■迷惑なライバル■
笠城夢斗
【2919】【アレスディア・ヴォルフリート】【ルーンアームナイト】
 どおおおおおん!!
 静かなはずの精霊の森に、もくもくと煙があがる。
 それとともに怒声が上がった。
「炎系の魔術は使うなと何度言ったら分かる……!!!」
 それはこの森の守護者クルス・クロスエアの声。
 彼は得意とする抑制系の魔術を放った余韻で手に魔力をまとわせながら、目の前の青年をにらみつけた。
 金髪に碧眼。歳は確か20歳だったか。人間ではないから、おそらく長い寿命を持つのだろうが――
「だってよ」
 青年、トール・スノーフォールはすねたように頭の後ろで手を組んだ。
「ここは森。ってことはやっぱ炎術が一番効くわけじゃん?」
「だからこの森を燃やすなと言っている!」
「だってこの森なくならないと、あんた森の外に出てきてくれないじゃん!」
「森の外に出してどうする!」
「広い場所で、俺とまっこうから勝負する!」
 きらきらと目を輝かせながら、トールは腕をほどいた。
「だからこの森処分していい? 俺、あんたと本気で戦わないと気がすまないしー」
「やめろ!!!」
 クルスは顔を真っ赤にして怒鳴った。
「この森には精霊が住んでいると何度も言っただろう! 彼らを殺す気か!!」
「あんたが俺の見込んだ男なら、精霊を他の場所に移動させるくらい簡単だろ」
「ふざけるな……っ!」
 そこで最近森に住むようになったミニドラゴン、ルゥが現れて、
「あ、ルゥ! このやろこのやろかわいいなあちくしょー!」
 トールの意識が森から離れてミニドラゴンを抱きしめくしゃくしゃにする。
 クルスは安堵するとともにため息をついた。
 ――最近連日こんな感じだ。
 ルゥが出てくると止まるのだが……そしてルゥでひとしきり遊ぶと満足して帰ってしまうのだが……
「いかんいかん!」
 トールの大声がして、びくっとクルスは身を震わせた。
「今日は俺の誕生日なんだ」
「だ……だからなんだ」
「家でパーティの準備が始まってる! それに間に合うように、とにかく森を燃やさなきゃ!」
 なんなんだこの短絡思考!
 クルスは胸中悲鳴を上げて、トールが何度も何度も放ってくる魔法を抑制した。

 そんなわけで……
「頼む……」
 疲れ切った顔の森の守護者は、冒険者たちに深く頭を下げていた。
「金ならいくらでも出す……たかが知れてるけど。とにかく、あいつをどうにかしてくれ……」
 それはまぎれもなく、懇願だった。
迷惑なライバル

 ど……かああああああん!!
 精霊の森を揺るがす激しい爆発音。
「もう……いい加減にしろ……っ!」
 森の守護者、クルス・クロスエアがぜえ、はあと息をつきながら相手をにらみつける。
 爆発した魔術の威力を抑制した名残で、体中に魔力がめぐっていた。
 この森をただいま騒がせている張本人の青年――年齢は20歳ほどか、さらさらの金髪に碧眼がきらきら輝いている。
 青年、トール・スノーフォールは胸を張って堂々と言った。
「あんたが真面目に相手してくれないからいけないんじゃん。俺と本気で勝負してくれって何度も言っているのに」
「する必要がない!」
「だーかーらー。あんたを森の外に出したいわけ。森の外に出たら嫌でも勝負っしょ?」
 それに――とトールはにこにこしながら続ける。
「この森処分すればあんたは絶対俺を憎むし、全力で来てくれる」
「この……っ阿呆が!」
 トールが魔力を高めだす。今度は魔術が完成する前に消し去って、
「キミの相手は……やってられん!」
 片手で顔を覆って、クルスは嘆きの声を上げる。
 と。
 その時。
 気づくと、自分の背後に数人の冒険者たちが、いた。

