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■Dice Bible ―opt―■

ともやいずみ
【6678】【書目・皆】【古書店手伝い】
 現れた、自分以外のダイス・バイブルの所持者。
 弱っている「自分の」ダイス。
 提示された選択肢。
 そして……『自分』が選ぶのは――――?
Dice Bible ―opt―



 書目皆の「答え」を、マチは待っている。
 どのような答えを出そうとも、結果は決まっているからどうでもいいことなのだが。
 皆は目を伏せた。
 マチから見た彼の印象はクラスメートに一人は存在する、目立たないヤツだ。
「……ありがとう」
 そう呟いた皆の言葉を、マチは信じられない気持ちで聞いた。
「マチさんが言ってくれなければ、僕は真実を知らなかった。『覚悟』を決めたからこそわかる」
「何が、わかるってのよ?」
「マチさんには、何もないと」
 その言葉に衝撃を受けた。
 ずきりと胸に響く。苛立つほど、的を射ているものだ。
 皆は顔をあげて真っ直ぐ見てきた。
「ストリゴイに全て奪われてしまったんだね」
「…………」
 幸せな男だ。そんなことをさらりと言える時点で、こいつが恵まれていることがわかる。思わずタギを呼びそうになった。ここに来て、自分を抱きしめて欲しい。
「今、はっきりとストリゴイに憎しみを感じるよ僕は」
 皆のセリフに表情が歪むのがわかった。
 そんな生易しい憎悪で「憎む」なんて軽々しく言って欲しくない。おまえにはわからない。あの絶望も、孤独も!
「そんなこと訊いてないわよ、あたしは。どうするの? 本を渡すの?」
「マチさん、ダイスとシンクロして疲れてるんじゃない?」
「はあ?」
「僕は……僕の前の、アリサの主人の最期を見ている。全力でダイス同士が戦えば、激しく消耗して『その時』が早まるんじゃ……」
 こちらを心配している皆に、マチは呆れた。
 本当に幸せな環境で育ったのだろう、こいつは。辛いことや苦しいことはあっただろうが、マチの基準では充分「幸せ」になる位置にいる。
「ダイスが消耗しても、主人には影響なんてないわ。疲れるのはダイスだけよ」
「え?」
「あんたの前任者はおそらく、感染したのよ。感染して発症するまでは人それぞれだけど、ダイスの主だって例外じゃない。
 あたしもそうだもの。あたしの前の、タギの主人はタギが殺したわ。だって感染してたんだもの。
 手下が戦って主人が疲れるなんて、意味ないわ」
 そう。疲れるのはタギ。あたしじゃない。だから自分にできることは、精一杯やっている。
「あたしはね、あんたとムダ話をするために居るんじゃないの。早く帰ってタギと寝たいのよ。さあ、どうするの!?」
「…………」
 皆は手に持っている本を、ぎゅ、と強く抱きしめた。
(……あぁ、そういうこと)
 内心、目を細める。
 さあ言いなさいよ、その言葉を。あんたを多少は、ダイスの主人だって認めてあげる。
「本は渡さないし、契約も僕からは破棄しない」
 ――マチは、薄く笑った。
 よく言った。あのダイスも、少しは救われるわね。



 アリサは一人で苦しんでいたのだろうか? だとしたらとても悲しい。とても……かなしい。
 理由はわからないけれど、アリサは自分を主人に選んだ。だから、最期まで彼女を守りたい。
「逃げるわけじゃないんだけど……僕たちもストリゴイを狩る旅に出る」
「ふぅん」
 見逃してくれるだろうか? 期待を込めて見るが、マチは薄ら笑いを浮かべているだけだ。
 背筋が、ぞっ、とした。
 マチは見逃す気はない。
「タギ」
 彼女は小さく呟いた。
「本を破壊して」
 マチの眼前に真上からタギが落ちてきた。どぎゃん、と地面をかなり窪ませて、着地する。アリサとの戦闘を放棄してここに来たのだ。
 きゅ、と唇を噛み締める。本を守らないと。だってこれはアリサそのものだから。
(僕の全てをかけて……!)
 タギは一瞬で皆との距離を詰めた。なんという速さ……!
 自分は死ぬ。痛いとか、苦しいとか、そういう感情を得ることなく殺されるだろう。
「マスター!」
 タギを追いかけてアリサがビルから飛び降りてきた。彼女の悲鳴のような声が聞こえる。
 タギは薄く笑っていた。
「おまえはよくやったよ」
 本を渡すまいと腕に力を込める。
 消えて欲しくない、アリサに。でもアリサを誰にも渡したくない! 矛盾しているのはわかってるけど、そうなのだからしょうがないじゃないか!
「ムダだ。ダイスに力で敵うかよ」
 ぐいっと、腕を開かれる。皆のありったけの力など、まるで赤ん坊と同じだと言わんばかりに、だ。
 もう右手でしか本を守っていない。タギはその手から、本を毟り取った。
 物語のようにはいかない。皆とダイスには圧倒的な差がある。それを覆す奇跡などないのだ。
「やめろ」と言う前に。
 目の前で、タギは本を軽く放り投げ、そこに拳を当てた。全てを破壊する、強力な拳。
 ダイス・バイブルに、破滅が走る。



