■ファムルの診療所/お勧め探索地■
川岸満里亜
【2787】【ワグネル】【冒険者】
 診療所の取扱い薬の中に『魔法薬』というものがある。
 霊力の高い草シシュウ草や、一般的に知られていない魔法草という強い魔力を有する草を材料とした薬だ。
 効果は様々だが、いずれも一般の薬と比べ、5倍ほどの効力がある。
 地道なセールス活動のお陰か、最近では魔法薬を求めて診療所を訪れる者も増えた。
 しかし、シシュウ草や魔法草は市販されてはおらず、常に診療所の魔法薬は品薄状態である。
 そのため、現在診療所では材料の持ち込みを推奨している。

シシュウ草繁殖場所リスト
1)噴水公園(発見率:極少 採取難易度:易)
2)レイル湖(発見率:少 採取難易度:普)
3)郊外の地下道(発見率:普 採取難易度:難)※1〜2話
4)底無しのヴォー沼(発見率:高 採取難易度:極難)※前後編
5)ミラヌ山(発見率:普 採取難易度:難)
『ファムルの診療所/お勧め探索地〜導火線・少女の依頼〜』

 なんとなく顔を出し難い場所になってしまったファムル・ディートの診療所。
 それでも、薬の調達には便利な場所である為、ワグネル時折は立ち寄ることにしていた。
 近場で薬草を採取し、常備薬の調合を頼もうと訪れたある日のことである。

「調合代いらんから、一つ頼まれてくれないか?」
 診療所内にてワグネルから薬草を受け取りながら、ファムルが言った。
「何をだ?」
「キャトルの保護先を調べてほしいんだ。詰所に行ってみたんだが、相手にされなくてな」
 キャトルはファムルのことを父親のように慕ってはいるが、二人の間に血縁関係はない。……いや僅かに遺伝子のつながりはあるのだが、それを証明するものもなければ、二人の関係を知っている者も少ない。
 ファムルがキャトルの居場所を知りたいと申し出ても、役所が応じないのは当然のことではあるが。
「保護されて随分経つだろ? さすがにキャトルと暮していた姉も心配しているだろうし」
 そういうファムルが一番心配しているように見える。
 キャトルがいなくなって既に一月以上経っている。
 診療所は彼女が訪れる前のように散らかっており、ファムルもまた無精髭を生やした冴えない男に戻っていた。
 ワグネルが頻繁に顔を出す酒場でも、彼女の姿が見られないことが、時折話題に上がる。
 街へ下りてきたばかりの頃は、つっぱって他人に心を開かない一匹狼――というより、扱い難い孤独な猿であった彼女だが、次第に皆に打ち解けて、笑顔を振りまくようになっていた。
 いなくなった彼女に関して、様々な噂が飛び交っている。
 大抵は、笑い話として、語られているだけだ。
 そんな時、黒山羊亭のエスメラルダだけは少し寂しげな目で、ワグネルや事情を知るものに目配せをするのだった。
 噂も長くは続かないだろう。
 このまま、皆の記憶から薄れていって……彼女が望んだように、皆の記憶の奥底へ消えてゆくのだろう。
「ワグネル君」
 ファムルに名を呼ばれ、現実に戻る。
「で、探してくれるか?」
「いや、それは無理だ」
 言って、所定の料金を払う。
「君なら裏からも調べられそうだし、簡単な仕事だと思うんだが……」
 ぶつぶつ言いながらファムルは金を受け取り、調合の準備を始める。
「簡単じゃねーんだよ」
 小さく呟きながら、ワグネルは診療室のソファーに体を投げ出して、待つことにする。 

