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■Night Bird -蒼月亭奇譚-■

水月小織
【7088】【龍宮寺・桜乃】【特殊諜報部の新人諜報員/秘書兼受付嬢】
街を歩いていて、ふと見上げて見えた看板。
相当年季の入った看板に蒼い月が書かれている。
『蒼月亭』
いつものように、または名前に惹かれたようにそのドアを開けると、ジャズの音楽と共に声が掛けられた。

「いらっしゃい、蒼月亭へようこそ」
Night Bird -蒼月亭奇譚-

 クリスマスマーケットが終わり、その後年が明けるまで、結局Nightingaleの一員である龍宮寺 桜乃(りゅうぐうじ・さくの)には休みが全然なかった。
「今年は目一杯働いた気がするわ……本当に雅輝さんも人使い荒いんだから」
 そんな事をぼやきつつも、気持ちは明日からの休暇のことで頭がいっぱいだ。年末はずっと警備などの仕事をしていたので、篁コーポレーションの社長でありNightingaleの長でもある篁 雅輝(たかむら・まさき)が「お正月ぐらいはゆっくり休むといいよ」と、少し長めの連休をくれたのだ。とは言っても、呼び出しがかかればすぐに本社に行かなければならないので、旅行などは出来ないのだが。
「でも、まあいいわよね。休みは休みだもん」
 何となく鼻歌など歌いつつ更衣室に行くと、そこには同じNightingaleの一員である葵(あおい)がいて、桜乃に気付いて近づいてくる。
「あ、葵ちゃん。どうしたの? 事務の方忙しかった?」
「違いますわ、桜さんを待っていましたの。もし、年明けに何も予定がありませんのでしたら、私の家にいらっしゃいません? メールでも言ってましたけど、両親が桜さんを一度連れてきて欲しいって言ってますの」
 葵は両親と言っているが、実際は十歳の頃に実の両親を亡くしているので義父母になる。だが葵は、二人を本当の両親のように慕っていて、桜乃と交わすメールでもそんな話が出ていた。
「行く行く。お正月はどこにも行く予定ないし、テレビも暇だもの……じゃあ二日ぐらいにしたらいいかな。明日行くってのは、ちょっと忙しないもんね」
 普段は葵も寮に住んでいるので、元旦ぐらいは家族水入らずの方がいいだろう。桜乃がそう言うと、葵が嬉しそうに笑った。
「じゃあ、待ってますわね。きっと二人とも喜びますわ」

