らす。
 潤は以前、彼女に質問した。その質問に対しての返答がすべてストリゴイに関してのことだった。その時に思ったのだ。彼女はひどく真剣だと。
 何か一つに集中できる彼女を、本気ですごいと思う。
 そんなアリサに対して自分ができることは、わずかだ。情報を集めることと、ダイス・バイブルを大事に管理することくらいだ。正確には、それくらいしか思いつかないからなのだが。
 当たり前のことしかできない自分を、少し情けないとすら感じる。
「別に観てていいよ、好きなだけ」
「いえ。もういいです」
 潤の言葉にすぐに応えると、彼女は瞼を閉じて眉間に皺を寄せた。
「……微妙に遠いですね」
「そうなんだ」
「……ミスターは相変わらずですか」
 まだダイス・バイブルの能力が使えないのか、という意味だろう。
 残念ながら、潤は完全には使えない。いや、ほとんどと言っていい。
 ちりちりする痛みがある。頭の奥底で、疼くような痛みだ。ぼんやりとした、輪郭しか見えないような感覚。ダイス・バイブルの重厚さが、微かにしかわからない。
 重い扉を力ずくで開こうとするが、なかなかうまくいかないのだ。
「う〜ん……なんとなーく、ぼんやりとわかるような、そうじゃないような……」
「もっと意識を集中すれば……。あぁ、でもあまり脳に負担をかけないように。下手をすると危険ですから」
「…………」
 集中、と言われても。
 潤は眉間に皺を寄せつつ、悩む。どうすればいいのかわからない。なんと頼りないのだろう。
 ゆっくりと、イメージの中で手を伸ばす。もう少し、あと少し……あと。
 急激に頭痛がして、潤はよろめいた。
「うっ……!」
 ぐっと体をくの字に曲げ、口元をおさえる。
 アリサはいつもと変わらない無表情で潤を眺めて、言う。
「いきなりは無理です、ミスター」
「そ、そうは言っても……」
「よほど相性が良くなければ、慣れるのに時間がかかります」
 なるほどね、と思いつつ、潤は頭の中を探る。重い本を開くような、そんなイメージ。表紙だけでも開くのに時間がかかる。
(重いなぁ……ほんと)
 嫌な汗が出るじゃないか。
 むむむと眉をひそめていると、アリサが窓に近づいて外を見遣った。彼女のその動きを目で追ったために集中が途切れてしまい、潤は「勿体無い」と内心嘆いた。
 窓の外は夕暮れ。茜色の空を見つめ、アリサは小さく息を吐く。
「……活動はまだ開始されていない……。けれども、気配は……」
 ぶつぶつと呟く彼女は、何かを決意したように窓を開けた。風が入り、カーテンをなびかせる。
「アリサ、行くの?」
「はい」
「そう。あ、俺は敵を倒して帰ってくるの、待ってるから」
 軽く笑って言うと、アリサはたいしたこともないように「そうですか」と頷くや、軽やかにベランダから外の世界へ飛び出してしまった。



 目標は「一」になること――。
 なれればいい。
(まぁその前に、少しでも成長しなきゃって思うし)
 人間の肉体になってから、色々なことを学んでいる。本当に、様々なことを、だ。
(力に全面的に頼ってたからな……)
 部屋の中で体操をしていた潤は、肩を落として息を吐いた。
(……アリサの役に立てたら嬉しいんだけど……あんまり役に立ててないなぁ)
 ふと視線を、置時計に向ける。時刻は深夜を回っている。明日は仕事がないけれど……。
(……睡眠不足は肌の大敵なんだよな……)
 いや、睡眠不足になることはあるけれども、だ。
 休める時にしっかり休まなければならない仕事なのである。
 アイドルという仕事は常に視聴者や、ファンに応えるものだと潤は思う。
(あ、でも……うーん)
 恋人はいません。
 はっきり明言しているわけだが、家の中に女の子が時々居るというのは少しまずいかもしれない。やましいことをしているわけではないし、自分はアリサに対して異性の感情はない。無論、彼女もこちらに異性としての意識はないだろう。
(まぁ……窓から飛び出す女の子というのは、あまり居ないけど……)
 窓ががらりと開いた。アリサが戻って来たのだ。
 彼女は無表情で視線を潤に遣る。
「まだ起きていたのですか、ミスター。寝ていてもよろしかったですよ?」
「いや、訊きたいことがあって。アリサが活動できるのは少しの間だけ、なんだよね?」
「……『検索』できましたか」
 感心したような声を出す彼女に、潤は苦笑した。
 ダイス・バイブルの知識の中を迷いながら引き出したのは、それくらいだった。ダイスは強力な存在であるがゆえに、活動時間が短いのだ。
「ダイスって、実際どれくらい強いのかな?」
「さあ……。人間よりは強いとは思いますが、それでも、人間に敵わないこともあります」
 平然と応える彼女の言葉に驚いた。人間に勝てないところがある? 本当に?