 本が、破壊された。
 拳に当たり、そのあまりの衝撃に表紙に亀裂が走る。
 まるで硝子だ。粉々に吹き飛んだそれが、青白い炎をあげて、完全に消滅しようとしていた。
 アリサの肉体に衝撃が走り、目を見開く。
 落下していた最中のアリサは、突然バランスを崩し、頭からアスファルトに突っ込んだ。だが動かない。
 もう自分には圧倒的な力はない。ダイスの戦闘力は、切れてしまった。だから地面も窪まなかった。
 今の自分は……ただの人形だ。
 虚ろな瞳で、彼女は主を探した。
 謝りたいと思った。
 色んなことを言えなくて、すまなかったと。
 そしてあのダイスたちに感謝も。
 彼らは優しいから、主の命は奪わないだろう。本を狙ったのも、優しさ故だ。
 ダイスの主たちはみんな、心優しい者ばかりだ。優しさ故に憤怒が凄まじく、憎悪が激しいに過ぎない。
 先にアリサを破壊することもできたはずだ。そうしなかったのは……色々思惑もあるだろうが、それでもアリサは感謝したかった。
 泣きそうな表情の主を視界に認めると、アリサは微笑んだ。
 ありがとう。
 こんなワタシを好きと言ってくれて。最期まで一緒に戦おうとしてくれて。全てを捨ててもいいと言ってくれて。
 ――あなたは立派な主であると同時に……かけがえのないパートナーでした。



 いつの間にかマチとタギは姿を消していた。残されたのは、膝をついたままアリサを見つめている皆だけだ。
 皆は呆然とアリサを見つめていた。アリサは微笑んでこちらを見た。それが最期だった。
 ぴしり、と、彼女に亀裂が走る。
「え……? あ……」
 頭がうまく、処理できない。何があった? 何が……。どうして、こんなことに。
「あ、アリ……サ……?」
 呼んでも応えてくれない。
 亀裂が大きくなっていく。傷が大きくなっていく。彼女は乾いた石と化し、崩れ始めていた。
「う……そ、だ。こんな……呆気なく……アリサ……」
 皆自身、そこで気づいた。自分にも変化が起きている。どうしようもない、変化が。
「あ……? あ、ああ……あぁ……! やめ、やめて……くれ! アリサが……!」
 記憶から、抜け落ちていく。
 初めての出会い。彼女の前の主。ストリゴイとの戦い。アリサに背負われて家路についたこと。窓から帰ってきたアリサ。
 全てが……消えて、いく――――――――。
「消えるな! 消えるなぁっ! お願いだから……っ! 誰か……誰か! アリサが、記憶が、全部、全部……!」
 絶望が胸を占める。
 アリサだけではなく、記憶まで奪うというのか!
「そんな、そんな……っ」
 アリサの死を悼むこともできないなんて!
 一体誰がアリサのことを憶えている? 僕以外に、誰も憶えていない。いないことになってしまう!
「ぃやだ……。アリサを忘れるなんて……できない!」
 だがその願いもむなしく、指の間を砂がすり抜けていくように、記憶からアリサが、ダイスに関しての全てが消えていく。
 ひび割れて朽ちていくアリサに手を伸ばした。涙で視界が霞む。
 彼女に触れたところから完全に崩れ、砂であることがわかった。皆の喉が引きつり、聞こえない小さな悲鳴を洩らした。
「消えないで……。アリサ、傍に居て欲しい……の、に」
 あぁ、消えていく。
 綺麗な空が好きだと言った彼女が。紅い空が最古の記憶だと言った、あの時すらも。
 消えて――――。
 皆はアリサを抱きしめるように、砂をすくうように両手で。
「愛してるんだ、アリサ……」
 涙が、落ちた。記憶が、全て………………………………………………………………落ちた。
「うわああああああああああああああああああああっっ!」