 正月が明けたばかりの街中は、走っている車や歩いている人がいつもより少ない。初売りなどが始まったりもしているが、それでも住宅街などは不思議な静寂に包まれている。
「東京でも案外静かなものよね」
 原付を走らせながら、桜乃は葵に教えてもらった住所を思い出していた。絶対記憶を持つ桜乃にとって、道や住所を覚えたりするのは意識しなくても出来るほど楽な行為だ。
「葵ちゃんが実家に誘ってくれるなんて、楽しみー♪ 住所だとこの辺……あっ!」
 行く前に携帯で連絡をしていたので、葵は家の前で待っていたようだ。青地の振り袖を着て髪を結い、クリスマスに桜乃がプレゼントした簪をつけている。
「おーい、葵ちゃーん」
 そう叫んで手を振ると、葵が少し恥ずかしそうに手を振り返した。
 今まであまりお洒落などに興味がなく、普段の部屋着はジャージだと言っていた葵だが、最近は桜乃に連れられて買い物に行ったり、服を買ったりしている。おそらくそれを喜んだ両親が、葵に着物を買ったのだろう。
 葵の実家は、閑静な住宅街にある一軒家だった。玄関には正月飾りが下がっていて、庭木などもきちんと手入れされている。
 家の前に原付を停めヘルメットを脱いだ桜乃は、葵に向かって満面の笑みで挨拶をした。
「あけおめ〜お招きありがと。う〜ん、やっぱり別嬪さんだわ」
「あけましておめでとうございます。着慣れてないから、何だか緊張しますの」
「ねね、その振り袖ってご両親が?」
 お土産に持って来たプリンを手に持ちそう聞くと、葵が簪を気にするように手を上げ頬を染める。
「そうですの。お正月に着て欲しいって……でも、桜さんから頂いた簪と合っていて良かったですわ。二人ともさっきからずっと待ってますから、上がってくださいませ」
「じゃ、お邪魔しまーす」
 葵とは仲の良い友人だが、実家に来るのは初めてなのでやはり少し緊張する。元々両親も篁コーポレーションに関わっていたという話は知っているが、一体どんな人たちなのだろう。
「お父様、お母様、桜さんがいらっしゃいましたわ」
 居間のドアを開けるとテーブルの上におせちなどの料理が置かれていて、そこに葵の両親が座っていた。高齢だと聞いていたが、父親はまだ若々しい老紳士で、母親も品の良さそうな人だ。
「いらっしゃい、桜さん。葵から話は聞いていたよ」
「ささ、座ってちょうだい。外は寒くなかったかしら」
 座布団を勧められた桜乃はそこに座ってプリンの入った箱を差し出し、まずは年始の挨拶をした。
「あけましておめでとうございます。団欒の場にお邪魔してすみません」
 そう言ったのは本心だ。一目で仲の良い家族だと分かるし、葵が帰ってくるのも楽しみにしていたのだろう。
「いいんですのよ。桜さんの話をする度に、ずっと連れてきて欲しいって言われていたんですもの」
「だって、葵ちゃんが友達の話をするのは珍しいんですもの。ねえ、お父さん」
「そうそう。楽にして何か食べなさい……桜さんが来るって聞いて、母さんが張り切っておせちを作ってね。若いから、別の物の方がよかったかな?」
 葵の父の言葉に、桜乃は葵を肘で突いた。元々よく食べる方ではあるが、それを言ったのだろう。
「葵ちゃーん……」
「ごめんなさい。でも、お母様の料理は美味しいから、たくさん食べて欲しくて」
 まあ、堅苦しい挨拶は最初だけのつもりだったのでいいだろう。用意された席に着くと、桜乃はきちんと手を合わせていただきますを言った。
「うーん、何を食べよう。葵ちゃんのお母さんって、お料理上手なのね」
 まずは黒豆や伊達巻きなどを取り、それを口にする。割と甘さが控えめで、とても美味しい。葵はその様子を心配そうにじっと見ている。
「どうですの?」
「美味しいに決まってるじゃない。うわー、何かお重のおせちって久しぶりだから嬉しい」
 一人暮らしだと、どうしてもおせちを食べる機会がない。勧められたお屠蘇などを飲みつつ、桜は肩の力を抜いて葵の両親と話をし始めた。
「桜さんは、普段どこの部署にいるのかな」
「受付にいることが多いです。あ、葵ちゃんは普段仕事場ではすごく真面目なんですけど、ご家族の前だとどうです?」
 二人がNightingaleに所属していることを、葵の両親は知っている。桜の質問に、葵の父が少し笑って溜息をついた。
「葵ちゃんは仕事場でも真面目なのか。もう少し、肩の力を抜いて欲しいんだけどね」
「そうよ。真面目すぎるから時々心配で」
 やっぱり家でもそうなのか。
 三人に心配された葵は困ったように桜の顔を見る。
「真面目すぎるって、私そんなに真面目でしょうか……」
「えっ? 自分でそう思ってなかったの? 初めて会った時とか、怖いぐらいだったわ……あ、今は仲良しなので、お父さん達もご心配なく。それに結構男性社員に人気あるのに、全然素っ気ないんですよ。勿体ない」
「ふふ、葵ちゃんは綺麗だもの。お友達を連れてきたのは今日が初めてだから、彼氏はもっと先になるかも知れないわね、お父さん」
 他にもひたむきなのはいいが、時々前が見えなくなったりして困るとか、丸くなったけれど頑固なところがあるとかを桜乃が話すと、二人はそれを楽しそうに聞いていた。その度に葵は恥ずかしがったり、桜乃の肩を叩いたりする。
 段々打ち解けてくるうちに、葵の両親は桜乃のことを「桜ちゃん」と呼ぶようになっていた。そのせいか何だか居心地が良くて、葵の父に勧められるまま日本酒などを飲み始める。
「葵ちゃんも飲む? このお酒美味しいわー」
「私は少しだけ……まだ二十歳になってませんし」
「そゆとこが真面目なのよ。御神酒なんだから、飲まないと……そうですよね、お父さん」
「そうそう」
 やっぱり葵は家でも真面目なようだ。
 最近お洒落に興味が出てきたようで嬉しいとか、今日の着物を着付けたのは葵の母親だという話をした後、桜乃は悪戯っぽく身を乗り出しながらこう聞いた。
「……ところで、葵ちゃんは私のことを何て言ってました?」
「桜ちゃんは食べっぷりがいいって言ってたなぁ。だから昨日も料理を作ってる母さんの側をうろうろしててね。あと、彼氏募集中なんだって?」
 食べっぷりに関しては言われていると思ったが、他に一体何を言っていたのか。
 チラと葵を見ると、葵がさっと目を逸らす。
「あ、私ビールでも持って来ますわ。グラスは四つでいいかしら」
 すっかり肴になってしまった葵は、ささっと台所の方へ歩いていった。それを見送った桜乃は、一瞬だけ真面目な顔をして両親の顔を見る。
「……葵ちゃんの事は、私達がしっかり守ります。だから、心配しないで下さい」
 それは両親に対する約束でもあった。葵の父はそれを聞くと、桜乃の目をじっと見つめる。
「ありがとう。でも、桜さんも自分の事をしっかり守りなさい。君に何かあると、あの子が悲しむから」
「貴女のようなお友達がいれば、私達も安心だわ。これからも仲良くしてあげてちょうだいね」
 何だかしんみりとしてしまった。すると台所の方から葵の声がする。
「桜さん、お雑煮は食べます? 食べるのでしたら、お餅を焼きますけど」
「あ、頂くわ。お餅……まずは二つで」
 それがきっかけになったように空気が緩み、葵の母が立ち上がり、台所へと歩いていく。
「葵ちゃん、お餅もいいけどお出汁温めてね。お母さんお餅焼くから」
 そんな様子を見ながら、桜乃は葵の父の盃に日本酒を注いだ。