     +++++ +++++

 精霊の森には千獣という娘も一緒に住んでいる。
 彼女は連日やってくるトールにとうとう業を煮やし、街へ翼でひとっとびすると、いつもの友人たちを呼んで森へ戻ってきたのだ。
「呼ばれてやってきたはいいがよ……」
 金髪を適当に後ろに流した、巨躯の男トゥルース・トゥースが呆れた声で言った。
「自ら地雷……というか、核級の地雷がびっしり埋め込まれてる地雷原を渡ろうなんて……世の中、奇特な奴もいるんだなぁ」
「随分な困ったちゃんでござるなぁ、トール殿という方は」
 隻眼の鬼眼幻路が、千獣から聞いた情報と実際に見つけた青年を比べて感想を言う。
「あー……あの子、アレだ。根は悪い奴じゃないけど、ちょっとアレっていうアレ」
 ディーザ・カプリオーレが、くわえ煙草のままよく分からないことを言った。
 そんな少し一歩下がった感想を言う3人に加えて――
「森を処分などという命を軽んじる発言……断じて許せぬ」
 ルーンアームを、ざくっと森の土に刺して、むむっとアレスディア・ヴォルフリートが言った。
「成敗してくれる。……と、言いたいところだが……あの者、ただただ考えが足りぬだけで」
 さりげなくひどいことを言ったアレスディアは、トールを見つめると、「性根からの悪人というわけではなさそうだ……仕置きだけで、済ませよう」
「まぁ、俺だってこの森と縁のねぇ人間でもねぇし、手伝ってやるけど……」
 トゥルースが葉巻をふかす。
「この素晴らしい森に危害が加えられるとあらば、放っておけぬ。拙者も協力いたそう」
 幻路もうなずいた。
「クルスもずいぶんなアレに気に入られちゃったよね」
 ディーザは軽く笑い話のような言い方をした。
 しかし、猛烈に怒っている少女も1人――
「許、さ、ない……っ」
 背後からまがまがしいオーラを立ちのぼらせてトールを見つめるのは――他ならぬ千獣だった。
「千獣……ほどほどにしとけよ」
 トゥルースが千獣の頭をぽんぽんを叩いた。「お前さんが本気になったら、それはそれで森が傷つくぞ」
「………っ!」
 千獣が思いがけないことを言われたかのようにはっとトゥルースを見上げる。
「お前さんは強すぎるからなあ」
 煙を吐き出しながらトゥルースが言う。
「ではこれでどうだろう」
 幻路が千獣やアレスディアなど、手を出そうとしている少女たちに向かって言った。
「千獣殿の話によれば……あの青年、精霊を他に移動させればいいと言っているとか。だが精霊たちが帰るところがなくなっても困る。戦いに巻き込むわけにもいかぬ。青年の方を森から引き離そう」
「どうするおつもりだ? 幻路殿」
「少しお待ち下され」
 幻路は、聖獣装具『浄天丸』を鳥の形にして、トールの周りへと飛ばした。
 当のトールはクルスだけしか見えていないとみえて、観察している冒険者などそっちのけだ。そんな彼の周りを――
 浄天丸が飛ぶ。
『阿呆、阿呆』
 挑発――というか明らかに馬鹿に――しながら、トールの気を引く。
「誰がアホだって!?」
 さすがにトールが反応した。「馬鹿なら死んだら治るが、アホは死んでも治らないんだぞ!」
「………」
 聞いていた面々がずっこけた。
『阿呆、阿呆……救いよう、なしぃ』
 さりげなく違う鳴き声も混ぜながら浄天丸はトールの周りを飛び続ける。
 トールはいらっとした表情で、手に炎の魔力を乗せた。
 すかさずクルスがそれを消し去った。
 浄天丸が少しずつ移動する。
「おら! 待ちやがれ!」
 トールが我知らず少しずつ移動する。
「へーえ」
 ディーザが感心したように浄天丸の動きを見ていた。「あの子のアレな部分をうまく利用してアレでアレでアレだね」
「……それは何語だろうか、ディーザ殿」
 アレスディアが真剣に訊いた。
「………」
 千獣は息をのんでトールの動きを見守る。
 トールは――
 やがて、浄天丸につられて精霊の森を出てしまった。
 これがディーザの言う、『アレ』な部分である。
「ありゃ?」
 トールが今自分のいる場所を確かめて、首をかしげた。「おかしいな」
「……アレだなあ」
 ディーザが煙草をふかす。
 疲れ果てたクルスも森から出てくる。千獣がすかさず彼のところへ走った。
「クルス……クルスは、休んで、て……いい、から……ね」
「ああ……キミらになら任せられるよ」
 そしてクルスは精霊の森の入り口に、自ら結界になるような姿勢で立った。
「俺が手を出すまでもねぇんじゃねえかなあ」
 トゥルースは他のメンバーの顔を見て言った。「あの坊や、聞いた感じじゃ闇雲に攻撃するタイプみてぇだな。俺は流れ弾の処理をしてやるよ」
「気をつけて」
 クルスは心配そうに言った。「トールは、魔力自体は僕より上だ。本気で強いから、当たらないように……」
「俺の拳も同じように強力だぜ」
 トゥルースがにやりと笑う。
「私は……どうしようかな」
 とんとんと爪先で地面を叩きながら、腕を軽く組んだディーザが思案する。
「私は行かせて頂く」
 『我が命矛として、牙剥く全てを滅する』
 唱えたコマンドに合わせて、彼女の持つルーンアームが形を変える。ディーザの体に全身漆黒の装束をまとわせ、武器は突撃槍『失墜』へと。
「……魔術師相手ゆえ、機動力重視」
 そしてトールに向かって一直線に走った。
