■ファムルの診療所α■
川岸満里亜
【2787】【ワグネル】【冒険者】
 ファムル・ディートには金がない。
 女もいない。
 家族もいな……かった。
 金と女と家族を得ることが彼の望みだったのだが。

「ねえ、お父さんって呼んでいい?」
 初めて診療所を訪れた日に、その少女が言った。
「やめてくれ」
「ふーん、じゃ、パパって呼ぶことにする」
「だから……」
 ファムルは大きくため息をついた。
「こんな大きな娘はいらん。娘は嫁の次でいい」
 素っ気無く追い返そうとしたのだが、その少女はファムルの話を聞こうともせず、勝手にファムルをパパと呼びだしたのだ。
「あたし、たまに顔出して、パパの役にたったげるよ。魔法草の採取とか、助手がいないと大変だろ?」
 明るく笑うその少女はどうにも憎めない。
 ファムルはその娘の父親ではないのだが……。僅かだが、少女はファムルの遺伝子の情報を受け継いでいるのだ。
「じゃ、助手として最初の仕事させてもらうよ」
 少女は櫛と髭剃りを取り出した。
「その無精髭、キモイんだよ! 髪も不潔っぽいし」
「わっ、やめないか!」
「やめないよ。ほら、動くと怪我するぞっ」
 そうして、その“キャトル・ヴァン・ディズヌフ”と呼ばれる少女は、自称ファムル・ディートの助手として、時折診療所に顔を出すようになった。

 最近では、ファムルは週に3日、診療所を開いている。
 訪れる客も次第に増えてきた。
 しかし、やはり金はない。研究費に消えてしまう。
 相変わらずいつでも金欠状態である。
『ファムルの診療所α〜光の花〜』

 キャトル・ヴァン・ディズヌフが診療所に訪れるようになってから、所内は随分と綺麗になった。彼女がこまめに片付けているようだ。
 しかし、診療所の周囲は相変わらず草むらと化している。
 夕方、日も暮れようという頃診療所を訪れたワグネルは、付近の様子に軽く眉根を寄せ、仕方なく背の高い草を引き抜いた。
 そうして診療所の庭の面積を増やした後、ドアをノックする。
「おお、ワグネル君か。薬出来てるぞ」
 ファムル・ディートの身なりが整っている。今日はキャトルが来ている日のようだ。
「あ、ワグネルー。今日あたり来ると思ってたんだっ」
 棚の整理をしていたキャトルは、ワグネルに気付くと、籠に手を伸ばし白い紙袋をとった。
「はいこれ。例の薬だよ。わざわざ取りに来てくれてありがとねー。お礼に夕飯でもご馳走しようか!」
「ここはお前の家じゃないだろ。寧ろ、食事の材料など何もないぞ」
 ため息交じりにファムルが言う。
「えー、ちゃんと用意しておいてよね、パ・パ」
 キャトルは、すっかりここの住人気取りであった。
 不慣れと思われる若干の甘え口調が、気味悪い――などと思いつつ、ふとソファーの上の本が目に留まった。
『パパに愛される娘になる(はあと)』
 ……なんつーマニュアル本だ。
 とりあえず今はつっこまんでおこうとワグネルは思い、受け取った紙袋の中身を確認することにした。
 粉薬が入っている。
 ワグネルが取りに来たのは、新薬の『記憶を封印する薬』である。
 袋には、説明書も同封されている。
 1回分すべてを使用することにより、飲んだ時点で深く思い描いていた事柄を記憶の奥底へ封印できる薬らしい。
 他人に使う際には、会話などで上手く消したい記憶を思い起こすよう誘導する必要があるだろう。