 お酒も飲んだし、原付で来ているという事もあって、その日は葵の部屋に泊めてもらう事になった。本当は原付を置いて電車で帰ろうかと思っていたのだが、両親と葵が是非にと引き留めたのだ。
「何か悪いわね。お風呂だけじゃなくて、パジャマも貸してもらっちゃったし」
「いいんですのよ。こっちが私の部屋ですの」
 そう言って案内された葵の部屋は、最低限の家具しかない殺風景な部屋だった。
「おー、ここが葵ちゃんの部屋……って、本当に物置いてないのね」
 布団は風呂に入っている間に葵の母が用意してくれたらしい。二つ並んだ布団の他には机と本棚、そして小さなタンスぐらいしかない。
「物を置くと掃除できませんもの。家事が苦手って、桜さんも分かってらっしゃる癖に」
「そうだけど、今度は可愛い部屋計画も発動だわ。今度、また買い物行こ」
 年始休暇が終わって、お互い時間が取れたらまた買い物に行くのもいいだろう。しばらくそんな話をした後で、桜乃は布団に潜り込んだ。
「そろそろ寝よっか。並んで寝るなんて、研修以来ね」
「じゃあ、電気を消しますわね」
 パチンと音を立てて灯りが消えると、カーテンの隙間から街灯の光が差し込んだ。いつもと違う枕に頭の位置をずらしたりしながら、桜乃はぽつりと呟く。
「葵ちゃん、いいご両親ね」
 しばしの沈黙の後、葵も小さくこう返す。
「……ええ。私には勿体ないぐらい、良い両親ですわ」
 葵が両親を大事に思っているように、両親も葵の事を思っている。そして、それは同時に桜乃にも向けられている。
「孝行しろよ……じゃ、おやすみ」
「おやすみなさいませ」
 シン……と、部屋が静寂に包まれる。しばらく黙っていると、葵は着物を着ていた緊張感もあったのか、スースーと寝息を立て始めた。
「………」
 何だか葵が羨ましかった。
 祖父が亡くなり、天涯孤独の身になった桜乃が久々に触れた「家族」
 平静を装ってはいたけれど、それは懐かしくて、眩しくて……そして切なくて。
 昔を思い出して感傷的になってしまったのを隠すように桜乃は布団に潜り、そっと目を閉じた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
7088/龍宮寺・桜乃/女性/18歳/Nightingale特殊諜報部/受付嬢