■天寿■
川岸満里亜
【3510】【フィリオ・ラフスハウシェ】【異界職】
「ただいまー! あれ? どうしたの?」
 診療所に入ってすぐ、キャトル・ヴァン・ディズヌフが目にしたのは、研究室の前に立ち尽くすファムル・ディートの姿だった。
「ねえ、どうしたのってば!」
 近付いてみるが、反応がない。
「何かあったの?」
 間近でファムルの赤い瞳を見上げた。
 ようやくファムルは表情を和らげ、キャトルの肩に手を置いて、彼女を診療室へと連れて行った。
「今日は研究室には入らないでくれ」
「なんで?」
 診療室の小さなソファーに腰掛けながら、キャトルは相変わらずどこか遠い目をしているファムルに問う。
「誰か来てるの?」
「いや……誰もいない。だが、さきまでいたんだ」
「誰が? 何しに? 苛められたの!?」
 キャトルの言葉に小さな笑みを浮かべ、ファムル言った。
「シスが来ていた。彼女がこの世界に残した思念がな」
「ええっ? 何か言ってた?」
「いや、いつも通りだった。ただ、なんだか懐かしくてな。あの部屋にはシスが使っていた物がいくつか残っているからな。……しばらく、何も手につきそうにない」
 言葉どおり、ファムルはどこか呆然としている。
「……ファムルって、意外とナイーブだよね」
「そうか? ……まあ、そうかもしれんな」
「それじゃ、今日はあたしと遊ぼう! パパを毎日楽しませてあげるよ! シスのことは、あたしが忘れさせてあげよう。あたしのことは、薬で忘れればいいしっ」
 キャトルの言葉にファムルは苦笑して、彼女が聞き取れないほどの小さな声で呟いた。
「そういう自分の影響力が分かってないところ、シスにそっくりなんだよな」
『天寿〜探索の始まり〜』

 ソーンを守る36の聖獣のうち、肉体の再生や治療能力を持った聖獣は、地の聖獣ユニコーン、火の聖獣フェニックス、そして風の聖獣エンジェルである。
 このところフィリオ・ラフスハウシェは、所属する自警団の資料や、図書館の歴史書、風物詩等で、生命に影響を及ぼす聖獣や、生命を取り留めたり、寿命が延びたという逸話を調べている。
 最初に目を留めたのは、やはり地の聖獣ユニコーンだ。
 というより、書物には様々な実録や風説が載っているのだが、自警団員としての仕事をこなしながら、調査に赴ける場所はせいぜいユニコーン守護下の地域だけである。
 中でも、一角獣の洞窟には何度も足を運んだのだが、未だユニコーンの化身とは出会えていない。
 ユニコーンの角には、高い治癒能力があるとされているが、解毒効果が高いとも聞く。
 フィリオがこのような探索をしてるのは、友人のキャトル・ヴァン・ディズヌフの体を癒すためなのだが、彼女に聞いた話では、彼女の体はなんらかの理由で正常に機能していないのだという。彼女の体内で毒となっているものを消し去る手段があれば、キャトルは今より能力の高い「魔女」になれるらしい。
 ユニコーンの角の解毒作用で、彼女の体が快方に向うかどうかは不明だが、試す価値はあるとフィリオは考えていた。
 何度目かの探索の後、フィリオは洞窟の側にある露店で、ユニコーンの角から作ったとされる高価な万能薬を2つ購入した。評判のいい店であり信憑性はある。
 1つは、風邪を引いた日に、自分で飲んでみる。すると、たちまち快方に向った。
 フィリオは風邪が完全に治ってから、ファムル・ディートの診療所を訪ねることにする。