 同時に千獣も駆け出していた。トールの元へ、猛然と。
 自分に向かって駆けてくる2人の少女にぎょっとしたトールは、大きな火球を生み出し放ってきた。
 アレスディアと千獣は器用に避ける。――森に向かって飛んできたそれを、
「はあっ!」
 トゥルースが拳で叩き落した。
 地面に叩き落された火球は、地面をぼこっとえぐりとった。
「……ちぃと手に響くな」
 トゥルースは顔をしかめた。叩き落した拳の横腹部分が、明らかに火傷している。
「治療は後で、いいかな」
 クルスは心配そうに言った。
「阿呆。これぐらいの傷俺様が気にするとでも?」
「……でも一応、後で治療はさせてくれよ」
「分ぁった分ぁった」
 トゥルースはクルスに背を向けたまま片手を挙げ、再度トールの動きを観察し始めた。
 猛然と襲ってくる少女2人に恐れをなして、トールは次々と魔術を繰り出してきた。彼はほとんどの属性の魔力を持ち合わせているが、やはり切羽詰った時は一番慣れている火力を使うようだ。
 次々と炎が放たれる。少女2人はそれをかいくぐる。トゥルースが両手の拳を駆使して炎を叩き落し弾き返し、森に当たらないようにする。
 その間に――
 ひそかに幻路は、浄天丸にある準備をさせていた。浄天丸の姿をもう少し大きい猛禽類に変えて空に飛ばす。
 それから少女たちの後を追い、トールからはほどよく遠い場所から、魔術を放つ集中力を乱すために、トールの足元に爆竹を振りまいた。
 案の定、集中力はとんとないらしいトールは、足元がばちばちばちばち光り足が痛い思いをして、あたふたと足を動かした。
「あんだぁ」
 トゥルースが後ろ首をがりがりかく。「これじゃあ俺の出番はねえなあ」
 ないではないに越したことはないのだが。何となく来た意味がない気がする。
 ――すたん、とアレスディアより先に、千獣がトールの間近に立つ。
「本気で、勝負……?」
 この数日、ずっとトールがクルスに言っていたこと。
 すわった赤い瞳をぎらぎらと剣呑に光らせて、
「……本気……っていう、のはね……相手を、喰らう、こと、だよ……?」
「く、喰らう?」
「血の、肉の、骨の、一滴、一片、残さず……喰らう……それでも、いい……?」
「―――」
 トールが千獣の形相に数歩退く。
 ――今の千獣にとって、精霊の森に害なす言動は逆鱗に触れることだった。
 森には彼女が母と慕う樹の精霊がいる。他の精霊たちも大切だ。
 何より、クルスがいる。彼女にとって大切な大切な。
 彼女の殺気は今、トールの一片も残さず消し去りかねないほどに膨れ上がっていた。
 そんな彼女を引き止めているのは――母と慕う樹の精霊や、クルスが、そんなことを望んでいないだろうという確信だけだった。
「千獣殿! 行くぞ!」
 追いついたアレスディアが合図をかける。
 しかしトールはこの期に及んでもなお炎を放った。
 間近すぎて避けられない。千獣はとっさに右腕の包帯を解き、獣の手を現して炎を叩き落した。自分の体を巻いている呪符を焼かれてはたまらない。
 そしてすぐさま下から、弧を描くようにアッパーカット――
 足が地面から離れ、お空に飛びかけたトールの脳天に、さらに高く跳躍したアレスディアの突撃槍『失墜』の腹がまともに衝突した。
 トールは2連撃を受けて、地面に倒れこんだ。
 着地したアレスディアに、千獣がトールを指差して何かを問うように首をかしげる。
「なに……大丈夫だ。かち割らぬよう、加減はした」
 アレスディアは『失墜』を肩に乗せながら真顔でトールを見下ろした。
「他者の命を軽んじる輩が相手だからといっても、こちらが相手の命を軽んじては本末転倒故に」
「ほん、まつ、てん、とう……」
 意味はよく分からなかったようだが、千獣は大人しくなった、というか気絶したトールを満足げに見やった。
 その時、幻路の声が背後から――
「お2人共ー! トール殿から離れるでござるよー!」
「?」
 気づいて離れようとした時には遅かった。
 タイミングほんの少しのズレ。
 トールを中心に彼女たちの頭上に、網が降って来た。
 3人まとめて網の餌食。
 幻路は、猛禽類の形と化した浄天丸に網を持たせていたのだ。
 トール1人を網にかけようとしたのだが――この始末。
「しまったでござるなあ」
 そういう幻路はのんきである。
「まあ、別に害はねえからな。嬢ちゃんたちには悪ぃが」
 トゥルースが、幻路と一緒に、網をどかせに行く。
 ディーザはまだ、爪先でとんとんと地面を叩いて煙草を揺らしていたが、ふとクルスを振り返って、
「あの子、今まではどうやって追い返してたの? しっつこそうなのにさ」
 どうやらそこまでは千獣に聞いていないらしい。
「ああ、ルゥがね。……トールはルゥがお気に入りなんだ。ルゥをつかまえるとひとしきり遊んで勝手に帰る」
「ははあ、ルゥちゃんか」
 ディーザは納得したようにうなずいた。煙草の吸殻を携帯用灰皿に押し込むと新しい煙草を取り出し、
「ルゥちゃん連れていっていい?」
「いいけど……何するつもりなんだ?」
「秘密」
 ディーザの面白そうな声に、クルスは首をかしげかしげルゥを森の中から連れてきた。
 受け取ったディーザは、
「ルゥちゃん、ちょっと手伝ってくれる?」
 るぅ?
 久しぶりに見るミニドラゴンは、はてなマークつきでも話せるようになっていた。