 ファムルが研究室に入って数分後、控え目に診療所のドアが叩かれた。
 ファムルの耳には届いていないらしく、研究室から出てくる気配はない。
 もう一度、今度は先ほどより強く、ドアが叩かれる。
「今日は診療終わったぜー」
 気の無い声でワグネルが言った後……ゆっくりとドアが開いた。
「ワグネル、さん?」
 首を回して見れば、ドアの隙間から少女が顔を覗かせている。
 彼女の名は、ミルト。ワグネルは彼女絡みの依頼を、何度か受けたことがある。
 ミルトは茶色のワンピースに黒いカーディガンを羽織っている。女の子らしく、可愛らしい格好だった。
「ミルト? ここはあんたが来るような場所じゃねーと思うが」
 恐る恐る……といったように、ミルトが診療室に入ってくる。
「キャトルちゃんと何度か来たことがあるから」
 ミルトはある事件をきっかけに、キャトルと親しくしていた。
「キャトルちゃん、いる?」
「……いや、ここにはいない」
「じゃ、どこにいるの?」
 不安そうな瞳だった。
 外には、彼女の親が雇ったと思われる護衛の姿がある。
 まだ一人では外を歩けないのだろう。
「どこで、誰に聞いても、知らないっていうの。……ワグネルさんは、何か知ってる?」
「……いいや」
 軽く、目を背けた。
「ホントに?」
 背けた先に、ミルトは歩き、ワグネルを見上げていた。
 純粋な目を、悲しげに瞬かせながら。
「……あの人達に、攫われた……なんてこと、ないよね?」
 真剣な瞳で否定を求めてくる。
 否定の言葉を口にするのは簡単だ。
 彼女もそれを求めてはいる。
 だけれど、きっと信じはしないのだろう。
 キャトルがいないということは事実であり……多分、このまま戻らないであろうことも事実だ。
「キャトル、ちゃんは……変わった種族なんだって聞いてる。だから、今度はキャトルちゃんで実験をって……考え……」
 言葉を詰まらせ、ミルトは泣き始めた。
 攫われ、襲われた恐怖に怯えていた彼女の前から、同じ経験をしていた親友が忽然と姿を消した。
 その不安と恐怖に耐えられるほど、ミルトは強い人間ではない。
 肩を震わせて泣いている少女の前で、ワグネルは顔を顰め、ばつが悪そうに口元を歪ませていた。
「私を、私、達を助けてくれた時のように……キャトルちゃんを探してはくれませんか? もう一度……お願い……」
 零れる涙を拭いながら、声を絞り出して言う。
「無事で、元気なら、それでいいの。でも、理由があって、街に来なくなったのだとしたら、助けたい、出来る限りのことをしたい。キャトルちゃんは、私を支えて助けてくれたから。……お願い」
 ミルトがワグネルの腕をぎゅっと掴んだ。
「キャトルちゃんを探してください。もし、危ない目に遭っているのなら、助けてください。お礼に私、何でもしますから……っ」
 ミルトにとって、彼女を何度も助けてくれたワグネルは、超人のような存在だった。
 自分の出来ないことを、簡単にこなしてしまうパーフェクトな存在。
 “重い”と、ワグネルは感じた。
 ミルトの想いは重過ぎる。
 NOと答えるべきだと頭では思っていた。
 だけれど、口から出た言葉は……。
「ちょうど、ファムル先生にも同じ依頼をされててな。まあ軽く探してみようと思ってたところだ」
「軽くなんて、いわないでッ」
 嗚咽を漏らしながら、ミルトが言った。それは、僅かに安心して出た叫びだった。
「お願いします」
 深く頭を下げるミルト。
「それじゃ、成功報酬ってことでいいか? 額はこちらで決めさせてもらう」
「はい。お願いします」
 何度も何度もミルトは頭を下げた。
「できたぞ」
 研究室のドアが開き、ファムルが姿を現す。
「なんだワグネル、女の子泣かせてるのか?」
「ファムル様、ワグネルさんが、キャ……」
「おおっと、ミルト、そろそろ帰った方がいいぞ。このオジさんの姿は若い女の子には目の毒だ」
 言葉の途中で遮り、ワグネルはミルトを玄関へと誘う。
 外でまっていた護衛に彼女を渡すと、軽く微笑んだ。
「またな」
「よろしくお願いいたします」
 ミルトは再び深く頭を下げると、護衛と共に、帰っていった。何度も何度も振り返り、頭を下げながら。
「あの子、最近頻繁に来るんだ。キャトルを探してるらしいんだがな……」
「そんなことより、薬だ薬。あとこっちの傷薬も貰っていくぜ」
 ワグネルは出来上がったばかりの薬と、棚に並べられていた傷薬を無造作に取り、診療所を早々に後にする。
「おい代金!」
「代金はキャトルの居場所調査ってことで」
 追いかけてきたファムルにそう言うと、ファムルは立ち止り、声の調子を変えて言った。
「ああ、頼む」
 軽く手を上げて、ワグネルは広場を抜ける。
「さて、受けたからには、果たさねぇとな」
 口元に浅く笑みを浮かべ、ワグネルは人込みの中へと消えていった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2787 / ワグネル / 男性 / 23歳 / 冒険者】
【NPC / ファムル・ディート / 男性 / 38歳 / 錬金術師】
ミルト・ランバスール

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸です。
こちらは、『命運〜裏と表と〜』の後、『月の紋章―第一話<出会い>―』より前の出来事です。
発注ありがとうございました。ご想像よりも、重い内容になっていたらすみません。
今後の行動が更に楽しみになりました。
本編の方も引き続き、よろしくお願いいたします。

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