**********

「あ、フィリオ。来てたんだ」
 ここ数日、キャトルは診療所に顔を出していなかったという。
 久しぶりに現れた彼女は、いつものように、明るい笑顔をフィリオに向けていた。
 しかし、自分と目が合う前の、彼女の思いつめた眼をフィリオは見逃さなかった。
「何かありましたか?」
「え……っ」
 フィリオの言葉に、少し驚いた表情を見せるキャトル。
 診療室のソファーに向かい合って腰掛ける。ファムルは研究室におり、この部屋にはフィリオとキャトル、二人きりであった。
「フィリオは鋭いね」
 そう言ったあと、キャトルは手を組んで指を動かしながら、少しの間、黙っていた。
 そして、ゆっくりと語りだす。
「お姉ちゃんが、一人……死んだんだ」
 彼女には、沢山の姉がいるという。
 同じ人物に命を与えられた「魔女」と、その関係者。それらは、全て彼女の姉妹なのだという。
「年が近かったし、とっても仲良かったんだ。だけど、数ヶ月前に発病して、家を出られない体になって……そして、ついこの間、天にいっちゃった」
 言って、悲しげな笑みを見せる。
 普段見せない彼女の顔に、フィリオは言葉が出てこなかった。
「でも、また会えるし! そう遠くない未来にね。だけど、お姉ちゃん、方向音痴だからなー。ちゃんと辿りついてるかな」
 表情を明るく変えながら、キャトルは続ける。
「あたしは、大丈夫だけどね! なにせ、あたしには天使がついてるから。……今日は天使の姿じゃないんだね、フィリオ」
「天使の姿の方が、好きですか?」
「んー、女天使の姿の時の方が安心する。男ってよくわからないって思うこともあるし、フィリオは……初めて会った時、あんなことがあったから……ちょっと心配になるんだ。私と違って死んだら終りなんだろうし、無茶はしないでよ!」
 彼女の言葉に、フィリオは微笑で返した。
「それにね。天使は天からの使いだから。あたしのことは、フィリオが導いてくれるのかな、って思ってる。いつかあたしが天に昇る時には、フィリオに連れてってもらいたいなーって」
「連れていきません」
 言葉はすぐに出た。そんな力はない。……それよりも。
「キャトルの友達の女天使があなたを導くのは、この世界です」
 フィリオは、粉薬を一包、キャトルの前に差し出した。
「ほんの僅かでしょうが、キャトルの身体を癒してくれます。飲んでくれますか? ……それとも、お姉さんに、早く会いたいですか?」
 キャトルは薬を手にとって、両手で包んだ。
「……お姉ちゃんには、また会えるし。今は、まだここにいたい」
 そう言って、一気に薬を口に入れる。
「うぐっ、苦ぁっ」
 口を片手で抑えて、立ち上がり、急いで水を汲むと一気に飲み干した。
「うはっ、こんなに不味いとは思わなかったー。先に言っておいてよ!」
「すみません」
 二人は共に笑顔を浮かべていた。
「あ……うん、なんかスゴイかも。身体の疲れが引いていくのがわかる。地上にもこういう薬、あるんだね……。ありがとう」
「まだまだ、沢山見つけてきますよ。でも、もしかしたら……キャトルなら会えるのかもしれません。ユニコーンに」
「ユニコーン?」
 フィリオは頷いて、こう続けた。
「なにせユニコーンは、清純な女性の前にしか現れないともいいますから」
「ユニコーンって、回復能力持ってるんだよね。あたしと、会ってくれるかな。……でも、あたしは、エンジェルにも会いたい!」
「エンジェルも治癒能力ありますしね」
「それだけじゃなくてね、天の場所とか、どんなところかとか聞けるかもしれないじゃん!」
 キャトルの言葉に、フィリオは苦笑する。
「まだそんなことを言いますか」
「んで、フィリオが探し求めている答えも、そこにあるかもしれない」
 思いがけない言葉だった。でも、確かにその通りである。
 フィリオは所持している聖獣装具の異常の理由を突き止めるため、非番の時には書物を調べたり、冒険に出たりしていた。
「そう、ですね。……では、一緒に行けるといいですね」
「うん!」
 キャトルには長旅は無理だ。
 フィリオには仕事がある。
 だけれど、そんな日が来ればいい。
 微笑みあいながら、二人はそう思っていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3510 / フィリオ・ラフスハウシェ / 両性 / 22歳 / 異界職】
【NPC / キャトル・ヴァン・ディズヌフ / 女性 / 15歳 / 無職】

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸です。
書きながら、いつか、そんな日が来るといいと私も思いました。
発注ありがとうございました。寿命に関しての進展を望まれる場合は、また専用オープニングご指定の上(現在は天寿)ゲームノベルにご参加ください!

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