 網を取り去ると、その頃には脅威の体力というか何というか、トールは復活していた。
「何だよ何だよあんたら皆邪魔しやがって!」
 トールはわめく。歳下の少女たち相手にも大人気なくわめく。
 千獣はむうとふくれっつらをした。そして、
「もう……こんな、こと、しちゃ、だめ、だよ……?」
 何とか殺気を押し殺して諭しても、トールは「納得できねーじゃん!」と再度わめくだけ。
 網で乱れた灰銀色の長い髪を手で梳いてから立ち上がったアレスディアは、『失墜』の先をトールにつきつけて声を上げた。
「かつて森を襲った少年もそうであったが……命をどう考えているのか!? 失われた命はどうやっても戻らぬ! 戻せぬ! その重さがわかるか!?」
「だーかーら、クルスには精霊の居場所を移動させればいいじゃんって言ったじゃん!」
「それは無理だからクルス殿は今までそれをしなかったのだ!」
 アレスディアはますます声を張り上げた。
「命、どれほど重いか考えたことはあるか!? 勝負したいがために処分するなどと、浅慮浅薄も甚だしい! 猛省せよ!!」
「ちぇー」
 トールはまだ納得しない。あぐらをかいて、両手でそれを支える。
「ほんっとに呆れたやつだなお前さん」
 トゥルースは心底あきれ果てた目でトールを見ていた。
「もう諦めるでござるよ、トール殿」
 幻路が腕を組んで、猛禽類の姿をした浄天丸でトールを威嚇する。
 ところが。
「――諦めないじゃん!」
 トールはすかさず手をかざした。
 詠唱なしの魔術。すぐに発火し、燃える蛇のような炎がまっすぐ森へ向かう。
「阿呆!」
 トゥルースがトールの手首を激しく打った。
「こ、この、分からず屋が……っ!」
 アレスディアが怒りで震えた。
 千獣の殺気が、もう抑えきれないというほどに再度膨れ上がった。
「森は……!」
 幻路がさっと森の方向を見た。
 幸い、蛇のような炎はクルスによって消し去られ――
 それを見計らったように、ディーザが歩いてきた。腕にルゥを抱えて。
「あ……ルゥ!」
 トールが歓喜の声を上げる。手を伸ばして取ろうとするが、ディーザはトールの手をひょいと避けて、ルゥに語りかけるように言った。
「森を焼こうだなんて、怖いお兄ちゃんだよねー」
 るぅ?
「悪いお兄ちゃんだよねー」
 るぅ?
「そんなお兄ちゃんなんて、ルゥ、嫌いだよねー」
 るぅ
 事前にディーザにしこまれたとおりに、ルゥは小さい頭でこくりとうなずいた。
 うっとトールが胸を押さえる。
「もう抱っこもなでなでもさせてあげないどころか、会ってもあげないよねー」
 るぅ
 こくこく。
「そんな……ルゥ〜〜〜〜」
 トールは手を伸ばして、再びディーザにかわされがくっと地面に手をついた。