**********

 成り行きで、ワグネルはキャトルを街まで送ることになった。
 しかしその前に、今日は彼女に見せたいものがある。
 ワグネルはファムルに蝋燭を借りて、キャトルと共に外に出た。
 キャトルはワグネルが手渡したものを不思議そうに見ている。
「何これ? 食べ物?」
「食うんじゃねぇぞ。説明を読んでみろ」
「ええっと……『良い子の花火セット』だって。あっ、これ花火!?」
 ワグネルが手土産に持って来たのは、花火であった。
 線香花火から、打ち上げ花火まで、多種多様である。
 キャトルに持たせたのは、幼子用だ。
「うわあーっ、見たい見たい! どう使うの? あ、ファムル呼んでこなきゃ出来ないか!」
「あ? 呼ばんでもいいと思うが……?」
「でも、ここに『よいこのみなさんへ。かならず、ほごしゃのかたと、いっしょにあそんでね』って書いてあるし!」
 真剣に言う様に、ワグネルは思わず笑ってしまう。
「そ、それはな、良い子の皆さんへの注意書きだ。お前は悪い子だから守らんでいい」
「そうなの? って、あたしは悪い子じゃないよっ……良い子でもないけどさー。でもそうかそうか、お兄ちゃんが一緒だからいいのかー。
 で、どうやんの? 細いところに火をつけて、放り投げればいいの?」
「逆だ逆。こっちの紙がついている方に火をつけるんだ。棒の部分は握ったままで」
 キャトルと一緒に花火を一本持ち、蝋燭で火を点ける。
 先端の紙が燃え落ちると、青い炎が噴出した。
「わー、ぎゃぁぁぁぁぁーっ、爆発するーーーー!」
「しねぇって」
 子供でもこんな反応はしない。
「ワグネル、手ぇ離すなー!!」
 離そうとした手を、反対の手で押さえつけられる。
「だってさ、この中もの爆薬と同じ薬が入ってるんだろ? だったら、爆発する可能性もあるんだろ!?」
「いや、これは爆発するようには作られてねぇよ。ほら、色が変わった」
「あ……ホントだ」
 花火の色は、青から赤に変わっていた。
「不思議、なんで、なんで?」
「中に入ってるモノによって、火の色が変わるんだ。俺も職人じゃねぇから詳しいことは知らねぇが」
 火に対する恐怖はないようであり、キャトルはその後はじっと花火に見入っていた。
「お、おおっ、こんどのは、ぱちぱち弾いてる。なんで、なんでー!?」
 答えを求めている問いではないようだ。
 悪戯心で、ワグネルは鼠花火に火を点けた。
 突然足下に現れた回転する火の輪に、キャトルは驚いて飛び退く。
 鼠花火は勢いを増し、キャトルの方に近付く。
「ぎゃーっ!」
 普通の女の子であれば、叫んで逃げそうなものだが、彼女は違った。
 一瞬退いた後は、攻撃に転じた。
「爆発する爆発する爆発するっ!!」
 足で踏み潰そうとする。
「だ、だから、爆発はしねぇって! そんなことをしたら、かえって危ねぇよ」
 笑いながら、ワグナルはキャトルを引き離した。

 一通り市販されている花火を楽しんだ後、ワグネルは筒状の花火を取り出した。
「ここからが本番だ。離れてろ」
「うん」
 素直に頷いて、キャトルは診療所前の石段に腰かけた。
 火を点けると、ワグネルも離れる。
 小さな音を立てて、火の弾が空へと飛び上がり、暗闇の中、弾けた。
 音と共に、空に光の花が浮かび上がる。
 キャトルは声もなく、見ていた。
「……魔法より、魔法だ」
 そう呟いた後、キャトルは次の打ち上げをせっついた。
 今度は、はじけた後に、空中に何かが舞った。
 落ちてきた何かを、キャトルは訝しげながら手に取る。それは紙のパラシュートだった。
「爆発したのに、燃えてない。凄い、凄いよこれ!」
「最後だ」
 ワグネルが最後にセットしたのは、いくつも筒が連なった花火であった。
 火を点けると、滝のように火が降り注いだ。
 続いて、空に光の花が咲く。
 1つ、2つ、3つ……。
「赤、黄、緑」
 キャトルは光の花の色を口に出していた。
「凄いね。空に花を咲かせることができるなんて。魔法では出来ない。ううん、やろうなんて考えもしない。ちょっとした魔法使いより、ワグネルはいろんなことができるんだねぇ」
 パン
 小さな爆発音が響いた。
 振り向けば、夜空に浮かんだ黄色の花が浮かび上がるところであった。
 直後にまた音が響く。
「あっちでもやってる人がいる!」
「祭りの花火だな」
「ワグネル、行こっ!」
「いや、遠すぎるだろ」
 花が開き、数秒後に音が響く。かなり離れているようだ。
「そっか、ずっと遠くまで見えるんだね、この魔法は――じゃあさ、あたしがもし、山から下りてくる時に道に迷っちゃったら、花火で街の場所教えてよ」
「道に迷ったって伝えてくれりゃあ考えるが」
「あっそっか。……じゃあ、あたしも持ち歩けばいいんだね」
 遠くでまた、花火が上がった。
 無数の光が空に浮かび上がる。
「凄い凄い!」
 キャトルは目を輝かせながら、飛び跳ねた。

 片付けを手早く済ませ、花火に導かれるように、街へと歩き出した。
 半歩先を歩くワグネルの腕を、ぐっと掴んで、キャトルは空を指差した。
「見て! 綺麗な光の花が、楽しそうに踊ってる」
 少女の表現は、幼子のように純粋だった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2787 / ワグネル / 男性 / 23歳 / 冒険者】
【NPC / キャトル・ヴァン・ディズヌフ / 女性 / 15歳 / 無職】
【NPC / ファムル・ディート / 男性 / 38歳 / 錬金術師】

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■         ライター通信          ■
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川岸です。
キャトルに花火を見せてくださり、ありがとうございます。
とても感動し、凄く楽しい時間を過ごさせていただきました!

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