 皆の慟哭が、夜空に響き渡る。

**




 最期に見たものは、紅い空だった。
 焼け付くような、
 目に灼けつくような、
 あかい、そら。
 それは自分にとっての終わりの景色であり、
 始まりの景色。
 記憶の断片が舞う。
 それまでの「自分」と、そのあとの「自分」の。
 全てが――もう、終わったのだ。




***

 皆はうっすらと瞼を開けた。そこは見慣れた天井で、寝ていたのは自分のベッドだ。
「……?」
 怪訝そうにした彼は、自分がパジャマではないことに気づく。一体自分はいつ寝たのだろう? なんだか体がだるい。
 背後にある窓を見る。カーテンを閉められたそこは、いつもと同じ穏やかな雰囲気だということを自分に伝えていた。
 今日もいつもと同じ一日の始まりだ。あれ? 何かなかったか、大事なこと……が?
「カイ、起きましたか」
 そう声をかけられて皆は視線を移動させる。
「アリ……サ」
 呆然と呟くと、彼女は「はい」と微笑む。
「ど、して……? 夢?」
「夢ではないですよ。ワタシはここに居ます。――――あなたのおかげで」
「僕?」
 おかしい。記憶が、ある。あんなに、なくすまいと必死に抵抗してもムダだったのに。
 アリサはベッドの前で、片膝をつく。
「はい。今のワタシは本がありません」
 破壊されたアリサの本は、そういえば、ない。ではどうやって……?
「今のワタシは、カイに繋がって生きているのです。どうしてこのようなことになったのかわかりませんが。
 カイがワタシとの繋がりを断てば、ワタシはすぐにでも消滅しますからご安心を」
「そっ、そんなことしないよ!」
 慌ててベッドから降りて、アリサの前に膝をつく。そしてまじまじとアリサを見つめ、手を広げた。
「抱きしめて、いい?」
「はい」
 そっとアリサを抱きしめる。暖かくて、柔らかい。ここに居る。ここに存在している……!
 腕に力を込める皆の耳元で、アリサが申し訳なさそうに囁いた。
「非常に申し上げ難いのですが、今のワタシは『あなた』と繋がっているせいで、肉体がほぼ人間に近いのです。
 ダイスとしての機能は少ししか残っていません。歳をとっていきますし、姿を消すこともできません。性交した場合は妊娠してしまうおそれもあります」
「…………」
「それでもワタシは」
 皆の背中に手を回して、アリサはそっと抱きしめた。頼りない、自信のない手つきで。
「あなたと居たい……! 役に立ちます。全身全霊をもって、失敗してしまうかもしれませんが、あなたの傍に居るための努力は惜しみません。
 ですからあなたの傍に居させてください。嫌になったら繋がりを断てばそれで済み」
 言葉の途中で、唇が塞がれる。
 皆はそっと離れて、頬を染めたまま言った。
「そんなことしない。これからも傍にいてくれる、アリサ?」
 それを聞いてアリサはぽかんとし、ゆっくりと唇を噛み締める。涙を堪えるように眉間に皺を寄せ、それでも堪えられなくて涙を零した。
「ありがとうございます、マスター……これからもよろしくお願いします」
「泣かないで、アリサ」
「泣いて、ますか? よくわかりません。――――カイ」
「うん?」
 なんだか照れ臭い皆は、それでも真っ直ぐにアリサを見た。
 彼女は涙を流しながら、精一杯の笑顔で言った。
「ワタシも……あなたが好きです」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【6678/書目・皆(しょもく・かい)/男/22/古書店手伝い】

NPC
【アリサ=シュンセン(ありさ=しゅんせん)/女/?/ダイス】

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■         ライター通信          ■
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 最終話までお付き合いくださり、どうもありがとうございました書目様。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 最後まで書かせていただき、大感謝です。