 ――森がなくなるなんて、ルゥちゃんも嫌でしょ?
 クルスに借りた時、ディーザが問うと、ルゥは自分からこくこくうなずいた。
「終わったらお菓子も買ってあげるしさ」
 るぅ
 気のせいか、以前より鳴く回数が増えた気がする。
 成長したのかな。可愛い声だから許す。ディーザは頬をゆるめた。
「さぁ〜て、アレな子をいぢり倒してやろっと」
 ……ディーザの目的は激しく違う方向へと移っていた。

「ね、ルゥ、このまま森にいたいよねー」
 るぅ
「クルスのお兄ちゃんも大切だよねー」
 るぅ
「クルスとけんかする人、嫌いだよねー」
 るぅ
「千獣も好きだよね、千獣を怒らせる人も嫌いだよねー」
 るぅるぅ
 ……どうやらルゥはクルスより千獣になついているらしい。
「ルゥ〜〜〜」
 トールはぼろぼろ涙を流しながら手を伸ばした。「俺もいっぱいかわいがってやったろ〜。お菓子もいっぱいやったぞ〜! 裏切るのか、ルゥ〜〜〜」
「だって森を燃やしちゃうもんねー」
 るぅ
 ルゥはトールに向かって小さな小さな炎を吹いた。
 あうううう、とトールは頭を抱えてうずくまってしまった。
 千獣の諭しより、アレスディアの説教より何より、ルゥのあどけない拒絶が一番の彼のダメージだった。
「……これ以上ないくらい、呆れた坊主だな」
 トゥルースがつぶやいた。

     +++++ +++++

 その日のトールは泣きながら、背中に影を背負って帰っていった。
「あれは……また来るぞ」
 トゥルースがその背中を見送りながらつぶやく。
「困ったちゃんでござるなあ……」
 幻路が浄天丸と網を元に戻しながらひとつ息を落とした。
 るぅ、るぅ、るぅ
 ルゥが激しく反応している。
「ルゥ殿? どうした」
「……ルゥ、浄、天、丸……好き……」
「ああ、こいつでござるか」
 幻路は笑って、浄天丸を烏ほどの大きさにすると、飛ばした。
 ディーザがそっと地面にルゥを置く。ルゥは翼を必死にはばたかせ、烏を追おうとする。
 相変わらず、浄天丸ほど高く飛べないけれど。
 トールのおかげで散々乱された皆の心が、ルゥの一所懸命なしぐさのおかげで緩和されていく。
「それにしても、本当に命を軽んじているのかあの青年は――」
 アレスディアが口惜しそうに唇を噛む。
「いや、トールはね――」
 いつの間にか、クルスが近くに来ていた。「月雫の民という種族でね。ものすごい長寿だし頑丈なんだよ。そして雫のように、消えることを怖がらない。人間と同じ価値観で『命』を見られない」
 アレスディアが目を見開き、
「なんと。そんな種族がいるのか」
 幻路が驚いたような声を出した。
「……ま、世の中そんなのもいらぁな」
 トゥルースが葉巻を取り替える。
「……いのち……」
 千獣がその単語をつぶやく。
「アレな子に目をつけられるとほんと厄介だねえ、クルス」
 ディーザが慰めるように、クルスの肩に手をぽんと置いた。
 助かったよ、とクルスは微笑む。
「ありがとう、皆」
 ルゥは相変わらず浄天丸を追いかけるのに必死だ。
 ……こんなのどかさが、あの精霊の森に必要なのだ。
「ありがとう、森を護ってくれて……」
 しかし。
 これはほんの一時期の安穏。

 あの怖いもの知らずの青年はまたやってくるだろうと、誰もが確信していた。
 泣きながら帰っていったその背中に、一縷の雫はまだ輝いていたから。


 ―FIN―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2919/アレスディア・ヴォルフリート/女/18歳/ルーンアームナイト】
【3087/千獣/女/17歳(実年齢999歳)/獣使い】
【3255/トゥルース・トゥース/男/38歳(実年齢999歳)/伝道師兼闇狩人】
【3482/ディーザ・カプリオーレ/女/20歳/銃士】
【3492/鬼眼・幻路/男/24歳/忍者】

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■         ライター通信          ■
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アレスディア・ヴォルフリート様
いつもありがとうございます、笠城夢斗です。
今回も心臓に悪いシナリオにご参加くださりありがとうございました。
残念ながらトールはまだまだ来る気のようです。森とクルスをよろしくお願いします(汗)
また次にお会いできると嬉しいです。

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