 まじまじとアリサを見ていると、彼女は少しだけ片眉をあげる。
「そういうものでしょう?」
「……どうだろう。俺は人間じゃないから」
「そうでしたね」
「あ。あとさ、もし一緒に戦うことがあった時、どれぐらい離れてて欲しいとかある?」
「………………」
 しーん、と静まり返る。あれ、と潤は停止した。もしや……変なことを訊いてしまったのだろうか?
 アリサはやれやれというように溜息を吐いた。
「どれぐらい離れてて欲しいかという質問自体が、すでに……頭が痛いです、ミスター」
「わからないから……。変なこと訊いちゃった?」
「敵の攻撃可能範囲の外のほうが、安心ですが」
「攻撃範囲、かぁ」
「それがあなたにわかるのですか?」
 今の状態ではまず無理だろう。
「あまり余計なことは考えないほうがよろしいかと思いますが。そもそも、1メートル、10キロメートル離れていてと言われて、あなたは実行できますか? 敵は一箇所に居ることもあれば、時にはバラバラに居ますよ?」
「あ、そっか」
 見えないくらい離れていても、敵が潤に近づけばそこでおしまいになることもあるわけだ。
 そうかそうかと納得する潤は、アリサをじろじろと見た。
「……あの?」
 なんでしょうか、とアリサは不審そうにし、一歩退く。
 潤は姿勢を正し、微笑む。
「怪我、ないみたいだ」
「……怪我など滅多にしませんけど」
 なにを言っているのだろうという表情をするアリサに、潤は「良かった」と洩らす。
「もし怪我とかしたら言ってね。一応手当てとかできるから。もちろん、怪我をしないのが一番嬉しいけど」
「……ダイスの肉体は人間のように脆くはありませんが……」
「あれ? そう?」
「はい。簡単に怪我をしたりしませんし……。人間と同じような治療方法では治りません」
「そうなんだ」
 なんだか自分と似ているなと感じてしまう。吸血鬼の潤は、自身がどうやって死ぬのか知らないのだ。今は……おそらく死ねるだろうが。
 ふと、気になってしまう。
「アリサは、生きていて辛いこととかないの?」
「ワタシには目的があります。あなたこそ、長い年月を生きていて飽きないのですか? それともなにか、命を懸けるような目的があるので?」
 ――そんなものは。
(……ない、けど)
 死ぬ方法がわからないから生きているだけ……だ。たぶん。
 潤はにこ、と微笑む。
「アリサは凄いなぁ」
 それだけ呟いた。いや、それが精一杯だったのかも……しれない。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【7038/夜神・潤(やがみ・じゅん)/男/200/禁忌の子】

NPC
【アリサ=シュンセン(ありさ=しゅんせん)/女/?/ダイス】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、夜神様。ライターのともやいずみです。
 ダイス・バイブルは微妙に使える感じに……? いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!